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その時!恋の歴史が動いた!




町で噂の大富豪、廟堂院家。
今日も今日とてお気楽な“CAD”(小二郎ちゃんを愛する同盟)メンバー。
執事控室で喋っていた。何となくしんみりした雰囲気で。
「俺さぁ、最近思うんだ。小二郎ちゃんって、鷹森といる時が一番可愛いよな?
もうさ……このまま、あの二人幸せになって欲しいなって……」
「分かる。なんか、兄の気分?それが小二郎ちゃんの幸せなら、俺もそれでいいと思う」
「俺達は広い意味で“小二郎ちゃんを愛する同盟”だもんな。
小二郎ちゃんの幸せを守るのが目的で……俺達が付き合ってあげられるわけじゃないしな」
そんな事をのんびり言うメンバーの中、一人が勢いよくと立ち上がる。
「バカ野郎!!小二郎ちゃんの相手はリーダーしか認めないのが俺達だろ!?
鷹森にほだされんなよ!俺達がリーダーを応援しなくて、何のための“CAD”だよ!!」
熱く語る仲間に、“もう鷹森でいい派”の仲間達はまたまたのんびり言う。
「案外リーダーも同じ気持ちなんじゃねーの?もう鷹森との事、認めちゃってるっていうか……」
「そうそう。リーダーって鷹森の事、そんなに嫌いじゃないと思うんだよな」
「な。逆に仲良く見えるよな?あんなに小二郎ちゃんと鷹森が仲いいのに、
鷹森にじゃれるくらいで何もしないんだから、もう諦めたんじゃね?」
「だ〜〜れが諦めたって?」
突然入ってきた声に、メンバー達は全員振り向く。
全員からの注目の的になったリーダーの門屋は、先ほどのメンバーらの会話で
少々不機嫌気味に、けれどいつものように元気よくメンバーに叫んだ。
「あのなぁ!勝手な事言ってんじゃねーよお前ら!!
俺は鷹森が大っきらいだし、小二郎の事も諦めてねーよ!!
鷹森なんかに渡さない……絶対に!見てろ?俺はそろそろ本気で動くぜ?」
「おぉっ!リーダーがなんかヤル気だ!」
「そういう事なら、俺達全力で応援しますよリーダー!!」
「いっけ――リーダ――――!鷹森なんざ蹴散らせ――――っ!!」
メンバーの声援に応えるように門屋は弾けるような笑顔でガッツポーズを決める。
「当っったり前だ!俺が本気を出せば、小二郎は一瞬で俺にメロリンキュだぜ!!」
「いや、“メロリンキュ”はダサいですリーダー!!」
「うるせ――――っ!!」
門屋の登場&宣言に、さっきまで鷹森に傾いていたメンバーも合わせて、
皆が瞳を輝かせて騒いでいる。
そんな、恋に燃える門屋と盛り上がるCADメンバーを、相良が遠くから複雑な表情で見ていた。


それから数分後、門屋が廊下で鷹森に声をかけていた。
「鷹森ティ―!」
(鷹森ティー!!?)
呼ばれた鷹森は声は出さなかったものの、過剰驚き気味に振りむいてオドオドしていた。
「あの、僕、何か門屋さんの気に触る事しましたか……?」
「ん?強いて言うならお前の存在が気に触る」
「えぇっ!?」
「冗談だよ!半分本気だけど!それより、いい事教えてやろうか?」
(半分本気なんだ……)
ショックを受ける鷹森だが、門屋が機嫌よさそうな笑顔なので
やっと緊張が解けたように首をかしげた。
「いい事って何ですか?」
「もうすぐ、小二郎の誕生日だ!」
「え……えぇっ!?」
「やーっぱり知らなかった……どんだけトロいんだよお前……」
「ご、ごめんなさい……ありがとうございます!聞いといて良かったぁ……」
「どうすんだよプレゼント。お前、今度の日曜ぐらいしか買いに行く時無いぜ?」
「日曜日に買いに行きます!」
「お前一人で?ちゃんと選べんのかよ?」
「うっ……」
自信無さ気に俯く鷹森に内心ニヤニヤしながら、
門屋は表面では普通に話している風を装っている。
「お前のねーちゃんに一緒に選んでもらった方がいいんじゃねーの?
