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廟堂院家の双子の話18


町で噂の大富豪、廟堂院家には二人の息子がいた。
名前は千歳と千早。まだ幼い双子の兄弟だ。
今日、兄の千歳は執事の能瀬を部屋に呼び出した。
とある計画を胸に秘めて。
「珍しいですね、千歳様が私をお呼びになるなんて」
能瀬は相変わらずの余裕ある笑顔だ。
堂々と一人で部屋にやってきた……警戒されても面倒だが、舐められているみたいでやや腹が立つ千歳。
もうそれを隠す必要もないので、仏頂面のまま能瀬に小さめの箱を差し出す。
手作りっぽいクッキーが綺麗に並べられた箱だ。
「……これ」
「え?」
「何で呼ばれたか分からないの?鈍い男……」
千歳は念じる“今度こそ上手くいきますように”。
千早にこそ通じなくなった演技力だが、衰えたわけでは無いはずだ。
「僕が作ったの。千早ちゃんにあげるの。味見をして」
「上倉君には?」
「上倉が正直な感想を言うと思う?褒めちぎられて終わりだよ」
「確かに」
能瀬が苦笑した。
警戒されてる?されてない?
分からないまま、賭けるように、千歳は続けた。
「この屋敷で、僕に堂々と盾突けるのはお前くらいだから」
「楯突くだなんてそんな……私は弟想いの千歳様が大好きですよ」
「やめてよ気持ち悪い!」
大声で拒絶した後、それでも爪の先くらいは頼る様に……
「で、でも味見はして……」
「そういう事なら、喜んで協力いたします」
能瀬がクッキーに手を伸ばし、確かに口に入れる。
あまりにもすんなり上手くいって、千歳は感動に震えた。
「味はどう?」
必死に心を落ち着けてそう問えば、能瀬は考えながら咀嚼して、飲み下して……
「そうですね……――っ!?」
体が崩れ落ちた。
当然だ。立っていられるはずがない。
床に手を付いてへたり込んだ能瀬が苦しげな、眠たげな表情で自分を見上げる。
千歳は恍惚と呟いた。
「さすがお母様……この技術だけは、尊敬するよ」
「何、を……!?」
「ねぇ能瀬、上倉の作ったクッキーは美味しかった?」
「!!?」
「あぁ大変だ!能瀬さんが急に立ち眩みを!」
驚く能瀬の背後から、わざとらしい口調の上倉が近づき、
「きっと、疲れが溜まっていたんですね?今日はもう部屋でお休みください。
四判さんや皆には私が“そう”伝えておきますから」
そう言いながら、慣れた手つきで能瀬の両手を後ろに手錠で拘束する。
「や、やめろ……!何、の……つもりだ……!」
「大丈夫。薬はすぐに切れますから。私が“貴方の急病”を四判さんに伝えて戻ってくる頃には。
だって、意識朦朧の貴方をお仕置きしても楽しくないでしょう?」
「ふざけ……!自分が、何をしてるか……!!」
「貴方こそ、自分が何をしてきたかよく考えてください。う〜ん……足も拘束した方がいいですかね?
この長い御み足で蹴られたら……ふふっ♪それもいいですが、やっぱり今は都合が悪いですから」
「触、るな……!!」
能瀬の弱弱しい抵抗は抵抗にならず、足には鎖の付いた足枷が嵌められて……
結局は手足を拘束されてしまった。
上倉は「これでよし!」と、満足そうに手を打って部屋を出て行こうとして、
「せいぜい、千歳様に謝り倒して恩情をかけてもらえるようにしておくことですね!
千歳様のご命令なら私も手加減しますから」
振り返りざまに能瀬にそう言い残した。
もちろん、彼が出た後の部屋は施錠されてしまった。

「くっ……!!」
部屋に残された能瀬は悔しさのあまり声が出なかった。
なんて屈辱的な格好だろうか。それに上倉が戻ってきた後の事を考えると……
“お仕置き”と言っていたからには、おそらくは千歳様の前で自分の尻を叩くつもりだろう。
そんな事になったら怒りと屈辱で狂って死んでしまいそうだ。
「千歳、様……!!」
何とかしてこの危機を脱しようと、部屋に残った千歳に声をかける能瀬。
「どうしたの?」
「水を……!!」
とにかく頭がぼんやりして体に力が入りにくい。
交渉するにしても、それをまず解消しなくては、と。
「水、ね。分かった」
千歳はスタスタと水差しを取りに行ったかと思うと……
「はい、どうぞ♪」
バシャァァッ!!
