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廟堂院家の双子の話15




「上倉、能瀬さんってどんな男?」
「人をブランドでしか測れない心の狭い男ですよ。
清く優しいふりをして、格下と見なした相手は内心見下してます。
好青年だと思いきやとんでもない!冷酷にして残忍、出世の為ならどんな手段も厭わない……あぁ汚らわしい!」
「……ふふっ、ごめんね。お前達がこじれてるのは僕のせい?」
「いいえ。すべては能瀬さんの性格が悪いせいです。執事長の地位への、執着心とね」
「んー……じゃあ彼ってやっぱり、千早ちゃんに忠誠を誓ってるっていうよりは
執事長の地位が欲しいんだよね」
「おそらくは、高確率で」
「……食いつくかな」
「チョロそうですよ?」
「そうでないと、困る」


「楽しい事に、なればいいなぁ……」

* * * *

町で噂の大富豪、廟堂院家には二人の息子がいた。
名前は千歳と千早。まだ幼い双子の兄弟だ。
双子の兄、千歳は今日……執事の能瀬に声をかける。

「あ、あの……能瀬さん……」
「はい。何か御用ですか千歳様?」
とても優しい笑顔で、すっと千歳の目線に合うように体をかがめてくれた能瀬。
千歳は不安げな顔でキョロキョロとあたりを見回して、能瀬の耳元で囁いた。
「上倉の事で、少しご相談が。二人きりで」
「え……?」
「場所を変えたいんです」
能瀬は、驚いた顔で頷く。
それから二人は誰にも見られないようしつつ、近くの空き部屋に入った。
能瀬が千歳にソファーに座る様に促すと、千歳が「隣に」とせがむので「失礼します」座る。

「千歳様……相談と、言うのは?」
「能瀬さん……助けてください!!上倉はもうアイツ無能です!!
しかも変態だし!縁を切りたいんです!能瀬さんが僕の世話係になって!!」
「千歳様!?一体何があったんですか!?」
いきなり抱き付いてきた千歳を受け止めつつ、能瀬は困惑した声をかける。
千歳は能瀬の頬へ手を伸ばした。そして、甘い声を出す。
「ねぇ、執事長になりたいんだよね?」
「え?」
「僕は、貴方の欲しい物知ってるよ……全部望むとおりにしてあげる……」
近づく視線。
能瀬はますます困惑しているようだった。
「どうして千早ちゃんの周りをウロウロしているの?
将来、廟堂院の全権を握るのは兄であるこの僕…
千早ちゃん……千早は、アレはそれこそ僕の“奴隷”になる男。
貴方が地位を望むなら、どっちに付くべきかは明白なはず」
「お、仰っている意味が……よく……」
「僕はカッコつけのいい子ぶりっこは嫌いだよ能瀬……」
「ッ、」
能瀬が赤面して息を飲む。
「醜くて、浅ましいところ全部晒してよ。僕の従順な犬になるんでしょう?
そうしたら、お前のとびっきり喜ぶご褒美をあげるから」
「ち、千歳様私は……執事長になれるなら……!」
“堕ちる”と、千歳は確信した。
しかし。
「でも、すみません!!違うんです!
私は貴方と上倉君のような関係は望んでない!!
私は!必ず、私の実力で執事長の座を勝ち取りたいんです!」
「へ……?」
能瀬の反応は千歳の予想とは違っていた。
焦りが出てしまう。
「い、いいの!?この要求を飲まないなら、お前の夢への道は閉ざされる!!
実力!?冗談でしょ!?綺麗事並べて、つまらない男……!
ほら、バカじゃないよね!?今僕に跪かないと、執事長は変えない!絶対に!」
「千歳様……!貴方がそんな風におっしゃるんだなんて、私には信じられない!!
どうしたのですか今日は!?」
「白々しい……!!もういい!前からお前の事は嫌いだったんだ!」
「そんな……!!確かに私はバカでつまらない男です!
でも、貴方の事も千早様の事もとてもお慕いしていて、だから……!!」
「うるさい黙れ!!」
千歳はそう怒鳴り、聞く気の無い能瀬の声を背中で聞いていた。
しかし、急に一段低い声が言う。
「将来、廟堂院の全権を握るのが……貴方だとは、どうしても思えないんですよ」
「!!」
振り返ったわけでもないのに、能瀬がうっすらと不気味に笑う顔が頭に浮かんで思わず歩みを止める。
怖気に顔を歪め、でも、慌てて澄まし顔を作って振り向いた。
「能瀬……」
激しい怒りを笑顔に乗せる。そして言ってやった。
「お前を誤解してた。お前ってば、ここの執事の中じゃ最も愚かな男だ」
「貴方に嫌われる覚えはないのに……悲しいです……千歳様」
本当に悲しげな能瀬の顔に舌打ちして、千歳は部屋を出た。
もう振り返らず、けれどさっきの想像した能瀬のおぞましい笑顔がまた頭によぎって、
振り払うように廊下を早足で歩いた。