お前に全然似て無くて、美人だしセンス良さそうだし……」
「そ、そうですね……七美お姉ちゃん、予定合うかな……」
「ま、好きにしろよ。あ、お前小二郎にはプレゼントの事、当日まで内緒にしとけよ?
サプライズの方が喜ぶだろうから」
「サプライズかぁ……いいですね!本当に、ありがとうございます!
でも、どうして教えてくれたんですか?門屋さんも、小二郎君の事……」
鷹森が全部言い切る前に、門屋がめんどくさそうに伸びをした。
「ハンデだよ、ハンデ!お前なんて俺の敵じゃねーから、
これぐらいの援助が無いと勝負になんねーだろ!?」
「門屋さん……!ありがとうございます!僕、負けませんから!」
純粋な、爽やかな笑顔で門屋の前を走り去っていく鷹森。
それを見ながら、門屋はほくそ笑む。
「バーカ。お前は負けんだよ。コテンパンにな……」
鷹森に聞こえないようそう呟いて、門屋は次なる作戦へと歩を進めた。


門屋はこの時間の小二郎の動きを予測して、中庭の花壇に行く。
読み通り、小二郎が花に水をやっているところだった。
「小二郎♪」
「門屋……なに?」
声をかけると、小二郎は怪訝そうだったけれど、門屋は気にせずに明るく続けた。
「今度の日曜さ、暇だろ!?一緒にどっか遊びに行こうぜ!」
「……何で、急に誘ってきたんだよ……」
「い、いつもは兄さんが怖くて誘えないんだ!!」
この言葉を聞いて、小二郎は申し訳なさそうに俯いた。
「ごめん……前、お前がお仕置きされた時に、あんまり辛く当らないように言ったんだけど……」
「お仕置きされた時なんてねーよ!!」
「え?だって、前……」
「いつ!?何時!?何分!?何秒!?地球が何回まわった時!?」
「……ぷっ、相変わらずだな、お前」
笑った小二郎にホッとしつつ、門屋はさらに話を進める。
「とにかく今度の日曜日、遊ぼうぜ!
どうせ鷹森は予定があんだから!俺を断って、誘っても無駄だからな?」
「鷹森が予定あるって……何の?」
「知らねー。本人に聞けば?なぁ、日曜日
10時に執事寮の入り口で待ってるからな?!絶対来いよ?!」
「分かった……」
とりあえず、頷いた小二郎に喜ぶ門屋。
小二郎は後で鷹森に一応予定を聞いてみようと心に思う。
鷹森は、空き時間に実家に連絡を取ってみる。

そんなそれぞれの思いが交錯して、
そして、迎えた日曜日。天気は気持ちの良い晴れ空。
私服姿の小二郎は、同じく私服姿の門屋と町を歩いていた。

(鷹森……結局今日、誰と出かけるか教えてくれなかった……)
小二郎は悲しい気分で、ふと、カバンの中の携帯電話に付いたストラップが見えた。
前に鷹森とお揃いで買った物……余計に悲しくなった。
そこに楽しそうな門屋の声が聞こえてくる。
「で、ここのクレープがサイコーなんだよ!
お、ラッキー!いつもより空いてる♪ちょっとだけ待てるか?」
「うん……」
「よし!じゃ、並ぼうぜ?」
いつの間にか、門屋のおススメのクレープ屋まで来ていたらしい。
2人でちょっとした列の最後尾にくっついた。
「お前さ、やっぱり髪下ろしてた方が可愛いよな!今も伸ばしてんの?」
「……え?」
何気ない会話で、小二郎の頭の中に淡い記憶が蘇る。
『小二郎ってさ、絶対髪伸ばして方が可愛いって!』
『お!髪、伸ばしてんだ?俺が言ったから?』
人見知りな自分をいつも元気づけてくれた声。
ちょっとした褒め言葉も嬉しくて、照れながらこう返した。
『うん。門屋が、可愛いって言ってくれたから……』
あの時の嬉しさを、今思い出すと苦しいばかりで……
小二郎は一呼吸置いてそっけなく答える。
「切るのが、めんどいから。それだけ」
「へぇ……服も可愛いし、それに合う様にしてんのかと思った」
「服は、あーちゃん達と買い物に行くと、こういうのがいいって言われるから
何となく買ってんだよ……」
「そっかぁ、女の子同士で買い物って楽しそうだよな!」
「楽しいよ……オレは女じゃないけど」
ひたすらご機嫌な門屋を突き放す様に冷たくそう言う。
ほんの少しだけ空気が固くなった気がした。
けれど
「そろそろ、何食べるか決めとけよ?俺のイチオシは、苺と生クリーム!
