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廟堂院家の双子の話14


町で噂の大富豪、廟堂院家には二人の息子がいた。
名前は千歳と千早。まだ幼い双子の兄弟だ。
今日の双子は千早の部屋にいた。

「よくお似合いですよ兄様……」
「…………」
うっとりと、頬を染めた千早が鏡に映った千歳を見つめている。
同じように鏡の中の自分を見つめている千歳だけれど、疲れと諦めの混じった複雑な表情をしていた。
なぜなら鏡の中の自分は、裸に赤い首輪をつけただけの状態だから。
(あぁ、嫌だ……)
恥ずかしいやら悔しいやら、いろんな感情が込み上げてくる。
服を着て嬉しそうにしている千早が隣にいると余計に。
「兄様は色白でいらっしゃるから、赤が映えますね!
派手で下品な感じになるかと思ったけど……貴方の気品の前では杞憂でした!思い切ってみてよかった!」
「……僕は白がいいな」
目立たなければいい。首輪をしているという現実なんて見たくない。
そんな気持ちで呟いた言葉だったけれど、千早には嬉しそうに頷く。
「そうですね!きっと白もお似合いですから!すぐ取り寄せましょう!」
「ありがとう……」
心にもなくそう言って、それから意を決して……
「僕からも千早ちゃんに、新しい首輪買ってあげるね!」
精一杯の反抗のつもりでそう言った。できるだけの気丈な笑顔で。
千早は少し驚いたような顔をして、その後千歳に微笑み返す。
「どうぞお好きに」
憐れむような嘲る様な、そんな笑顔。千歳はちっとも勝った気になれなかった。
それどころか……
「でもきっと、それの使い道はありません」
「……!!」
ぐっと力をこめて腕を掴まれた。
その一瞬で恐怖を感じて、さっきの発言を後悔してしまう自分が情けない。
「生意気な貴方も新鮮でお可愛らしいですね。いいですよ、何度でも躾けてあげますから」
余裕の笑顔と共に強引に口付けられて、その後はお尻を叩かれる体勢に持っていかれてしまう。
買ったばかりの赤い首輪だけの姿で四つん這い。とても屈辱的で俯いてしまう、と
「兄様?」
パァンッ!
「ひゃっ!?」
呼ばれると同時にお尻を叩かれて、反射的に顔を上げる。
「こうしていると、何だが犬の散歩みたいですね……ちょっと歩いてみます?」
チャラチャラと軽い金属の音が鳴る。千早が首輪の後ろのリードを揺らしているらしい。
一気に羞恥心が煽られて、千歳は叫んだ。
「い、いやっ!!僕は犬じゃない!!」
「そうですね……貴方みたいな美しくて高貴な犬が存在するはずがない」
パンッ!パンッ!パンッ!
「うっ、やぁっ……!」
「おまけに、可愛らしい声まで出して。犬ではこうはいきません。
貴方は立派な人間ですよ……首輪に繋がれた、人間の、可愛い奴隷!」
バシィッ!
「んぁああっ!」
強い痛みで思わずのけ反ってしまう。
何か言い返したかったけれど悲鳴でタイミングを逃して、しかも次々お尻を平手で打たれる。
パンッ!パンッ!パシィッ!
「やだっ!痛い、よ……うぁあんっ!」
「お仕置きですもの。もう一度おっしゃってくださいな?オレに“首輪を買ってあげる”?」
「ひゃぁあああん!ごめんなさい!」
お尻を打たれながらこんな風に言われるとすぐ弱気になってしまう千歳だ。最近特に。
それでも千早は許してくれない。
むしろお尻打ちは強まったほどだ。みるみる千歳のお尻を赤く染め上げるほど。
ピシッ!パシィンッ!パシッ!
「あぁん!やだぁぁっ!ごめんなさい!千早ちゃん、ごめんなさぃぃっ!!」
千歳は必死で痛みから逃げようと暴れるけれど、それはお尻を振るくらいの動作にしかならない。
「こんな格好で、真っ赤なお尻を振って……いやらしい子ですね」
「ごっ、ごめんなさい!ごめんなさぁぁい!」
何を言われても、千歳は痛みで泣きそうになりながら謝る事しかできない。
千早の方は弱弱しい姿を見せると喜んでしまうんだけれども。
「賢い貴方です。何度もお仕置きされて、自分の立場を弁えてないわけじゃないでしょう?」
「うんっ……!ひぅ、今日、はぁ、調子に、んっ……のっちゃって!!
反省、したよぉぉ!ごっ、ごめんなさぁぁい!あんっ!」
「そうですか。なら仕方ない……許しませんけど」
バシィッ!パンッ!パンッ!
「いっ、やぁあああっ!痛いよぉ!千早ちゃん許してぇッ!」
「せっかく首輪も新調したんです……改めて、オレの可愛い奴隷としての自覚を
持ってくださいね!この、お仕置きで!」
バシィッ!
「ひゃぁぁぁんっ!うわぁぁああああん!」
大声で泣いてしまう。何度経験しても恥ずかしい。
今日は自分の格好も相まって特に。それでも
千早の気が済むまで赤いお尻を叩かれるづけることしかできない。
「ふふっ、やっぱりいいですね。首輪。もっと思いっきり泣かせてあげますよ兄様……」
「やぁぁだぁぁっ!ごめんなさい!ごめんなさい、うわぁああああん!」
こんな風に、この日もたっぷり泣かされてしまった。