能瀬の頭上から水をぶっかけた。
「っう……!!」
「あっはははは!」
楽しそうに笑う千歳の姿は能瀬にとっては意外だった。
自分が抵抗できないとなると、こうも攻撃的になるのか……
けれど、これでだいぶ頭がスッキリしたので、なるべく冷静に千歳を説得しようとする。
「千歳様、こんな事はやめて下さい。またお父様に叱られますよ?」
「それで脅したつもり?僕はね、本当に本当にお前には腹が立ってるの……」
持っていた水差しを無造作に落として、千歳は能瀬の顔を覗き込んだ。
その表情は笑顔ながらも憎悪に溢れている。
「僕がお仕置きしてやってもいいんだけど、上倉に叩かれた方が、お前の精神的なダメージが大きいと思って」
「千歳様……」
「苦しめばいいよ。僕が……僕が“従順な千早ちゃん”を奪われて、どんな思いをしたか……!!
お前のせいでどんな屈辱を……!!お前だけ、綺麗なままではいさせない!!
醜態晒して、泣き叫んで、一生消えない傷を負えばいい!!
その為だったら僕は何だってする……!例え僕も、泣く事になってもね」
「目を覚ましてください……貴方は、誇り高き廟堂院家のご子息だ!!
こんな事をしてはいけません!将来お父様みたいな立派な人になるんでしょう!?」
「何を言ってるの?」
だんだん説得が力強くなってくる能瀬に、千歳は嘲る様な笑みを向ける。
「僕はお父様を立派だなんて思った事も、立派な大人になりたいと思った事も一度も無いよ……。
第一、 あのお父様とお母様の息子である僕が立派な……と、いうかまともな人間になれるわけがないじゃない」
「そんな事……!!」
「怖いの能瀬?“許してください”とか“助けてください”とか言ってごらん?
……言っても、助けたり許したりしてやるつもりは無いけどね」
「私が恐ろしいのは、こうやって歪んだままのこの屋敷の未来だ!
いいですか、貴方と上倉君のしようとしている事は……!!」
「つまらない正論振りかざして、正義の味方にでもなったつもり?」
千歳の笑顔はそこでフッと消える。後に残った不機嫌そうな顔で怒鳴った。
「ふざけないで……千早ちゃんを騙した大悪党が!バカみたい!!」
「違う!!私は、千早様を騙してなんかいないし、貴方達の、この屋敷の為を思って!!」
「あぁ、その威勢がいつまで続くか見ものだね!上倉早く帰って来ないかなぁ……!」
「千歳様!!」
能瀬の中では、もう説得は無理だと感じ始めていた。
じきに上倉が戻ってくる……思い切って大声でも出そうかと思った。
その時……
「千歳!!麗!!本当にいるの!?」
「「!!?」」
鍵が外側から開くと同時に、屋敷の旦那様、千歳の父親の千賀流が部屋に飛び込んできて、
あまりにも予想外で能瀬も千歳も目を見開いて固まってしまった。
「麗!!あぁ、何てことだ……可哀想に!!大丈夫!?」
千賀流は心底悲しそうな顔をすると、能瀬に駆け寄る。
反対に、千歳は能瀬から離れて後ずさった。
千賀流に労わる様に肩を掴まれた能瀬は
「わ、私、は……」
一瞬で判断した。“これはチャンスだ”と。
心の中の暗闇でじわりと何かが微笑んで、次の瞬間には必死に千賀流に叫ぶ。
「これが、大丈夫に見えますか!!?
上倉君は異常だ!!確かに、彼に嫌われている気はしていました!
でも、ここまでやるとは思わなかった!私に薬を盛ったんですよ!?その上こんな拘束を!!
感覚が普通じゃない!彼は変質者です!!執事長も、ましてや、
千歳様の世話係なんて恐ろしくて任せられるはずがない!!」
「麗……!待って、落ち着いて……!!」
「落ち着けですって!?何故旦那様は落ち着いていられるんですか!!?
