TOP小説
戻る 進む


ライバルに奇襲をかけられました




こんにちは!廟堂院家執事部隊の鷹森絢音です!
まだ執事歴も浅くてドジばっかりの僕だけど……人一倍頑張って、早くご主人様のお役にたてるように頑張らなきゃ!
……いけないんだけど……今最大のピンチです!!
「やややめてください!やめてください門屋さんッ!!」
「鷹森!俺は前からお前の事が好きだったんだッ!この気持ちと体を受け止めてくれ!」
「うわぁぁっ!落ち着いてください!!本当に困ります!」
先輩の門屋さんに「ちょっと顔貸せ」って言われたから、付いて行ったら人気のない空き部屋に連れ込まれて……
今、床に押し倒されてもみくちゃになってます!!最悪だよ急にこんな事になるなんて!!
どうしよう!?僕のヘボイ腕力じゃ門屋さんに勝てないし、大体、門屋さんって小二郎君の事が好きなんじゃなかったの!?
そんな事を考えているうちに僕の体力はどんどん尽きて、門屋さんは僕の服を脱がせようとしてくるし!!
嫌だ!!僕には小二郎君が――ッ!!ひぃっ!門屋さんの顔が近いよ怖いよぉぉぉっ!!
「一つになろうぜ鷹森……!!」
「あっ……うぅ……!!」
もうダメだ!!ごめんなさい小二郎君!上倉さん!僕は門屋さんと無理やり結ばれてしまうかもしれない!!
と、思ったその時……
「今だ!!イル君―――――ッ!!」
カシャカシャカシャカシャ!!
高速に鳴り響くシャッター音。目を開けていられないほどの連続フラッシュ。
そして門屋さんの大きな叫び声にビックリしてしまった僕。
我に返った時には、ごっついカメラを手にした『イル君』が涼しい顔で立っていた。
「……お気になさらず」
「気にしますよ!!」
ボソリと言ったイル君の一言に盛大にツッコんでしまいました。
澄ました顔でカチャリと眼鏡を直すイル君、フルネームは『出雲 入(いつも いる)』。
同じ執事部隊の先輩で僕より年上だけど、本人が『イル君』でいいって言ってるから僕もそう呼ばせてもらってるんだ。
イル君は神出鬼没でどこにでもいる。これほど『名は体を表す』って人を僕は他に知らない。
けど、門屋さんが襲ってきて、イル君が写真を撮って……何がどうなってるのか分からないよ!
呆然としてる僕に門屋さんが勝ち誇ったような顔を向けてくる。
「かかったな鷹森!お前が男と絡んでる衝撃スクープは撮らせてもらったぜ!
この写真をばらまけば、お前はホモ疑惑をかけられ、小二郎との関係も消滅だ!ざまぁみろ!
おっと、泣いて土下座してもダメだぜ?この写真は俺のネットワークを駆使して全力でばらまく!ハッハッハァ!!」
な、何だって!?何て恐ろしい策略に嵌めてくれたんだ門屋さん!!僕の人生は暗黒に飲み込まれてしまった!
……って、言えば良いのかな……でも……
僕は恐る恐る、今思った事を正直に口に出してみた。
「あのぉ、その写真……門屋さんにもホモ疑惑かかりますよね?」
「ハッ!!」
「ところでこの写真は何枚現像すればいいですか?現像代は出ますか?」
本気で驚いた門屋さんの後ろでイル君がのんびりと現像の話をする……この時の空気、言い表せないよ。
だって門屋さんからすごい怖いオーラが一気に噴出したんだもん。
「俺を嵌めやがったな鷹森ぃぃぃ……」
「えぇえええっ!?僕何もしてませんよ!そ、そうだ!門屋さん、きっと疲れてるんです!
僕の大切にしてる、綺麗な波の音が聞こえる貝殻があるんですけど、それを聞いて癒され……」
「鷹森、『逆パカ』って単語を知ってるか?」
「はい!?」
ままままた門屋さんが訳の分からない話を始めたよ!で、でも一応聞こうかな、怖いし。
僕はビクビクしながら首を横に振った。
「よ、良く分かりません」
「パカパカする物……例えば、折りたたみ式の携帯電話なんかを思い浮かべてもらえばいい。
あれを、本来曲がるべき方向とは逆の方向に曲げる事、それがすなわち『逆パカ』。
曲がらない方向に無理やり曲げられた折りたたみの携帯はどうなる?バキッと真っ二つだわなぁ?