さて、この千歳の行動は少々勇み足で軽率だった。
それをすぐさま思い知らされることになる。
千早の部屋に呼び出されたかと思ったらベッドに押し倒されて
「兄様!!さっき能瀬が“千歳様に自分の側に付くように”って言われたって!
“千早ちゃんは将来僕の奴隷になる”って!そう言われたって!!」
開口一番これだった。さっそく筒抜けでしかも……
「嘘だと言ってください、兄様……!
貴方がそんな事を能瀬に言うなんて!だとしたら、だとしたらオレは……!!」
さっきまでワザとらしく嘆いていた千早はどこか嬉しそうに、脅すように囁く。
「貴方をお仕置きしなくてはいけない。今まで以上、厳しく。
だから、嘘だと言って?」
「うっ……」
千早は“お仕置き”する気満々。
千歳も千歳で怯えてしまう。
つい、パッと……しかも必死な言葉が口を付く。
「嘘だよ!嘘だ!僕はそんな話してない!
信じて千早ちゃん!あの男は君の事騙してるんだ!酷い!あいつ最低!
目を覚まして!僕のこと信じてくれるよね?!」
「兄様……あぁ、良かった……!」
千早は一瞬ホッとした顔をした。
「でも証拠が無い」
けれどすぐ、不敵な笑みに戻ってしまう。
どこか哀れむような視線を千歳に落としして、笑っている。
「貴方が能瀬にけしかけた証拠も、能瀬が嘘をついている証拠も、どちらも無い。
そしてオレは……貴方を嬲れる口実ができれば何でもいい」
「っ……!」
この千早の言葉に、千歳はますます焦って喚く。
「違う!嫌だ千早ちゃん!信じて!僕は何もしてない!
能瀬は嫌いなんだ!口なんて聞かない!
許して……!君が僕を信じてくれないなら、傷つくよ!」
「“許して?”」
「ち、違う!言葉のあや!!」
「能瀬の言う部屋に、監視カメラでも仕掛けてあれば、真実が分かるんですがね。
……あぁ、案外しかけてあるかも。ほら、お母様ってどこにでも盗撮装置しかけてるじゃないですか?」
(!!)
「どうしました?青い顔をして」
「してないよ……からかわないで……」
内心青ざめた千歳は努めて冷静な声を出す。
千早がそんな彼の頬を撫でた。
「ふふっ、可愛い兄様。
分かりましたよ。信じましょう。お仕置きも無し。
あまりイジめて、貴方に嫌われたらイヤですから」
「ありがとう」
千歳も、やっと笑った。
上手く笑えたかどうかは自分で分からなかったけれど。