明らかに千歳様に悪影響じゃないですか!クビにしましょう!今すぐ、この屋敷から追い出して……」
「怖かったね、ごめんね……!私がよく叱っておくから!二度とこんな事はさせない!
きちんと君にも謝らせるから!!彼を追い出すだなんて、悲しい事は言わないで……!!」
能瀬は千賀流に抱きしめられる。けれど、言われた事は……
ひたすら優しい……優しすぎる旦那様に、能瀬はだんだん焦りと苛立ちを感じ始める。
「どうして……!?何故ですか!?異常者ですよ!?
何故庇うんです!?そもそも何で、あんな奴を執事長にしたんですか!!
僕、っ、私の方がよっぽど適任だった!!お願いです私を今すぐ執事長にしてください!!
彼を千歳様の世話係から外してください!!千歳様に何かあってからでは遅いんだ!!」
「大一郎は千歳に酷い事はしないよ?!本当は優しい子なんだ、分かってあげて……!!」
(話にならない……!!)
能瀬は唇を噛んだ。せっかく上倉の信用を失墜させようとしているのに全くもって上手くいかない。
それでも能瀬は言った。
「100歩譲って酷い事はしなくても、千歳様を叱れないんじゃ意味が無いじゃないですか!!
何が世話係だ!千歳様を甘やかして、グルになって、こんな事を!!」
「……やっぱり、千歳も一緒になってやった事なんだね……」
話が自分に回ってきて千歳はハッとする。
すぐに大声を上げた。
「上倉……本っっ、当使えない男!!僕の計画が台無し!!
せっかく能瀬が千早ちゃんに馴れ馴れしいし、生意気だから一泡吹かせてやろうと思ったのに!!」
「千歳!!」
「ち、違うよ……!!上倉が言い出したんだよ!僕は“やめよう”って言ったのに!
全部アイツが悪いんだ!僕は何も……」
「……大一郎を庇おうとしても無駄だよ……」
呆れ声で図星を突かれて、しかもその後すぐ叱りつけられる。
「いいかい!?君達は、本当にやり過ぎた!
大一郎も、君も、厳しくお仕置きしてあげるから庇い合っても無駄だ!
……今日みたいな事、どうしてやってしまったのか正直に話して。
不満な事も、あるなら聞くから。君達がきちんと仲良くしてくれないと私は悲しいよ」
こう言われてしまっては、千歳にはどうしようも無いし、能瀬も……
「麗も、それで許してくれる?」
「……分かりました」
納得はいかないが、引くしかない。
そして、一応はまとまった所にもう一人の執事がやってきた。
「千賀流様!!能瀬君!!」
「四判!ちょうど良かったよ。麗をお願い」
「まぁぁったく!あのおバカはぁぁぁっ!!……能瀬君、大丈夫ですかな?立てますか?
酷い目に遭いましたね。上倉君には、私からガツンと言ってやりますぞ!」
「……お願いします……」
四判に拘束を外してもらってフラフラと立ち上がった能瀬は、気遣われつつ連れていかれてしまった。
部屋に残ったのは千賀流と千歳の父子だけだった。

「さて、君と大一郎のどちらを先にお仕置きしようかな?」
「……能瀬は千早ちゃんを騙したんだよ……?」
千歳が瞳を潤ませる。そして千賀流に縋り付きながら叫んだ。
「自分が執事長になりたいから、千早ちゃんを利用したんだ!
アイツのせいで千早ちゃんは変わっちゃった!!
千早ちゃんの事は、今でも大好きだけど……僕、アイツだけは許せなかったんだ!!
だから、上倉に協力してしてもらって……僕が命令したんだよ!?
そうしたら、あの子は言いなりになるしかないじゃない!!これが本当の事!!」
「正直に話してくれて嬉しいよ千歳。でも、大一郎にワガママを言ってないけないよ?
あの子は優しい子だから、困ってしまって……結局は、君の望みを叶えてあげちゃうんだろうね。
千歳の事が大好きだから」
「うん、約束する!!だから、上倉には厳しくしないで!!
あの子、何も怖がらないくせに、お父様にお仕置きされるのだけは怖いんだ!」
「ふふっ、どうして大一郎の事は思いやれるのに麗の気持ちは考えてあげられなかったの?
