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ところで今夜どこで寝る?



町で噂の大富豪、廟堂院家。
その廟堂院家の執事達が羽を休める執事寮。
夜も更けた頃、相良の部屋にノックの音が響く。
相良は起きていたので、不思議に思いながらもドアを開けると……
「よ、よう!」
「…………」
「閉めんな!閉めんなって!」
ドアに挟まりかけながら入ってこようとするのは、相良の友達兼片思い相手の門屋。
ラフな部屋着姿な上にご丁寧に枕も持っている。
相良はドアを開け、ため息をつきながら尋ねた。
「こんな時間に何の用ですか?」
「なんかさ!ほら、俺の部屋のベッドが急に爆発して!!ここで一緒に寝かせてくれよ!」
「どうして怖いテレビ見ちゃったんですか……」
相良の言葉に「うっ」と気まずそうにして俯く門屋。
“どうせ苦手なホラー系の何かを見てしまって眠れなくなったのだろう”という
相良の勘は当たったらしい。
門屋は持っている枕をいじくりながら言う。
「だって、鷹森が平気なのに……俺だけ逃げ帰れねーだろ!?
くっそ……何でアイツ、怖いの平気なんだよ……あの顔で……」
「顔関係ないですよ。皆で怖いテレビ見たんですか?
抜けてくれば良かったのに……もう、変な見栄張って……」
「うっせ――!とにかく、俺はここで寝るって決――めたっ!!」
「あ、ちょっとリーダー!!」
油断した隙に門屋は部屋の中に入り込み、勢いよくベッドにダイブする。
そして元気よく叫んでいた。
「イエーイ!ここ取った!ここ俺の陣地決定〜〜☆」
ベッドに寝転ぶ門屋を見た瞬間、揺らぐ理性に危機感を覚えつつ、相良は努めて冷静に
この招かれざる客を追い出そうとした。
「出てってください。貴方と一緒には眠れません」
「はぁっ!?何でだよ!!友達だろ!?静かにするから!」
「ベッドが一つしかありません。執事部隊の規則でも同衾は禁止されています」
「バレないって!つか、兄さんが守れてねーよそんな規則!!」
「……俺と同衾するつもりなんですか?」
“俺は床でいいから!”的な答えが返ってこない事に絶望しつつ聞けば、
門屋の方は顔を赤らめて恥ずかしそうに……
「だ、だって……一人じゃ、怖いし……」
との事。相良は意識が遠のく。
目の前の想い人は恐ろしいほどこちらの気持ちに鈍感で無自覚で、無防備だ。
(ダメだ……リーダーと一緒に朝までベッドの中にいたら、
不慮の事故を起こしてしまう自信がある……!!)
一夜の過ちで門屋を傷つけたくない、“紳士・相良”の決意はもちろん『追い出す』。
ゴロゴロしている門屋の枕を奪い取って強めに言った。
「頼むから他を当たって下さい!同衾するつもりなら、なおさら一緒に眠るなんて無理だ!」
「そんな冷たい事言うなって!なぁ相良!一生のお願い!!
大丈夫!俺、汗かかないタイプだし!常にサラサラフローラルの香りだし!
体温低いし!案外抱き心地もいいかもよ!?」
「ぶん殴っていいですかリーダー……?」
「なっ、何でだよ!?相良お願い……!!」
(ぐっ……!!)
縋る様な瞳で甘えるように言われて相良の決意は霞んでしまう。
思わず門屋に近付き、手を伸ばす。
「貴方に、何かしてしまうかもしれませんよ?」
「相良……」
囁くような声と共に指を絡めるように相良の手を握って、
門屋は何もかもの覚悟を決めたような顔で
「寝顔に落書きはこの際我慢するッ!!」
「帰れ!!」
鈍感極まる答え。相良は思わず枕で門屋の顔をぶん殴っていた。
当然、門屋がそれはもう喚く喚く。
「痛て――な!バカ!もうキレたし!俺マジでキレた!