* * * *

状況は相変わらず千早に優勢なまま進んでいた。
一たびお仕置き、あるいは“お仕置きごっこ“となれば、今や千歳が“叩かれる側”なのが当たり前になっている。
ついこの間まで千早を叩いていた記憶が、千歳にとって夢の中の出来事のように感じるほど。
それに、もともと気が強くて攻撃的な千早は何かにつけて千歳のお尻を叩きたがるので
連日お尻を叩かれる事も多くなってきて……しかも何度か“気持ちいい”と思い始めている。
千歳は無意識に心身ともにストレスを感じていた。
(もう僕……千早ちゃんの奴隷になっちゃうしかないのかな?)
自分の部屋にいても憂鬱でイライラした気分になってしまう。
ソファーの肘掛けにやる気無くしなだれかかって、ぼんやりと呼びかける。
「ねぇ上倉……」
「何でしょう?」
明るい笑顔の世話係の執事が、日に日に優しくなってきているのが分かる。
気を使って、気分の落ち着く紅茶などを取り入れてくれている事も知っている。
感謝していた。けれど同時に、優しくされればされるほど、自分が弱くなっている気がして……
「僕ね、昨日も千早ちゃんにお仕置きされちゃったんだ」
「あらまぁ……大変でしたね。でも、」
「黙って聞きなよ!!」
怒鳴りつける。八つ当たりなんてしてもみじめになるだけなのに。
それでも自分が止められなかった。
「こっち来て、そこ座って」
「は、はい……」
命令すれば即座に従う上倉の態度にホッとしている自分に嫌気がさしながら、
目の前で床に正座している上倉を見下して続けた。
「話の続きだよ。昨日も千早ちゃんにお尻叩かれたの。お前、どう思う?」
「えっ……?」
「僕が千早ちゃんに叩かれているところ、想像してよ。
もっと情報をあげようか?彼が買ってくれた首輪、付けてたよ。他は裸だったんだ」
「あ、あのっ……」
上倉は顔を赤らめて困惑し出した。
そこに千歳は畳み掛ける。
「ねぇ分かる?あの首輪、前にはハート形のカギのチャームが付いてるけど……
後ろはリードになってるんだ。僕、犬みたいだったかも。犬みたいにさ、四つん這いになって
千早ちゃんにお尻叩かれてるの」
「そっ……なん、ですか……」
「千早ちゃんったら、毎回容赦ないんだもん。パンパンさぁ、たくさん叩いてくるし。
ねぇ、興奮する?僕が恥ずかしい格好でお尻叩かれてるところ想像して、
僕と千早ちゃんの“お仕置き”、考えて興奮してるでしょ?お前変態だもんね!」
「そんな事はッ……!」
上倉は必死に目を閉じて首を振るけれどまるで説得力が無い。
千歳は薄くニヤけながら上倉を煽っていく。
「足ぃ、開きなよ?それとも立つ?立ってズボン脱ぐ?」
「お願いです、許してください……!」
「酷い……最低だね上倉。僕が苦しんでいるところを想像して興奮しちゃうんだ!?
ほんっっとクズだねお前!?」
「ひっ……!!」
悲鳴のような喘ぎ声のような声を上げて、上倉がビクンと身を震わせる。
ただでさえ上倉の性感を煽る様な話をしておいて、その上言葉で彼を嬲る……二重の責め。
千歳が指一本触れていないのに、上倉は真っ赤な顔で半泣きになって呼吸を早くしていた。
誰がどう見ても興奮状態なのは明らかだ。
そんな上倉の状態を千歳はワザとらしく本人に言い聞かせる。
「どうしたの上倉?僕が触ってもいないのに、すごい事になってるね……。
見るからに変態だよ。もっと聞きたい?僕のお仕置きされた話、聞きたいでしょう!?」
「もう聞きたくありません!!ち、違うんです!私、私は……」
本当に参っているような上倉の半泣き声を千歳の声がかき消した。
「聞けよ!!立って!」
「っう……!」
ノロノロと立ち上がる上倉の、興奮は一目瞭然だった。
隠しようのない主張をさらに追い立てるように話をつづける千歳も……
「あのね、千早ちゃん僕の事“可愛い声出して”とか、“いやらしい子ですね”って言うんだよ!?
僕も途中から痛くて痛くて、何回も泣きながら謝ったよ“ごめんなさい”って!!
お尻真っ赤になってたんじゃないかなぁ!?」
顔が紅潮していた。
ほとんど俯いている上倉は気づかない。
「や、やめてください……もう、やめて……!」
「嫌がるフリして興奮してないでよ……バレバレなんだからさ!
随分ズボンが窮屈そうだけど、触りたかったら触ってもいいんだよ!?」
「そんな事しません!信じてください!私、は、千歳様が、辛い目に遭うなら……助けたいって……!!」
