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小二郎のメイド服3変化



町で噂の大富豪、廟堂院家。
この屋敷の生活全般と平和を守る使用人は執事だけでは無い。
夜も更け、奥様が眠りについた頃……
少数精鋭のメイド達は何やら作戦会議中。

空き部屋の絨毯の上で輪になって座っているメイド達のリーダー、
月夜が他の3人をぐるりと見回しながら言った。
「朝陽、日向、小二郎の新しいメイド服を考えてきてくれたか?」
「は〜い!」
「はい!」
朝陽と日向が元気よく返事をして、小二郎が
「よろしくお願いします……」と顔を赤くして縮こまる。
実は、彼女達の主の絵恋が小二郎のメイド服を『見飽きた』と言ったので
急きょ新しいメイド服を考える事になったのだ。

最初は朝陽が元気よく手を上げて飛び跳ねる。
「最初はあーちゃんのメイド服ね?じゃっじゃじゃ〜〜ん☆」
彼女が得意気に出してきたのはピンク色のメイド服。
不思議の国のアリスっぽいエプロンドレスにフリルとレースとリボンの
トッピングを増し増しにしたような極甘ロリメイド服。
メイドカチューシャは巨大化して……もはやボンネットだった。
小二郎は目を見開いて真っ赤になっているけれど、日向は大発狂だ。
「ピギュァァァァ!!あーちゃんさすがよ!ミラクルキューティクルよ―――っ
今すぐ着て見せて――――っ!」
「着るのは小二郎だ」
月夜のクールなツッコミを受け、小二郎が思い出したように口を動かす。
「これ、マジで、着るんですか!?おっ、オレこんなの似合わなっ……」
「あーちゃんのメイド服……きらい……?」
「へっ!?」
上目遣いのウルリンお目目で朝陽が小二郎を見つめてくる。
その無垢な無言の圧力に勝てる者などいない。
結局、小二郎は部屋の隅の小さな更衣室でそのメイド服を着て戻ってくる。
「ど、どうですか……?」
恥じらいながら、華奢な体をさらに小さくして泣きそうになっている小二郎。
しかし先輩方には好評の様で……
「似合うじゃないか小二郎!」
「小二郎可愛い!可愛いよ!あーちゃん頑張って選んで良かったぁ♪」
「ダメよ私……騙されない、あれは男、男なの。男おとこオトコォォォッ!頑張れ私ィィィィィ!」
「日向、次はお前が考えたメイド服を見せてくれ」
月夜にそう声をかけられた日向は絨毯を引っ掻いていたのをやめて
さっと顔を上げ、何事も無かったかのように言う。
「分かりました。さぁ小二郎、これに着替えて来なさい?」
日向は小二郎にメイド服が入っているらしき袋を渡す。
小二郎は受け取りつつも戸惑っていた。
「こ、これ……?何だかやけに軽いですけど……」
「つべこべ言わずに着替えて来なさい!もう理性限界なの!押し倒されたいの?!」
「わわわ分かりましたッ!!」
真っ青な顔で小二郎が更衣室に駆け込む。
しかし、なかなか出てこない。
月夜が心配して更衣室の方へ声をかける。
「小二郎、どうかしたのか?」
「つ、月夜さん……オレっ、ひっく、無理です……こんなの、無理ですぅぅっ……」
「え?一体何が……」
小二郎の涙声に、月夜が立ちあがって更衣室の方へ駆け寄る。
そして中を覗き込んで……競歩の勢いで戻って来て、日向の耳を力の限り引っ張った。
「ひぇぇっ!?月夜さん!?いっ、痛い!!何故!?」
「日向……お前はこの屋敷を風俗店にでもするつもりか……?」
「ごごっ誤解です!!私は機能性を最大限に追求した、動きやすい格好をですねぇっ……!」
(……あーちゃんも見てこようっと!)
日向が月夜に叱られている間に、朝陽がそろそろと更衣室に行って中を覗き込む。
「あ……!」
朝陽と目が合った小二郎は、顔を真っ赤にして俯いてしまう。
小二郎が着ていた“メイド服”はメイドカチューシャこそ付けているけれど
肝心の服は黒いマイクロビキニに、スケスケの白い腰だけエプロンをつけ、
手首と首にフリルの飾りを付けただけの……
なるほど、エッチなお店のメイドさんだった。
「……あーちゃんも、これはダメだと思うな」
朝陽が言うと小二郎はぎゅっと目を閉じて、勢いよくコクコクと頷く。
外ではまだ日向と月夜の応酬が聞こえていた。
「それだけじゃなくてですね!ほら!お仕置きの時もお尻が出しやすくて!」
「ならさっそく、お前にあの服を着てもらおうか?」
「そんなぁっ!私は私なりに、一生懸命考えてあのメイド服を〜〜っ!!」


そんなこんなで、最後は月夜の考えたメイド服だ。
更衣室から出てきた小二郎は、開口一番に
「オレ、これがいいです!!」
と瞳を輝かせる。そして嬉しそうにその場でくるりと回る。
小二郎が着ているのは、白いブラウスに赤のリボンタイを付け、
黒いベストを羽織って、下は黒いミニスカート、腰巻エプロン(白)。
スカートの下からレースをあしらった黒いドロワーズの裾がチラリと見える。
執事服とメイド服の中間の様な服だった。
当然、猛反発するのは日向で、朝陽も不満そうだ。
「ダメですこんな!これじゃあの雄猿執事共と変わらないわ!乙女さが足りない!
私の考えたメイド服こそ、絵恋様の好みです!」
「あーちゃんのメイド服は――?絵恋様、絶対あーちゃんの考えたメイド服好きだもん!」
「月夜さん!この人達、絵恋様の名前出せば意見が通ると思ってますよ!
負けないで下さい!絵恋様の好みを一番分かってるのって月夜さんでしょう!?」
後輩達の声に月夜は考えこむ。
そして、こう結論付けた。
「1日交替で全部のメイド服を着てみて、絵恋様の反応を見てみよう。
小二郎もどれが働きやすいか実感してみてくれ」
「えぇっ!?日向さんのメイド服もですか!?」
「…………」
困り果てる小二郎に言われて、月夜は日向の顔を見る。
敬虔なシスターが祈る様に手を組んで涙目で“仲間外れにしないで!”と訴えていた。
「一日だけだから、着てやってくれ……」
「……はい」
結局、折れたのは優しいメイド長と妹メイドだった。