ぜってー出てってやんね―から!!」
「んな事言って、ここで寝たいだけでしょう!?
そうはいきませんからね!?出ていってくださいは・や・く!!」
「ヤダ――――っ!!お前俺のこと嫌いか――――っ!!」
(逆だから今困ってんだよドアホが――――っ!!)
よっぽど喉まで出かかった相良だが口には出さなかった。
色々言いながら、門屋を引っ張るけれど、必死にベッドに縋りついて離れない。
コレでは埒が明かない。
(くっ……強情め!こうなったら可哀想だけど……!
ちょうどこっちに尻向けてるし……!!)
相良は目の前でお尻を突き出す様にベッドに縋りついている門屋から
一旦手を離して大声めに言う。
「あーそうですか!分かりましたよリーダー!その格好が好きならずっとそうしていればいい!」
「え?!それじゃっ、ここで寝ても……」
嬉しそうな声を出す門屋に……そのお尻に、相良は思いっきり手を振り下ろす。
パァンッ!
「んぁっ!?」
「ずっと、一生、ね……っ!」
パンッ!パンッ!パシンッ!!
「ひゃわっ!?ちょっ、ちょぉぉっ……!?」
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
「痛っ!!痛い痛い痛いからぁぁっ!!」
門屋がビックリしながら悲鳴を上げるのを無視して、相良は目の前のお尻を連打し続ける。
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
「痛いっつってんだろ――がぁぁっ!なん、でぇっ……!?」
(ごめんなさいリーダー……俺も心が痛むけど
貴方の望まない行為で貴方を傷つけるよりは100倍マシだ!)
「やっ、やだぁっ!!マジ、痛いっ……!!」
(泣きたいのは俺の方ですよ……!)
伝えられない想いをもどかしく思いながらも、ただ叩き続ける相良。
叩かれている門屋は訳が分からないようで、お尻を振って抵抗しながら半泣きになっていた。
「ふぇっ、バカぁッ!!そこまでして俺と寝たくないかよ!?
お前を、んっ、頼って来たのに!!友達だと、えっく、思ってたのにぃぃっ!!
「リーダー……!!」
パンッ!パンッ!パンッ!
今ここで、全てを説明したい衝動は声と一緒に封じ込めて。
泣いている門屋の言葉を可哀想にも理不尽にも思いつつも、手は緩められず。
気がつけば服の上からでも、お尻の熱さを感じられるほどになっていた。
そんな時、ついに門屋が叫ぶ。
「ぁはぁっ!!ふざけんな!ふざけんなよ!そんなに俺のこと嫌いかよ――――っ!!」
「バカ言わんで下さい……俺は、アンタの事……!!」
「うわぁあああああん!!」
小さく呟いた言葉さえ、泣き声にかき消されて最後まで言えず。
相良は内心涙ぐみながら力を込めて言う。
「俺の望む答えはただ一つ!“ここから出ていく”のみです!
俺の代わりならいくらでも探してやりますよ!だからリーダー……
出・て・い・けっ!!」
パンッ!パンッ!パンッ!
渾身の力で平手を叩きつけると、門屋は跳ねあがって泣き叫ぶ。
「わぁぁあああん!!分かった出てくぅぅぅぅっ!!バカァァァァァッ!!」
「バカは余計ですよ!謝れ!!」
パシンッ!ビシッ!バシッ!
「いたぁぁぁぁい!!ごめんなさぁぁぁい!」
(うぁぁっ、もどかしい!もっと殴りたい!でも、可哀想!!)
