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あぁ、愛しのお姉様



名門、二城条家。
その格式の高さと財力を示す洋風の大屋敷に住んでいるのは、
当主のリオ(理央)、後妻にあたる妻のノエル(乃枝瑠)、
そして彼女との間にできた一人娘のシャルル(紗瑠々)。
あとは使用人達だ。

ある日、リビングのソファーで読書をしていたノエルの元に、ひどく慌てた様子の夫が乗り込んできた。
「ノエル!!どうしてシャルルに絵恋の事を話したんだ!!」
ノエルが驚いて声を出せずにいたら、夫はさらに喚き散らす。
「シャルルが絵恋に会いたいと言い出してる!冗談じゃない!
あんな頭のおかしい女に会わせたりしたら……あの女はシャルルを殺すぞ!!」
「落ち着いて。貴方は知らないだろうけど、今に始まった事じゃないの。
シャルルには毎回会わないように言い聞かせてるわ」
ノエルは興奮気味の夫に優しく言い聞かせる。
それを聞いたリオは、一気に安堵してソファーに倒れ込むように腰を下ろした。
「……さすが、君だ……」
「シャルルが殺されるなんて思ったからじゃないのよ?
あの子が会う事で、絵恋ちゃんの心を乱したくなかったからよ。
今はきっと、静かに幸せに暮らしているはずだから」
「……廟堂院家に嫁いだんだ。それなりに贅沢に暮らしてるだろうな」
「そんな言い方をしないで。お金の事じゃないわ。
貴方だって絵恋ちゃんの本当の幸せを願ってるはずよ?」
「私が願ってるのは君とシャルルの……私達家族の幸せだけだ……」
リオは妻に寄り添って、彼女の頬を撫でる。
ごく自然なスキンシップだったがノエルは悲しげな表情で言う。
「リオ、貴方はもっと自分の心に向き合うべきだわ。
私やシャルルにこんなにも優しくしてくれる貴方が、
絵玲奈さんや絵恋ちゃんを愛して無かったわけがないと思うの……!」
「忘れさせてくれ!!」
大声で叫んで胸に縋りついてきた夫に、ノエルの体が揺らいだ。
受け止めて、抱きしめ返すと呻くような声が聞こえる。
「無かった事にしたいんだ……絵玲奈の事も、絵恋の事も……!!
私は今、やっと、本当の幸せが手に入ったんだ……!奪われたくない……!」
「可哀想な人……そうやっていつまでも目を背けているから苦しいのよ?
いくら彼女達を恨んだところで逃げられないのに。
私達の幸せは絵玲奈さんや絵恋ちゃんの悲しみの上に成り立ってると思うの。
だからこそ私は、彼女達の幸せを心から願いたいのよ」
「君がそんな風に思わなくていい……」
「貴方はそう思うべきだわ……」
ノエルがそう言って、胸元にうずくまったままのリオの頭をそっと撫でる。
リオはそれ以上何もいわなかった。


所変わって、ここは娘のシャルルの部屋。
決して若いとは言えない両親を持つシャルルだが、実はまだ幼い少女だ。
彼女が生まれたのは前妻の娘の絵恋が廟堂院家に嫁いだ後だった。
シャルルは真剣な表情で手元の写真を見ながら言う。
「お母様にはいつも反対されるから、お父様に言えば分かってくださる
って思ったのが間違いだったわ……あんなに怖い顔をするなんて……
いつも優しいお父様……まるで別の人みたいだった……」
目に涙を浮かべる少女の持っている写真。
リオの前妻の絵玲奈と、娘の絵恋が写っている。
ちょうど絵恋がシャルルと同じ年の頃に撮られたものらしかった。
「こんなに可愛らしい絵恋お姉様。今はきっと素敵なレディーなんでしょうね。
私はお姉様に会いたい……どうしても、会いたいわ。ねぇ、琥珀丸!!協力してくれる!?」
シャルルは傍にいたメイドに縋りつく。
長い髪をした大人しげで可愛らしいメイドの“琥珀丸(こはくまる)”は
シャルルより年上だけれどまだハイティーンといったところ。
早速困り果てていた。
「お嬢様……旦那様と奥様の言いつけを破るおつもりですか?」
「そのつもりよ!お願い!ワガママだって分かってる!
でも、どうしても会いたいの!頼れるのは貴方しかいないから!」
「お二人に叱られますよ?貴女のお姉様も喜んでくれるか分からない……
それでも行きたいのですか?」
「それでもいきたいわ!!私は本気なの!琥珀丸!一生のお願いよ!
私ひとりでは無理なの!貴方の力を貸して!!」
「お嬢様……」
「兄者……」
突然、琥珀丸の声に渋すぎる低音ボイスが重なる。
シャルルと琥珀丸が声の方へ顔を向けると、いつの間にか
筋骨隆々、ピッチピチのメイド服を着た益荒男が腕組みをして立っている。
そして、キリッとした表情で二人に言った。
「話は聞かせてもらった。お嬢様の夢を叶えてあげよう、兄者。
我も兄者と離れ離れだったら、きっと会いたいと思う。
それに、兄者はこっそり廟堂院家の情報を集めているじゃないか。
この時の為じゃないのか?」
「それは……」
「お嬢様、兄者も我も喜んで協力します」
「琥珀丸!鼈甲丸!ありがとう!」
嬉しそうなシャルルとやる気十分の弟メイド“鼈甲丸(べっこうまる)”
様子を見て、琥珀丸は根負けしたようにため息をついた。
そして、3人でこっそりと屋敷を抜け出した。