そして始まった小二郎のメイド服ファッションショー1日目。
この日は朝陽の考えた極甘ロリータメイド服なのだが……
「小二郎ちゃん!待って!こっち!目線と胸線こっちに下さい!」
「待ってよぉ小二郎ちゃぁぁぁん!エロカワポーズプリィィズミ――ッ!!」
「止まって!止まって次、スカート捲くってみようか―――っ!!」
「俺も撮りたい!俺も撮りたい!ねぇ小二郎ちゃ〜〜ん!!」
暴徒と化したCAD(=小二郎ちゃんを愛する同盟)のメンバーに
ケータイ(カメラ機能起動中)を持って追いかけられていた。
「ふざけんなお前ら――――っ!バカ!えっち!どっか行け――――っ!!」
半泣き叫びでシーツ入りの洗濯かごを抱えて逃げ回る小二郎。
やっと死角に隠れてCADをやり過ごした。
『どこだ!?貴重な小二郎ちゃんが!!』『ちくしょう!リーダー呼ぼうぜ!』
などと騒がしい声が遠ざかってホッとすると、ふいに誰かの気配が……
「あっ……!」
「わっ!?え……あの、小二郎くん……?」
小二郎が見たのは、呆然としている友達執事の鷹森だった。
気がつけば、お互いポカンとした顔で真っ赤になっていく。
「その、格好……どうしたの?すごく、可愛いから……あの、ビックリ、して……」
「えっと、絵恋様が……オレの、メイド服飽きて、あーちゃんが、考えてくれて……」
「そ、そうなんだ……すごいね……可愛い……」
「ありがと……」
お互いぎこちなく、会話を続ける。だが……
小二郎は鷹森の言う『可愛い』の言葉にドキドキして大胆になっていく。
「鷹森、こういう格好好き?鷹森なら……写真撮っていいよ?」
「写真!?ええと……ありがとう。で、でも、カメラ持ってないんだ……」
「じゃあ、もっと近くで見ていいよ……」
「小二郎く……ぅあっ!!」
鷹森が近づくと、ふいに足がもつれて二人で倒れこむ。
ちょうど鷹森が小二郎を押し倒した様に。
「ご、ごめっ……すぐ退くね!?仕事に、戻らなきゃ……」
「待って!!まだこのまま、一緒にいたい……!」
「で、でも、怒られるよ?」
「だって、この格好今日だけなんだ!オレのメイド服、これに決まるか分からない!
せっかく鷹森に可愛いって言ってもらえたのに……!
もっと見てて欲しい……一緒にいたいよ……!!」
「……、小二郎君!!」
「ひゃっ!?」
勢いよく抱きつかれた小二郎は驚いて小さく悲鳴を上げる。
自分の鼓動がドクドク響いて、顔が真っ赤になる。
鷹森も耳まで真っ赤にしながら、震えた声で言った。
「ごめんね……僕と一緒に、怒られてくれる……?」
その言葉に、小二郎は鷹森の背中に腕を回して力いっぱい頷いた。
「……うん!」
恥ずかしそうに鷹森が笑って、この死角で、2人は思う存分秘密の雑談タイムを味わった。