あ〜、でもチョコバナナも捨てがたいんだよなぁ!!」
門屋の明るい声は変わらなかった。
小さな罪悪感が広がる前に、クレープの注文を取られた。


それから、小二郎は門屋と並んで近くのベンチに座って、クレープを一口ほおばる。
その瞬間に今まで物憂げだったその表情が、一瞬で華やいだ。
「おいしい!」
「だろ!?並んだ甲斐があったぜ〜〜!落とすなよ?」
「うん!!」
よっぽどクレープの味がお気に召したらしく、
小二郎はまるで子供の様に夢中でクレープを頬張っていた。
途中、何となく横を見たら門屋と目が合って……
「お前すっげぇウマそうに食うのな?良かった、喜んでくれて」
と、真っ直ぐ自分を見つめる笑顔から慌てて目を逸らした。
(門屋……オレの事、喜ばせようとしてくれてるんだ……)
そう思うと、嬉しいような悲しい様な気持ち渦巻く。
クレープを食べ終わった時には、小二郎はお礼を言いたい気分になっていた。
小さく折りたたんだクレープの包み紙を見つめながら、意を決して言う。
「門屋は、やっぱいい店知ってるよな……すごいと、思う……」
「だろ?もっと褒めていいぜ?何か食べたいものあったら、一番美味しい店に連れてってやるよ!
あ、食べ物じゃなくても何でも!俺のとっておきの店にさ!」
門屋はそう言いながら、ひょいと小二郎の手の中からクレープの包み紙を取り上げて、
近くのゴミ箱まで捨てに行った。その背中を呆然と見つめていた小二郎に、歩きながら話しかけてくる。
「そういや、ハピネスモリスが新しくなってんだぜ?行ってみる?」
「……!!」
“ハピネスモリス”は、小二郎が前に鷹森とデートした大きなショッピングビルだった。
無意識に表情が強張って、不安になってしまう。
「なーんか服屋とか、バ―ッと増えたみたいで……
そうそう、カップルに人気のアクセサリー屋とかあるんだってさ!」
言いながら、こちらに近づいてくる門屋に薄れていた警戒心がまた湧き上がる。
後ずさる様に背中をべったりと背もたれにくっつける。けれど、
そんな抵抗は全くの無意味で、門屋は目の前に立っていた。
小二郎はビクビクしながら口を開く。
「おっ、オレ達カップルじゃない!!」
「今はな?」
「っ……!」
「ははっ、何だよその顔!冗談だって!怒んなよ〜〜!ほら、行こうぜ?」
強引に手を取られて、小二郎は思わず叫んだ。
「手……!」
「なぁ、今日くらいは警戒せずにさぁ……楽しく遊んでくれよ。手も嫌なら離すから」
そう言った門屋の顔が、何だか悲しそうに見えたので
小二郎はハッとして、同じように悲しげな顔で俯いた。
「……ごめん……」
「オッケ、許す♪だから、楽しめよ?」
冗談めかしてそう言った門屋に、頭を撫でられた。
小二郎は繋いだままの手を離せなかった。
「離してくれ」とも、言えなかった。


そうして2人は“ハピネスモリス”にやって来た。
人が多くてキラキラしているビルの中で、門屋は辺りを見回している。
「まずは……腹ごしらえか?確か美味しいドーナツ屋が……あ!
ちなみにアレが言ってたアクセサリー屋……」
「あ!」
「あっ!鷹森じゃん!!あいつ、何やってんだろう?!」
小二郎の言いたい事を先に門屋が言った。
オシャレなジュエリーショップにいるのは鷹森だ。
しかも、隣に小二郎の知らない女性を連れて。
頭が真っ白になって声が出ない小二郎と反対に、門屋は嬉しそうな声を出す。
「すっげー、あいつあんな美人な“彼女”いたんだな?
皆が知ったら悔しがるぜ〜〜?」
「な、何で、彼女って、分かる……」
「だって腕組んでんじゃん。それにあの店、“カップルに人気”だし。
うわー、あんなに体くっつけてる!あはは!絵にかいたようなバカップル〜〜!
