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うちの画家先生番外編
〜兄貴の帰りがクリスマスなのに遅いようです〜







「え!?帰って来れない!?」
自分でもビックリするくらい大きな声が出た。
慌てて声のトーンを落として電話を続ける。
「今日はパーティーするって約束したのに……」
『ごめんね健介君……急な事で……本当にごめん!!ごめんね!
少しずれるけど、26日とかにパーティーしようね?それでいい?』
電話の向こうの兄貴は妙に小声で、周りに遠慮してるんだろうか……長いこと電話してもいられないんだろう。
何だかもう切りたそうだ。俺もこれ以上グダグダいう気にもならなかった。仕事なら仕方ないし。
「いいよ、それで。仕方ないもんな。お仕事頑張ってください」
『ほ、ほんとにごめん……もう、切るね?』
最後に一言言おうとした瞬間に電話の切れる音がした。
よっぽど急いでたんだろうけど……何だかムカついて受話器に舌打ちした。
「健人君何だって?」
何も知らないおっさんが嬉しそうに聞いてくる。
赤いサンタ帽子をかぶった上機嫌な顔が一瞬で不機嫌になるのを予想しつつ、俺はさっきの電話の内容を伝えた。
「兄貴、仕事で帰れないそうです」
「え……?」
一瞬固まったおっさん。
その後は案の定、動揺しつつも不機嫌そうだ。
「だ、だって今日パーティーするって約束したもん!!絶対早く帰ってくるって、指きりしたよ!?
わ、私……部屋の飾り付けして……プレゼントだって……」
「俺もたくさん料理作って、今部屋の中が最高にクリスマスモードですけど、兄貴は帰ってきません」
「や、ヤダよ!!三人でパーティーしたいんだもん!!」
「ヤダっつったって兄貴が帰ってこないもんは仕方ないじゃないですか。
ほら、夕月さんの好きな唐揚げでもつまんだらどうですか?」
「嫌だ!!三人でパーティーするって言ったもん!!健人君帰ってくるって言ったもん!!」
「だーかーらー、それが帰れなくなったって今電話があったんですよ!
仕方ないじゃないですか仕事なんだから!!
また26日とかにパーティーしようって言ってたから、いいんじゃないですか!?」
「26日はクリスマスじゃないもん!!クリスマス今日だよ!!
クリスマスパーティー今日しかできないよ!!三人でクリスマスパーティーしたい!!したいぃっ!!」
宥めようとしてもしつこくダダをこねるおっさんに嫌気がさして、つい怒鳴ってしまう。
「うっさい!!じゃあ夕月さんが会社から兄貴連れてこればいいじゃないですか!!このアホジジイ!!」
「健介君のバカ!!バカ!!バカジジイ……じゃないけどバカ!!」
「俺がバカならアンタは大バカですよ!バカでアホでジジイ!!」
「うっ……ひぅっ……健介君が意地悪言う!!意地悪健介!!もうヤダ!!健介君ヤダ!!健人君がいい!!」
「俺だっておっさんと二人っきりなんてまっぴらです!!兄貴に帰ってきてほしいですよ!!
俺だって……今日のパーティー楽しみに……っ……」
口げんかになって、泣きそうな夕月さんにつられて俺まで泣きそうになって……
「んっ、あ―――もうっ!!夕月さん!!」
それを振り払うように。
「飲みますよ!!!」
俺は叫んだ。
「の、飲む?」
「そう!飲まなきゃやってられないですよ!アンタも付き合うんですよ!?」
こうなりゃヤケ酒だ!!
せっかくにクリスマスにしょんぼりしてたまるか!!
俺の勢いに驚いていた夕月さんも、楽しそうだと思ったのかすぐに頷く。
「わ、分かった!!私もとことん飲みたい気分!!じゃあ、開けるね!」
「おうよ!……って待て待て待て待て!!オレンジジュース開けないでください!!
酒ですよ酒!俺持ってきますから!!っていうかいっそ買ってきますから!!」

俺は勢いのまま夜の街に飛び出し、酒を大量に買って帰ってきた。
夕月さんが目を丸くしている。
「わぁ……!!いっぱい買ってきたね……!!」
「何言ってるんですか!これで足りなかったら買い足しますから、じゃんじゃん飲んでください!
ほら、夕月さんのために甘そうな奴もたくさん買いましたからね?」
「う、うん!!」
「さぁ、いきますよ……」
「「乾杯〜〜〜〜!!」」
明るい乾杯で、俺達の聖夜が始まった!

俺達は酒を飲んで飲んで飲みまくる。
夕月さんも意外と躊躇なく飲んでいた。ジュースみたいな酒ばかりだけど。
だんだん気持ち良くなってきて、俺は缶をテーブルに叩きつけながら叫んだ。
「ほんっと、クリスマスに残業させるとか日本の企業どうかしてる!!」
「そうだよ!私、せっかくサンタさんの帽子かぶってスタンバイしてたのに!!」
「俺だってたくさん料理作ったのに……見て下さいよ!兄貴の好きなグラタンも作ったんですよ!