そしてその夜。

「はぁっ……はぁっ、は〜〜……」
暗がりの中、散らかった件の部屋で。
白いネグリジェをきた千歳がホッとしたように息を吐いていた。
肩を揺らしながら、しかし静かに息をする彼の手の中には小さなカメラ。
千歳は泣きそうな目でそれを見つめて、その場を動こうとした。
それなのに。
「兄様」
「!!」
「こんな暗い所で何をしているんです?“監視カメラ”を探してたんですか?」
図ったようなタイミングで現れた黒のガウン姿の千早。
千歳は悲鳴すら出せないで、背中越しに千早が近づくのだけは分かる。
近くまできた千早の声が聞こえた。
「で、見つけた。と。
お手柄です兄様!さぁ中を見ましょう!貴方の無実が証明される!
それをこちらへ渡してください!」
千歳は動けない。渡せるはずがない。
かと言って、渡さなくても怪しまれる。末路は同じ……
「どうしたんですか?貴方はあんなに無実を主張してたのに……」
「千早ちゃん……」
「今謝れば、許してあげますよ?半分くらいは」
「……もう、やめよう……こんな事、お願い……!!」
「謝りもしないんですね。貸せ!!」
「あっ……!」
乱暴にカメラを取り上げられた、ついでに強く肩を掴まれる。
とっさに千早の強気な瞳と目があった。
「“もうやめよう”?貴方が、よく言う。思い出してください……
最初に始めたのは誰です?きっかけを作ったのは?
貴方ですよ。他ならぬ、貴方が、始めにオレのお尻を叩いたんだ」
反論できない事実を突きつけられて、千歳は半泣きになりながら言葉に詰まる。
「オレは、貴方の無実を信じてます。中身を確認しましょう」
そう言う千早に、付いていくしかなかった。



二人の寝室に入って。
近くにいた執事を呼びつけてカメラを大きなテレビに繋げるだけ繋げさせて、さっさと捌けさせた。
ベッドに並んで座る千早と千歳。
千歳は内心ドキドキしたけれど、いざ、テレビの画面に映っていたのは……

パンッ!パンッ!パシィッ!
『やだっ!痛い、よ……うぁあんっ!』


「……え?」
「あれ?思ってたのと違うな」
薄く笑っている千早が小首をかしげる。
画面に映っているのは能瀬とのやり取りではない。
千早にお尻を打たれている、裸に首輪を付けた……

『お仕置きですもの。もう一度おっしゃってくださいな?オレに“首輪を買ってあげる”?』
『ひゃぁあああん!ごめんなさい!』


「あ、ぁ……やっ……!」
千歳は目を見開いたまま、上げそうになった悲鳴が言葉にならない。
大画面に映し出されているのは、記憶に新しい自分の痴態。
体温の極限までの上がり下がりを同時に体験したような感覚でパニックに陥る。

ピシッ!パシィンッ!パシッ!
『あぁん!やだぁぁっ!ごめんなさい!千早ちゃん、ごめんなさぃぃっ!!』
『こんな格好で、真っ赤なお尻を振って……いやらしい子ですね』


「や、やめ……やめてぇぇぇぇえっ!!」
やっとのことで絞り出した声が一瞬で大声になって、
隣で澄ましている千早に縋りついた千歳は半分錯乱状態だった。
「消して!今すぐ消して!!ごめんなさい!僕が全部悪かったから!!」
「何の話です?」
「ごめんなさい!能瀬の言った方が正しいの!僕が、僕が……!!」
何を言いたいのか、言うべきかが、自分でも分からなくなる千歳。
ボロボロと涙を流しながら、思いつくままに言葉を並べるしかない。
「ご、ごめんなさい……!気の、迷いなんだ!!全然、そんなつもりなくて……!!
お願い許して!!もう、僕は、本当に、どうしていいか……!千早ちゃん……!!」
「……兄様、バカみたいな裏工作でオレを陥れようとした上に、
嘘をついて、なおかつその証拠を隠蔽しようとして……あぁ、オレは悲しみで胸が張り裂けそうだ。
今日は相当の覚悟をしていただかないと……!」
「ご、ごめんなさい……いい子に、するから」
とにかく千歳は自分の情けない映像がかかっているのが我慢ならなかった。
それをどうにかしてほしい一心で、ネグリジェの裾を捲って下着を下ろして、
べっどに四つん這いになって千早に従順にお尻を差し出す。そして懇願した。
「お願い。テレビ、消して……」
「兄様……!!」
千早はそんな千歳の姿に感激して頬を染める。
「やっぱり、映像より本物の方が何倍も魅力的だ」
そうしてテレビは消して、嬉しそうにいつもの笏状鞭を取って……
千歳のお尻を叩きだすのだった。