頭の中がごちゃごちゃしつつ、相良は手を止める。
そして、門屋の涙をタオルで丁寧に拭ってあげて……
一気に加速した門屋の罵詈雑言を受け流して、またため息をついた。
(はぁ、リーダーの添い寝の相手……何とか見つけてあげないと……)


そんな相良に天の助けか、すぐにいい人材が見つかる。
ちょうど誰か探そうと思って部屋を出てすぐにハチ合った執事の先輩、
イル君だった。
「『洗脳組』の会合の帰りで……」
と、いつもの冷静沈着フェイスで言う彼に事情を説明すると、
嫌な顔も何の顔もせずに一言。
「私の部屋でもう一人、一緒に寝る方がいるのですが、それでもいいなら……」
「ええ、いいですいいです!連れて行ってあげて下さい!」
と、言えばあっさりと頷いて、まだ涙のおさまらない門屋の手を引いてくれた。
「行きましょうか、門屋君?」
「……ぐすっ」
弟を連れて帰る兄の様な優しげな感じに、相良も安心して想い人を見送る事ができた。
けれど二人が行ってしまうと……一抹の後悔が胸をかすめる。
「あぁ……連れてかれちまった……据え膳食わぬは……
男の恥……なのかな、俺?いや、人間として正しい判断ができた気がする……」
心のもやもやは晴れぬまま……“正しい人・相良”は一人、部屋の中に戻った。



一方、イル君の部屋に移動した門屋はさっきまでの泣き顔が
嘘の様にはしゃぎながら、イル君と寝る準備中だ。
「イル君って布団派なんですね!」
「ええ。この方が落ち着くんです。あ、しまった……。布団が二組しか無い……」
「そっ、それなら仕方ないですよ!俺がイル君と同じ布団に入れば華麗に解決……」
門屋がそう力説した最中に、部屋のドアが元気よく開く。
「イル君!!」
門屋と同等の輝く笑顔でイル君の部屋に入って来たのは、上倉大一郎。
イル君の後輩で門屋の先輩。役職的には執事長。
ラフなパジャマ姿に、枕は持っていない。
そんな上倉は門屋の姿を見て一瞬ポカンとして、頬を赤らめ……
「まさか……サプライズ3Pだなんて……!」
「んなわけねぇだろ何言ってんだアンタッ!!」
門屋の盛大なツッコミの後、すかさずイル君のクールなフォローが入る。
「門屋君は普通に寝に来ているだけですよ」
「あっ、そうですか♪それなら、お子様はさっさと寝てしまいなさいな♪
ね?イル君……それとも、見せつけてやりましょうか?」
門屋の存在を全く気にする様子もなく、イル君に甘えるように抱きつく上倉。
イル君はそれを嫌がりもせず、門屋に言う。
「門屋君、ごめんなさい。すぐ済むので。構わずに先に寝ていて下さい。
少しうるさくなるかもしれませんが……」
「やだっ……イル君ッたらそんな大胆っっ
赤くなって喜んでいる上倉の頬に、ごく自然な感じでキスしたイル君。
その時点で門屋は内心(え――……)と、テンションが下がっていたのだが……
何となく動けずに事を見守っていた。
イル君はテキパキと上倉を手枷足枷で拘束する。
「んっ……ぁ……イル君……!!」
それだけで悩ましげな吐息になる上倉をそっと布団に押し倒して顔を近付ける。
「さぁ、上倉君……」
「ぁ……」
「おやすみなさいませ」
「ぁえ?」
舌を差し出そうとしていた上倉が口を半開きにして硬直した。
イル君はやっぱりテキパキと上倉から離れて、自分の布団に移動する。
そして上倉と同じようにポカンとしていた門屋に声をかけた。
「門屋君、我々も寝ましょうか」
「イル君……あの……もしもし?まさか、このまま何もしないつもりですか?」
「上倉君も早く寝なさいね」
「わ、私……放置プレイだけはどうも、苦手で……!!」
「おやすみなさい上倉君。良い夢を」
上倉の“構ってオーラ”を全てシャットアウトして横になるイル君。
門屋もつられてイル君の布団で一緒に横になる。
完全におやすみモードの室内……とは、いかないのが上倉だった。
「イル君!イル!!このっ、裏切り者!!裏切り者ぉぉぉぉっ!!
私を騙しましたね!!?今日、楽しみにして来たのに!!