鷹森ってやっぱり年上が好みだったんだな。そんな気はしてたけど」
「年、上、……」
小二郎は、たどたどしい声しか出せずに泣きそうになりながら見ていた。
門屋の言う様に、女性と鷹森はとても親しげに微笑み合って、楽しそうで……
おまけにカップルの見本の様に体を寄せ合ってイチャついている。
そして、小二郎の体も門屋に引き寄せられた。真剣な声がより近くで聞こてくる。
「なぁ、分かったろ?お前って、鷹森にとって可愛い妹分みたいなもんなんだよ。
恋愛対象じゃなく。それでも鷹森の事好きかよ?」
「……オレ……」
それ以上、何も言えなかった。
小二郎の目に映る女性は、優しそうで美人でスタイルもいい、まさに男性がこぞって求める様な理想的な女性だ。
自分に無い物をすべて持っているように思えて、絶望的な気分になる。
その女性と鷹森ばかりを捉えて硬直していた景色が急に変わった。
門屋が強引に小二郎の体を彼と向かい合わせていた。
急に目に飛び込んできた門屋の顔は見た事も無いほど真剣で、力強く言う。
「お前が好きなの、俺だろ?!前にそう言ったじゃん!」
「なっ……!」
「お前鷹森とキスした事あんの?!俺達はあるよな?!」
「あ、あれは……だって、お前が……!!」
「あの時は付き合えなかったけど……鷹森に取られそうになって分かった。
絶対、お前を誰にも取られたくないんだって。俺が、幸せにしてやるから
鷹森の事なんかもう諦めろよ!」
矢継ぎ早にぶつけられるのは、乱暴過ぎる愛情。
頭が一つ一つの言葉を理解する暇も無く、色々な思い出だけが浮かんでくる。
そして、彼に掴まれている体に力が入らない。
小さな声を出すのが精いっぱいだった。
「やめろ……門屋……!」
「嫌なら抵抗しろ!何で、さっき“嫌なら離す”って言った時に手を離さなかったんだよ!?
お前、まだ俺の事好きなんだよ!そうだろ!?」
「それ、は……!」
当たり前のはずの“違う!”という答えが口から出せない。
必死な門屋から目を離せない。
「なぁ、本当は分かってんだろ!?俺達両思いなんだよ!!
俺は……ずっと、今までずっと、お前の事好きだったんだよ!!」
直球の告白と共に、強く抱きしめられた。
本当に驚いて、混乱して、まだ抵抗ができない。
だから、熱いくらいの体温に包まれて門屋の告白の続きを聞いていた。
「好きなんだ……!頼む、俺を信じて……手術受けてくれ……!
俺が守ってやるから!ずっと傍にいるから、勇気出してくれ!!
お前がちゃんと女に戻れたら、そしたら、幸せになれるんだよ俺達……!」
「門屋……!!」
やっと体が動いた。
小二郎は、門屋を突き飛ばして無我夢中で逃げ帰っていた。



その一部始終を、目撃してしまった鷹森は、
門屋が一人で歩き去って見えなくなっても、その地点を見ていた。
「どうしたの絢音?」
隣で心配そうにしている義姉……正確には従姉妹の声でやっと我に帰る。
そして慌てて従姉妹に笑いかけた。
「ご、ごめん七美お姉ちゃん……何でもないよ。それより、ありがとう!
七美お姉ちゃんのおかげで、いいプレゼントが選べたよ!」
さっきの光景は何だろう?もしかして見間違いかもしれない……
そんな感情をぐるぐるさせながらお礼を言って、
その言葉を聞いた従姉妹の七美は本当に嬉しそうだ。
「絢音の役に立てたなら良かったわ!うふふっ、頑張りなさいよ〜?
いっそ、そのプレゼント渡す時に告白しちゃいなさい!」
「それは気が早いよ……」
「もー、そんな悠長な事言ってると、他の男に取られちゃうわよ?」
「……そう、だね……」
「ちょっと!?なに本気にしてるのよ!元気出しなさい!