真っ青で半泣きのお抱え運転手が運転する車で、目的地の
廟堂院家までやってきたシャルルとメイド二人。
屋敷の正面入り口ではなく、そこから離れた塀沿いにいた。
ぴったりと琥珀丸にくっついているシャルルが言う。
(きっと、私達だけじゃ、正門からは入れてくれないと思うの。
ここから中へ忍びこめないかしら?)
(お嬢様……!!)
「ふんぬっ!!」
呆れた様な声をだす琥珀丸に続いて、鼈甲丸は厳つい掛け声と共に、高い塀の上に向かって何かを投げる。
投げた物が見事に塀に引っ掛かって縄梯子がかかった。
鼈甲丸はシャルルに小声で言う。
(これでは入れると思う。我が先に行って周りの注意を引くから
お嬢様と兄者はその隙に、お嬢様の姉者を探すんだ)
(鼈甲丸……ありがとう……!無理しないでね?)
(平気です。お嬢様、早く姉者に会えるといいですね)
鼈甲丸はにっこりと笑って……大きな体に似合わず、音も無くスラスラと梯子を上って
塀の中へと飛び降りていく。
琥珀丸は呆れと感心半々ながら、シャルルに微笑みかけた。
「僕達も行きましょう。お嬢様、しっかりつかまっていてくださいね?」
琥珀丸にしっかりと抱き寄せられながらシャルルも梯子を上った。
そして……
「うぬぅっ!!」
ドスッと地面に着地する鼈甲丸。誰もいないか周りを見渡していると
「ぎゃぁああああっ!!だっ、誰だお前っ!!?この変質者!!」
聞こえた悲鳴と罵倒。鼈甲丸がすぐさま音源へ顔を向けると
真っ青な顔をした若い執事がいた。真っ青であるけれどすでに臨戦態勢だ。
「最初に会ったのが俺だったってのが運の尽きだな変態!ここから先は一歩も通さないぜ!?」
「…………」
「おい!何とか言えよ!」
「…………う、美しい……」
「へ?」
「透きとおった淡い蜂蜜色の髪……麗しき紅薔薇色の瞳……」
「え??は??」
鼈甲丸が頬を紅潮させて瞳を潤ませる様子に、臨戦態勢だった
執事はだんだん逃げ腰になってくる。
しかし鼈甲丸はカッと目を見開いて叫ぶ。
「待ちわびたぞ……我がプリンス様ぁぁあああッ!!
ぜひ接吻を前提にお付き合いをぉぉぉぉぉっ!!」
「ぃひぃぃぃぃぃっ!!?」
鼈甲丸の大声に尻もちをついたその執事は、最初の勢いどこへやら、
涙目になって尻もち状態のまま後ずさりし始めた。そこへ……
「門屋さ――ん!こっち側は終わりました――!」
また別の執事が尻もち執事に向かって走ってくる。
傍まで来ると、首をかしげて不思議そうな顔をした。
「どうしたんですか門屋さん……お客様ですか?」
「そっ、そうだ!!おい、変態メイド!俺なんかよりこの鷹森の方が
ピチピチフレッシュでいい男だぜ!?付き合うならコイツにしとけよ!」
尻もち執事はそう言って即座に立ち上がると、やってきた執事の腕を掴んで
ズイっと鼈甲丸の方へ差し出した。
差し出され執事は一気に涙目になって叫ぶ。
「えっ!?付き合うとか、こっ、困ります!!僕には好きな人が!!」
「え?何?死にたいって?」
「ひゃぁぁっ!言ってません!!で、でもっ僕は好きなひ……」
「変態メイド!“嫌よ嫌よも好きのうち”だぜ!?こうなったら
“既成事実”作って一気にゴールインだ!!やれ!!」
「うわぁああああっ!!何言ってるんですか門屋さん!!」
激しく言いあう若い執事二人。
鼈甲丸は初恋乙女フェイスで猛烈に悩んでいた。
「ぬぬぬぬっ……二人のプリンス様、確かにどちらも捨てがたい……!!
いっそ、二人と接吻……!!」
「「ぎゃぁぁぁあああっ!!」」
鼈甲丸の苦悩に悲鳴を上げる二人の執事。
するとそこへ、またしても若い執事が加わってきた。
「こら!門屋君、鷹森君!!二人で何遊んでるんですか!?
……おや?そちらは……」
新たな執事に見つめられる鼈甲丸の瞳は雷に打たれたように大きく見開いた。
「な、何と……何と美しき殿方……!!」
「おやおや」
「待ちわびたぞ……我がプリンス様ぁぁあああッ!!」
鼈甲丸の大声に、先にいた二人の執事は悲鳴を上げて抱き合うが、
新たにやってきた大人っぽい執事はそっと鼈甲丸の手を取って微笑んだ。
「光栄です、姫
「ハッ……!!」
鼈甲丸は顔を真っ赤にして硬直してしまった。
その瞳の中に、たくさんの星が輝いていた。