ビシッ!バシィッ!
「ひっ、ぁあああんっ!」
「ねぇ、兄様……叱って」
バシッ!バシッ!
「うっ、あぁっ!」
うっとりとした千早の声に、痛みで悲鳴を上げる千歳は返せない。
すると同じ声が同じ言葉を繰り返す。
「叱ってください。オレを」
バシィッ!
「やぁああっ!」
「こんな、無様で可愛い貴方の姿を見て、どうしようもなく興奮してる、悪い子のオレを!
さぁ今!叱って!!」
ビシィッ!バシィッ!
千早の要求は、今の千歳にとっては嫌がらせ同然で。
それでも、言うとおりにしないと余計お尻を痛めつけられるだけなので、
必死に言葉を作ろうと声を上げる。
「あぁっ!わ、ぁっ……!!」
パァン!
「んんっ!ふぅっ、う!!悪い、っ、子……」
痛みに遮られつつも、紡ぐたどたどしいセリフ。
「悪い、子だね……千早ちゃっ……ん!!」
「っ……」
千早が小さく吹き出すのが分かる。
悔しくて、それでも、千歳は声を張り上げた。
「本当に、悪い子なんだから……だ、ダメ、だよっ……あぁっ!!」
「くくっ……あっはははははは!!はっははははははは!!」
ビシィッ!バシィッ!!
千早は心底おかしそうに大声で笑いながら、何度も鞭を振るった。
本当に嬉しそうに満足そうに、まだ笑い声を含んだ弾んだ声が響く。
「あはっ!そう!そうなんです兄様!オレはとぉ〜〜っても悪い子なんです!!
でもねぇ、貴方の方がもっと悪い子なんですよ?」
「うぁああああんっ!痛い!痛いよ千早ちゃぁん!!
ご、ごめんなさぁい!ごめんなさい!!ごめんなさぁぁぁい!!」
パァン!ビシッ!バシッ!
もうほぼ泣き声で謝り倒す千歳のお尻はすっかり赤くなっていた。
それでも千早は手も言葉も緩めない。
「ねぇ、どうしてそんなにもオレに逆らうんです?
もしかして兄様はお優しいから……そうやって生意気なフリをしてオレを喜ばせてくれてるんですか?」
「違う!違うぅっ!!うわぁあああああん!」
「……今回の事、誰かの入れ知恵ですか?汚らわしい豚野郎の」
「ち、違う!!僕がぁぁぁあああっ!」
「だって、天使のような貴方がこんな姑息な手段を思いつくわけがない。
やっぱりあいつが……」
「うわぁあああああん!千早ちゃん、違う!ごめんなさい!
僕が、とっても悪い子だったからぁぁぁっ!思いついちゃったのぉぉぉっ!」
「ふぅん、なるほど」
千早の返事は軽かったけれど、お尻を叩く強さは重かった。
ビシッ!バシィッ!!
「んあぁあああああっ!!うわぁああああん!!」
千歳は上半身を突っ伏して泣いた。
痛々しく赤くなったお尻だけをかろうじて突き上げて。
そんな兄の姿を見ても千早の方はまだ許す気はないようだ。
「そんな悪い子ならもっともっとお仕置きしなくてはね」
「あ、ぅぅうう!!ごめんなさぁい!ごめんなさいぃぃっ!!あぁあああん!」
「ダーメ、です。まだまだ許しません」
バシィッ!パァンッ!
泣くほど痛いところをさらに激しく叩かれて責めらせて、千歳はさらに大きく泣き喚く。
「いやぁあああああっ!ごめんなさい千早ちゃん!痛いぃっ!
ごめんなさい!もうしないからぁぁぁっ!」
バシィッ!ビシッ!ビシンッ!
「あぁん!何でもするぅぅ!許してぇお願ぁぁぁい!うぇっ、ふぇぇぇっ!」
「そこまで言うなら、仕方ないですね。条件付きで」
やっと終わりが見えて、千歳は必死で頷く。
しかし千早の出した条件はとんでもなかった。彼は言う。
「この後すぐ、さっき見た“お仕置き”もう一度ゆっくり見ましょうね、二人で。
それで……あれを見ながら自分で気持ちよくなってる貴方の姿を見せてください」
「いっ……いやぁあああああああっ!!」
「え?嫌?」
ビシィッ!バシッ!バシィッ!
「うわぁあああん!やだぁっ!痛い!ごめんぁさい!やめてぇぇっ!
やだよぉぉぉぉっ!許して他の事なら何でもするからぁぁぁ!!」
バシッ!バシィッ!ピシィッ!
本気で嫌だったのに無言で痛みの圧力をかけられて、千歳はあっさり折れてしまった。
「うわぁあああん!分かったぁごめんなさい!やりますぅ!やるからぁぁぁっ!
あぁはあああああん!!」
「ありがとうございます、兄様。交渉成立ですね」