――ら、後に残るのは当然、罰の時間。
空き部屋にはベッドに腰掛けた月夜と、その前に立たされる小二郎の二人きり。
怖い顔をした月夜に長らく叱られて、
すでにボロボロ泣いている小二郎は必死に謝っていた。
「ごめんなさい……ふぇっ、ごめんなさい月夜さん……!」
「謝って済むと思うか?」
「思いません……ごめんなさい……!
鷹森が、可愛いって言ってくれて、それで……オレ、嬉しくて……」
「言い訳をするな。口で謝るだけなら誰にでもできるんだ。
本当に反省してるなら最後まで耐えて見せろ。ほら、こっちへ来い」
「うぇっ……ふぇぇっ……ごめんなさぁい……!」
(仕方ない奴だな……こんなに怯えて……)
厳しい表情は崩さず、心の中だけではすでに可哀想に思っていた月夜。
ふと、さっき朝陽に言われた言葉が頭によぎる。
『つっきー、少しは手加減してあげてね?女の子って可愛いお洋服着たら浮かれるでしょ?
好きな人に褒められたんだったら余計だよ……
あーちゃんのメイド服のせいで小二郎が泣くのはヤだよ?』
『朝陽のせいじゃない。それに、叱るのに手加減なんかできないぞ?』
そう返した自分の言葉を今一度思い出して、月夜は小二郎を怒鳴りつける。
「小二郎!自分で来られないなら数を増やしていいんだな!?」
「いやぁぁっ!ごめんなさい!ごめんなさぁぁい!!」
「……誰が抱きつけと言った……こっちだ」
わぁわぁ泣きながら抱きついてきた小二郎に、心が和んでしまいそうに
なるのを抑えて、月夜は小二郎を膝の上に横たえる。
ビクビクしながら必死にシーツを握っている小二郎のスカートを捲くって下着を下ろし、
怖がりで泣き虫な妹分を“可哀想だ”と思う心は一旦殺して、パドルを取って振り下ろす。
パシィッ!!
「あぁあああんっ!」
パンッ!パンッ!パンッ!
「ごっ、ごめんなさい!やぁぁっ!痛いぃごめんなさい!」
パンッ!パンッ!パンッ!
「わぁあああん!ごめんなさぁぁぁい!痛い!痛いぃぃッ!」
月夜は小二郎がいくら泣き喚いても、何度も何度もパドルを振り下ろした。
“ごめんなさい”も“痛い”も悲鳴も無視した。
いつものパドル打ちと力加減を変えているつもりはないのに、
小二郎はいつもより「痛い」と泣き叫んでいた。
恐怖で痛覚がバカになっているらしい。これに便乗して
「痛いのは当たり前だ!今日はいつもより厳しくしてるんだから!」
なんて怒鳴ると、小二郎はますます大泣きする。
一人で勝手に痛みを増幅している哀れな現象らしい。
月夜が心配になって少し加減を緩めてしまったくらいだ。
パンッ!パンッ!パンッ!
「ふぇぁあああん!ごめんなさい!もうしません!もうしません〜〜!!」
泣いてもがいている小二郎のお尻が十分赤く染まった頃を見計らって
月夜は一旦手を止め、声をかけた。
「小二郎、我々の主は誰だ?」
「はっぁ、……はぁっ、はぁっ、んっ……えっと……」
「答えが遅い」
パシっ!
小二郎が息を整えるのを待たずにお尻にパドルを打ち当てると
腰をひくつかせて悲鳴を上げる。
「あぅっ!ご、ごめんなさい!えれっ……」
「我々の主は?」
「んっ……絵恋様です!!」
パシっ!
「ひゃっ……!」
叩かれて跳ねた小二郎を押さえて、月夜は続けた。
「そう。我々メイド部隊は全員絵恋様に絶対の忠誠を誓っているはず。当然お前も」
「オレもです!!」
パシっ!
「ひっ……!!」
「じゃあ小二郎……我々はその忠誠をどうやって絵恋様に示す?」
「えっ!?あの……えっと……」
「……遅いな。答えが出るまで連打するか?」
「やだぁぁっ!えっと、えっと、毎日いっぱいご奉仕します!!」
パシっ!
「ふっ、ぁ……!」
「お前の言う“ご奉仕”とは何だ?」
「あの、メイドの、仕事を、毎日一生懸命やります!」
パシっ!
「あぁんっ!!」
「その通りだ。絵恋様の為に、自分のやるべき仕事を日々
一生懸命真面目にこなす……それが主に仕えると言う事。分かってるじゃないか」
「はい!」
パシっ!
「やぁんっ……!」
こんな感じに何か答えるたびに叩く打法で、ゆっくりパドル打ちを
続けていると、小二郎は朦朧とした表情になってくる。
苦しげな呼吸には微かに興奮が混ざっていくのを月夜は見逃さなかった。
わざと威圧感たっぷりに小二郎に言う。
「つまり、仕事をサボる事が絵恋様への反逆行為だと分かった上でそうしたわけか……」
「……!!」
「これは大罪だな」
「あ……」
怯えた声が頼りなく漏れる、それとほぼ同時に強めの連打を開始した。
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「わぁぁあああん!ごめんなさい!ごめんなさぁぁぁい!!」
「お前は本当に、悪いメイドだ!」
「やぁぁあああっ!痛いぃぃっ!ごめんなさい!もうしません――っ!!」
小二郎が大泣きし出しても、手足をばたつかせても月夜は手を緩めない。
赤い上から更に真っ赤になっていくお尻をお仕置きし続ける。
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「んぁぁああん!いい子になります!ちゃんとご奉仕しますぅぅッ!!」
痛がって涙を流す小二郎。しかし、その声はどこか切なげで
良く見れば暴れているようで腰を揺さぶっていた。
月夜は思う。(しまった)と。
「あはぁぁぁん!月夜さん!月夜さぁぁぁん!!ふっ、やぁぁぁんっ!」
(スイッチが入ったか……)
「やぁぁっ!やらぁぁぁっ!ごめんなさぁぁぁい!!」
(いた仕方ない……)
ビシッ!バシッ!ビシッ!
喘ぐような悲鳴に容赦なくパドル打ちを被せた。
こうなるとどうしようもないので、スイッチは入れっぱなしで
お仕置きを続行する事に決めたのだ。
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「あぁっ!わぁぁあああん!ごめんなさいぃ――――ッ!」
「ダ・メ・だ!お前の甘い忠誠心を鍛え直してやる!」
「ふぁあああああん!もうサボりません!約束するからぁぁぁ!」
「きちんと反省できるまで泣いてもらうからな!」
叱りながら、いつかは痛みが快感を上回るだろうと叩き続ける。
しばらくそうしていると……
「うっ、うわぁぁぁん!やぁぁっ!んん゛ぅ――――っ!!」
まだ時折、快感の色を滲ませた悲鳴だけれど
ただただ泣くだけになってしまった。抵抗も弱まって辛そうだ。
「ふぇぇっ……うぇっ……わぁああああん!!」
(そろそろ限界か……)
素早くそう判断した月夜は勢いよく小二郎を抱き起こす。
「ふぁっ!?ぁわっ!?」
驚いて混乱している小二郎を自身に向き合わせ、
その瞳をしっかり見ながら月夜が言う。
「小二郎、反省したか?もう仕事をさぼったりしないと約束できるな?」
「で、できます……!」
「よし。よく最後まで耐えた」
そう言って小二郎を抱きしめる月夜。
「月夜さん……月夜さん……!」
最後に小二郎を胸の中で思い切り泣かせてあげた月夜であった。

そうしてお仕置きは終わり、その後は小二郎もきちんと仕事をこなした。
そして肝心の絵恋の反応はというと……
「あらぁっ♪可愛いじゃない小二郎!!お人形みたい!ねぇ?お人形だわ♪」
上々の様だ。ただし、次の瞬間には愛くるしい笑顔を
妖艶に歪めて小二郎にジリジリと詰め寄り……
「うふふっ……私のお人形、何して遊ぼうかしら?」
「え、絵恋様……?あ、あの……ぅきゃぁぁああああっ!!」
悲鳴と共に玩具にされ倒した小二郎だった。

* ** ** ** *

小二郎のメイド服ファッションショー2日目。
この日は日向の考えたセクシーメイド服なのだが……
さすがにこの格好で屋敷中をうろつきたくもなくて、
月夜からも「なるべく人目に付かない様に仕事をしてていい」
と言われていた。けれども小二郎には一つ、どうしても気になる事があったのだ。
(鷹森……昨日怒られたのかな……?)
自分があれだけ厳しくて痛い罰を受けたのだから
鷹森は同じくらい、いや、もしかしてそれ以上の……
そう考えると落ち着かない。真相を確かめたくなったのだ。
だから、こっそりと執事長=兄の大一郎に会いに行った。

隠れつつ、移動して先輩執事のイル君に大一郎の居場所を聞き出す。
さすがに冷静沈着な先輩は顔色一つ変えず書斎にいると教えてくれた。
小二郎は書斎へ行き、ドキドキしながら大一郎に声をかけた。