その頃。
鼈甲丸を囮にして、屋敷の中に入った琥珀丸とシャルル。
隠れつつ進みつつ“お姉様”を目指していた。
ずっと琥珀丸の腰に縋りついているシャルルは、見る物すべてに
目を輝かせて、時折興奮気味に(しかし小声で)琥珀丸に話しかけていた。
(ねぇねぇ琥珀丸!私、まるで絵本の中のお城に迷い込んだみたいだわ!
私、もっときちんとしたドレスを着てくれば良かった!!)
(お嬢様は今の格好でも十分お可愛らしいですよ)
(そ、そうかしら……?ねぇ、琥珀丸はどこへ向かっているの?
お姉様の居場所が分かるの?)
(僕はメイド長に向かって進んでいるつもりです。情報によれば、
その“月夜”という方がお嬢様のお姉様に一番近い人物らしいので。
彼女に事情を話せばきっと……!)
(そうなのね!ドキドキする……でも、琥珀丸はメイド長の居場所を知ってるの?)
(いいえ。でも、メイドとメイドは惹かれあう……より強力な“メイドオーラ”を
感じる方へと、進んでいます。“メイドの勘”というものでしょうか?)
(すごいわ……!そんな探し方があるのね!)
(あ……!!お嬢様、失礼します!)
(きゃっ!?)
琥珀丸が急にシャルルを抱き締めて身をひそめる。
視線の先には……背の高い褐色肌のメイドがいた。
琥珀丸が真剣な表情で呟く。
(彼女ですね……メイド長は……)
(わぁっ!砂漠の宮殿の王子様みたいだわ!お姉様とすごくお似合い!!)
(お嬢様?彼女は女性です。それに、お嬢様のお姉様はこの屋敷に
お嫁に来ているわけですから、使用人と恋仲だと大変な事になりますよ?)
(そ、それもそうね……「えぇっ!!?女の人!!?」
琥珀丸が慌ててシャルルの口を押さえるけれど遅かった。
メイド長は機敏にシャルル達の方を向いて、厳しい声を出す。
「そこに誰かいるのか?」
琥珀丸はシャルルを抱きよせている手に力を込めて言う。
(これ以上、隠れていても仕方ありませんね)
(琥珀丸ごめんなさい……。彼女、怒るかしら?)
(ご安心くださいお嬢様。廟堂院家と二城条家は身内です。
手荒な事はされないでしょう。いざという時は、僕が貴女を守りますから)
その会話が終わった直後、琥珀丸とシャルルは月夜の前に進み出た。
不安そうなシャルルを腰にくっつけたままの琥珀丸が落ち着いた様子で話し始める。
「初めまして。廟堂院家のメイド長、月夜様とお見受けします。
我々は二城条家から参りました。こちらは二城条紗瑠々お嬢様、僕は彼女のメイドの琥珀丸です。
突然、忍び込むような形での訪問をお許しください。実は絵恋様に」
「お引き取り願います」
「「!!」」
いきなりの拒絶に、琥珀丸もシャルルも一瞬言葉を失った。
しかし琥珀丸が負けじと反応する。
「もう少し話を聞いてください!我々が二城条家の人間だというのが疑わしいなら……」
「絵恋様と二城条家は絶縁しているはずだ。絵恋様もそれを望んでおられます。
今すぐお引き取りください」
「シャルルお嬢様は、母親は違えど絵恋様の妹です!!
ご自身のお姉様に会いたいという強い想いでここまで来たのです!
せめて、絵恋様にこの話を通して下さい!!」
「今更、絵恋様を苦しめる気ですか……バカな事を言わないでくれ……!」
一瞬だが、月夜の激しい怒りが見えた。
圧倒されるような威圧感を崩さないまま彼女は言う。
「幼い子の前でこんな事言いたくはないけれど……
二城条家の今の奥様は、絵恋様から父親を奪った毒婦だ。
そして当主様はそれになびいて絵恋様と彼女の母親を捨てた最低な男。
そんな両親の娘に、絵恋様が会いたがると思いますか?」
「酷い!!シャルルお嬢様の前で何て事を!!」
「いいのよ琥珀丸!そんな事分かってるもの……!!」
シャルルが月夜の前に歩み出る。
少し怖じ気づきながらも、真っ直ぐに月夜を見据た。
「ごめんなさい……。本当に、その事はよく分かっているつもりなの。
貴女は、お姉様を守ろうとしているのよね?」
「…………」
「どうか信じて!私は、お姉様を傷つけに来たんじゃないの!
お姉様に会いたくて……一度お話をしてみたくて!
ただそれだけなの!私がお父様とお母様の娘だという事は、黙ってるわ!
それでもダメかしら!?お願い!決して、お姉様を悲しませないと誓うから!」
「…………」
幼い少女のあまりにも真剣で、誠実な態度。
“お姉様に会いたい!”という一途な想いに、月夜は強く追い返せなくなってしまった。
時間にすれば数秒だけれど、迷いに迷ってこう告げた。
「貴方達が“二城条家の人間”だと、絵恋様に悟られない。それだけは絶対に守ってください」