「ふざけないでよ……そんな間抜けな状態で言われても説得力ゼロだけど!?
お前だって、見られるもんなら見たいんでしょう!?
千早ちゃんにお尻叩かれてさ、アンアン情けなく泣いてる僕を!ねぇ!?
興奮してるくせに、すっごく、すっごく……!!だって……」
そこで、千歳の声が一気に泣きそうな声色に変わった。
「だって、僕も興奮してるから……!」
「!!」
その弱気な声に驚いた上倉が顔を上げると、頼りない笑顔の千歳がズボンを脱ごうとしていた。
「ねぇ、見る?」
「千歳様!!」
とっさにそれを止めさせようとした上倉に引っ張られるように、彼と一緒に、千歳は床にへたり込んだ。
そしていよいよ涙を流して、それを必死に拭っていた。
「ど、うしよう……どうしよう!もうダメだ……僕っ、ひっく、興奮、してる……!
千早ちゃんにお仕置きされるの、思い出して興奮してる!
嫌だよ……嫌なのに、もう……千早ちゃんの奴隷になるしかないんだぁぁっ……!!」
「……千歳様……」
上倉も悲しげな表情で千歳を抱きしめる。
弱弱しく、肩を振るわせて泣いている小さなご主人様を見ていて……
やがて、キッと表情を引き締めた。
「譲渡しましょう」
「え……?」
「私の“執事長の地位”を能瀬さんに譲渡しましょう」
「!?」
千歳が驚いて呆然と顔を上げる。上倉の表情は真剣そのものだった。
彼は冷静に言う。
「そして、貴方はそれで彼を釣ればいい。状況をもう一度ひっくり返す手伝いをしろ、と」
「ま、待って!そんな事して何の意味があるの!?
能瀬さん一人引き込んだってあっちにはイルさんが……
それに、千早ちゃんの意思が変わらなきゃ何も解決しない!!あの男一人にそこまでの影響力があるとは思えない!!」
「いいえ。今の能瀬さんは千早様と一緒になって、積極的に貴方の力を奪おうとしているし、
千早様もあの人をすごく信頼しているみたいです。
そこまでの腹心が貴方に寝返れば、千早様も精神的にダメージを受けるはず。
“アイツが兄様に付くなんて、やっぱり兄様が最強なんじゃ!?”……これですよ!この展開☆!」
真剣なくせに、最後にはいつものように不真面目になる上倉。
千歳はもちろん、この提案を飲まなかった。
「ふざけないで!大体、お前はどうするの!?能瀬さんが執事長になったりしたら……」
不安げな千歳に、上倉が笑いかける。
「屋敷を追われればまだマシ……彼の性格の悪さなら、残しておいて虐め抜かれる可能性もあるけれど。
あぁでも、“視界に入れたくない”って感じでやっぱり追い出されるかも」
「そんなの嫌だよ……上倉!!」
とっさに、千歳は上倉に抱き付く。抱き付いて叫んだ。
「お前みたいな最低のクズ変態が、ここ以外でまともに働けるわけないでしょ!?」
意外と辛辣な引き留めに、上倉は恍惚と「あぁ、私好きですこの仕事……」と呟くが千歳には聞こえていない。
「駄豚のくせにカッコつけないで!!僕が、他の方法を考える!
元通り千早ちゃんを奴隷にして、お前も執事長でいられる方法を!!」
言い切った。
その瞬間、千歳の中が清々しい気持ちに満たされる。
忘れかけていた自信が蘇る。
「そう、だよ……お前は僕の家畜だし、執事長だし、千早ちゃんは僕の可愛い奴隷で、この屋敷のトップは僕だ……」
何故気づかなかったのか。簡単な事だった。
今まで、ストレスを感じていたという事は……自分の望みはその逆だ。
――千早を組み敷く、かつての力関係!
それが脅かされている。弱気になっている場合ではなかった。
だったら、奪い返す。
どんな手を使ってでも。
「……お前、駄豚のくせになかなかいい案を思いついたね」
「へ?」
「さっきの、採用させてもらうよ。けど、お前もこの屋敷から逃がさない」
「…………」
「ちょうどストレスが溜まってたんだ……とばっちりごめんなさいね、能瀬さん♪
まぁ、一回執事長になりそこなってる負け犬が、千早ちゃんの周りを
ハイエナみたいにウロチョロして目障りなのが悪いんですよ」
クスクスと笑うと千歳。
上倉はポカンとしながらも頬を赤らめる。
それは、しばらくぶりに見た、自信たっぷりの千歳だった。





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【作品番号】BS14

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