絢音なら大丈夫だってば!今から気持ちで負けてどうするの!?」
七美に励まされ、ついでにポンとお尻を叩かれ、鷹森は少し前につんのめる。
「わっ、ぅ、ごめんなさい……僕、頑張るね!ありがとう!」
明るくそう言えたものの、鷹森の胸のわだかまりは完全には消えなかった。


一方の門屋は、執事寮に戻って来たところ、CAD仲間の相良に会う。
「リーダー……どうだったんですか?」
「小二郎に告白したら、逃げられた」
「それって……」
「脈ありだ!!」
輝く瞳で両手のガッツポーズを決める門屋に、相良は驚いた。
けれど本当に嬉しそうな表情で門屋が喋り続ける。
「アイツ、最後の最後まで抵抗しなかった!俺の言葉、否定しなかった!
あの顔は、絶対に迷ってる顔だよ!しっかも偶然鷹森に会って!僥倖だぜ!
鷹森にも抱き合ってるとこ、しっかり見せてやったし!
小二郎は鷹森に彼女がいると思い込んでる!
今なら、このまま押せば確実に落とせるぞ!!」
「リーダー……」
「よ―――ッし!最後の大勝負だぜ!俺は、ここで白黒ハッキリつける!!」
相良に背を向けるように両拳を上に突き上げる門屋。
オーバーリアクションで自信満々な門屋の、どこか不安げな背中。
相良は思わず抱きしめていた。
「そうですね。俺もいい加減、先の見えない恋に振り回されるのは疲れました……」
「悪い。俺と小二郎が中途半端だと、お前も心配だよな」
“でも、くっつくな!”と門屋に逃げられた相良は“ちぇっ”と、苦笑した。
言葉の真意を理解してくれなかった門屋に、なるべく内心を悟られないように呟く。
「俺は応援しますよ。小二郎と、リーダーがくっつく事」
「サンキュ!!やっぱ持つべきものは親友だぜ!」
笑顔で走り去る門屋。
相良は、門屋が見えなくなると笑顔を悲しげに崩して、上を向いて呟いた。
「本当に……応援しますよ……そしたら俺も諦めがつくから……」



青年達の長い長い休日が明けた、朝。
休日を終えた執事寮はまた慌ただしく動き出す。
けれども、皆が出払った後の時間に執事長の上倉がそこにいた。
慌て気味に『小二郎の部屋』に入って、
あろう事かまだ膨らんでいるベッドを必死で揺さぶる。
「小二郎!いつまで寝てるんですか!」
返事のないベッドの膨らみをさらに揺さぶる。
「小二郎!小二郎ってば!!月夜さんが怒ってますよ!」
まだ返事のない膨らみにしびれを切らし、勢いよく布団を剥ぎ取る。
「こら!真由!!」
「ぐすっ……ひっく……」
「……真由?」
布団の下にいた、泣き顔の小二郎に、上倉が一気に兄の顔に戻ってしまう。
オロオロと小二郎を撫でて優しく声をかけた。
「ど、どうした?どこか痛いのか?それとも、具合が……まさか、誰かにいじめ……」
「オレ、オレっ……抵抗、できなかった……!門屋が……門屋が……!!」
泣き声交じりの断片的な言葉に、上倉は一瞬青ざめたかと思うと
激高した様子で立ち上がる。
「…………あの野郎!!」
兄の怒りの形相に、今度は小二郎が真っ青になって上倉の服を掴んで止める。
「待って!違う!おにぃ、ダメ!!違う!違うから!!門屋は何も悪くない!!」
「お前はいつもそう言うだろ!?今度は何されたんだ!?
もし、取り返しのつかない事だったら……俺が……!!」
「やめて!!違うんだ!オレ、門屋に好きだって言われて!」
「え……!?」
軽いもみ合いはそこでおさまった。
小二郎はボロボロ泣きながら兄に抱きついた。
「鷹森の前だったのに、断らなきゃ、いけなかったのに、何も言えなくて!!
抱きしめられても、抵抗できなくて……オレ、鷹森の事、好きなのに……最低だ……!」
「今更……アイツ……」
「門屋の事責めないで!アイツが本気だって、おにぃも知ってるだろ!?
オレ、色々思い出して……門屋の事まだ好きなのかなって思ったら……
ワケわかんなくなって!!眠れなくなって、だから……オレ、今日は仕事行かない!!