シャルルの悲願が、ここに果たされた。


その後、月夜に連れられたシャルルと琥珀丸は
大きな扉の部屋の中に招き入れられる。
「絵恋様、失礼します。実は絵恋様に会いたいという方がいらして……」
「誰?」
シャルルは見た。“絵恋”と呼ばれた彼女の“お姉様”の姿を。
それはベッドから気だるそうに体を起こす小柄な乙女で、
フリルとレースがふんだんに使われた華やかな部屋着を纏っていた。
体は色が白くて小柄、顔立ちはまだ少女のように可愛らしくて
少し内巻き気味のふわりとした長髪が揺れる。
「こちらのお嬢様です。彼女のメイドも一緒に。先日のパーティーで絵恋様と
ぜひ仲良くしたいと思ったけれど声がかけられず……なのに
どうしても忘れられず……この屋敷まで足を運んでくださったそうです」
という、月夜の嘘説明の間もシャルルの胸は高鳴りっぱなしだった。
絵恋の方はシャルルを物珍しそうに上から下まで眺める。
そして……
「……素敵!!」
と、嬉しそうにベッドからぴょこんと降りて来た。
警戒心も無くシャルルに近付いてきて笑う。
「私もちょうど、偽物の妹が欲しいと思ってたのよ♪これって、
日向が貸してくれた『秘密の☆クロス・シスターズ』お話にそっくり!」
絵恋がそう言った瞬間、月夜に睨まれた眼鏡のメイドが真っ青になって
「全年齢!!全年齢向けです!」と叫んでいた。
絵恋はそのやり取りを気にすることなくシャルルに顔を近づけて尋ねる。
「貴女、名前は?」
「しゃ、シャルル……です……」
「可愛い名前ね!シャルル、私の事は“お姉様”とお呼びなさい?」
「!!」
シャルルはその瞬間、感動と緊張と喜びで顔を真っ赤にして
瞳を潤ませる。けれども震える唇で、元気よく返事をした。
「はっ、はっ……はいっ!!お姉様ッッ!!」
「うふふっ♪貴女って可愛いわ〜〜♪」
絵恋がはしゃぎながらシャルルに抱きつく。シャルルはもう天にも昇る気持だった。
(……お姉様……!!やっと、お会いできた!!
あぁ、なんて優しくて素敵な方なの……!本当にお姫様みたい!!)
シャルルが昇天している間も絵恋はテンション高めに喋り続けている。
「ねぇシャルルは何が好き!?何して遊ぶ!?あ!そうだわ!
最近美味しいクッキーを見つけたのよ!月夜、持ってきて!!」
「かしこまりました」
その後、あっという間に紅茶とクッキーが運ばれてきて、
シャルルと絵恋のお茶会が始まったわけだが、シャルルは内心
まともにクッキーの味も分からないほど舞い上がっていて、
絵恋の方も上機嫌だ。クッキーを食べつつ、明るくシャルルに話しかける。
「でも、良く考えたら私とシャルルは年が離れてるのに、“仲良くしたい”だなんて変わってるのね。
どっちかっていうと千歳ちゃんや千早ちゃんと歳が近そうじゃない」
「千歳ちゃんと千早ちゃん?」
「私の坊や達よ。とっても可愛いの」
「坊や……って、お姉様、子供がいらっしゃるの!?」
「そんなに驚く事かしら?」
「だ、だって!!お姉様が、私と年が近い子のお母様って事で……
とてもそんな風には見えないもの!!」
「まぁ、嬉しい 貴女って本当にいい子ね〜シャルル。あ!そうだわ!!」
ますますご機嫌な絵恋が“いい事考えた!”とでもいう様に手を打つ。
そして極上の笑顔で言う。
「シャルル!貴女、千歳ちゃんか千早ちゃんのどっちかと結婚しちゃいなさいよ!
そうすれば本当に私の家族になって、義理の娘だけど……妹みたいなものよね♪」
「えっ、えぇええええっ!?」
絵恋のトンデモ発言に顔を真っ赤にするシャルル。
しかし絵恋は気にしない。
「ねぇ、いいでしょ??もしかして、別のボーイフレンドがいたかしら?」
「い、いません!!いませんけど……」
「じゃあいいじゃない♪今から会いに行く??」
「ま、待ってお姉様!!いきなりだなんて恥ずかしいです!せ、せめてまず写真か何か……!!」
「写真?……そーねぇ……月夜、何かある?」
「こちらはどうでしょうか?比較的最近の物です」
絵恋のいきなりの要求にも即座に対応する月夜。
手渡された写真を見た絵恋は大満足の笑みだ。
「あら、いいわね!シャルルどう?こっちが千歳ちゃんで、こっちが千早ちゃん!」
絵恋がシャルルに差し出す様にテーブルの上にスッと写真を滑らせて
それぞれ男の子を指さして説明した。
――シャルルは心臓が止まるかと思った。
ますます顔を赤くして顔の前で両手を振りまくる。
「むむむむむっ、無理ですッッ!!こんな、素敵な男の子……私なんて釣りあわない!!」
「え?千歳ちゃん?千早ちゃん?」
「どっちもです!!だ、だって……二人共、絵本の中の王子様みたいなんだもの!!」
「王子様?あはははははっ!!きっと、坊や達喜ぶわね!
じゃあ、本人達の前で言ってあげましょ☆」
とにかく絵恋は気にしない。
立ち上がってシャルルの手を取るのでシャルルは恥ずかしくて大混乱だ。
「きゃ――っ!だめだめだめっ!!ダメですお姉様ぁぁっ!!
私みたいなの釣り合わないですぅぅぅっ!」
「何言ってるのよ!シャルルは可愛いんだから!きっと坊や達も一目惚れよ!」
ぐいぐいシャルルの手を引いて連れだそうとする絵恋。
シャルルは必死で抵抗する。
「許して下さいお姉様ぁっ!今度!この次!
だってほら、私はまずお姉様と仲良くなりたいんです!」
「むぅ〜〜そう?」
ここで絵恋は諦めたらしい。
パッとシャルルの手を離して元の様に座る。
そして肩にかかった髪を払って悪戯っぽく笑う。
「まぁいいわ!そのうち、絶対にシャルルを私の妹にしちゃうんだから♪」
「お、お姉様……!」
「うふふっ♪その為にはまず、私がシャルルに気に入られなきゃね!
ねぇシャルル……これを食べ終わったら恋が叶うおまじない、教えてあげる!!
いっそ、特製惚れ薬も作りましょ!」
「も――っ!どうして全部恋の事なんですか――っ!!」
「あははははっ!!」
嬉しそうに困っているシャルルと嬉しそうに笑う絵恋。
すっかり打ち解けた二人は本当の姉妹の様で、メイド達も微笑ましく見守っていた。
日向は高性能カメラのシャッターを切りまくっていた。