それと同じ事が、お前の腕で再現できる」
「うわぁああああっ!できません!!できるわけないじゃないですか!」
スゴイ怖い脅しをかけられて、僕は泣きそうになってイル君に助けを求めた。
「イル君!!今の写真消してくれますよね!?門屋さんにそう言ってください!
助けてくださいお願いです!さもないと、僕の腕が逆パカされちゃいますぅぅっ!!!」
「助けたいのは山々なんですが1つ条件が。鷹森君……今度僕らが発行する機関誌『洗脳組のすゝめ 7月号』に、
洗脳組以外の誰かの千早様にお仕置きされた……いわゆる“素人体験談”を載せる事になったんですけど、執筆してくださいますか?」
「書きます!!喜んで書かせていただきますから!!お願いです!門屋さんを説得してください!」
言い忘れたけどイル君は千早様のファンクラブ(?)の『洗脳組』のリーダーだよ!って、こんな事は今どうでもいいっ!
とにかくイル君助けてお願い!!僕の心の声にイル君はしっかりと頷いてくれた。
「門屋君。君が鷹森君と絡んでいる写真はきちんと消去します。だから、鷹森君の腕を逆パカするのはお止めなさい。
彼は7月号の大事なゲスト。腕を折られて執筆に支障が出ては困ります」
「チッ……いっそ『洗脳組』に入っちまえ……分かりました。鷹森の腕を折るのは止めます」
「よろしい。そもそも、後輩に暴力を振るうなんて道徳に反しますよ?
それで鷹森君、素人体験談ですが……1200字程度でお願いしますね。2週間以内が望ましいです。
あ、『洗脳組』への入会はいつでもお気軽に声をかけてください」
「は、はい……いや、いいえ!!でも、ありがとうございますイル君!」
はぁぁぁ、良かったぁ!僕の腕は折られずに済むみたいだ!それに何だか大仕事もらっちゃったし……
門屋さんとイル君で僕を『洗脳組』に入れようとする動きがあるみたいだけど絶対に入らないぞ!
と決意しつつ、僕は声を振り絞った。
「あの……僕、そろそろ戻っていいですか?」
さっきのは演技だったみたいだし、これで門屋さんとのゴタゴタも終わったのかな……なんて、思ったのに……
「ああ?誰が戻っていいっつったよ?先輩を卑劣な罠に嵌めておいて『はい、さよなら』は無いよなぁ?
前々からお前は小二郎とイチャこきやがって気に食わなかったんだ……
ここらで先輩に対する礼儀ってもんを教えてやるよ!もちろん、執事部隊のやり方でなぁ?感謝しな!」
(こ、これがドラマや漫画なんかでよくある『意地悪な先輩に無理やり因縁つけられる』ってシーン……
ついに僕も体験してしまった……!!)
って考えてしまうなんて……人間、恐怖が限界に達すると逆に冷静になれるのかな?
でも一つだけ言わせてもらうと、卑劣な罠に嵌められたのは僕です門屋さん……!!
一体僕は何をされるんだろう?『執事部隊のやり方』って事は、腕を逆パカじゃないだろうけど……
あ、すいませんごめんなさい胸倉を急に掴まないでください。痛いです門屋さん。
「オラ、立て!さっさと立って後ろで手を組め!」
「立てって言われても……」
「ったく、退いてやったぞ?」
やっと門屋さんののしかかりから解放された。
だから言われた通り立って後ろで手を組んで……て……僕の真正面で門屋さんが
カチャカチャ……って僕のベルトを外す音?
「ちょっと待ってください!!」
直感的にズボンのベルトを掴んだら、引きちぎれそうなほど下に向かって引っ張られていた。
もちろん門屋さんが引っ張ってるわけで……どうして気付かなかったんだろう……高確率でお尻叩かれるよこれ!!
