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小二郎 種明かし編




僕と小二郎(こじろう)君が仲良くなってしばらくたった。
毎日少しずつだけど、色んな事を話して楽しい時間を過ごして……
そんなある日、僕は小二郎君から手紙をもらった。
可愛らしいお菓子の絵が描いてある便せんに、まるっこい字でこう書いてある。

『たか森へ
ずっと言えなかったんだけど、お前に打ち明けたい大事な話があります。
今日の夜9時頃に執事寮の空き部屋で待っています。あの突き当たりのトコ。
たか森にオレの事分かってもらえると嬉しいな。待ってます。
                                        小二郎』

……神様……これは、ついに僕にも人生の春が来たって思っていいんですか!?
執事寮の突き当たりの空き部屋なんて、誰も来ないような部屋に僕を呼びだして『大事な話』!?
いつも話してるのにわざわざ手紙で呼び出すような!?
それってもうアレしか……ああ、いや、落ち着け!小二郎君みたいに可愛い子が僕なんかにそんな……
メーデーも近いしボイコットの相談かもしれない……思い上がっちゃいけない!!
でも……ああ、ああああああ!!

その日は仕事も全然手に着かなくて、気が付いたら僕は待ち合わせ場所の空き部屋を一人で右往左往していた。

(一時間も前に来てしまった……
っていうか、服、着替えてこなくて良かった!?髪型とか変じゃない!?)

一人で執事服をパタパタ払ったり、髪を撫でたりしてみるけど……落ち着かない!!
違う!妙な期待したら後で絶望するだけだ!思い上がるな僕!これは「メーデーの相談」!
断じて「愛の告白」などという素敵なものでは……

「鷹森!?ごめん!待った!?」
「ううん!全然!今来たとこ!」

おわぁああ!!お決まりのやり取り交わしちゃったよ!!
っていうか小二郎君意外と早く……
そう思いながら振り返ると、そこにはいつものメイド服を着た小二郎君が。
僕の方に歩いてきて、もじもじとしながら言う。

「あ、あのさぁ……何でいるんだよ!まだ一時間前だぞ?!」
「こっ、小二郎君だって!!」
「オレはそのっ、何か早く鷹森に会いたくて……!」
「僕も、あの、小二郎君に会うのが待ちきれなくてっ……!!」

僕の顔も熱かったけど、小二郎君の顔も真っ赤だった。
お互い恥ずかしくて俯いて……神様!!これはいけると思っていいのですね!?
僕は意を決して小二郎君に声をかける。

「それで、あの……手紙にあった『大事な話』って……?」

小二郎君は少し戸惑った顔をして、その後、おもむろに後ろを向いて服を脱ぎ始め……
えええええええっ!?
慌てて小二郎君から顔を逸らした僕の目に飛び込んできたのは、部屋に置かれたベッド。
『まさかのぶっつけ本番!?いくら僕でもそこまでの予習は……!!』
こんな声が聞こえた僕の頭を誰か鈍器で殴ってください!!

「こっ、小二郎君!!」

情けなく裏返った声が出た。
ベッドから視線を戻すと、スカイブルーのメイド服が小二郎君の背中を滑り落ちて行く。
あとはブラジャーも下着も付けていなかった。
すっと引きしまったウエストから小ぶりなお尻にかけて……
小二郎君の生まれたままの後ろ姿は、柔らかな曲線を描いていた。

それが僕にとってはあまりにも綺麗で、目が離せなくて……

「このままオレがそっち向いたら、オレ達友達でいられるかな……?」

胸を隠すような仕草。ああ、やっぱり彼女は裸なんだ。
彼女が前を向けば“友達”のままじゃいられない。友達としての“一線”を越えてしまう。
そんなバカな事ばっかり考えていた僕は……

「今まで、黙っててごめん……」
「――――ッ!!」

正面を向いた彼女の姿に本当に面食らってしまった。
一つは彼女が泣いていた事に。そしてもう一つは本来彼女に“あるはずが無いもの”の存在に。

男性器。

僕が見たのは紛れも無くそれだった。

(小二郎君って男の子だったのか!?いや、でも、胸が……!!)