そうして、絵恋とシャルルとメイド達は、
お人形遊びや、皆で色々なドレスを着倒す着替え遊び、トランプ等々、
仲良く遊んでガールズ同士大盛り上がり。
楽しい時間はみるみる過ぎ去って宴もたけなわ。
今は、皆で絨毯に座りながらチーム対抗神経衰弱で遊んでいて
シャルルは幸せの絶頂だった。
(ここに来てよかった……!お姉様はやっぱりとても優しくて素敵な人だわ!
あぁ、今日はいつまでもお姉様と遊んでいたい気分!!)
心の中でそう思いながら絵恋を見ると、絵恋は嬉しそうにシャルルに抱きついてくる。
「シャルル♪また私達の勝ちよ〜〜!!私達って相性がいんだわ!運命の姉妹なのよ!」
「はい!お姉様!!」
シャルルは嬉しくて嬉しくて、絵恋に抱きつきかえす。
その時だった。

「シャルル!!」
男の叫び声と共に乱暴にドアが開く音。
抱き合っていた絵恋とシャルルが驚いて乱入してきた男を見る。
((お父様……!?))
仮初の姉妹が同時に心の中で叫ぶ。
怒りに満ちた表情の男は二人の父親のリオだった。
「貴様!!娘から離れろ!!」
「!?」
「お姉様!!」
絵恋は声を出す隙すらなく、乱暴にシャルルと引き離された。
突き飛ばされて倒れそうになった絵恋の体を月夜が素早く抱きとめる。
他のメイド達もとっさに絵恋の周りを守る様に囲む。
リオは絵恋の様子には目もくれず、シャルルの体を心配そうに撫でた。
「シャルル、大丈夫か!?あの女に何かされなかったか!?」
「な、何もされてないわ……!」
「琥珀丸!!お前が付いていながらこれはどういう事だ!!説明しろ!!」
「やめてお父様!琥珀丸は悪くないの!私が彼に無理を言ったから!」
シャルルとリオが騒いでいるのを呆然と見ている絵恋。
「どういう事……?あれは、お父様で……シャルルが、娘?
そんなはずない……だってお母様はずっと前に死んだのよ……?
私に妹なんていなかったわ……!!」
真っ青な顔でブルブルと震えだす絵恋の姿に、月夜は唇を噛んだ。
絵恋はますますパニックに陥っていく。
「じゃあ、あの子は何……?どうしてお父様に私以外の娘がいるの……?!
ねぇ、月夜!!あの子……まさか……!!」
「絵恋様……!!」
今にも泣き叫びそうな絵恋を月夜が抱きしめる。
けれどそんな絵恋に追い打ちをかけるようなリオの怒鳴り声がした。
「絵恋!!先に言っておくぞ!?シャルルは私とノエルの大事な娘だ!!
今後お前に関わらせるつもりは一切無い!!
もしこの子に妙なマネをしたらタダで済むと思うな!?」
「「!!」」
その言葉で、絵恋とシャルルはお互い真っ青になって顔を見合わせた。
泣きそうなシャルルの瞳に映る絵恋の顔は、一瞬で憎しみを含んだ嘲る様な笑顔に
変わり、大声で笑い出した。
「ふっ、ふふっ、あはははははっ!!すごいわぁ!
さっすがあの雌豚の娘ね!私を騙して何を企んでいたのかしらぁ!?」
今の絵恋にさっきまでの優しい“お姉様”の面影はない。
正反対に明らかな敵意を向けて、シャルルに挑発的な言葉をぶつける。
「汚らわしい雌豚の娘が、よくも抜け抜けとここへ来られたものね!?
恥知らずもいいところだわ!アンタと関わるなんてこっちから願い下げよ!!
今すぐ帰って!!二度と私の前に姿を現さないでちょうだい!!」
「よくも娘に……!この気狂い屑女め!!」
「やめて!!」
シャルルは叫んで、リオの腕を強く引っ張った。
そのままリオに向かって半泣きながらも強い口調で言う。
「お姉様にそんなひどい事を言わないで!!お父様、いつも
私とお母様にはとても優しくしてくれるのに、どうしてお姉様にそんな事言うの!?
お姉様だってお父様の娘じゃない!!今日のお父様はおかしいわ!!」
「……!!」
リオは明らかに言葉を詰まらせて動揺した。
一方のシャルルは、今度は絵恋と月夜の方を向いて悲しそうに言う。
「お姉様……ごめんなさい。私は、お姉様とお話がしたかっただけなの。
でもお姉様を傷つけてしまった……月夜さん、約束を守れなくてごめんなさい。
やっぱりここへ来てはいけなかったんだわ。
お姉様、少しの間でもあなたの妹になれて嬉しかった。
本当にごめんなさい……」
「シャルル……っ、帰るぞ……!!」
リオがシャルルの腕を強引に引いて連れだそうとした時
「待ってシャルル!!」
絵恋が叫んだ。
そうやって呼びとめた事を、自分でも信じられない、というような
複雑な表情で困惑しながら言葉を続ける。
「……あの、酷い事を言ってごめんなさい……貴女は……」
そこまで言って、両手で顔を覆った絵恋。
最後は絞り出すような声だった。
「……早く帰りなさいよ!!」
「お姉様……!!」
シャルルも絵恋に呼びかける以上の事は出来なかった。
胸が苦しくて、悲しくて……結局はリオに連れられて廟堂院家を後にした。


帰りの車の中、少し落ち着いた様子のリオがシャルルを叱った。
「シャルル、どうして私達に黙って絵恋の所へ行ったりしたんだ!」
「……お父様もお姉様に一言謝って欲しかったわ……」
「シャルル……!!」
それっきり二人は何も話さないまま、二城条家に帰ってきた。


「おかえりなさい……!!」
心配そうに玄関で出迎えてくれたノエルに、リオが沈んだ声で言う。
「ノエル……シャルルを頼む……」
「リオ……」
「済まない。部屋で休んでくる」
リオが行ってしまうと、ノエルはシャルルを見た。
母親の顔を見たシャルルはまた涙ぐんでしまう。
「お母様ごめんなさい!私、どうしてもお姉様に会いたかったの!!
でも、お父様がお姉様にひどい事を言って、お姉様がとても悲しそうで……!!
さっきからお父様もずっと辛そうで……!!
今はとても反省してるの!私一人のわがままで、お父様もお姉様も
たくさんの人を悲しませてしまったんだわ……!!」
必死に謝りながら、泣いて後悔するシャルルに、ノエルは静かに言う。
「シャルル……貴女は本当に反省していると思うわ。
けれど、貴女はお父様とお母様の言いつけを破った……
どうすればいいか分かるわね?」
「はい……」
シャルルは俯いて頷く。
母親に手を引かれても抵抗しなかった。