布がギチギチ張ってる傍で門屋さんの声が聞こえる。
「手を離せよ……往生際の悪いヤツは数を増やすぜ?この制服、結構高いんだし破れる前に……!」
「イヤです!門屋さんこそ離してください!弁償してくれるんでしょうね?!」
「生意気言いやがって!離せって言ってんだよ数増やすぞほら、100!200!300!」
「横暴です!これはいくら何でも横暴です!」
「400!500!まだ離さねーのか!?1000の大台乗っちまうぞ!?はい、600!」
「イ、イル君!!助けて……」
「いい事考えました鷹森君!ここに千早様を呼んで……」
「帰ってください!!」
「……いい考えだと思ったのに……」
イル君がしょぼんとうなだれつつトボトボ帰っていく……ああっ!イル君が帰っちゃう!!
我ながらなんて墓穴を掘ったんだ僕!!
「ああっ!待ってイル君!僕を一人にしないで!!うわっ!!」
とっさにイル君に手を伸ばした瞬間ズボンと……下着も一緒に、一気にずりおちてバランスを崩して
しかも門屋さんにお尻を向けて地面に膝をついちゃった。
何てタイミングと運の悪さだ!!
「900、1000、と」
「ひっ!?」
たまたま四つん這いになった僕の背中を、門屋さんが押さえつけてる。
僕の体勢に合わせて腰を落としてる。ど、どうしよう逃げられない……!!
「か、門屋さん!やめてください許してください!お願いですから!」
「態度が悪いな鷹森……お仕置きの時のご挨拶はどうした?学校で習ったろ?」
「えっ!?」
門屋さんが僕にお仕置きする気マンマンって事と、『ご挨拶』とやらが分からなくて……
僕は焦ってとっさに言葉が出なかったんだ。
そしたら背中に重圧が……上から恐ろしい声が!!
「早くやれよ。ジーニアスもあるよなぁ?『懲罰作法』の授業」
「あっ、あれ……うちの学校は、成績上位者以外は自由参加で、僕はそのっ、成績すごく悪かったし、
先生に受けなくていいって、言われて……!」
まずは門屋さんが僕の出身校が『ジーニアス執事学校』って知ってる事も怖かったけど、
この『ご挨拶』ができなくて状況が悪化するなら、ちゃんと授業を受ければよかったかもしれない!!
「仕方ねーなぁ。んじゃ、まぁとりあえずご挨拶はできなかったという事で、100追加な」
「そんな!」
「口答えすんなよ落ちこぼれ!」
バシィッ!!
「ひゃっ!?」
ついに叩かれ始めてしまったよ!痛い!すごく痛い!最初からこれなんて……!
「門屋さん痛いです!ごめんなさい!許してください!」
「今日お前が叩かれる回数は、元々の100にさっきの1000プラス、ご挨拶できなかった分の100、
口答えがプラス100、合計1300だ。分かったら謝るよりやることあるだろーが」
門屋さんに叩かれながらそう言われた。
うう、さっきのズボン引っ張りあった時のゴタゴタが相当の負担に!!
それが無かったら300で済んだのに!
そ、それに“やる事”って何だろう?黙ってろって事かな!?
って、思って……僕は門屋さんを怒らせるのが嫌だったから、痛いのを我慢して黙ってた。
バシッ!バシッ!バシッ!
「ひっ、うっ、あ、ぁ……!」
――って言っても、叩かれるたびに短い悲鳴が上がるのは抑えられなかったけど。
それでも門屋さんには怒られなかったから、これでいいんだと思った。
このままどのくらい黙ってれば1300回クリアできるのか分からないけど、無事終われればいいな。
そう思いながら一生懸命耐えた。
叩かれて叩かれて、叩かれるたびに痛かったし、泣きそうになったけど頑張った。
バシッ!バシッ!バシッ!
