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廟堂院家の双子の話12


町で噂の大富豪、廟堂院家には二人の息子がいた。
名前は千歳と千早。まだ幼い双子の兄弟だ。

そのうち、双子の兄の千歳が呆然とベッドに横たわっていた。
とっくに閉じきって、それっきり動かないドアを見て、やっと“ここに誰もいない”と認識する。
「うっ……うぅっ……!」
とたんに、涙が止まらなくなって、自分の体を抱きしめながらその場でうずくまる。
まだあちこち痛い。服なんてほとんどまともに着ていない。
「千早ちゃん……!」
か細い声で弟の名前を呼べば、さっきまでの強引な行為が嫌でも頭の中に蘇ってくる。
泣き喚くほどお尻を叩かれて、その後の……
「うっ、ひっく……千早ちゃん……!」
今まで従順過ぎるほど従順だった弟が、急に自分に牙をむいた事実が恐ろしくて仕方が無かった。
そして、これからの事も……
(僕はこれから一体どうなっちゃうんだろう……?
千早ちゃんは、僕をどうしたいんだろう?やっぱり、僕を……)
コンコンコン。
突然聞こえたノックの音に、千歳はビックリして顔を上げた。
「千歳様?上倉です」
「上倉……」
聞き慣れた声が、今はやけに優しく聞こえる。
とにかく今は誰でもいいから縋りたかった。
「……入って」
服を整えていないにもかかわらず、千歳は投げやりに言う。
みっともなくても構わない。
どうせ、千早にとって崩れた自分の威厳……
今更他の人間に偉そうに振る舞って何になるだろう?
千歳は、入って来た上倉に顔だけ向けてぼんやりと言った。
「お願い上倉……僕を助けて……」
上倉は、驚いた表情で千歳に駆け寄っていた。



その頃、千早の部屋の方には心底嬉しそうな声が響いていた。
「能瀬!お前の言うとおりだった!お前は本当に大した奴だ!!」
「光栄です」
「おかげでオレは兄様のか弱い本心を救う事ができる……
最初から、この廟堂院家の頂点に立つのにふさわしいのはオレだったんだな!」
「もちろんです」
「あぁ……俺の従順な奴隷となった可愛らしい兄様が目に浮かぶ……!
早く、一刻も早くこの兄様を現実のものにしたい!!」
「我々も同じ考えです。何なりとご命令を」
ソファーに腰掛けている千早は、目の前に跪いている能瀬を見て口の端をつり上げる。
どこまでも尊大な笑みで、能瀬に言った。
「けどなぁ能瀬……やっぱりあの男が邪魔なんだ……。
兄様にあの男を世話係から外して、他の執事にしようと提案したら、“待って欲しい”って。
“自分は他の執事とあまり面識が無いから、いきなり入れ替えられると不安だ”って。
……まぁ、兄様らしい意見だ」
くっくと笑いながら千早が細い脚を組む。
背もたれにもたれきって、窓の方へ視線をやりながら余裕の表情で話を続けた。
「さすがにこれもあの男の入れ知恵だって事は無いだろう?
けど、忌々しいあの男……思いっきり痛めつけてやりたいもんだな」
「そうですね……千早様、こういうのはいかがでしょう?」
そう切り出した能瀬の、提案の一部始終聞いた千早は、本当に楽しそうに笑う。
「アッハハハハ!能瀬!お前アイツの事本当に嫌いなんだな!?」
「そんな事はありませんよ?」
能瀬の控えめな笑顔の、眼だけが暗く光っていた。