もういいです!他のステディーと遊びますっ!これを外して下さい!」
「あぁ……やはり、うるさくなってしまいましたね……」
イル君が外しかけた眼鏡をかけ直す。
水揚げされた魚の様に跳ねながら、上倉は喚き続けている。
「酷い!酷すぎます!!私の事は遊びだったんですねッ!?
このまま眠れると思うなッ!!私と夜を共にしたからには、最後の一滴まで絞りつくして……」
「だぁぁぁぁっ!!うるっさい!」
イル君の静けさと裏腹にさらにうるさくなった室内。
上倉につられて、門屋が飛び起きて騒いでいた。
「兄さんちょっと黙って下さいよ!!眠れないじゃないですか!!」
「お前に言ってないんですよガキが!大人の時間にしゃしゃり出てくるんじゃありません!」
「イぃルぅ君!黙らせて下さいよ――っ!」
「それだぁっ!!門屋君の言う通りですよイル君!私をお仕置きして黙らせろ――!」
「あれぇ!?自分で言ってるよこの人!!」
「…………」
二人が騒ぐので“イラッ”と、効果音の付きそうな表情を浮かべながら
起き上がったイル君。けれど、すぐに素の表情に戻って暴れている上倉の傍へ座って
その拘束済みの体を膝の上に横たえた。
「あっ……は
嬉しそうに小さな笑い声を上げた上倉に、やや困り顔になって、
それから膝の上のお尻を叩き始める。
パンッ!!
「んやぁぁっ!!」
「上倉君、今寝る時間ですよ」
パンッ!!
「ひぁっ!!」
「どうしてうるさくするんですか?」
パンッ!!
「んんっ……!あぅ!」
「しかも、後輩の前で……君が悪いお手本になってどうします」
と、ここまで言ってしまうとイル君は無言で叩き続ける。
淡々としているものの、上倉が叩かれるたびに痛そうに顔をしかめるので
結構なパワーで叩いているらしい。
パンッ!パンッ!パンッ!
「やぁぁっ!はっ、ぁ……!!」
しばらくは打音と悲鳴が続いていたけれど、
耐え切れなくなってきたらしい上倉が枷で繋がれた足を動かしながら言う。
「ご、ごめんなさい!」
「静かにしますか?」
「ふ、はぁっ……『はい』と答えたら、お仕置きは終わってしまうんですか……?」
「そうですね」
「じゃあ、全力で『いいえ』!!」
軽く息切れ交じりに、でも楽しげにそう言い切った上倉。
イル君は軽く眼鏡を押し上げて半呆れだ。
「年上をからかって……私だって怒る時は怒りますよ?」
「えっ!?本当ですか?!どうしようドキドキする……っ
「……さっさと悲鳴を上げさせた方がよさそうだ」
イル君はそう言って一息つくと、さっきまでより力を入れてお尻を叩き始める。
パァンッ!パンッ!パンッ!
「ひゃぁぁぁっ!ダメぇッ!イル君ッ、あっ、あぁぁっ!!」
「泣き疲れて眠ってしまいなさい」
「いっ……だ、めぇぇっ!」
また必死な叫び声を上げ始めた上倉。
確かに痛がってはいるけれど、どこか恍惚とした表情になってきた。
腰をくねらせながら、甘ったるい声を出す。
「ダメっ、んぁ……ダメですよぉっ……お尻、きちんと脱がしてくれないと……
悪い子は反省できないんです、よ?」
「あぁ、そうでしたね」
すんなりと上倉の言葉を受け入れて、彼のズボンと下着を脱がせるイル君。
少し赤くなっているお尻を晒されても上倉は嬉しそうだ。
「ふふっ……♪」
「笑うだなんて、困った方だ……」
ぺしぺしと、軽く叩いてから……イル君は思いっきり平手を振り下ろした。
今までの比ではないくらい本気で。
ビシッ!バシィッ!ビシィッ!