今は小二郎君が両腕で隠してるけど、確かに彼女には控えめに膨らんだ胸もある。
僕はすっかり混乱してしまって呆然と立ち尽くした。
小二郎君が泣いているのに何も声をかけてあげられなかった。
そのまま彼女は、ぽつぽつと話し始める。

「生まれつき……なんだ……この体。男と女の両方の部分があるんだって。
お父さんとお母さんが何回も説明してくれた。でもオレさ、嘘だと思ってた。
小さい頃はオレもおにぃと同じで男だと思ってた。だってオレもおにぃも裸は同じなんだぜ?」

一瞬の笑顔は、すぐに涙でぐしゃぐしゃになる。

「なのに、5年の時におっぱいが膨らみ始めて……!!」

あとは言葉にならなかった。
小二郎君はボロボロと涙を流しながら俯くだけだ。

「ごめっ……うっ、ごめん……!鷹森……オレの、事、ひっく、気持ち悪いって思う?
こんなでも……友達でいてくれる……?」

縋る様な瞳で見つめられて、僕は気づいた。

『このままオレがそっち向いたら、オレ達友達でいられるかな……?』

あの言葉……僕に嫌われると思ったのか!?
生まれつきの、小二郎君には何の責任も無い体の事で、嫌われるかもしれないって怯えて……
どうしてさっきまでの僕は変な事ばかり考えていたんだろう!?嫌になる!!

だから僕は、目の前で泣きじゃくっている小二郎君に、僕の大事な友達に……今、できる事は……

「気持ち悪いなんて思わない……僕は小二郎君の友達だもん」

そう言って、力いっぱい小二郎君を抱きしめた。
とっさにそれしか思い浮かばなかったから。
小二郎君は震えてた。いや、震えてたのは僕の方かもしれない。
それでも、精いっぱい僕の本当の気持ちを伝えた。

「話してくれてありがとう。きっと、すごく勇気が要ったと思う……
嬉しいよ。小二郎君が本当の事話してくれて、すごく嬉しい」
「鷹森……うっ、ぁあ……うわぁあああん!!」

僕にしがみついて大声で泣き始めた小二郎君。
執事服のシャツが温かい涙に濡れていく。

「嫌われたら、どうしようかと思った!!ずっと黙ってようかと思ったけど、
ここの皆は知ってるし、もし誰かから聞いて避けられたらって思うと怖くってぇぇっ!!
鷹森……鷹森ぃぃぃっ!!」
「嫌わない。こんな事で嫌いになったりしない。大丈夫だから……これからも友達でいてね」
「うわぁああああんっ!!」

泣いている小二郎君を抱きしめてると僕まで泣きそうになったけど……
ここは、我慢しなくちゃ。
そう思って小二郎君の背中をずっとさすっていた。


しばらくして小二郎君が泣きやんだかなって思った時にそっと引き離そうかと思ったんだけど……

「ダメ!!離れたらおっぱい見える!!」

言いながら小二郎君がぎゅって抱きついてきた。
そ、そうだ!!不用意に離れたりしたら小二郎君、裸だから……!
そう思うと……今まさに体に押し付けられている柔らかい感触が急に生々しく感じられて……
くそう!せっかく小二郎君が真面目な打ち明け話をしてくれたって言うのに僕ときたら!!
……不謹慎ですがドキドキしてしまいました。

「……オレのおっぱい見たい?」
「見たい!!」

僕の心を見透かしたような小二郎君の発言。そして僕の失言。
神様お願いです、今の失言取り消してって言うか……僕が全力で取り消す!!

「ごめん!あの、見たくない!……わけじゃないけど、
小二郎君が嫌なら無理しなくても……ごめん!何言ってるんだろうね僕!?」
「鷹森になら見せてもいい……でもオレ、引っ掻いちゃって……
思ったより傷になっちゃった。ちょっと今グロいかも……」
「え?」
「やっぱ見ない方が……あっ!?」

僕は小二郎君を引きはがしていた。
彼女の控え目に膨らんだ胸に赤い、乾いた筆でこすったような痛々しい傷が広がっていた。
あまりに酷い状態に声が出ない。黙っている僕を小二郎君が不安そうに見ていた。

「えっと……鷹森……」
「自分でやったの?」
「う、うん……。あの、おにぃに言わないで……?またこんな事したって知ったら……」
「“また”って、これ2回目なの?」
「だ、大丈夫だって!しばらくすれば治るから!だから、おにぃには……」
「小二郎君……」

ごめんね。と、心の中で付け加えて僕は小二郎君のお尻を思いっきり叩いた。

パァンッ!!

「やっ……!鷹森ッ!?」

驚いたらしい小二郎君が僕にしがみついてきた。
その彼女を抱きしめたまま、また2,3回お尻を叩いた。

パン!パン!パン!