「し、執事長!ちょっと聞きたい事が……」
「小二郎?お疲れ……」
にこやかに振りかえった大一郎は小二郎を見て硬直する。
そして口を開け抜けた声で……
「かっ……」
「か?」
「かぁぁぁっこいい!!何その服!?俺も着るッ!!」
「はぁっ!?」
「おっと♪“俺”だなんて仕事中なのに失礼いたしました。
四判さん!四判さ――――んッ!!」
興奮過剰の大一郎は声を張り上げて長老執事の四判を呼びだした。
小二郎が止める間もなく四判が駆け付ける。
「どうしたのですか!?」
「四判さん!見て下さい小二郎の服!執事部隊の制服もこれにしましょうよ!!」
「……ほ?」
目をキラキラさせる大一郎とは対照的に、四判は目を丸くしていて
小二郎は一気に居たたまれなくなった。
そんな小二郎を慰めるように四判は笑って、落ち着いた声で言う。
「小二郎君、良く似合っていますぞ。
けれど上倉君?我が執事部隊の制服には歴史と伝統があり、
軽々しく変えるわけには……」
「あ゛ぁん!?こッれッだッかッらッ頭の固いシニアは!!
もう時代はセクシー&ワイルドで攻めの執事ですよ!
夏は涼しく冬は寒い!最高じゃないですか!!」
小二郎が真っ青になるほどの物言いに、四判は小さな怒りが隠せずに
笑顔を引きつらせながらも冷静に一言。
「いけません」
「ヤダヤダ着たい!お願いです!せめて私だけでも!!」
「ダメです」
「あ!試しに私が着てみて、後で皆さんに意見を聞くとか!
ほら、こういう事は多数決で!なんて素晴らしい平和の制度!!」
「諦めなさい」
「独裁者にでもなったおつもりか!?現職の執事長は私ですよ!?
あ、そうか、フフッ……執事長権限で絶対着ますからねッ!」
「何をそんなに着たいの?」
「小二郎みたいなセクシーな執事服ですよ!そしたら、もっと刺激的な執事ライフを送れるし
大堂先生がいらした時には大胆アプローチ……」
「へぇ」
パシっ。
「ひぇっ!?」
大一郎は軽くお尻を叩かれて自分が悲鳴を上げてから初めて気付いた。
この部屋にもう一人増えていた事に。
優しく微笑む壮年から……この廟堂院家の現当主、千賀流から
後ずさる様に距離を取ってぎこちなく笑う。
「あ、あれ?旦那様……いつの間にこちらに?」
「うん。ついさっきね。ところで大一郎?“刺激的な執事ライフ”って
どんなだろう?大堂先生には失礼な事をしないようにっていつも言ってるよね?」
「あ、いえ……それは……」
青ざめ、固い笑顔の大一郎と、落ち着いた様子の四判。
この状況にオロオロする事しかできない小二郎は
たまたま目があった千賀流に優しく微笑まれた。
「小二郎は可愛い格好だけど、私はもう少し落ち着いた制服が好きかな。
大一郎は今の制服でも十分素敵だよ。考えを改めてもらわないといけない」
「わっ、私もこの制服大好きです旦那様ッ!!
四判さんと制服についてのディベートを少々していただけで!
あぁ、敬愛する大先輩の四判さんに歴史と伝統の素晴らしさを
教えられた実に有意義なディベートでした!!」
「そう。じゃあ次は私とお話ししようか?
最近、君の事で少し良くない話ばかり聞いているんだ」
「めめめっそうもございません!旦那様の貴重なお時間を頂くわけにはッ……!
助けて四判さん!!」
「一度千賀流様に叱ってもらった方がよさそうですな、君は。
では、私は失礼しますぞ」
四判は澄ました顔で外へ出ていく。
「くっ……旦那様?大一郎の事お嫌いですか……?」
大一郎が一瞬にして瞳を潤ませ、甘えるような声色で可愛らしく言った。
けれど千賀流は優しい笑顔を崩さない。
「君はいい子だし、大好きだよ大一郎。早くお尻を出しなさい」


小二郎は「失礼しました!」と叫んで書斎を飛び出した。
兄のお仕置きされる姿なんか見たくなくて、けれども
ひたすら青ざめていた兄を残してきた罪悪感も感じて
メイド部隊に戻った時は心臓がドキドキとうるさかった。勝手に涙が溢れる。
「小二郎……どうした!?」
心配して駆け寄って来た月夜の顔を見たら涙が止まらなくなった。
「月夜さん……おにぃがっ、おにぃが旦那様にお仕置きされちゃう……!!」
「……上倉が何かやったのか?」
月夜は呆れつつ、ふにゃふにゃ泣きだした小二郎の頭を撫でて慰める。
「アイツは、お仕置きが好きなんだろう?だから心配無い」
「そ、そうですけど……痛みを、感じないわけじゃないんです!
痛くないわけじゃないんですっ……!だから、痛いのは、やっぱりかわいそうで……!」
「……!!」
月夜は軽く驚いた。
言われてみれば当たり前の事だ。けれど、誰もが忘れていそうな事。
小二郎の優しさに感心しつつも更に慰める言葉をかけた。
「旦那様は優しい方だ。加減は考えてお仕置きなさるだろう。何も心配しなくていい」
そう言って優しく微笑む月夜に、小二郎も頷いてゴシゴシ目をこする。
すると……
「あ――――ッ!!」
大声で駆け寄って来たのはメイド達の主、絵恋だ。
必死の形相で小二郎のメイド服を引っ掴んで無理やり引っ張る。
「脱いで!ダメよ!そんな服ダメ!!」
「ひゃっ!?わぁぁぁっ!?」
「絵恋様、申し訳ありません。すぐに脱がせます」
突然の事で焦って抵抗する小二郎から、月夜が絵恋を優しく引き離した。
それでも絵恋はまだ興奮した様子で叫ぶ。
「当たり前じゃない!!もう!何で小二郎が千賀流さんが買ってくれた服と
同じようなの着てるのよ!?私しか着ちゃダメなの!」
「!!?」
瞬間、月夜の表情が変わる。
「……旦那様が貴女にこのような服を……?」
「そうよ!すごく恥ずかしかったけど、“とっても可愛いよ”って言って着せてくれたんだから♪
それで私が千賀流さんだけの愛のメイドになったの
「……無理やりこんな衣装を着せた……しかも、メイドの真似事をさせた……」
得意気な笑顔の絵恋と正反対に、
月夜の怒りゲージが静かにMAXになったのを感じた小二郎が
大慌てでフォローを試みた。
「つ、月夜さん?あの、きっと、誤解ですよ!!本当はきちんとしたやりとりがあって……」
「小二郎。私は少し席を外すけれど、きちんと仕事をするように」
「月夜さん!?月夜さ――ん!!」
月夜は音も無く走り去った。