――翌日

おやつの時間。
いつものように紅茶を飲みながら、千歳は傍にいる上倉にぽつりと切り出した。
「本当はね……分かってたんだ」
「え?」
「千早ちゃんが僕より強いって事。千早ちゃんがそれに気付いたら、
僕らの上下関係なんてあっさりひっくり返るって事……。
そうでしょ?千早ちゃんの方が性格も勝気だし、体も丈夫だし……っていうか、僕が弱いのかな?」
そう言って弱弱しく上倉に微笑みかけると、上倉も微笑み返してくれた。
その笑顔に安心して、千歳は紅茶に視線を落とす。
「それでも僕はね、上倉……千早ちゃんが永遠に僕に服従してくれると思ってた。
僕に逆らう事なんて無いと思ってた。だから、すっかり当主になる気でいた。
千早ちゃんが僕の奴隷になってくれる日を楽しみにしてたんだ」
言葉を重ねれば重ねるほど、無理に笑おうとする千歳の表情は崩れて、
声が脆く震えてくる。
「変だね……。昔は、“千早ちゃんとずっと一緒にいられればいい”って……
別に、千早ちゃんの上に立ちたいわけじゃなくて、それこそ僕が奴隷でも良くて……
いつからだろうね……自分が上じゃないと気が済まなくなって……」
零れた涙が次々と紅茶に波紋を作っていく。
ボロボロと零れる涙をぬぐおうともしない、千歳のティーカップを持つ両の手が震えていた。
「こうなった以上、僕は千早ちゃんに勝てないのに怖いんだ……!!
千早ちゃんに服従させられるのが!!怖がる事なんて無いのに!
あの子は僕の事愛してるから……その愛に身を委ねればいいのに!
それなのに、何でだろう……怖い……!!」
「千歳様……」
そっと近くに来て、腰を落として寄り添ってくれた上倉に千歳は頭を預けた。
「ねぇ……お前なら分かる?
調教されちゃえば、怖いなんて気持ちは消えちゃうの……?」
「千歳様は、どうしたいんですか?」
そっと頭を支えられて、指で優しく涙を拭ってくれる上倉。
呆然と見たその顔はいつも以上に明るい笑顔だ。
それに負けない明るい声が言う。
「このまま、千早様の奴隷になってしまいたいならそれでいい。
でも、逆らいたいなら逆らっちゃいましょうよ!
いいじゃないですか!派手に兄弟ゲンカしちゃいましょうよ!」
「きょっ……兄弟ゲンカ??」
思いつきもしなかった単語に、千歳は2、3回瞬きをして……
そしてふわりと笑った。
「そっか……兄弟ゲンカ、か……そうだね。今までした事なかったかな……
あはは!兄弟ゲンカかぁ……!重苦しく考えてた僕、バカみたいだね!
気が楽になったよ。ありがとう、上倉」
「どういたしまして!上倉はもちろん、千歳様に味方しますよ?」
「お前が味方だと心強いよ」
「……千歳様……何だか今日はお優しいですね……」
「うん。もう……化けの皮は剥がれちゃったし、偉そうぶるのはやめたんだ。
上倉、お願い。僕を勝たせてね」
優しげな瞳に懇願され、上倉はここで初めて頬を赤らめてソワソワしながら俯いた。
「……うぅ……ごめんなさい。とてもお可愛らしいし、
上倉に優しくしていただけるのは嬉しいのですが、
できればもう少しこう……士気の上がるお願いの仕方を……」
「えっ!?えぇと……」
上倉の要求に一瞬戸惑った千歳だが、そこはご主人様の勘というものだろうか、
すぐに上倉を見下すような冷たい視線で威圧感たっぷりにこう告げる。
「僕を勝たせないと承知しないよ?お前は僕の飼い犬なんだから」
「…………」
「こんな感じ?」
素に戻ると、上倉は嬉しそうに頬を赤らめて目を輝かせていた。
そして千歳の手を勢いよくしっかりと両手で包み込む。
「かっ……必ずや貴方様に勝利をお約束しますッ!!」
「変な上倉……今までごめんね?たくさん酷い事をして」
「どうかそのような事を謝らないで下さい。
貴方が私になさるすべての“酷い事”は私の喜びでした」
「やっぱり、変な上倉……」
幼い主と青年執事は互いに微笑み合う。
その幸せそうな空気を、ノックと人の声が呆気なく裂いた。