「いたっ!や、ぁ……!?」
「上倉さんならきっとこうする。あと、この事は上倉さんにも話すから。
悪いけど僕は黙ってるなんてできない」
「えっ……ヤダ!!ダメ!!」
「叱られるから?だとしても、叱られるべきだと思うよ」
「違う!!それもあるけど……おにぃが泣くから!」
「そうだね。上倉さんが悲しむ。僕だって悲しいよ。それが分かっててこんな事したの?
自分で自分を傷つけるなんて、絶対にしちゃダメ」
「鷹森……」

小二郎君が困惑したような表情で僕を見る。
僕にこんな事する権利があるのか分からないけど、このまま彼女を放っておく事なんてできないから……

「ベッドに行こうか小二郎君。続きのお仕置きしてあげるから」
「………でも……」

視線を彷徨わせながらその場に立っていた小二郎君も
僕が先にベッドに座って手招きすると、おずおずとこっちにやってきた。
後はお仕置き慣れしてる小二郎君だから特に嫌がらずに膝に乗ってくれた。
残る問題は……これが小二郎君にとって『お仕置き』になるかどうかなんだよね……。

「小二郎君、君がお尻叩かれるの好きなのは知ってるけど
これは本当に『お仕置き』だから、きちんと反省してほしい。自分が悪い事したって分かる?」
「わ、分かる……前もおにぃに怒られたから……」
「そっか。僕も実は結構怒ってるんだ。ちゃんと反省できるね?」
「うん……」

小二郎君の声は震えていた。
反省してほしいから、できるだけ変に興奮させないようにしてあげたいけど……
そう思いながら僕は小二郎君のお尻を叩く。

パン!パン!パン!

「あっ、鷹森、痛い!!」
「どうしてこんな事したの?」
「だって……あぁっ、嫌だったから!こんな体……こんな、変な体!!
鷹森に嫌われると思ったから……だから……だか……ら……!!」
「不安だったんだね?でも、だからって、こんな事しちゃいけなかった」

良かった……。
小二郎君の言い分を聞いて僕は少しホッとした。
もしかして痛い事が好きだからやってたんだとしたら事情が変わってくる。
けれども、ただ精神的な不安でこんな事をしたなら止めてあげられる。

「んっ、んんっ……やぁあああっ!!」

膝の上で少々暴れている小二郎君を押さえつける。
強めに叩いてたから、お尻は赤くなり始めていた。

パン!パン!パン!

「んっ、はぁ……たかもりぃ……やだぁあっ!!」
「まだダメ。聞いて。小二郎君の体は人と違うかもしれないけど、変な事なんかないよ?」
「ふっ、ぁぁっ……こんな体っ……絶対変だもん!気持ち悪い!」
「気持ち悪くない!どうしてそんな事言うの!?」

小二郎君が自分で自分の事をそんな風に思ってるからこんな事をしてしまった。
それが悲しくて“そんな事ない”って伝えたかった。
気持ちが入ってしまってつい強い平手打ちになってしまう。

パン!パン!パン!

肌を打つ音が響くたびに小二郎君はのたうって暴れた。

「やだ!!痛い!痛い!やぁあん……!!」

鼻にかかったような甘えた声も、膝に当たる固い感触も咎めちゃいけない。
小二郎君のこの反応は仕方ないんだ。反省してないって意味じゃない。
僕の気持ちさえしっかりしてれば、きっと伝わる。

「小二郎君は可愛いし、体も綺麗だよ!僕が見惚れるくらい!」
「違ッ……やだぁあっ!うわぁあああんっ!!」
「違わない!二度と自分の事そんな風に言わないで!分かった!?
もう自分の胸、傷つけたりしちゃダメだよ!?」
「痛い!やだぁっ! 」
「何が嫌なの!?」

パン!パン!パン!

いつの間にか真っ赤になっていたお尻を何度も叩く。
手が熱いし痛い。同じくらい小二郎君も痛いんだろうね。
でもまだ終われない。僕の欲しい答えは“嫌だ”じゃない。
小二郎君は泣き声交じりに言う。

「嫌なもんは、嫌なんだもん!!こんな事、しちゃ、ひっく……
ダメだって、分かってるけど……っ、どうしても……抑えられなくて……!!
オレ分からないんだよ!ずっと男のつもりだったのに!
おっぱいでてきてから、ひらひらした服とか、ぬいぐるみとか急に可愛く見えて……!
心まで女になっていくみたいで……怖いんだよ!今は自分がちゃんと男だって、自信無い!!」

途中で声が裏返っているほど必死の叫びだった。
今までの自分から心と体がかけ離れ行くのは、彼女にとってどれほどの恐怖と絶望だっただろう?
分かってあげたくても、僕にはきっと分からない。だから僕は黙って聞いていた。
こっちの心が痛くなるほど悲痛な叫び声はまだ続いていたから。

「おっぱいさえ無かったら、男のままでいられたのに!
わけ分からないだろ!?こんなの、気持ち悪いだろ!?」
「気持ち悪くない。いいんだよ。男でも女でも、小二郎君は小二郎君で」
「そんなっ、そんなの……やぁっ、あああんっ!!」
「僕はそのままの君と友達になりたいって思った」

パン!パン!パン!