このままじゃ鷹森にも門屋にも会えない!どんな顔したらいいか、分かんない!!」
「真由……」
「考えたいんだ……答え……出したいから。だから、今日だけ。
ごめんなさい。今日だけ、時間をください」
上倉は複雑な表情で小二郎を抱きしめていたけれど、
一旦考えるように瞬きをして……いつもの調子に戻った。
「……なるほど、この私の前で“ズル休み”を公言するのですね小二郎?」
「へ?」
「優秀な執事長たる私が、そんな怠惰極まるメイドを黙って見過ごすと思いますか?
お・し・お・き、です!」
「ひゃぁぁぁっ!?」
ワケのわからない間にベッドに座った兄の膝に引き倒され、
あっという間にお仕置きされる状態になってしまった小二郎。
パジャマのズボンの後、下着を脱がされながら兄に言われた。
「今日一日だけだからな?頑張って考えて、お前が一番納得できる答えを出せばいいよ。
お前がどっちを選んでも、俺は祝ってやるから」
「うん……」
「でも“ズル休み”に関しては厳しくお仕置きしますから、興奮しすぎて昇天しないように!」
バシィッ!!
「ふぁぁぁっ!?」
最初の一発ですでに本気だった。
それが何度も何度も。
バシッ!バシッ!バシッ!!
「やっ、いっ、いぃっ!!」
最初から飛び上がりそうなほどの痛みで、小二郎は早くも泣きそうになりながら悲鳴を上げる。
「痛い!おにぃ痛いぃぃっ!!」
「痛い?この程度で?困りましたね、まだ始まったばかりというのに……」
なのに、上倉には半泣きの訴えを流されて叩かれ続け、
激しい痛みに痛みを重ねられて、小二郎はもがきながら必死で訴え続ける。
「ヤダっ、ごめんなさい!ごめんなさぁぁぁい!!」
「サボりたいんでしょう?それなりの代償は払ってもらわないと……
楽々甘い汁が吸えると思ったら大間違いですよ?」
「だって、だってぇぇぇっ!!はぁぁぁんっ!痛いよぉぉっ!」
「月夜さんならもっとキツイお仕置きをするでしょう?」
「うぅ〜〜〜っ!!でもぉぉぉっ!やぁぁぁぁっ!」
「あ、そうだ。月夜さんにも『今日は小二郎はズル休みです』って伝えておかないと……」
「やめてぇぇぇぇっ!!ごめんなさぁぁぁぁいっ!!」
「そう言われましても……」
バシッ!バシッ!バシッ!!
他人行儀な上倉の態度と、メイド部隊の上司にズル休みを報告されるという
ダブルショックで小二郎の目から一気に涙が出てくきた。
「ひぃんっ!だって、月夜さん怒るもぉぉぉん!!」
「でしょうね。お前の自業自得じゃないですか。
常習犯にならないうちに、月夜さんにたっぷりお仕置きしてもらいなさい」
「やだぁっ……やだぁぁぁぁっ!!やぁぁぁぁぁっ!!あぁんっ!」
「嫌だ嫌だという割に……随分可愛らしい声で鳴くじゃないですか小二郎?
月夜さんにお仕置きしてもらうところでも想像して興奮してるんですか?
仕方のない子ですねぇ……そんな悪い子は月夜さんにスカート捲くられてパンツ脱がされて
裸のお尻を真っ赤っかにされてしまいますよ?
そうそう。ちょうど、今みたいに……」
バシッ!バシッ!バシッ!!
「やぁぁぁっ、やめてぇぇぇっ、はぁっ、言うなぁぁぁっ……!!」
兄の言葉がそのまま頭の中で想像になって、息が上がってくる小二郎。
声も情けない甘え声になってしまう。
どちらも自分の意思ではどうにもできなくて、恥ずかしくなった。
それなのに上倉がさらにからかうように声をかけてくる。
「ほらほらどうします?きっとすごく痛いですよ?いくら泣いても許してもらえませんね〜たぶん。
い〜〜っぱいお尻ぺんぺんされちゃいますよ〜〜コワ〜〜イ!!」
「んぁぁぁっ!!やだぁぁぁ!!いっぱいやだぁぁぁぁ!!」
小二郎は足をばたつかせて叫んだ。お尻の痛みと下半身の疼きを追い払う様に。
もちろん、今の真っ赤なお尻の痛みは少し動いたぐらいでは追い払えなかったけれど。
それでもこの状況では暴れて叫ぶくらいしかできないので、小二郎は叫び続けた。
「おにぃぃっ!!おにぃやだぁぁっっ!おにぃにいっぱい、ぺんぺんされてるもぉぉぉん!!