もうこれ、夕月さん食べちゃってくださいよ!」
「うん!私食べちゃう!!あとで健人君泣いても知らないんだもん!」
「そうそう、帰ってこないのが悪いんですよ!ホワイトソースの一滴も残さず食べちゃってください!
っていうか、いいですか!?今日の料理は俺達で全部食べますよ!?兄貴の分なんか残しませんからね!?
主に兄貴の好きな料理から完食していきます!」
「わ、分かった!!ささやかな復讐ってヤツだね!?」
「ついでに汚れた皿も放置します!洗いません!」
「復讐がささやか過ぎるよ!もう健介君超カッコいい!!あ、ケーキのサンタさんもらっちゃお♪」
「夕月さん、それはサンタさんじゃなくてイチゴですよ!もう酔ってるんですか?可愛いなぁ☆」
「君も酔ってるよね確実に……でもそんな君が超カッコイイ!ん〜〜〜、気持ちいいねこういうの!
気分がウキウキしちゃうよ!あ、ケーキのサンタさんもらっちゃお♪」
「夕月さんそれはサンタじゃなくてイチゴですよ!もう、全く可愛いなぁ☆」
ただひたすら、フワフワして楽しくて、上機嫌な会話に耽った。
自分もおっさんも何だかおかしいのは分かってる、分かってる!分かってる??
……ワケ分かんないけどとにかく楽しい!!!
「ありゃ?いつの間にか缶が空っぽだ……いいや、その辺に投げとこう!」
「あー!ポイ捨てした!私もやりたい!ん〜でも、中身残ってる〜〜……」
「関係ないですよ!投げましょうよ夕月さん!!かっ飛ばせ――!ゆ・づ・き!」
「それ打つ方じゃないの?でもどうでもいいや!ピッッチャー夕月、投げま――す!!」
「お!夕月選手投げた―――!!これは大きい!!入るか!?入るか!?フェンスを越えた―――!」
「すごいこれ!ホームラン!?ピッチャーなのにホームラン!?」
「まぁ実際、1メートルも飛ばずに床に落ちて酒が零れていますが、どう思われますか?解説の夕月さん?」
「あえて放置するのがいいと思います」
「ごもっとも!ふぁ〜〜〜!何か眠くなってきた〜〜〜!酒もだいぶ減りましたしねぇ?」
気が付けば、眠くなってきた。
夕月さんがいそいそとソファーで寝転がる。
「ん……じゃあ私ソファーで寝る!ここ私の定位置だもん!」
「んじゃ俺は床で寝ま〜す!おやすみ夕月さん!」
「おやすみ健介君!」
お互い元気に挨拶して、俺たちはそのまま寝てしまったらしい。


「……介君?」
「ふぁ?」
割とすんなり目が覚めて、最初に目に入ったのは兄貴で……何だかすごく困った顔をしていた。
「こんなところで寝たら風邪ひくよ?」
「あ、あ―……」
頭がボーっとして次の言葉が思いつかない。
とりあえず起き上がって座って、そのままボーっとしていた。兄貴が俺の目の前に屈みこむ。
「お酒の缶がたくさんあるね……買ってきた?」
「ん―……」
「部屋が散らかってるし……先生もソファーで寝てるし……
どうしてこんなだらしなくしてるの?」
「ん―……」
「ん―じゃ分からない。帰ってきたら電気つけっぱなしだし
家の中ぐちゃぐちゃでお兄ちゃんビックリしたんだけど?ちゃんと説明してよ健介君」
「うっさい。ねむい」
怒っている様子の兄貴にこっちもイライラして、無視してもう一眠りしようとしたら、体を支えて止められた。
「もう、ちゃんとしてよ!健介君いつもちゃんとしてるのに今日に限って……
せっかくクリスマスなのに……帰ってきてこれじゃ僕も疲れちゃうよ……
健介君なら今日はいい子にしててくれると思ったのに……」
「何だよ……先に約束破ったのそっちだろ……?」
「……それは電話で謝ったでしょ?」
お互い苛立ってるのが分かればもう俺は我慢ならなかった。
ムカつきに任せて喚き散らす。
「謝ればいいのかよ!?クリスマス今日しかないんだぞ!?」
「それはそうだけど、急な仕事で……健介君だって仕方ないって言ってくれたじゃない……」
「仕事と俺らとどっちが大事なんだよ!!」
「健介君……お兄ちゃん今とっても疲れてるから……あんまり聞き分けのない事言うと怒るよ?」
「それを八当たりって言うんだよ!約束破った上に八当たりですかそうですか!
イラついたら弟に当たれるんだから兄貴ってのは便利ですね!」
「健介!!」
怒鳴られて一瞬怯んでしまう。
兄貴も相当頭に来てるだろうけど、怒鳴ってはこない。
俺を真剣に見つめながら、いつも説教するみたいに言うだけだ。
「約束破ったのは悪いと思ってるけど、それで家の中をめちゃくちゃにしていいわけないよね?