あんな事をされて、とても悲しくて怖かったと思うよ?
君も大一郎もその事を良く考えて、たくさん反省すべきだね」
「お父様ぁぁ……!!」
泣きながら一生懸命自分を見上げてくる息子に、千賀流は優しく言う。
「反省して、麗と仲直りをして、たくさん話をしてあげて。
麗は高い目標を持って頑張ってる、素敵な子だよ。千早の事でヤキモチを焼かないで、ね?」
「〜〜っ、お父様って本当に頭がお花畑ッ!!僕は能瀬なんて大っっ嫌い!!」
「おや、じゃあ君の頭は石でできてるのかな?柔らかくて可愛い子供の頭に戻りますように」
冗談めかしてそう言いながら、頭を撫でてくる千賀流の手を、千歳は払いのける。
「もう!触らないで!!」
「あはは、じゃあ先に大一郎の方に行ってこようかな?後でね千歳」
「あっ……!!」
スルリと、千賀流は能瀬が拘束されていた手錠を拾って去っていく。
それを見て千歳は戦慄したが……
「ちょっと、アレどうするの……!?上倉……!!」
献身的な世話係が、なるべく苦しまずに済むよう祈る事しかできなかった。



そうして千賀流はやってきた。
先に捕まえて、千賀流の部屋で待っているようにと伝えた息子の共犯者の元へ。
「あっ……!」
「お待たせ大一郎。覚悟はできた?」
「…………」
千歳の共犯者で世話係な上倉大一郎は、自分の姿を見るなりビクついて、その後は怯えるように目を逸らす。
いつも明るい笑顔で可愛らしい冗談ばかり言っている彼のこんな表情は何度見ても可哀想だ。
“お仕置きされる準備をしておきなさい”と言っておいた為に、下半身を丸出しにしているので余計に。
それでも今日は、もっと怯えてもらわないといけないんだけれど……千賀流は内心ため息をつく。
「大一郎、私を見なさい」
目が合っただけで喉を鳴らして泣き出してしまう。
「許して、ください……!!」
「君が心底反省したらね。これは何だか分かる?」
「それ……!!」
しかも、まともに喋れないらしく、たどたどしく言った。
「私……私が、持っていった……!!」
「そう。君が麗を動けなくするのに使った物だ」
「それで、私を拘束するんですか……?」
「そうだよ。麗と同じ怖い目に遭わせて反省させてあげる。
(……きちんと“怖い”と思ってくれればいいけど……)
さぁ、後ろを向いて手を回して」
上倉は躊躇しながらも、黙って言うとおりにした。
被虐趣味の彼が興奮してしまったらどうしようかと心配しながらも、
手錠をかけて千賀流は叱ってみる。
「ほら、こんな事をされて、麗がどんなに怖かったと思ってるの!?」
「……たない……」
「え?」
「勃たない、勃たない勃たない勃たない……!!
妄想してたのと、ひっく、全然違う……!!
うぅっ、ぐすっ、もう、やだぁぁ……ごめんなさぁい……!!」
心配は無かったようで、余計に怯えたらしい上倉が可哀想だけれど内心ほっとした。
「泣いても駄目だよ。仲間に酷い意地悪をして!!
悪い子のお尻はたくさん叩いてあげるから覚悟しなさい!」
「うわぁああん!違う!違うんですぅぅっ!!
あの男は自分が執事長になりたいがために、千早様を操って利用してぇぇ!!」
自分の声量につられるように涙声で叫んだ上倉の腕を掴んで道連れにするようにソファーに座り込む。
流れで膝の上に横たわる様になった上倉が余計に悲壮な声を上げた。
「こんな格好嫌ぁぁぁっ!!」
「逃げられないからだよね?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさぁぁい!
能瀬さんが悪いんです!彼はこの屋敷を支配しようとしてるんですぅぅっ!!」
「仮に、君の言っている事が全部真実だとしても、君が麗にあんな事をしていい理由にはならない!!」
バシィッ!!
「ひゃぁあっ!!」
最初から思いっきり叩くと、上倉は体を思い切り跳ね上げた。
それを押さえつけて、千賀流は愛の鞭を追加していく。
「薬なんか使って、体の自由を奪って!!」
バシッ!バシンッ!!