「上倉君、ちょっと来てくれるかな?千歳様もどうかご一緒に」



能瀬に呼ばれて千歳と上倉がやってきたのは千早の部屋だった。
イル君と何か話していた千早は、千歳の顔を見るなり嬉しそうな笑顔で駆け寄ってきて
その手を強引に引く。
「あぁ兄様!お待ちしてました!さぁ、こちらへ」
「ど、どうしたの千早ちゃん……?」
「この前、兄様にだけお仕置きしてゴミ虫に罰を与えて無いなぁ〜〜と、思いまして」
ダンッ!!
千早が言い終わると同時に、大きな音がして上倉が乱暴に床に押さえつけられた。
押さえつけている能瀬は上倉の頭を持ち上げて、無理やり
シリコン製のボトルを口に押し込んで何か飲ませようとしている。
「何するの!?」
「飲め!!」
千歳と千早の声は同時に響いた。そして千早が更に叫ぶ。
「飲めよゴミ虫!飲まないなら尻から腹の中に直接ぶち込むぞ?!」
千早のその一言で、今まで顔を逸らして逃げていた上倉が
大人しくボトルの中身を飲み干した。
「っはぁ、こ、この液体は何なんですか……?」
「興奮抑制剤っていうのかな?今から君のお尻を叩くけど
いつもみたいに快感を得る事はできないと思っておいて。
君が本当に反省できるようにっていう千早様のお心遣いだよ。感謝しなきゃね?」
いつもの完璧な笑顔でそんな事を言ってくる能瀬を、上倉の方は
表情を取り繕う事なく氷のような目でに睨む。
すると、能瀬の笑顔もわずかに憎悪を滲ませた。
「どう?今からたっぷり君にお仕置きしてあげるって言ってるけど……嬉しそうにできる?」
「……頭がフラフラするので話しかけないで下さい……」
目を閉じてどこか辛そうな感じでそう答えた上倉の様子を見ながら
千早は千歳の手を引いてソファーに座る。
「すごいな!本当に効いてるみたいだ!今日は面白くなりそうですね兄様!」
「そうだね……」
強引に千早の隣に座らされた千歳は動揺を悟られない様に笑うのが精いっぱい。
この状況をどうにかしたくても千早がどんどん事を前に進めてしまう。
「能瀬。早くこのゴミ虫に罰を与えてやれ」
「いいえ千早様、この役目はイル君に任せるのが適任かと」
「イルに?」
「えぇ。彼は、上倉君と同じような性癖持ちでしょう?
上倉君がどうしたら反省できるかよく分かってると思います」
「そうか」
千早はすぐに納得してイル君に命令の矛先を変えた。
「イル、お前やれ!」
「それが、貴方の望みなのですか?」
「当たり前だろう?」
「……分かりました」
イル君は無表情を崩さずに頷くと、大きめの木製パドルを持って上倉の方へ近づく。
途中、上倉から離れた能瀬とすれ違いざまに小さな声でこう言われた。
「くれぐれも、千早様を裏切らないで下さいね?貴方の信仰心が試されていますよ……?」
「私は千早様を裏切ったりしません」
ありったけの怒りを込めて能瀬を睨みつけるけれど、能瀬には堪えていないようだ。