その後すぐ、シャルルは自室でノエルからお仕置きされる事になる。
ベッドに腰掛けたノエルの膝の上で、剥き出しのお尻を何度も叩かれた。
パン!パン!パン!
「あぁっ!ごめんなさいお母様!」
「お父様やお母様は貴女に意地悪してダメだって言ってたわけじゃないのよ?
ダメだという事にはちゃんと理由があるの!理由は何度も話したわよね?」
「う、あ!私が会うと、お姉様が悲しい思いをするからって……!」
「そう。覚えているのにどうして勝手な事をしてしまったの!」
「ごめんなさい!ひゃっ、あぁんっ!」
パン!パン!パン!
悲鳴に近い声で謝るシャルルのお尻を叩きつつ、ノエルは冷静なお説教を続けた。
「お父様もとても心配していたのよ?
お父様は少し感情が不安定なところがあるから、
貴女を心配し過ぎると周りが見えなくなってしまうの」
「あぁっ、んっ!私のせいだわ……!私がお父様をすごく心配させたから、
お父様がお姉様にひどい事を言ったのね……!」
「そうかもしれないわね……もちろん、お父様が悪いところもあるんだけれど……」
「うっ、うぅっ……!!」
「貴女は、お父様やお母様を心配させてまで自分の望みを叶えたかったのかしら?」
ノエルがそう言った途端、泣いていたシャルルは大声で叫んだ。
「違う!違うわ!ごめんなさい!!私、私……っ!!どうしても我慢できなかったの!
お父様やお母様や、お姉様を悲しませたかったわけじゃないわ!!」
パン!パン!パン!
お尻を打つ音に負けないくらいの大声を出して、シャルルは叫び続ける。
「ごめんなさい!ひっく、本当にごめんなさい!
写真で、私に素敵なお姉様がいるって知った時、嬉しかったの!
私はお姉様に会いたかった!仲良くしたかった!
お姉様と私達がケンカ中だって、聞いていたけれど、それでも……!
もしかして、私とお姉様がとても仲良くなって、そしたら!!
お父様やお母様とも仲直りできて、皆で仲良くできるんじゃないかって思ったの!」
「シャルル……!」
「んっ、あぁっ!!いつか、お父様とお母様の事をお姉様に話したかった!
私のお父様やお母様はこんなに素敵な人なんだって、
お姉様に分かって欲しかったの!!そしたら嫌いになるはずが無いわ!!」
「ありがとう……でも、そんなに簡単な事じゃないの……。
分かるでしょう?実際今日、お父様とお姉様はケンカ別れになってしまった……」
ノエルは今までの娘の言葉に泣きそうになりながら
一瞬緩みそうになった手を、頑張って振り下ろす。
パン!パン!パン!
「うぇぇっ、ふぁぁっ……!」
「貴女は納得できないかもしれないけれど、我慢しなきゃいけない事は
たくさんあると思うわ。私達は貴女を守りたいの。
たから、お父様やお母様の言う事が聞けない悪い子は……」
ノエルは今までより強く平手を振り下ろす。
バシィィッ!
大きな音が鳴って、シャルルも大声で泣き出した。
「いやぁあああっ!!ごめんなさいぃぃっ!わぁぁあああん!!」
「こうやってお仕置きするわよ?貴方も十分反省してちょうだい」
「あぁああああん!!ごめんなさいお母様ぁぁぁぁっ!!」
幼い体で手足をばたつかせて、泣いているシャルル。