そして、しばらくして書斎のドアが勢いよく開く。
「旦那様!!」
凛々しい、怒りを含んだ声で部屋が静まりかえる。
最初に答えたのは弱弱しい声
「たすかっ……た……」
バシィッ!
「ひぅっ……!」
と、打音と悲鳴。
月夜は持ってきた怒りを忘れそうなほど驚いた。
正面のデスクにほぼ突っ伏す様に上体を預け、
剥き出しのお尻を叩かれている大一郎の姿が目に飛び込んできたからだ。
叩いている方の千賀流は慌てた様子も無く言う。
「どうしたの月夜?」
「待って、待ってぇっ……まさか、続……!!」
バシィッ!
「わぁぁんっ!!」
すでに赤くなっているお尻にも、大一郎の悲鳴にもまずは驚いたけれど、
さっき小二郎が言っていたばかりだ『おにぃがお仕置きされる』と。
どうやら最中に飛び込んでしまったらしい。
事情をすぐに察したので、月夜は落ち着いて返した。
「お話があったのですが、お取り込み中なら出直します」
「そうだね。まだ時間がかかりそうだから」
「やだ!いやだぁぁぁっ!」
落ち着いた空気の中で、大一郎だけが大声で喚いて抵抗していた。
「もう反省しました!お願いです旦那様!お願いですからぁっ!」
バシッ!バシッ!バシッ!
「わぁぁぁんっ!痛くしないで月夜さんの前でぇっ!あんまりです!
お嫁に行けなくなっちゃいますぅッ!」
「だから出直してもらおうって言ってるんじゃないか」
「嫌ですっ!もうやめて!やめてくださいごめんなさぁぁい!」
バシッ!バシッ!バシッ!
泣き叫ぶ大一郎のお尻に容赦なく平手を浴びせている千賀流。
月夜は感心しながら眺めていた。
(すごいな……あの上倉が本気で痛がって泣き叫んでいる……。
アイツにふざけた態度を取らせないコツがあるなら、ぜひ教えていただきたいものだ)
そんな事を考えながら、月夜はじっと観察していた。
千賀流の手さばき、打つ間隔、強さ、あとは叱り方……
それから大一郎の反応や表情……目から取り入れられる範囲で情報を解析してみる。
バシッ!バシッ!バシッ!
「ふぁぁああん!旦那様ぁ!ごめんなさい!あぁあああ――!」
(……こうやって見ると、泣き方とか反応が小二郎に似ているな。
やはり兄妹というわけか……)
そう思うと、少々情が湧いてしまった月夜。
叩かれて泣いている大一郎が小二郎と被ってしまう。
「痛い!痛いです!あぁっ、やぁあああっ!ごめんなさぁぁぁい!!」
「反省したのならきちんと態度を改めないといけないよ?
自分の体や感情を玩具みたいに扱うのは君の悪い癖だ。大切にしてあげて」
「ごめんなさい!ごめんなさい!わぁぁぁん!大切にしますぅぅ!」
「隠れても嘘をついても、全部分かるんだから。私を侮らないでね?」
「ぁ、侮ってなんかいませんッ!」
「あれ?声が裏返ってるよ」
バシィッ!
「あぁああああっ!だんなさまぁっ!意地悪しないでぇっ!!
もうお尻痛いぃ――――うわぁあああん!!」
バシッ!バシッ!バシッ!
お尻を打たれ続け、真っ赤にして、大粒の涙を流す大一郎。
見ている月夜はソワソワしてきた。
(……たぶん、そろそろ限界だ。小二郎なら……いや、奴は大一郎だが……。
旦那様、お優しい方かと思ったら躾には妥協しないタイプか……。
素晴らしい。見習いたい。けど……)
これは罰だ。特に常日頃、言動に問題がある大一郎の事。
このくらい厳しい薬が丁度いい。止めてはいけない。
けれど、どうしようもなく、小二郎の泣き顔が浮かぶ。言葉が響く。
『痛みを、感じないわけじゃないんです!痛くないわけじゃないんですっ……!』
気がつけば月夜は叫んでいた。
「旦那様!!絵恋様にいやらしい服装をさせるのは自重して頂きたい!!」
「えっ!?」
叫んだ直後に、見事なほどピタッと千賀流の動きが止まる。
さっきまで威厳たっぷりに使用人をお仕置きしていた屋敷の主が
別人のように真っ赤になってうろたえる。
「つ、月夜?何の……話?」
「絵恋様にメイド服を買いましたね!?やたら面積の少ない
水着の様な、露出度の高い、エプロンの透けてる!!
絵恋様のバストがあのカップ面積に収まるとはとても……
しかもお尻が丸見えです!何ですかアレは!?
旦那様のご趣味をどうのこうのとは言いませんが……!」
「わぁぁぁっ!!誤解だよ!!あの子が“着てみたい”って言うから!!」
「あろう事か……絵恋様のせいになさる……!」
「ごっ、ごめん!!私も、嬉しかった事は嬉しかったよ!?
とても可愛かったから……その……頼むよ!
少しぐらいの冒険は許して欲しい!私だって男なんだ!!」
「分かっています!私も口を出すのは失礼だと存じております!
けれど絵恋様は、貴方の為なら本当に何だってするんです!
くれぐれもその事をお忘れになりませんように!貴方を信じていますよ!?」
「分かってるよ!あの子の嫌がる事はしない!限度は越えないから!」
旦那様VSメイドの言い争いがひと段落つくと、
間に滑り込んできたのは我慢しきれない、といった笑い声だった。
「……ぷっ……ふっ、くくっ……!!」
見れば、さっきまで大泣きだった大一郎が肩を震わせて笑っている。
遠慮がちな笑い声はすぐに限界にきたらしく、大きな笑い声になった。
「あはははっ!あははははっ!だっ、旦那様お許しください!
あ――っははははは!!」
「大一郎……」
千賀流が恥ずかしそうに肩を落とす。
大一郎は突っ伏したままお腹を抱えて笑っていた。
「だって!だってお可愛らしくて!旦那様だって男ですものねぇ♪
あっははははは!男のロマンですよね――っ!」
「……もう!こっちを向きなさい!お仕置きだ!」
大笑いする大一郎の体をくるりとひっくり返して、ペシッと軽く額をはたいた千賀流。
その後はすぐに笑顔になって大一郎の頭を撫でた。
「やっぱり、大一郎は笑顔の方がいいよ。これからはいい子にしてね?」
「む……卑怯なお方……」
大一郎も、撫でられながら恥ずかしそうに笑った。