その後イル君は、かろうじて四つん這いになっている上倉のズボンも下着も脱がせてしまう。
抵抗もせず辛そうに目を細めて額に汗を滲ませているだけだった上倉の様子に
込み上げた同情を無表情の裏に隠して、声をかけた。
「上倉君?」
「な、何でしょう?」
「今この場で千歳様の世話係を辞めて千早様に忠誠を誓うと宣言なさい。
そうすれば、お尻を叩かずに許してあげますよ?」
「え……?」
「貴方はどうせ千歳様の事なんかどうでもいいのでしょう?
だったら、この場で裏切って差し上げて下さい。
もう私利私欲の為に千歳様に執着するのをやめなさい。
貴方の様な最低の男が、千歳様にできる唯一の罪滅ぼしですよ?
それに、痛いだけのお仕置きは怖いでしょう?」
イル君のこの駆け引きに食いついたのは千早だ。
ソファーから身を乗り出してイル君に同調した。
「いいぞイル!ゴミ虫!今この場で兄様を裏切れ!
そうしたら許してやるぞ!?見ていて下さい兄様!
この男がいかに下劣で、貴方にふさわしくないか、ここで証明されます!」
「…………」
嬉しそうな千早の横で千歳の動揺は最高潮だった。
震えてしまいそうな足を自分で押さえつけて、黙っている。と……
「失礼な!勝手に私を悪役執事にしないで下さい!
私は心からの忠誠を千歳様に誓っています!
どんな脅しをかけられようと……私は最後の最後まで、千歳様を裏切ったりしない!!
私は千歳様の執事だ!!」
(上倉……!!)
千歳は瞳を潤ませて心の中で叫ぶ。
驚くほどキッパリと脅迫を跳ねのけた上倉とイル君が視線でハイタッチを交わす。
ただ、能瀬と……特に千早が大不機嫌だ。
「イル!!さっさと始めろ!」
「申し訳ありません千早様……。
上倉君、少しでも君に情けをかけた私が愚かでした。立って、壁に手を付いて」
イル君が上倉を立たせて、壁に叩きつけるように手を付かせる。
倒れこむように壁に手をついて朦朧としている上倉に淡々と言った。
「千早様と千歳様に反省している姿がよく見えるように、
お尻は突き出してしゃがみこんだりしない事。
あと声は我慢しないで出して下さい。その方が楽しんでいただけます」
「変な薬を飲まされたので体がだるくて声が出ません……」
「そうですか。じゃあ私が出させます」
「…………あぁ、今のセリフが体に響かないなんて……。
よく効く薬を飲まされてしまったんだと痛感しました」
「これからもっと痛感しますよ。さ、無駄話は終わりにしましょう」
そう言って、イル君がパドルを振り下ろした。
パシィンッ!!
「――――!?」
「声が出ないほど、痛かったですか!?」
呼吸だけの悲鳴に被せてイル君が力いっぱいパドルを振るう。
ビシィッ!パシィンッ!!
「ごっ……ごめんなさい!!ごめんなさい!」
パシィンッ!!パァンッ!パァンッ!パァンッ!
「あぁっ!ごめんなさい!許してください!もうダメ!ごめんなさぁぁいっ!!」
初っ端から、必死な悲鳴を上げて錯乱気味に謝り続ける上倉。
この場にいる全員が知っている上倉の普段の反応とかけ離れていて
お尻もみるみる赤く染まっていくこの状況……
を、どう受け止めるかは個々それぞれのようで
「じっとしなさい!」
パァンッ!パァンッ!パァンッ!
「ひぁああああっ!ごめっ――じっとしますぅっ!じっとしますぅぅっ!!」
「できていません!」
「うわぁああああっ!ごめんなさい痛いぃぃっ!」
イル君は気にせずに厳しめのお仕置きを続けているし……
「あれは演技かもしれないなぁ……」
「確かに、上倉君は演技上手ですから……」
涼しい顔で疑って遊んでいるのは千早と能瀬で……
「ねぇ、兄様はどう思います?あれは演技でしょうか?」
「え!?あっ……、そ、だね……演技にしては情けな過ぎる、かも……」
「確かに、アレじゃ情けな過ぎますね!」
「……ホント、笑っちゃう……」
口を閉じれば歯がガチガチと鳴ってしまうのではないかと思うほどの
恐怖を抱えつつ無理やり笑う千歳。
そんな状態の中で、やはり動かすのは千早だった。
「イル!泣かせてみろ!そうしたら演技か見抜きやすくなるかも!」
「かしこまりました」
千早の声に反応してイル君は更にパドル打ちを容赦ない物にしていく。
ビシィッ!バシィィッ!パシィンッ!!パシィンッ!!
「っぁああああっ!!うわぁああああああん!!」
赤くなっているお尻をさらに厳しく叩かれて
最初から泣きかけだった上倉はあっけなく本格的に泣きだして、
けれどその悲痛な叫び声を聞けば聞くほど千早の表情が生き生きしていた。
「う〜〜ん、普通ここまで大げさに泣き喚くか?嘘泣きじゃないのか?」
「千早様ぁああああっ!違う!違いますぅぅっ!ごめんなさぁぁあああい!」
バシィィッ!パシィンッ!!パシィンッ!!
「わぁああああああん!!」
泣き喚く上倉から目を逸らした千歳が千早の服を引っ張る。
「ち、千早ちゃん……!何か、つまんない……!」
「え?ごめんなさい!兄様を楽しませて差し上げたいのに!」
千早がしゅんとして謝る。その姿に希望が湧いた千歳は
ますます勢いをつけて千早を説得した。
「気持ちだけで、十分だから……ねぇ、向こうで違う事して遊ぼう!?」
「そんなにつまらないなんて!イル!
もっと上倉を苦しめて兄様を楽しませて差し上げろ!」
「なっ……!やめて!!」
思わず叫んだ千歳は、突然顎を掴まれて力いっぱいソファーに押さえつけられた。
驚く千歳の目に映った千早の顔は見た事も無いほど冷たい表情だ。
「あの男を庇うんですか?」
寒気のする様な声に言葉を失うと、一段大きくなった上倉の
悲鳴が耳に入って恐怖を増幅させた。
千歳が泣きそうなところギリギリで、千早の冷たい表情がふと笑顔を作る。怖いくらいの冷酷な笑顔を。
「変ですね。貴方、お顔が真っ青じゃないですか……
この前はあんなに楽しそうに上倉の尻を叩いていたのに……」
「……う……」
「あ!うっかりしてました!兄様だって上倉の事、
叩きたいですよね!?そうか、そういうことですか!」
「……!」
「どうぞご存分に」
「ちがっ……」
怖い……怖い怖い怖い怖い怖い千早ちゃんが怖い!!
頭の中がそんな感情でいっぱいになって、それでも千歳は勇気を出した。
「違うの!もう、千早ちゃんったら鈍感なんだから!!」
いつもの可愛らしい笑顔のまま目から涙をボロボロ零して
自暴自棄になったかのように、千歳が千早に縋りついて必死に喚く。
「僕がっ……僕ね!何だか上倉にあてられちゃったみたい!
千早ちゃんにお仕置きして欲しくて……!」
「…………」
「お願い!もう上倉なんていいじゃない!今すぐ僕の事お仕置きして!?」
ひたすら笑いながら涙を流して、表情の不自然さはどうしようもできなくて。
黙って自分を見ている千早がやっぱり怖くて、震える声で問いかけた。
「ご、ごめんね……こんなお兄ちゃん、嫌?」
「いいえ。むしろ、喜ばしい傾向ですね。お可愛らしい兄様。
貴方のお願いなら、オレは聞かないわけにはいきません」
千早がやっと笑顔になった事に安堵した千歳。
同時に、上倉を助けられたと嬉しく思う。
しかし、
「能瀬!イル!オレは兄様と別の部屋で遊んでくるから
お前達は手を抜かずにそのゴミ虫を躾けておけよ!?」
「え!?」
引かれる手に、千早の言葉に、さっきの嬉しさがサラサラと崩れる。
“待って千早ちゃん!!”と、その言葉さえ言えなくて、とっさに叫んでしまう。
「上倉!!」
その先、本音を言う事を千早が許さなかった。
潰されるかと思うくらい強く握られた手の痛みで、千歳は言おうとした言葉をすり替える。
「上倉……良かったね。もっと、ぅっ、痛めつけてもらえば?……」
後は、何も言えないまま千早に手を引かれるしかなかった。