そしてそんな娘を可哀想に思いつつも手を緩められないノエルは
今までの調子で叩き続ける。
その頃にはシャルルのお尻はすっかり赤くなってきた。
パン!パン!パン!
「ふぇぇっ!うぁあああああん!!」
「それにね、シャルル……貴女、琥珀丸と鼈甲丸を捲きこんだ事はどう思ってるの?」
「へゃっ!!?」
「彼らも貴女と同じよ?しかも、貴女みたいに“お父様とお母様の言う事を聞かなかった”
っていうレベルじゃないの。メイドがご主人様の言う事を聞かなかった事になる……。
彼らがどういう目に遭うか貴女に想像できる?」
パン!パン!パン!
「んあっ……あ……!!」
「お父様にとってはきっと、彼らが貴女を危険な目に遭わせた事になってるわ。
貴女の事となると、神経質すぎるお父様は彼らにどんな罰を与えるのかしらね?」
「いやぁああああっ!」
シャルルが悲鳴を上げて、大げさなほど泣き叫ぶ。
「違うわお母様!あれは私が悪いの!私が二人に我がままを言ったから!
彼らは何も悪くないわ!!お父様にもそう言ったもの!」
さっきまで泣くだけだったシャルルの声は明らかに動揺していた。
今まで以上にボロボロ涙を流して必死にノエルに言う。
「お母様ごめんなさい!私が何でもするわ!あの子達を助けて!!
お願い!あの子達に何もしないように、お父様に頼んでぇぇぇっ!!」
「ダメよシャルル。きっともう遅い。
私や貴女が何を言っても、きっとお父様は彼らを許さない。
だから貴女は反省しなきゃいけないの。貴女が軽はずみに動くと、彼らにも迷惑がかかるって」
パン!パン!パン!
「いや、いやぁぁぁぁっ!
うわぁぁぁぁん!!琥珀丸――――っ!鼈甲丸――――っ!」
「…………」
今までで一番泣き叫んでいるシャルル。
正直、シャルルを反省させる為に話を盛ったところもあるけれど、
ノエルは何も言わずに彼女の赤くなったお尻を叩き続けた。
パン!パン!パン!
「あぁああああん!!ごめんなさいぃっ!!」
しばらくは、シャルルが泣いて謝っても叩き続けて……
「ごめんなさい!ごめんなさいお母様ぁぁっ!!んぁぁあっ!!」
シャルルもずっと謝り通しだし、お尻も赤いしで、もう十分かと思ったので声をかけた。
「反省したの?もうしない?」
「反省したわ!本当に反省した!
もうお父様やお母様の言いつけを破って勝手な事をしないから――っ!
うわぁぁぁぁん!ごめんなさぁぁぁい!!」
パン!パン!パン!
最後少しだけ叩いて、ノエルはシャルルを抱き起こす。
「シャルル、もういいわ。今日は終わりにしましょ」
「お母様ぁぁぁっ!!」
泣きながら縋りついてきた娘をノエルは優しく抱きしめる。
シャルルはそんな母親に頬ずりをして泣き続ける。
「私、私……みんなにたくさん謝らきゃ……!」
「そうね。お父様と、琥珀丸と鼈甲丸に……」
「ぐすっ、みんな、許してくれるかしら?」
「ええ。シャルル……痛いお仕置きをしてしまったけど
これだけは分かっておいてね?皆、貴女が大好きなの。
今度からはお母様も、あなたの話をもっと聞く事にするわ。
無茶をする前に相談してね?」
「うわぁあああああん!!」
シャルルは泣きながらノエルの胸で頷いていた。