そんな二人を見て、ほっと一息ついた月夜だった。


* ** ** ** *


小二郎のメイド服ファッションショー3日目。最終日。
この日は月夜の考えた執事風メイド服なのだが……小二郎の張り切り具合が半端無かった。
絵恋の部屋に花を飾りに行った時も気合十分に挨拶をした。
「絵恋様お早うございます!今日も精いっぱいご奉仕させていただきます!」
「あら、小二郎ったら張り切ってるのね……その新しい服のせい?」
「はい!生まれ変わったオレの頑張りを見て下さい!」
「ねぇ、だったら、貴方に特別な仕事をあげましょうか?」
「え!?はいッ!ぜひ!何ですか!?」
小二郎は身を乗り出して絵恋を見つめる。
絵恋は目を細めて可愛らしい笑みを浮かべ、小二郎に言う。
「千賀流さんの部屋の近くにね、大きな花瓶があるでしょう?それを割って来て欲しいの」
「え……?」
「あの花瓶、この前変な女が来て千賀流さんに売りつけていったのよ。
千賀流さんったらあの花瓶気に入ってるみたいで、何度言っても
捨ててくれないの。でも、さすがに壊れちゃったら捨てるしかないわよね?」
無邪気にクスクス笑う絵恋に、小二郎は青ざめた。
向けられた視線から目が反らせずに足が震える。
「私が割ると怒られるでしょう?だから小二郎が割って来てよ」
「……でも……」
「怖いの?別に……貴方じゃなくても、朝陽でも日向でもいいわ。
あ、月夜なら二つ返事でやってくれるかしら?」
「おっ、オレがやります!!」
「まぁ!やっぱり今日の貴方は一味違うじゃない!上手くやってね!」
「……はい……」
メイド部隊の他の仲間にこんな恐ろしい仕事はさせられない。
絵恋から特別な仕事を授かって、普段なら嬉しいはずなのに、全然喜べない。
小二郎は恐怖と脅迫的な使命感がごっちゃになって涙ぐみながら部屋を出た。


幸か不幸か、花瓶の前に来るまで誰にも会わなかった。
小二郎は一人で問題の花瓶を壊そうと手をかける。
台に乗った花瓶に少し力を込めてみたけれど、動かない。
この花瓶の大きさと重さを改めて感じて余計に怖くなった。
(こんな大きい物……割ったら、きっと大きな音が鳴って皆来て……
旦那様が大事にしてるのに、割っちゃって、どれだけ怒られるんだろ……
きっといっぱい、ケツ叩かれて……クビになったりするのかな?)
考えれば考えるほど怖くなって、震える指先に力が入らない。
それでも小二郎は必死で花瓶を壊そうとする。
(落とすだけ……落とすだけ!オレがやらないと、他の誰かがやらされる!
どうか、オレのせいでおにぃが悪者にされませんように!
鷹森……ずっとお前と一緒にいたかった……!)
小二郎は腕に体重をかける。
「小二郎君!?何をしているのです!?」
「あっ……!」
驚いて目を見張るイル君の顔を見た小二郎は、一気に花瓶を突き落とす。

ガシャァァァン!!

花瓶は見事に砕け散って、小二郎はその場に泣き崩れた。
「ごめんなさい!!オレがやりました!!」
「何て事を……!お怪我は!?」
イル君はすぐに駆け寄って、両手に顔を伏せたまま首を振る小二郎に
心配そうに声をかける。
「あの……少し、混乱しています。
貴方が故意に落としたように見えました。どうして……?」
「ご、ごめんなさい!オレがッ……オレがやったんです!!」
「誰かに命令されたんですか?」
その言葉で思わず顔を上げてしまった小二郎に、イル君は泣きそうな顔で尋ねた。
「千早様ですか?」
「違います!千早様じゃない!オレは、誰にも命令なんてされてません!!」
「だとしたら、貴方は……」
イル君は小二郎の手を握って、確認するように言う。
「手を、滑らせたんです。私が証人になりますから」
「イル君……うっ、うわぁぁあああああん!!」
小二郎がイル君に縋りついて泣いていると、次々と誰かが駆けつける。
泣いてばかりの小二郎に代わってイル君が指示を出し、
集まった皆で破片を片付けたり、執事長の兄が必死で四判に
何か訴える声が聞こえたり、しばらくその場は騒然としていたけれど……
結局のところ、小二郎は四判に軽くお説教をされて
月夜に連れ戻されてしまった。
呆然と歩きながら、自分を叱れないほど意気消沈していた兄の事ばかり考えていると
「小二郎?」
月夜に呼ばれてハッと顔を上げる。
「本当に“お前が”やったんだな?」
「はい……」
月夜の言葉には何か含みを感じたけれど、そう答えるしかなかった。
小二郎の心境は、恐怖が限界を越えて頭が真っ白な状態だ。
せめて月夜が怒っているのかどうか確認しようと思って顔を見たけれど
怒ったような悲しそうな顔で良く分からなかった。