「や、ぁ……痛っ、うぅっ!!」
それから何度も何度も何度も叩かれた。門屋さんはずっと無言のまま。
お尻を打つ音と、僕の弱弱しい悲鳴だけが響いてる状態。
そうしているうち、だいぶ時間が経った様な気がする。
痛い上に、床ばかり見てると、気が滅入りそうになる。
だんだんお尻も我慢できないくらい痛くなってきた……て、いうか熱い……。
「ふっ、ぁ、……は、ぁう!!」
今、何回くらいいっただろう?
お尻痛いよ……四つん這いも辛い……!!
バシッ!バシッ!バシッ!
「や、だ……ごめんなさい!門屋さん……痛い!」
思わず弱音も吐いちゃうけど、門屋さんは何も答えてくれない。
そうだよね、厳しい人だから……頑張らないと!
バシッ!バシッ!バシッ!
「え、ぅ……門屋さん……!」
でも、痛くてつい門屋さんに助けを求めるように呼んでしまう。
どうせ答えてくれな……
「なぁ鷹森……」
「かっ、門屋さん!!」
やっと返してくれたから、僕は嬉しくて反応しちゃったんだけど……
「お前、やる気あるわけ?」
「えっ!?」
予想外の言葉に、僕はまた焦ってしまう。
どうして!?何かいけなかった!?だって、ちゃんと大人しく我慢して……
「あ、あの……あの……」
「ぷっ……くくっ!」
僕がしどろもどろになっていると、門屋さんが笑った。
「お前、本当に『懲罰作法』受けてないのな!?ご挨拶したくなくてハッタリかましてると思ったら!」
門屋さんがくつくつ笑いながら、僕の頭を撫でた。それがたまらなく怖い。
「あのなぁ、教えてやろうか鷹森君?こういうお仕置きの時はちゃんと叩かれた数、
声に出して数えないとダメなんだよ。数えてなかったら、全部ノーカウント」
その猫なで声に一気に体温が下がる。
ってことは……今までの全部……あと丸々、1300回残って……
そう思ったら、絶望で一気に涙があふれてきた。
「ごっ、ごめんなさっ……僕、知らなくて!!ごめんなさい!門屋さん、ごめんなさい!
知らなかったんです!!」
「うん。知らないよな?知らないのは仕方ない。誰にでも知らない事はあるもんさ。
今日は勉強になったなぁ鷹森君?さぁ、あと1300回頑張ろう?」
「いっ嫌だ!!ごめんなさい!もう耐えられないんです!ごめんなさい!
次回から声出して数えますから!今日は許してください!!」
「はぁ?寝言は寝て言えよ、ばぁか♪」
バシィッ!
「いぃっ!」
門屋さんにすごく楽しそうにお尻を叩かれて
本当に痛くて、これであと1300も、耐えられない!!僕は半泣きで門屋さんに懇願した。
「ふ、ぇうっ……かどや、さん!!ひっく、ごめんなさい!今日は、今日だけはぁぁ……!」
「数は?」
「い、いやっ……嫌だ!嫌だぁぁ!うわぁあああああん!!」
もう限界だったから……だから僕は泣いてしまって、数える事も出来なくて。
でも数えなかったらお尻を叩かれ続けるだけだった。
バシッ!バシッ!バシッ!
「うぁあああん!ごめんなさい!ごめんなさいぃぃ!」
「お前なぁ、『ごめんなさい』なんて数はこの世に存在しないんだよ!
さっさと数えろ!数は“1”からだろうが!分からないなら小学校からやり直すか!?」
「うぇぇっ!いっ、い……」
バシッ!バシッ!バシッ!
「うわぁああああん!!」
『1』を数えようとしたけれど、声を出した上から叩かれてやっぱり無理だった。
このまま一生許してもらえなくて、叩かれ続けるとしても僕にはもう無理だ。
どうしていいか分からなくて泣きじゃくって、叩かれていると……
「ちょっとそこ!」
ドアが開く音と声。この声は……!!
「上倉さぁぁぁぁん!!」
僕はついつい縋るようにその名前を呼んだ。
入ってきた上倉さんを見て、門屋さんは慌てて手を止める。
ああ、痛みが来ない!助かった!