「ひゃああああっ!!ごめんなっ、さいっ!!痛ぁい!ごめんなさい!」
「だから言ったでしょう?“怒りますよ”と」
「っ……ぇ……!!」
「泣いても許しません。私が怒らないと思って、調子に乗って……」
上倉は反応が一気に切羽詰まったけれど、イル君は変わらず。
手加減無しのお尻叩きを続ける。
バシッ!バシッ!バシッ!
「いやぁぁぁあっ、ごめんなさい!静かにします!ちゃんと、寝ますからっ……!」
「ダメです。人様の安眠を妨害した罪は重いんです」
イル君が本気を出したせいで、すぐに上倉のお尻は真っ赤になってしまって、
あんなに余裕だった上倉が泣きだしてしまう。
「わぁぁぁん!ごめんなさい!もう、もう許してっ……!」
「君は、執事長なのに……もっと規則正しい生活態度を心がけないと」
「あぁああああんっ!ごめんなさい!もうしません!静かにしますぅっ!」
「さては、今まで誰も叱ってくれなかったんですね?だからこんな夜型になって……反省してください」
バシッ!バシッ!バシッ!
「いったい!やめてぇぇっ!ごめんなさい!わぁぁ――んごめんなさい!もうヤダぁぁッ!!」
バシッ!バシッ!バシッ!
「ひぁああ―――ん!わぁあああん!痛いぃぃっ!ごめんなさい!ごめんなさぁぁい!」
「最初の方のお仕置きを受ける態度が悪かったから、まだ許せません」
しれっと言うイル君はお仕置きを続け……
大声で本気泣きしながら謝っている、のに叩かれまくっている上倉の姿に、
真っ青だった門屋が半泣きなった頃にこのお仕置きは終わった。

終わるなり、布団に突っ伏してわんわん泣いていた上倉は、
しばらくするとそのまま寝息を立て始めた。
イル君はそれを起こさないように、下がったままだったズボンや下着を元に戻したり
手枷や足枷を外したりして、すっかり普通の就寝状態にしてしまう。
一仕事終えると、穏やかな顔で門屋に話しかけた。
「……よく眠ってるでしょう?」
「えッ?!あ、あのっ、よっし!やっと静かになりゅっ、なるっ!」
「ごめんなさいね門屋君……怯えさせてしまって……」
「えっ!?何ッスか!?やだな、怯えてないですよぉ!全然!」
焦りまくっている門屋の頭を優しく撫でて、また上倉の方に
視線を戻したイル君。ぽつりとこう零した。
「彼ね……ここのところ連日連夜、相手をとっかえひっかえで性的な宴会三昧。
無茶が祟って、昼間は微妙に注意力散漫……心配だったんです。
人間、夜はよく眠ったほうがいい……」
「そ、そんな風には見えませんでしたけど……」
「多少の無理は、覆い隠してしまえる器用さがありますからね。上倉君は。
単に“寝なさい”と言っても、はぐらかされてしまいそうだったので、
私も夜のお相手に誘うふりをして寝かせる事にしたんです」
「イル君……」
門屋が目を丸くしてイル君を見る。
上倉の顔にかかった髪を撫で払うその様子に、実家の母を思い出しながらイル君の声を聞いていた。
「今日だけたくさん寝ても足りないでしょうから。
明日明後日ぐらいまでは私が独占して、十分寝てもらおうと思います。
一度、きちんと叱ってあげないといけませんしね」
「あれ?今日叱ったじゃないですか?」
「今日のはプロローグに過ぎません……」
「な、何か壮大ですね……」
「上倉君は先に快感がきてしまうので、それを凌駕するほどの痛みで
ある程度長く、かつ彼を興奮させてしまわないように工夫して
お仕置きしてあげないとダメなんですよね……」
「え――……分かんねぇ……」
困惑しながら頭を掻く門屋に、イル君は優しげな視線を向ける。
「難しく考えなくても、いいんですけどね。
結局、きちんと叱ってあげれば理解してくれます。本当は誰より素直で純粋な方ですから」
「……良く見てるんですね。兄さんの事……」
「私なりの感謝の気持ちです」
「感謝?」
「はい。私、この通り表情に乏しいですから、悲しかったり落ち込んでても
誰にも気付かれない事が多いんです。
でも、上倉君は知ってか知らずか、そういう気分の時に必ず
明るく声をかけてくれるんです。だから、嬉しくて」
「…………」
イル君の想わぬ胸の内を聞いて、呆然とする門屋。
嬉しそうな雰囲気のイル君はさらに続けた。
「門屋君も、私にいつも明るく話しかけてくれて楽しい気分にしてくれますから、感謝しています」
「そんな!俺も、イル君に……お菓子もらったり!怪我したら手当てしてくれるし!