そうして小二郎が連れてこられたのは絵恋の前だった。
ベットの上で可愛い絵の描いた謎のカードを並べて遊んでいるらしき
絵恋に、月夜が言う。
「絵恋様……申し訳ありません。
小二郎が旦那様の大切になさっていた花瓶を割ってしまったようです」
「え!?何よそれ!小二郎ったら悪い子ね!」
絵恋は大げさに驚いて、後は興味無さそうにカードを並べている。
月夜は絵恋の様子を訝しがるように声をかけた。
「……怒らないのですか?旦那様の花瓶なのに」
「小二郎を怒るのは貴女の仕事でしょう?」
「ええ。絵恋様の目の前で厳しくお仕置きさせていただこうと思いますが」
「好きにしなさいよ。悪いのは小二郎だもの」
「はい。では失礼します。小二郎」
月夜は強引に小二郎の体を絵恋の方にお尻を向けさせる体勢にする。
スカートとドロワーズは脱がせて床に落としてしまい、下着もずり下げた。
「絵恋様……!!」
「あっ!今日の運勢最悪ですって!?もう一回やり直しよ!」
小二郎の泣きそうな悲鳴を聞き流してカード遊びに夢中に絵恋。
月夜が力いっぱい小二郎のお尻に平手を振り下ろす。
バシィッ!!
「あぁぁっ!」
痛そうな音と、小二郎の悲鳴で絵恋はビックリして顔を上げる。
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「ごめんなさい!月夜さん!ひゃぁんっ!ごめんなさい!」
「“ごめんなさい”で済むか!お前は旦那様の花瓶を割ったんだぞ!?
自分がどれだけ大変な事をしてしまったか分かってるのか!?」
「うっあぁあっ!いたぁい!月夜さんごめんなさぁぁい!」
ビシッ!バシッ!ビシッ!
普段より声を荒げて小二郎を怒鳴りつける月夜。
大声を上げる小二郎。ついついじっと見つめてしまった絵恋は
慌ててカードに視線を戻して、きっちりと並べたカードの1つを捲る。
カードの絵柄は羊と少女の死神。
傍では月夜の怒鳴り声が聞こえる。
「謝るのは私にじゃなくて、絵恋様と旦那様にだ!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!絵恋様旦那様ごめんなさぁぁい!!」
ビシッ!バシッ!ビシッ!
(また、最悪の運勢……!そんなはずない!
小二郎がうるさいから集中できないんだわ!!)
近くの泣き声と、カード示すの結果に動揺しながら、絵恋はまた
カードを規則正しく並べ始める。
「月夜さん!もうしません!もうしません!ふぁぁんっ!痛いぃっ!」
「もうしませんじゃなくて、やってしまった事を反省しろ!
始まったばかりで情けない声を出すな!」
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「ぁああああん!痛いよぉ!痛いぃぃ!ごめんなさぁぁぁい!」
小二郎の泣き声を聞きつつ、絵恋はカードを捲る。
カードの絵柄はやっぱり『羊と少女の死神』。
(……!!)
さすがに3回連続で運勢最悪だと不安になってくる。
「んぁぁっ痛い!絵恋様ぁっ!ごめんなさい!ごめんなさいぃ!」
「うるさいッ!!」
絵恋は大泣きする小二郎を怒鳴りつける。イライラしながら月夜にも怒鳴り散らした。
「月夜!小二郎を黙らせなさい!
何度やっても、今日の運勢が最悪になるじゃない!全然集中できないわ!」
「申し訳ありません」
月夜は短く謝って、冷たい声で小二郎に言う。
「聞こえたな小二郎?いいか?今からは絶対に声を上げるな」
「そっ……そんな!!」
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「ひぃ……ぁ、ぐっ……、ぁ〜〜〜〜っ!!」
ビシッ!バシッ!ビシッ!
「んん゛〜〜〜〜っ!!」
最初こそ歯を食いしばって耐えていた小二郎だけれど、
すぐにボロボロ泣きながら両手で口を塞いでいた。
カードで遊ぶのに必死だった絵恋は、ここで初めてきちんと
小二郎がお仕置きされてる姿を見る事になる。
お尻はすでに真っ赤で、頬を赤くしながら焦点の合わない瞳を閉じたり開けたり、
もちろん泣いていて……打たれるたびに下半身をビクつかせていた。
その姿を見て、怖くなった絵恋は恐る恐る月夜に声をかける。
「ねぇ……もういいんじゃないの?」
「いいえ。小二郎は旦那様の花瓶を割ってしまったんですよ?
この程度では許せません。後でパドルでもお仕置きします」
「!?っ、うわぁぁぁん!!やだあぁぁぁっ!ごめんなさい!
やだぁぁぁ許して下さぁぁぁぁい!」
「声を上げるなと言っただろうが!100発追加だ!」
「わぁあああああん!!」
ビシッ!バシッ!ビシッ!
月夜の並々ならぬ厳しさにも、目の前の地獄絵図にも
怖じ気づきながら、絵恋はまた焦り気味に月夜に言う。
「ねぇ!もういいってば!どうでもいいじゃないあんな花瓶!」
「そういうわけにはいきません。厳しくお仕置きして、旦那様に謝らせます。
そうでないと旦那様も許して下さらないでしょう」
「千賀流さんなら許してくれるわよ!やめて!もう見たくないの!」
「私はメイド長として、ミスを犯した部下を厳しく躾ける義務がありますので……」
「月夜!!」
「絵恋様も、もっと怒るべきです」
何を必死に叫んでも月夜が小二郎を叩くのやめない。
小二郎は痛いだろうに、また声を殺して泣いている。
絵恋は本当に焦ってしまってついに叫ぶ。
「やめなさい!小二郎は私の命令を聞いただけよ!!
私が言ったの!“千賀流さんの花瓶を割って”って!」
「……!!」
月夜は厳しい顔で絵恋を睨みつける。
絵恋は初めて自分に向けられたその眼光に思わず身を引いた。
「済まなかった小二郎。少し待ってくれ」
小二郎を力いっぱい抱きしめた月夜は、絵恋の方に近付く。
「な、何よ……私を小二郎みたいにしようって言うの……?」
「…………」
「やめてよ……お尻、ぶたないで……!」
「…………」
無言でズンズン近づいてくる月夜に明らかに怯える絵恋。
けれどもう月夜はベッドに乗り上げて絵恋を捕まえていた。
「命令よ!やめて!お願い叩かないで!いやぁぁっ!」
パンッ!
「きゃぁっ!」
月夜は抵抗する絵恋のお尻に一度だけ平手を振り下ろした。
けれど、2度目は無い。
そのまま絵恋しっかりと抱きしめ、声を震わせる。
「私には……これが限界です……!
絵恋様……何故、小二郎にそんな事をさせたのですか……!?
何故、せめて私に命じてくださらなかったのですか!
小二郎に罪を負わせて……割れた花瓶で怪我をするかもしれなかったんですよ!?」
「……月夜……貴女、泣いてるの……?」
絵恋の言葉に月夜の返事は無い。
ただ、肩を震わせてるだけで、泣きだしたのは絵恋の方だった。
「ご、ごめんなさい……!私っ……だって、あの女が……!
ごめんなさい!謝るから、泣かないでよぉっ……!」
「貴女はお優しい方です……だから、こんな事は二度としないで下さい!」
「分かったから……分かったからぁっ!」
抱き合う絵恋と月夜を、小二郎は呆然と見つめていた。

その後少しして、月夜が何度も謝りながら小二郎のお尻を手当てしてくれた。
小二郎も何度も「大丈夫です」「気にしてません」と言って月夜を励ました。
「気にしていない」のは本心だった。小二郎は痛い思いをしたけれど、
最後に絵恋が本当の事を言って助けてくれたのが嬉しかったのだ。


再び小二郎が絵恋の部屋に戻った時、絵恋は平然とカードで遊んでいた。
小二郎の事も笑顔で遊びに誘ってくれた。
「何回やっても“運勢最悪”になるの」と、首をかしげる絵恋に小二郎が
「月夜さんに泣かれちゃいましたからね」と返すと、「それだわ!」と笑っていた。