「千早様も千歳様もいなくなってしまいましたね」
バシィィッ!パシィンッ!!パシィンッ!!
「あぁあああああっ!!」
呆然と言いながらも手は動かしているイル君。
打たれて悲鳴を上げる上倉を見つつ、能瀬がわざとらしく考えこむフリをしながら言う。
「けど、千早様から“手を抜かずに”との事だし、今すぐやめるわけにはいかないんじゃないかな」
「確かに……」
パァンッ!パァンッ!パァンッ!
「やぁぁっ!もう反省しました!許して……許して下さい!!」
「さすがに今回は本気で反省しているみたいだね……」
「はぁ、はぁっ……!」
声をかけても苦しそうに息をつくだけの上倉の姿に……
能瀬のボルテージがMAXになってしまったらしい。
「ふっ……は……あはははははっ!!貸せ!!」
急に大笑いしだして、イル君からパドルを強引に奪い取った。
頭のネジが吹き飛んでしまったかのような能瀬は
悪魔のような笑顔で勢いにまかせて上倉のお尻にパドルを振りおろす。
バシ!バシ!バシィッ!!バシィンッ!!
「貴っ様ごときが!!この屋敷にいる資格なんかないのに!
旦那様や千歳様ははお優しいから、お前みたいなゴミ以下の存在を
お傍に置いてくださってるのに!!それを、貴様……貴様はぁぁっ!!」
「あぁぅああああっ!やっ、ぁはっ!わぁあああああ!!」
バシ!バシィッ!!バシィンッ!!
「執事長だと!?ふざけるな!認めない!!僕は認めない絶対に!
身の程を知れこの豚が!引きずり下ろしてやる!絶対に!絶対に絶対にぃぃッ!!」
「ふぁああああっ!んぁあああぁっ!」
バシィッ!!バシ!バシ!ビシィィッ!!
大きく跳ねるパドルに上倉がのけ反る。
イル君が、怒りと呆れの混ざったような顔で能瀬を睨んで声をかけた。
「もういいでしょう?こんな所、誰かに見られたらどうするんです?
優しい貴方のイメージが失墜しますよ?」
「っククク……!!」
能瀬は乱暴にパドルを放り投げる。
そして楽しそうに、上倉の腫れあがったお尻を踏みつけるように蹴った。
「ごめんねぇ上倉君……痛かったよねぇ!?」
「んぐっ……!!」
「覚悟しておけよ……!」
呪詛の様な低音で呟いて、能瀬は去っていった。