「何してるんですか門屋君?また性懲りもなく鷹森君イジメじゃないでしょうね?」
「い、いや……違うんですよ兄さん!!」
「君のお兄様なら、今頃会社でお弁当を召しあがってるんじゃないですか?」
「違う!あのクソ兄じゃなくて!小二郎の兄さんはつまり、未来の俺の兄さんって意味で!」
「まぁったく……」
バシィッ!!
僕と門屋さんが思わず身をすくめた大音量。
上倉さんが執事服の胸元からパドルを取り出して、手に打ち付けて鳴らした音。
何だろうこの脅しパフォーマンス……。
上倉さんはそのまま、何だか怖い笑顔で門屋さんに微笑んだ。
「で?この空間のどこに門屋君のお兄様がいらっしゃるんですか?」
「い、いえ……上倉さん……」
「はい、何でしょう?言い訳なら時間の無駄なので、お仕置きされながら言ってくださいますか?」
こんなに刺々しい物言いの上倉さんは珍しいんだけど……考えてみれば門屋さんにはいつも厳しいかも……。
門屋さんは本当に真っ青になって、立ち上がって首を振っていた。
「ち、違います!いじめてないですよやだなぁ!コイツが今朝から、ずっと小二郎と喋ってて仕事全然してないんですよ!ハハッ!
だから、先輩として躾を!ね!?あ、でも小二郎は悪くないんですよ!?コイツが嫌がる小二郎に付きまとってたんですよ!
ストーカーなんですコイツ!上倉さんからもガツンと言った方がいいですよ!?」
「おや、お喋りで仕事が疎かになるのはいけませんね。それは確かに躾の必要があります」
「でっしょ!?もう上倉さん、ガッツンガッツン躾けちゃってくださいよ!鷹森を!」
門屋さんがめちゃくちゃ言ってる!酷いよ門屋さん!本当に上倉さんにお仕置きされたらどうしてくれるんだ!
でも上倉さんは、一呼吸して門屋さんに近付いて、軽く手で顎を持ちあげて……
「お生憎様。小二郎は今日休暇を取ってるんですよ。このおマヌケ野郎」
聞いた事もないような低い声で、門屋さんにそう言った。
あ!そうか!そう言えば朝にカラフルレンジャーのDVDの感想がハイテンション長文メールで来てたっけ!
って考えてる間に、上倉さんは門屋さんを軽く突き飛ばして
「今週の執事部隊の生活目標は『みんななかよく』!背いた者には厳罰です!
今すぐ後ろを向いてお尻を出しなさい!」
有無を言わせない口調。僕ならきっと泣きながら超スピードで言うとおりにしてる。けど門屋さんは強い。
「勘弁してください!鷹森の前でそんなの嫌です!」
「……それは口答えですか?」
「いいえ!独り言ですッ!!」
門屋さんはやけくそ気味に後ろを向いてズボンと下着を下ろす。
もしかして僕に言ったみたいに“口答えは+100”みたいな法則があって、回避したのかな?
真っ赤な顔でぎゅーっと目を閉じている門屋さんを見るのが申し訳なくて、僕は慌てて彼から目を逸らした。
「で?ご挨拶は?」
何だか聞いたようなセリフが上倉さんの口から……
僕はチラリと門屋さんを見た。泣きそうな顔で俯いてる。
これが出来なかったら100回増やされちゃうのかな?でも、か、門屋さんは、知ってるんだよね?
黙ってるのは……僕の前だから?
「どうしたんですか?学校で教えてくれたでしょう?
グランドセンチュリーの特待生が、分からないとは言わせませんよ?」
上倉さんの言葉を聞いて驚いた。
『グランドセンチュリー執事学校』って、この辺じゃ知らない人はいないってくらいの、歴史ある名門校。
執事学校の中でも一番!トップ校!在籍ってだけでもすごいのに、そこの特待生!?
か、門屋さん……明るくて親しみやすい感じだから分からなかったけど……実はすごい人だったんだ!!
僕は思わず門屋さんに羨望の眼差しを向けたんだけど、門屋さん、本当に辛そうな顔だったから僕も悲しくなってしまった。
「た、鷹森の前で……そんな……」
「鷹森君の前だから、立派なお手本を見せなくてはいけないでしょう?」
「うっ……」
門屋さんは言わない。僕はハラハラしてきた。
言わないと数が……門屋さん!僕、聞いてませんから!僕の事は道端の大根だと思って、言ってください!