「うわぁあああん!!あぁう!!」
「無抵抗な相手をあんな風に拘束して!!」
ビシィッ!バシィッ!!
「や、ぁああああっ!!」
「いつからそんな悪い子になったの!?」
バシィッ!バシィッ!!
「ごめんなさぁぁい!!」
「その上あんな風にずぶ濡れにさせて!!風邪を引いたらどうするんだい?!」
バシィンッ!ビシッ!!
「ひ、ぁあんっ!ずぶ濡れぇぇっ!!?」
「ん?……あぁ、あれをやったのは千歳なんだね」
「あ、わ、私が……!!」
慌てて千歳を庇おうとする上倉のお尻に、千賀流はまた平手を叩きつける。
バシィィッ!!
「うわぁああああん!!」
「大一郎、嘘を付いたらお仕置きが増えるからね!?」
「はい!はいぃ!!正直に、言いますごめんなさい〜〜!!」
バシィッ!!ビシッ!ビシッ!
「うわぁあああん!」
とにかく最初から厳しめで叩かれ通しの上倉はひたすら泣き叫んでいるけれど、
例えお尻がどんなに赤くなってきても、千賀流が手を緩めることは無い。
「それと……君がどんな玩具を持っていようと自由だけれど、こんな事に使うなら全部取り上げてしまうから!!」
バシィッ!バシッ!
「あぁっ、そんなごめんなさい!!もうこんな事はしませんからぁぁっ!!」
「麗にもきちんと謝るね!?」
「謝りますぅぅっ!!痛いぃ!ごめんなさぁい!!」
必死で足掻いたり、手錠を引っ張りあったりしている上倉を
咎めるように千賀流はまた一つお尻を叩いた。
バシッ!
「じっとしなさい!まだ終わりじゃないよ!?」
「うわぁあああんん!!あぁあああああん!!ごめんなさぁぁい!!」
「……後聞くけど、君はあんな事をして最終的に麗をどうするつもりだったの?」
「うっ、あ……!!」
「麗の事、“急病で部屋で休ませた”って四判に言ってたよね?
嘘をついて、誰も彼を探さないようにさせて、麗をどこかに閉じ込めておくつもりだったの?」
「嫌だ、嫌だぁぁ……もう怒らないでください、叩かないでくださいぃ……!!」
「何度でも言うけど、君がきちんと反省するまで怒るし、叩く!
ただ、ここまできて嘘をつくならもっと厳しくするからね!」
強い口調でそう言うと、上倉も観念したのか顔を伏せるように頭を下げて呻くように答えた。
「うっ、ぐすっ……!彼を、お仕置きしてやるつもりでした……!お尻叩いて、泣かせてやろうって……!!」
「……」
「あぁやめて!正直に、言いました!言ったから!!やめて下さい!もうヤダ痛いぃっ!!」
黙り込む千賀流に勝手に怯えてジタバタしている上倉。
けれどもやっぱり――
バシィッ!ビシィッ!
「うわぁああああああん!!」
「……ちょうど良かったね、君がやろうとした事がそのまま返ってきた。悪い事はできないでしょう?」
「ごめんなさぁぁ、痛い!ごめんなさい!!」
「たぶん君は、君が思いつく最大限に残酷な方法で麗を苦しめようとしたんだ。
せっかくの賢い頭をそんな風に使うんじゃない!!」
ビシィッ!バシィッ!!
「ぁああああああんっ!!だって能瀬さんがぁぁっ!
元はと言えばアイツだって私に同じ事したんですぅぅっ!!
わ、私に変な薬飲ませて甚振ったんだぁぁっ!!」
「!?――だからって君が同じような仕返しをしたら同じくらい悪い子でしょう!?
(酷いな……そんな事が横行してるのか……?)」
「ごめんなさい私も悪い子ですぅぅっ!!わぁあああああん!うわぁあああああん!!」
厳しくお尻を叩き続けて、すでに上倉のお尻は真っ赤になっていた。
泣き喚いて痛がって、暴れてばかりの彼を千賀流はまだ許すこと無く押さえつけている。
「……逃げないで。大一郎が悪い子だったから、最後にとっておきの罰をあげる」
「なっ、なっ……!?やだぁぁっ!!」
「何だと思う?取りに行かなくちゃ」
「!!うわぁあああん!やめてください!!痛いんです!