後に残されたのは上倉とイル君。
イル君は能瀬がいなくなるとすぐに上倉に寄り添って体を支える。
「上倉君……良く頑張りましたね」
「……んっ、ちょっとあの人、おかしいんじゃないですか……!?
調子乗り過ぎですよねっ……性格、悪すぎます。ぇっ、バカなんじゃないですかね……!
絶対、あの人、人間とかアレとか小さい……!!」
「そうですね」
イル君は、泣きながらブツブツ文句を言っている上倉に
自分のハンカチを差し出して、服装を整えてあげていた。
「君の飲んだ薬…効果が切れると反動で異常に性的な興奮を感じやすくなってしまう
らしくて、そろそろ効果が切れる頃です。この部屋を撤退しましょう。責任は取りますから」
「せ、責任……って、どうして……」
「薬を飲ませてしまったのは我々ですし……
何度でも一線を越えてしまえるほど可愛い後輩なんです。私にとって、君は」
「ぐすっ、貴方に口説いてもらえるなら、これから毎日あの薬を飲んでもいいですね……」
ハンカチで顔を押さえつつ、そう言った上倉に、
イル君はわずかにホッとしたような笑顔を向けた。
「元気そうで安心しました」
「イル君……ど、して……まだ千早様の味方をしているんですか?
貴方なら、能瀬さんの、思うつぼだって分かってるんでしょう……?」
「最初はきっと能瀬さんの野望でした。けれど今、
それは千早様の望みになってしまった……私は千早様の望みを叶えます」
「千歳様が怯えています。こちらに手を貸して下さい……!」
「私は千早様の執事です。最後の最後まで、千早様を裏切ったりはしない」
上倉が伸ばした手は、握られる事は無かった。仕方なく二人は悲しそうに見つめ合う。
「融通のきかない眼鏡ですね……」
「……許して下さい」
「バカ眼鏡……」
「許しませんよ?」
「……っ
「走ります。せめて部屋に入るまでは我慢して下さいね?」
ブルリと身を震わせて、真っ赤な顔で頷く上倉を横抱きに抱えて、イル君は廊下を走って行った。




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【作品番号】BS12

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