一生懸命、門屋さんに念を送ってみるけどダメだ。門屋さんはきゅっと口を結んでいる。
しびれを切らしたらしく、上倉さんが冷たく言う。
「遅いですね。できなかった扱いでいいですか?」
「くっ、……俺、その授業寝てたんですッ!!ご挨拶なんてできません!」
「そう言えば……小二郎が言っていましたね。
“きちんと『お仕置きの時のご挨拶』ができる人ってカッコいい。惚れる”って」
「執事長!!後輩をいじめた私にパドルで100回お尻叩きの罰をお願いしますッ!!」
「えぇええええ!?」
今まであんなに辛そうだったのに、急に輝きに満ちた表情でハキハキとそう言った、
門屋さんの切り替えの速さに僕は思わず声を上げていた。そしたら門屋さんにすごく睨まれた。
……静かにしてなきゃ。
「寝てた割には上手なご挨拶でしたね門屋君。
ああ、あと……さっき小二郎が言ったってのは嘘ですから」
「えぇええええ!?ちくしょぉぉぉ……鷹森ぃぃぃぃ……」
「僕ですか!?」
まさかの逆恨み!?うわぁぁ!門屋さんの顔が鬼の形相に!!
って、思った瞬間に始まった。
パァンッ!!
「うぁあっ!!」
上倉さんのパドルが門屋さんのお尻を叩いた音。
鬼の形相はまた辛そうな表情に戻る。
パンッ!パンッ!パンッ!
「ああっ、やっ、上倉、さッ……!」
パンッ!パンッ!パンッ!
「テンポがっ……いぃっ、か、数を……!」
パンッ!パンッ!パンッ!
「数がっ、上倉さん!数、をっ……もっと、ゆっくりぃぃ!」
パンッ!パンッ!パンッ!
「痛い!痛いです!ごめんなさい!上倉さぁん!」
……何と言うか、呆然としてしまった。
パドルは、手で叩かれるより痛い。しかも上倉さんが振るってて、打つ間隔が早い。
あれじゃ……数は、数えられない。少なくとも僕は無理。
見ているだけでゾッとする。
それでも、上倉さんは容赦なく門屋さんを叩いているのが怖かった。
パンッ!パンッ!パンッ!
「いっ、1、2ぃ、3、んぁぁっ!!嫌だぁ!」
何とかテンポに合わせて数を数えようとするけど、すぐに挫折してしまう。
きっと痛いんだよね……でも、門屋さんはやっぱり強い。
少しずつでも数えていれば、時間はかかってもいつかは100に届く!頑張って門屋さん!
「いっ、1、2……っううっ!!」
パンッ!パンッ!パンッ!
「いっ……いぃ……1ぃぃっ!」
(あれ……?これってもしかして……)
数が進まない。門屋さんのカウントが、詰まるたびに1に戻ってしまうから。
もしかして、これ、淀みなく数えられないとアウトなの?少しでも言い損じたら最初からなの?
そう考えてまたゾッとした。
だって、そんなの……永遠に、終わらない。
失礼だけど、門屋さんがあの状態で100までスラスラ数えられるはずない。
すでにお尻も真っ赤だし、とっても苦しそうだもん!
パンッ!パンッ!パンッ!
「1、2ぃっ、上倉さん!上倉さんもう嫌です!ごめんなさい!」
パンッ!パンッ!パンッ!
「もっ……無理ですッ!!」
門屋さんの体がガクンと揺れて、その場に膝をつく。
僕は思わず「あ!」と声を上げそうになったけど、その前に上倉さんが門屋さんの腕を強引に持ち上げる。
「立って」
「立てません……!」
「立ちなさい!」
「いやっ……嫌だぁ!!」
怒鳴られて、強引に腕を引かれてフラフラ立ち上がった門屋さん。
でも、後ろは向かなくて上倉さんと向かい合う形で泣きながら言う。
「ごめんなさい!も、ぐすっ、無理です!痛いです!許してくださぃぃ!