「やぁああっ!!痛いやだぁああっ!」

僕はそのままの小二郎君の事が好きだから。体の事なんて関係ない。
どうか君も自分の事を気持ち悪いだなんて思わないで。
ずっとそう念じながら小二郎君を叩いていた。こんなのって矛盾してるのかな?

「小二郎君、今までずっとたくさん……悩んでたんだね……。
ごめんね?気づいてあげられなくて……」
「たか……もり……!!」
「でも、体を傷つけるのはどんな理由であれ許さない。
こんな事して気持ちが楽になった?上倉さんの事も悲しませちゃったんだよね?」
「ふっ、ぇええっ……はぁぅ……ごめんなさいぃ……!!」

パン!パン!パン!

『上倉さん』の名を出した途端に泣きながら謝りだした小二郎君。
小二郎君はちゃんといけない事だって、分かってるんだ。
だったら、残る課題はあと一つ。

「すぐ治るって言ったけど、何度もやってたら消えない傷になるかもしれないよ?
今ここで約束して。もう二度としないって」
「できない……!!自分の事、嫌だって思ったら止められない……
分かってるけど……ダメだって分かってるけど……あぁああんっ!!」
「じゃあ許してあげない」

パン!パン!パン!

「やらぁああっ!ごめんなさい!痛い!痛いよ鷹森ぃっ!!やめてぇっ!」
「やめない。友達が傷つくのは嫌だから」

強く叩くと、小二郎君の泣き声が大きくなる。
ごめん。ごめんね。もう痛いだろうね。でも、僕は君に傷ついて欲しくないから。
君がもう二度と自分を傷つけないって約束してくれるまで止まれない。

「たかもりぃっ!やだぁっ!痛いごめんなさいぃっ!!」
「お願い。約束して。ずっとお尻痛いままがいいの?」
「うわぁあああんっ!!オレのせいじゃない!オレのせいじゃないぃっ!!」
「そうだよ。体の事は小二郎君のせいじゃない。だから君は何も悪くない。
でもね、自分を傷つけるのは悪い事だよ!」

バシィッ!!

今までで一番思いっきり叩く。
小二郎君は跳ねあがっていた。

「ごめんなさい!うわぁああああんっ!!」
「約束して。大丈夫。今度こそ、止められる……」
「やぁあああっ!!無理だよぉっ!オレ弱いからぁっ……!!」
「君の心が弱いなら、僕が守るから」
「っ……!!」

小二郎君が息をのむ音が聞こえた。
伝わってほしい。二度と彼女が自分で傷つかなくていいように。

「僕も弱いんだけどね……でも、一生懸命守るから……。それに上倉さんもいる」
「んっ!おにぃ……!!」
「止められるよ。僕らがついてる。
もう自分を傷つけるような事しないで。約束できるよね?」

僕は必死だった。
いくら『お仕置き』だって言っても、一晩中小二郎君を痛めつけるわけにはいかない。
そろそろ終わってあげないと……だから、小二郎君!!
手を止めて、僕は小二郎君の言葉を待った。

「もう……しない……!!」

――小二郎君がそう言ってくれた時は、本当にうれしかった。

「ああ、良かった……小二郎君!!絶対だからね!?」

嬉しくて小二郎君を起こして思いっきり抱きしめた。
やっと、やっと伝わった!伝わったんだよね!?