痛みから解放されて、千早に抱きしめられて泣いた千歳。
心はちとっも晴れないけれど、少しは落ち着いた頃、急に千早がこんな事を言い出した。
「ねぇ兄様……面白い事、聞きました?」
「ひっく、な、何?」
「上倉とイルって付き合ってるんですって」
「え……?」
「ご存じありませんでした?」
「……う、ううん。知ってたよ」
「とんだゲテモノ食いですよね〜イルも!まぁアイツの嗜好が狂ってるのは知ってたんですけど!
あはははっ!ベッドの上で嬉しそうに貴方の事をベラベラ喋ってくれるらしいですよ?
……気持ち悪いので詳しくは聞かなかったけれど」
楽しそうな千早とは逆に、千歳の気持ちがさらに沈む。

約束はきっちり守らされた。千歳はこれ以上に無い恥辱を煽られまくって。

そして双子は眠った。


次の日。

「……上倉、お前イルさんと付き合ってるの?」
「えっ!?あっ……」
世話係の上倉に切り出した昼過ぎ。
千歳は悲しげに息を吐く。答えは聞かなくても一目瞭然だった。
「も、申し訳ありません!!ご報告が遅れて……貴方を、不安にさせると思って……!!」
「裏切り者……」
「ち、違うんです私は……!!」
「別れて」
ぽつりと言ったかと思えば、
次の瞬間には、千歳は顔を覆って悲痛な声で叫ぶ。
「別れて!ごめんなさい!お願い別れて!
僕不安なんだ!お前まであっちへ行かないで!お願い!別れて!別れてよぉぉぉぉぉッ!!」
「ち、千歳様……!!」
ヒステリックに泣き叫ぶ千歳を、上倉はすぐに抱きしめて落ち着かせようとする。
「大丈夫。私が、間違ってました。今すぐ別れます。か、彼、束縛が強くてウンザリしてたんです……」
「うっ、ぐすっ……!」
「申し訳ありません。本当に……別れますから、ね?清々しますよ」
彼の決断は早く、言葉に迷いは無かった。


* * * *


「横暴だ……」
上倉が事情を全て話して別れを切り出すと、恋人のイル君は珍しく怒った顔で言った。
正直に言えば理解してくれると思った上倉は、予想外の反応に慌てて言葉を付けたす。
「イ、 イル君……!あの方を責めないでください。不安なんです。怖がってる。
貴方だって、千早様にそう言われたら私と別れるでしょう……?」
「千早様は祝福してくださいました。
……しかし私も確かに、千早様にそう言われたら、別れるかもしれない」
「ね?これで良かっ……」
「そして、貴方は千早様を許さないでしょう」
「なっ……!!私は許しますよ!?広い心で千早様を許します!!」
「私は許さない。私から貴方を奪うなら、彼を許さない」
「イル君!お願いです!あの方を追い詰めないでください!」
「追い詰めるんじゃありません……」
イル君は、一拍置いてキッパリとこう言った。
「楽にして差し上げるんです」
「!!」
ここにはいない千歳を見つめたのであろう、その真剣で冷たい眼差しに上倉はゾッとする。
けれどイル君、上倉にはほんのりと切なげな表情で訴えた。
「私、貴方と別れる気はありません……もう一度、千歳様を説得してみてくれませんか?
“私まで敵に回したいのか?”と」
「うっ……脅迫じゃないですか大人げない」
「結構。とにかく、そう伝えてみて下さい。……愛しています。大一郎」
「んんっ……」
長めのキスの後に、愛おしげに見つめらた。
もう一度抱きしめられて……頬に頬をくっつけられる。
イル君が去って行った後も、上倉はいつものようにうっとりと愛の余韻には浸れなかった。
(……どうする?イル君にまで敵に回られたら……あぁ、アプローチを間違えた……?)
壁にもたれかかって、ため息をつく上倉だった。




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【作品番号】BS15

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