俺こんなの無理ぃぃっ!!うぇっ、ぐすっ!」
何か言えば言うほど泣き声の比率が大きくなっていく。
これには上倉さんも少し気の毒そうな顔をして、けれどすぐ厳しい表情になって言う。
「じゃあ、どうして鷹森君と仲良くできないんですか?年下の子をいじめてばかり!
そういう悪い子だからお尻を叩かれるんでしょう!?違いますか!?」
「ご、ごめんなさい!鷹森……気に食わないんですぅぅぅっ!」
(めちゃくちゃハッキリ言われた!!)
なんか……傷ついた。
上倉さんはそれを聞いて呆れた表情だった。
「じゃあ、私は門屋君が気に食わないんでお仕置きを続けます」
「うわぁぁん!もうしません!もうしませんからぁぁぁっ!酷いです!俺は上倉さんと仲良くしたいのにぃぃぃ!!」
「ええ、酷いですね。本人がいる所で『気に食わない』なんて。
鷹森君に土下座しなさい。お仕置きをきちんと受けた後でね」
「上倉さぁん!もう嫌だぁ!わぁん!」
「私は、君みたいな嫉妬に狂って意地悪ばかりする、性悪な子が一番嫌いです!!
痛い思いして反省なさい!」
「あぁああああ!!」
門屋さんは号泣状態。それでも立ってるから、僕はすごいと思う。
何だかんだ言いつつ、何の支えもなく、自分の足だけで長いお仕置きに耐えてるから。
パンッ!パンッ!パンッ!
またお尻打ちが始まった。
「ごぇんなさい!上倉さん!ごぇんなさぁぁい!うわぁあああん!」
打たれるたびに、自分の胸元を掴んで必死で立ってる門屋さん。
膝が曲がってきても、必死で立とうとしてる門屋さん。
門屋さんは強い。強くて、明るくて、ひねくれてるけど、いい所もいっぱいある!
僕は……僕は、いつも門屋さんに意地悪されてるわけじゃない!!
「あ、あのっ……!!」
耐えきれなくなって叫んだ。
「門屋さん、すごく、反省してると思います!僕は……痛かったけど、もう、大丈夫です!
だから、あの……許してあげてください!ご、ごめんなさいっ、
僕が口出ししていいか、分からないけど……ふ、ぇ……!」
何だか喋っている間に涙が溢れて来て、情けない声が出ちゃったけど……
僕の顔を見た上倉さんが、笑ってくれたからホッとした。
「あははは!何も鷹森君が泣く事ないでしょう?」
上倉さんは笑いながら僕の前にかがんで、頭を撫でてくれた。
「ごめんなさいね。怖かったですか?」
「えっと、あの……門屋さん、を……」
「そうですね、門屋君を今すぐ土下座させますね。門屋君?」
「ごめん鷹森!!」
まさに阿吽の呼吸で、上倉さんの言葉と同時に門屋さんが僕に土下座してくれた。
ビックリするほどスムーズだった。
門屋さんはそのままシクシク泣きながら僕に言う。
「ちくしょう……上倉さんを使って俺に土下座させるなんて……お前、なんて恐ろしいんだよ……!
その思考、まさに下衆の極みだぜ……!ううっ……!でも、お前に小二郎は渡さない……!」
「ご、ごめんなさい門屋さん!そんなつもりじゃ……!」
「『下衆の極み』っていう表現は、鷹森君みたいないい子には使いません!
誰のおかげでお仕置きが終わったと思ってるんですか?鷹森君が止め無かったらあと3時間は余裕でしたよ?」
言いながら、土下座している門屋さんのお尻を上倉さんが軽くぺしぺし叩いていた。
真っ赤なお尻には軽く叩かれるだけでもキツそうだ。
門屋さんはまた泣きながら謝っていた。

そんなこんなで、大変だったこの日は終わったんだ。
その後しばらく門屋さんはさりげなく僕の仕事を手伝ってくれたりして……
やっぱり、門屋さんはただの意地悪な人じゃないんだなって思った。




気に入ったら押してやってください
【作品番号】BSS6

戻る
 進む

TOP小説