俺の話ちゃんと聞いてくれて、バカにしたりしないし!すごく感謝してます!」
「ありがとう」
「えへへっ……」
照れ臭くなって笑ってごまかした門屋に、イル君は「さて」と切り出した。
「私達も寝ましょうか?」
「はい!あ……!」
「どうしました?」
「えっと……一緒の布団に入ってもいいですか……?」
「どうぞ」
何も聞かずに手を差し伸べてくれたイル君に、門屋は感激しながら眠るのだった。
怖いテレビの事はすっかり忘れて、安心に包まれていた。


翌日。
門屋の周りにいつもの様に集まるCADメンバー。
「リーダー昨日眠れたんですか?眠れなくて、絶対こっち来ると思って
ゲーム用意して待ってたのに〜〜!」
「俺も――!リーダー絶対来ると思ってお菓子用意してたのに――!」
口々に同じ事を言ってつまらなさそうにしているメンバー達。
門屋は皆の思惑が予想外でキョトンとする。
「え?なんだ……じゃあ、お前らのトコでも良かったや。ま、イル君のトコも楽しかったけどな♪」
「え!?リーダーイル君のトコいたんですか!?珍しい!」
「おうよ!どっかの意地悪な相良が一緒に寝てくれなかったからな!イル君の優しさとは大違いだぜ!」
何の気なしにそう言った門屋。
メンバーは途端に凍りつき……そして……
「リーダー!?相良に寝てくれって頼んだんですか!?」
「ちょっ……リーダー……それはKY過ぎるでしょ……」
「リーダー!相良が可哀想ですよ!謝った方がいいですよ!」
「相良に土下座したほうがいいですよリーダー!」

「何でだよ!!?」
メンバーの非難轟々に戸惑う門屋だった。


一方……
「上倉君……?」
「!!」
人目の無い廊下の一角で、上倉に後ろから抱きついてきたのはイル君だ。
抱きすくめた片手を上倉の内腿に滑らせながら耳元で甘く囁いた。
「昨日の“おあずけ”は辛かったですか?
今日は昨日の分も含めて……素敵な夜を過ごしましょうね?二人っきりで……」
普段の冷静な話し方とは別人の様に誘惑されて……
けれども上倉は、勢いよく身体を捻ってイル君を突き放す。
そして真っ直ぐに彼を指さして言った。
「その手には乗りませんよ!そんな甘い言葉で……今日も、私に
健全な睡眠を取らせるつもりですね!?もう騙されません!
私の純情を弄んで、最低男!!」
「……残念ですね……今日はせっかく『あのプレイ』にしようと思ったのですが……」
「なっ!?何ですか『あのプレイ』って……卑怯な言い回しを……!!」
『あのプレイ』発言に揺らぐ上倉に、イル君はいつもの調子でサラッと言う。
「君が嫌なら、別に無理にとは言いません。せっかく『あのプレイ』で
楽しもうと思っていたのですが。一日我慢した後の快感は堪らないでしょうに……。
“おあずけ”だけ食らって満足するのもストイックで趣深いですね」
「う……ぐっ……いっ、いいでしょう!!落ちてやりますよ!
貴方の、愛の罠に!!」
やっぱり『あのプレイ』の誘惑に勝てなかったらしい上倉に
「そうこなくてはね……」と優しい表情をしたイル君だった。


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【作品番号 BSS15】

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