「たかもりっ……うわぁああああんっ!」

僕の胸の中で泣きだした小二郎君に、僕まで泣きそうになりながら……

「一緒に上倉さんに謝ろう?」
「うぇええええっ!!」

そう言うと小二郎君は泣きながらも首を縦に振ってくれた。
小二郎君が泣きやんでから、僕らは一緒に上倉さんのところに行った。

「おにぃ……ごめんなさい……オレ……」

言いながら小二郎君が胸を肌蹴て見せると、上倉さんはその胸の傷を見て本当に驚いた顔をした。
他人の僕でも本当にビックリしたし悲しかったんだ……実のお兄さんだったらどんなに……
冷静な上倉さんがこんな表情をするなんて初めて見たけど、気持ちはすごく分かる。

「……こんな……どうして!?約束しただろ!?もうこんな事しないって約束したよなぁ!?
もしかして、誰かに何か言われたのか!?」
「ひゃっ、ごめんなさい!違う!大丈夫!もうしないから!鷹森とも約束したから!!」

上倉さんに両肩を掴まれてよろけた小二郎君。
でも、心配そうな上倉さんを真っ直ぐ見つめて嬉しそうに言う。

「鷹森が守ってくれるって!オレの事、気持ち悪くないって!そのままでいいって!
これからも友達でいてくれるって……!!」
「え……?」
「上倉さん、僕じゃ頼りないかもしれませんが……ずっと小二郎君の事、大切にしたいと思っています。
貴方が小二郎君を守るお手伝いをさせてください」

小二郎君の言葉を後押しするように僕も上倉さんに言った。
上倉さんは僕の顔を見て、「良かったな」って小二郎君を抱きしめて……

「鷹森君……小二郎じゃありません。『小二郎』はこの子が勝手に名乗っている偽名です。
本名は真由。『上倉 真由』(かみくら まゆ)っていいます。
覚えておいてあげてください」

そこで一呼吸あけて、上倉さんは僕に向かって深々と頭を下げた。

「これからも真由の事、よろしくお願いします!」

現職の執事長に、憧れの先輩に、直角に近い勢いでお辞儀されて
僕はもう本当に恐縮しちゃったんだけど、しかもその後上倉さん泣きだしちゃって……
もらい泣きした僕と小二郎君……いや、真由ちゃんで一生懸命宥めたのだった。



それから何日か経ったある日。

「鷹森――!!」
「小二郎君?」

お屋敷の廊下で振り返ると、小二郎君が楽しそうな笑顔で走ってくる。
本当の名前は真由ちゃんなんだけど「小二郎って名前気に入ってるから、これからもそう呼んでくれ」って、
本人は言ってたし、上倉さんも「ここでは『小二郎』で定着してるからそう呼んであげてください」って言うから
呼び方は小二郎君のままでいく事にしたんだ。

「鷹森!今度の休み、行きたいところ決まった!遊園地!後でパンフ見せるから!」
「うん。楽しみにしてるね」
「えへへっ……じゃあ後でな!あんま喋ってると、おにぃに怒られるから戻る!」

あのカミングアウトから小二郎君は見違るほどよく笑う様になって、僕にたくさん話しかけてくれるようになった。
ああ、やっぱり小二郎君は可愛い。僕……顔がニヤけてないだろうか?
僕にいったん背を向けた小二郎君はくるりと振り返って、また僕に極上の笑顔を向けて……

「鷹森!大好き!」

そんな嬉しすぎる台詞を残して走り去っていった。
そしたら、急に周りにいた先輩が集まってきて……

「鷹森貴様―――ッ!!あのシャイな小二郎にどうやってあんな台詞を言わせた――ッ!?」
「遊園地って何だよ!えぇっ!?まさか小二郎ちゃんと二人っきりで……」
「許さん……お前だけは許さん……執事部隊の総力を結集して『リンチ決定戦』に送ってやる……!!」

すごい殺気を放った先輩方に取り囲まれる。
小二郎君って、実は密かに執事部隊では人気だったらしい。そりゃそうだよね……。
いつもなら先輩方に囲まれて凄まれたら怯えちゃう僕だけど、
この時は自分でも信じられないくらい爽やかな気分だった。

「僕は小二郎君をありのままに受け入れただけですよ。
仲良くしたいなら、先輩達も仲良くしたらどうですか?それじゃあ」

すごく自然にそう言う言葉が出て、先輩達を置いて悠々と歩いて行けたんだ。
先輩達も目を丸くしてた。

「お、おい……鷹森ってあんな奴だったか……?」
「これってまさか、勝組系男子の貫録!?なぁ付き合ってんの!?アイツ小二郎と付き合ってんの!?」
「あの余裕……きっともうキスまで済ませてやがる……!!くそう!俺達の小二郎ちゃんが……!!」

……皆、好き勝手言い過ぎだ……。いいや聞き流そう。
そういう噂が流れても……悪く、ないよね……?

(な、何か恥ずかしくなってきた……!!)

急に顔が火照ってきた僕は、廊下を全力疾走したのだった。




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【作品番号】BSS2

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