けれども、小二郎は見当違いをしていたらしい。
カードの結果が発揮されたのは夕刻過ぎ……
千賀流がいきなり絵恋の部屋に入って来てからの事だった。
「絵恋!!」
千賀流に怒鳴りつけられて、ソファーで飛び上がって涙目になる絵恋。
一緒に部屋にいた月夜や小二郎には何も言わずに
真っ直ぐ絵恋に近づいてきた千賀流が絵恋を乱暴に抱き寄せた。
「今日何をしたか言ってごらん!?」
「ちっ……千賀流さん……」
「小二郎にわざと花瓶を割らせたって本当!?」
「ぁ……あ……」
「絵恋!!」
千賀流の剣幕に完全に怯えてしまっている絵恋は小さな声を絞り出す。
「ほ、本、当……」
「君は……!」
千賀流が片手を振り上げたので、小二郎は思わず目を背ける。
けれども頬を打つ音は響かなかった。
見れば、千賀流は振り上げた手を一旦手を下ろして
絵恋の体を抱きかかえてベッドの方に移動する。
「今日は本当に許さないからね!?君が泣いてもいっぱいお尻を叩くから!」
「いや……いやぁぁぁっ!」
泣き叫ぶ絵恋に、小二郎が不安げに隣にいる月夜の顔を見る。
「つ、月夜さん……!」
「小二郎、部屋を出ろ」
月夜がそう言った瞬間、絵恋が喚く。
「やめて!出て行かないで!月夜!一人にしないで!怖い!怖いの!!
ふっ……うぇぇぇっ!!」
「……ここにいてあげてくれる?」
困り顔で振り返った千賀流に……と、言うよりは半狂乱で
泣き叫んでいる絵恋に、月夜は笑顔で応えた。
「もちろんです。絵恋様、月夜は貴女といますよ」
「ぐすっ、本当!?助けてくれる!?痛くなったら助けてくれるの!?」
「助けてくれないよ!絵恋!ちゃんと反省する気はあるの!?」
「わぁああああん!いやぁぁぁっ!千賀流さんが怖いぃぃっ!」
どんどん泣き喚く絵恋の姿に、月夜は指が白くなるほど拳を握って
そのくせ小二郎には笑顔を向けて小声で囁いた。
「小二郎、大丈夫だから行け。私は絵恋様といてあげないと」
「ごめんなさい……失礼します……!」
小二郎は思い切って部屋を飛び出す。
ピッタリと閉じる扉に近付いてみても、中の音は聞こえない。
終わるまで待っていようかと思ったけれど、兄の事も気になって……
小二郎はその場を走り去った。


翌日

昨日の事があって、小二郎は絵恋の様子が心配だったけれども
それは杞憂だったらしく、絵恋は機嫌よさそうに笑っている。
メイド達もいつもよりキャッキャとはしゃいでいるのは
絵恋の事を元気づけようとしているからだろうか?
そんな彼女達の話題は、小二郎のメイド服の事だった。
「ねぇ絵恋様!小二郎のメイド服、どれが良かった!?あーちゃんのだよね!」
「うぅっ……まさか絵恋様が同じ様なのを持っていたなんて……!
嬉し涙が止まらない!!絵恋様ぁ♥♥ここで着てみませんか!?」
「嫌よ!千賀流さんの前でしか着ないの!」
プイとそっぽを向いた絵恋に、日向がデレデレしながら身をくねらせる。
「あぁん♥♥日向ショックですぅ♥♥でも想像するだけで嬉し涙ポロリ!」
「日向……その嬉し涙を悲しみの涙に変えてやろうか?」
「ひぃぃっ!?月夜さんが厳しい!!」
縮みあがる日向に冷たい視線を向けた後、月夜は絵恋に優しく声をかける。
「絵恋様?どうでしょう?小二郎のメイド服の件……
何か気に入ったメイド服はありましたか?」
「そーねー……」
絵恋が考えるのを、メイド達は……特に小二郎はドキドキしながら待っていた。
結論は……
「やっぱり、小二郎はいつものメイド服でいいわ!」
「「「「!!??」」」」
メイド一同唖然。しかし、絵恋の意見は絶対である。
「確かに……小二郎に似合ってるもんね」
「まぁ、あまり可愛いのを着られても、私が男ごときにたぶらかされるわ……」
「小二郎はあまり乗り気ではなかったし……良かった、な?」
先輩方の華麗なフォローに、小二郎はとりあえず小さく笑う。
「あ、はい……いつものメイド服が、いいです(オレの三日間の苦労は一体〜〜〜〜っ!!)」
心の中の叫びは表に出さない。

そんなこんなでメイド達と絵恋のお喋りが終わって、
それぞれ散り散りになる……時、小二郎は絵恋に呼びとめられた。
「あ、あのね小二郎……私、昨日千賀流さんにいっぱいお尻叩かれたの……」
「あ……!」
やっぱり!と、小二郎は気の毒そうな顔になる。
何て声をかけていいか分からなくて、その間に絵恋がモジモジしながら言葉を続けた。
「きっと貴方よりたくさん叩かれたわ!数えてないけど……
だから、ね……許してくれる……?」
「え!?」
「反省したの。ごめんなさい……ねぇ、許してくれる?」
まさか謝られるとは思っていなかった。
しゅんとした愛らしい表情にドキドキしながら
小二郎が慌てて首を縦に振ると、絵恋が嬉しそうに笑った。
「良かったわ!ありがとう!」
「おっ、オレの方こそ!」
「そうね!感謝しなさい!」
「はい!」
さっそく尊大さを取り戻している絵恋と丸めこまれている小二郎。
急に、絵恋は思い出したように「あ!」と声を上げた。
「ねぇ、ついでに……あのゴミ虫どうにかしてよ!
私の事すっごく睨んでくるの!しかも密かによ!?
目があった時はいい笑顔のくせに!何でアイツ無駄に器用なの!?」
「え!?」
絵恋の言うゴミ虫とは小二郎の兄の大一郎の事だ。
兄が自分の為にささやかな抵抗を続けているかと思うと、何だか嬉しくなる。
けれど絵恋の困惑顔を見ると可哀想な気もした。
その絵恋が遠慮気味に言う。
「わ、私、アイツには謝りたくないの……仲直りしたって言ってきて?」
「分かりました。ちゃんと伝えてきます」
“仲直り”……そんな言葉が微笑ましい。
小二郎はさっそく、主に言われた仕事を実行しに兄の元へ急ぐ。
着なれたスカイブルーのメイド服がヒラヒラと揺れた。

こうして、小二郎のメイド服と日常に平和が訪れた。



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【作品番号】BSE8

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