そんな事があって……その後、空が薄暗くなった頃。
メイドにそっと耳打ちされたノエルは急いで屋敷の裏に回る。
滅多に人の来ない裏庭に立っていたのは廟堂院家のメイドの月夜だった。
ノエルは緊張していた。
月夜に会うのは久しぶりだし、以前にも増して敵を寄せ付けない強さを感じたからだ。
そして自分は間違いなく彼女の“敵”と認識されているだろう。
それでも恐る恐る月夜に声をかける。
「お久しぶり……ね。今日は、色々とごめんなさい。
主人と娘がご迷惑を……あの、良かったらどうか屋敷の中に……」
「いいえ。ここで結構です。
シャルル様の忘れ物を届けに来たのですが……お渡しできない事を伝えに」
「え?」
月夜の言葉の意味が分からずにポカンとしてしまったノエルの目の前に、
ふわりとハンカチが広げられる。レースに縁取られた花がらのハンカチは、
確かにシャルルの物だった。だが、ハンカチには大きな謎の図形が描かれている。
そして図形の中心には赤黒い染みがあった。
異様な不気味さにに息を飲むノエルに、月夜が淡々と言う。
「見えますか?この模様」
「ええ……」
「これは受け取った相手が怪我をする呪いです」
「!!」
ノエルは真っ青になる。
肌を撫でる風が急に冷たくなった。
頭が真っ白になりかけて、月夜の声が聞こえた。
「これが絵恋様のお気持ちです。またシャルル様が廟堂院家に足を踏み入れれば
彼女の身の安全は保障できません。覚えておいてください……」
「…………」
「……理解していただけないかもしれませんが、
これは絵恋様の優しさなのかもしれません。普段の絵恋様なら、本気で恨んだ相手は
“殺す呪い”をかけますから。実際、昔の貴女にはそうしていました。
シャルル様にはそこまでできなかったのでしょう……。
このハンカチはこちらで処分します。呪いは無効だからご安心ください。
弁償もさせていただきます」
「い、いいえ!!いいのよ弁償なんて!!……貴女は、シャルルを助けてくれたの?」
「絵恋様を守るためです。彼女にはむやみに誰かを傷つけて欲しくない。それに……」
月夜は、一瞬だけ悲しげに目を伏せて言う。
「絵恋様は貴女やシャルル様を極悪人の様に言いますが、私はそうは思わない。
あの男は別ですがね。ただ、私は絵恋様のお気持ちを第一に動きます。
これ以上こちらに干渉してくるつもりなら、もう貴女方を庇いません。
お互いの為に、これ以上は関わらないようにしましょう」
「…………ええ。ごめんなさい」
「こちらこそ……では、私はこれで失礼します」
月夜は帰っていく。
ノエルは力無くその場に崩れ落ちて、俯いていた。

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月夜が廟堂院家に戻って来て、絵恋の部屋に行くと
絵恋が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ねぇ、月夜!!あのハンカチ、シャルルに渡したの!?」
「いいえ」
「えっ!?」
「申し訳ありません。届ける途中で落としてしまったようで……。
ですが、“もう我々に関わらないでくれ”という事は伝えて来ました」
絵恋は目を丸くした後、月夜から目を逸らしつつ、ホッとした様子で言った。
「そ、そう……命拾いしたわね、あの子……。貴女も、おっちょこちょいなんだから!」
「申し訳ありません」
「いいわ!許してあげる!あーあ!早く千賀流さん帰って来ないかしら〜〜!!」
どこか嬉しそうにしている絵恋に、月夜は悲しげに微笑んだ。




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【作品番号】BSE7

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