限界なんです!そんな事されたら死んでしまうぅぅ!」
「こんな事で死ぬわけが無いでしょう!?いいかい、大事な事を聞くよ?!
今日の事は、君か千歳のどっちが“やろう”って言い出したの!?」
「!!?」
「千歳だった場合25回、君だった場合は35回、嘘を付いたら45回!」
有無を言わさず言い切ると、上倉が弱しい嗚咽と共に白状した。
「ひっく、ぐすっ、うぇぇっ……!!千歳様に、頼まれましたぁぁ……!
でも、私もそうしてやりたいって、思ってたんです……!!」
「……そう、なら30回ね」
「うわぁあああああん!!」
「さぁ、一旦降りて!これで最後にしてあげる!」
千賀流は膝の上から上倉を降ろすと、パドルを持って戻ってくる。
そしてもう一度上倉を膝の上に乗せて、心身共に限界っぽい彼の頭を撫でた。
それでも上倉の方は怯えきっていたけれど。
「ううっ、ぐすっ、助けて……!助けて!!」
「今日は本当にたくさん叩かれたよね大一郎?もう麗に……もちろん他の子にも、意地悪はできないね!?」
「うぅっ、もうしません!!だからお願いですから反省しましたから、強くしないでぇぇ……!!」
「四判にも、イルにも、小二郎にも後で怒られて!!」
「そんなぁぁぁっ……!!」
「……特に小二郎はとっても悲しむと思うよ?彼の為にも、いいお兄ちゃんでいないとね?」
「わかりましたぁぁ!ごめんなさい……!!」
頭を左右に振って、それでも口では覚悟を決めたような上倉の
真っ赤なお尻に千賀流はパドルを振り下ろした。
ビシィッ!
「ひ、ぁ!!?うぁっ……」
バシッ!バシンッ!!
「いぃったい!!」
バシィッ!!
「やだぁぁっ!!ぁ、あもうダメェェっ!!」
上倉はいよいよ本気で抵抗したけれどそれが許されるわけもなく。
「大一郎!大人しくしなさいって何回言ったら分かるの!!」
「無理無理無理無理無理ィィッ……!!」
ビシィッ!
「痛いぃ!うわぁああああああん!!あぁあああああっ!」
こんな感じで上倉が騒ぎながら30回を終えたところで、やっと長いお仕置きは終わりとなった。
「もういいよ大一郎」
「はぁっ、はぁっ、うぁああああっ……!!」
息を切らせて泣いている上倉を千賀流は優しく助け起こす。
そして目を合わせるようにして言った。
「ねぇ、大一郎?私は君が本当は優しい子だって知ってるよ。
もう二度とこんな事はしないで。君は大人だから、“いけない事”だって分かってたよね?
千歳を、止めてあげて欲しかったよ」
「ごめんなさい……!ごめんなさい……!!
でも、旦那様……これだけは信じてください……!!」
上倉が潤んだ瞳で、真剣に言う。
「あの男は恐ろしい男なんです……!旦那様にも、本性をお見せしたいくらいだ!
執事長の地位を、アイツに渡さないでください!!私は何も嘘は言ってない……!!」
千賀流は一瞬返事に困った。
上倉は嘘をついているようには見えないし、けれどそう言われても、
上倉も能瀬も千賀流にとっては家族のように愛する執事達だ。
「……麗にも事情を聞いておく。君も嫌な事をされたなら、まずは四判に相談して。
あと、手首……」
答えを濁して、手錠越しに抵抗した時にできたらしい跡が残る手首に目をやった。
「四判を呼んでくるからきちんと手当てしてもらって。私がしてあげられなくてごめんね」
上倉の頭を撫でて、千賀流は部屋を出る。
(“麗が千早を利用している……”千歳も大一郎も同じことを言っていた。
麗は大一郎を“異常者”だと、屋敷から追い出そうとして……
ただの、お互いの誤解だと思うけど……一体、彼らの間で何が起こってる……?)
そんな事を考え込みながらも、廊下を歩いていた。





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【作品番号】BS18

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