言わないで!言わないでぇっ!!」
「あらら〜〜自分で言いながら、大興奮ですねぇ小二郎♪」
「違う――――っ!からかうな――――っ!」
自分の興奮が見透かされてるのが恥ずかしくて、それにからかわれるのに腹が立って
怒り気味に叫ぶ小二郎。
そうすると、兄の声も少し真剣みを取り戻した……
「そうですね。ごめんなさい。今、お仕置きしてるんですしね……」
バシッ!バシッ!バシッ!!
のは、良かったけれど、そうすると意識がまた痛みの方へ行ってしまって
余計泣く事になる小二郎。
「わぁぁぅぅっ、もう許してぇぇッ!!おにぃぃっ!」
「その『おにぃ』ってのはどなたですか?今の私はお前の“おにぃ”じゃないくて“執事長”……」
「違うもん!おにぃはおにぃだもん!わぁぁぁぁぁん!痛いよぉおにぃぃぃっ!!」
膝に縋りついて「おにぃ、おにぃ」と泣き叫んだ。
すると、短い沈黙の後に返って来たのは柔らかい声。
「分かったよ……俺はお前のおにぃだもんな、真由」
「うん……っ!!」
オフモードの兄が嬉しくて、小二郎は元気よく頷く。
け れ ど も ……
「だったら余計に厳しくお仕置きしないと!」
バシィィッ!!
「うぁぁっ……わぁぁああああん!!」
進化を遂げた強めのお尻打ちに泣く事になった。
その上、すでに前々から真っ赤なお尻を叩かれながら叱られる。
「俺はお前をズル休みをするような子に育てた覚えはない!」
「ごめんなさい!ごめんなさいぃぃ――――っ!!」
「ダメ!お前がいい子になるまでお尻を叩く!」
「わぁぁああああん!!」
バシッ!ビシィッ!バシィッ!!
「痛い!痛いぃぃ!もうヤダぁぁぁ!ヤダぁぁ!!」
「ヤダじゃない!大人しくしなさい!」
「あぁぁ――――んっ!!」
痛くて痛くて子供の様に泣きじゃくる小二郎。
確実に最初より厳しくなったお尻叩きに、『“おにぃ”に戻すんじゃなかった!』
と後悔してももう遅い。
バシッ!ビシィッ!バシィッ!!
「わぁぁぁぁああん!いくぅっ!!いくぅぅぅっ!!」
勢いでそう叫んだ。
すると驚いたような兄の声が。
「お前……!“イク”だなんて……!!まぁ、仕方ないか。ここは、様式美に従って……
『もし俺の許可無くイったらもっと酷いお仕置きを……』」
「なっ、なっ、何言ってんだよバカァァァァァッ!!」
小二郎は顔を真っ赤にして怒鳴る様に叫ぶ。
その後、最後の気力と体力を振り絞ってさらに叫ぶ。
「仕事に、“行く”って言ってんだよ!!だから許してぇぇぇっ!!」
「え?あ、なんだ……。
まぁ、ズル休みしないなら……お仕置きする理由がないよな……」
上倉はそう呟くと、あっさり小二郎のお尻を叩くのをやめた。
「ふぇぇぇぇぇんっ!!」
そして、縋りついて泣く小二郎を上倉はいつものように撫でていた。
「結局行くんなら、最初から休むだなんて言わなければいいのに……」
「こ、こんなにされるなんて、ひっく、思ってなくてぇ……」
「考えが甘すぎる。さぁさぁ、行くなら早く着替えなさい」
「うっ、ぐすっ……」
泣きながら、上倉に手伝われながら、着替えを済ませた小二郎。
部屋を出ようとした時、上倉が小二郎を引きとめる。
「なぁ、真由?」
「う……?」
少し涙の残る瞳で上倉を見つめる小二郎。
上倉は小二郎の目を見ながら真顔で言った。
「俺と付き合うっていう選択肢もあるんだぜ?」
「…………」
ポカンとしていた小二郎は、みるみる真っ赤になって……
「お断りだッッ!このバカおにぃッ!」
そう叫んで走って出ていく二郎を、上倉は嬉しそうに見送った。


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【作品番号 BSS16】

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