僕が帰ってこれなくなってイライラした?イライラしたから自棄酒煽って家の中散らかした……
八当たりしたのはどっちだろうね?」
「お前だよ!!」
「“お前”ね、分かった」
ここで引かなかった俺は愚かでしょうか!?
いや、決して違う、だって兄貴が!兄貴が……!!
あぁああ兄貴が俺を膝に乗せるくそぉおおおおおっ!!
「離せ!脱がすなぁぁぁッ!!」
ズボンが下着が!!抵抗してダメなのもいつも通りか!!
バシィッ!!
いっつもこれだ!!
丸出しの尻を叩かれて初っ端から涙が出そうなほど痛かったけど、いつもみたいに謝る気にはなれなくて……
「いったい!!ふざけんな!!これは八当たりだ!兄権乱用だ!!」
「ああそうだよ!これは八当たりだよ!あ〜僕、先に生まれてよかった!!」
俺が言い返せば兄貴も言い返してきて、それが妙に腹が立った。
痛いけど、痛いけど絶対謝りたくない!!
バシッ!バシッ!バシィッ!!
「やぁぁっ!!痛い!!」
「健介〜、覚悟しなよ?今日は徹底的に苛めてあげるから!」
「ぁあああっ!!くそ――ッ!!バッカ野郎!!」
「そんな口のきき方じゃ朝までこのままだね!」
バシッ!バシッ!バシ!!
「んぅ――――!!んっ、やぁっ!いぃっ……離せッ!!」
さらに強く叩かれてるけど、俺は必死に抵抗した。
いつもならここですでに“ごめんなさい”を連呼するんだろうけど……
今日の兄貴にはごめんなさいなんて言えない!だってこれイジメだし!!
ごめんなさいの代わりに必死に「離せ」と連呼する俺。
でも、兄貴は全然離してくれない。当たり前だけど。
「離すわけないじゃん。弟苛めるのすごい楽しい!サンタさんありがとう!」
「サンタに感謝してんじゃね――――!!ついでにお前はサタンだ!!」
「あ、また“お前”って言った!100発追加!」
「ふざけるな――――――ッ!!」
バシッ!バシッ!バシィッ!!
叩かれて思わず声が漏れては我慢する。
尻はいつもみたいに痛くなってくるけど、今感じてるのはいつもとは違う気持ちだ。
腹が立つ!とにかく腹が立つ!
兄貴の態度が腹が立つ!いつもは馬鹿みたいに優しいくせに!!
優しくて、俺が少々生意気言っても困った顔するだけで、俺がイジメられてたら助けてくれるのに!!
俺を苛めて“楽しい”?そんなの兄貴じゃない!!兄貴型のエイリアンだ!!
バシッ!バシッ!バシィッ!!
「この!離せ!!エイリアンめ―!!ふぁぁっ!!」
「エイリアン?何の事?ああそっか、新手の悪口ね。健介はまだまだ元気そうでいいね〜」
バシッ!バシッ!バシィッ!!
痛い所をもっと痛くされて自分の「エイリアン」失言に気付く。
……俺はまだ酔っていたのかもしれない。
とにかく俺を叩いてるのは兄貴だ。意地悪だけど兄貴なんだ。
そう思うと、何だかとても嫌な気分になってくる。
尻も本当に痛くなってきたし……
「やぁっ!!やだぁぁっ!!もうやだぁっ!!」
バシッ!バシッ!バシ!!
もっと言えばこんな兄貴嫌だ!尻が痛くて嫌だ!
ああ、全部嫌だ!!
そんな気持ちを兄貴に訴えてみる。
「お兄ちゃっ……あぁぅっ!!もうやだぁっ!!痛い!!痛いぃっ!!」
「あれ?“お兄ちゃん”だなんて、どうしたの健介?“お前”って言わないの?」
……こいつやっぱり兄貴じゃね―――――!!
思わぬ意地悪な切り返しに俺は心の中で絶叫した。
もう兄貴だけどエイリアンだこいつ!今からエイリアンって呼んでやろうかこの!
くそう!エイリアンに対して「お兄ちゃん」って呼んでしまった!
心が弱くなると思わず「お兄ちゃん」って呼んでしまう癖が憎い!!
「あぁあああっ!!意地悪ぅぅっ!!やぁあああっ!!」
「はいはい、どうせ僕は弟との約束を破った挙句に八当たりする意地悪な兄ですよ〜!
だから弟も泣かせるんですよ!ほら、泣けよ弟!」
バシッ!バシッ!バシィッ!!
人が泣き叫んでるのに容赦なく尻を叩いてくる兄貴。
俺は痛くてたまらなくて、もがいても押さえつけられるし……
ただ兄貴に呪詛の言葉を投げつけるしかない。
「やだぁぁあっ!!お兄ちゃんのバカァァァァ!!うわぁぁぁぁあんっ!!」
……心が弱くなるとボキャブラリ―が小学生並みになる癖が憎い!!
この低レベルな呪詛は、あたりまえだけど兄貴に何のダメージも与えられなかった。
ただ焼けるように痛い尻に、みじめな気持ちになっただけだった。
「ヤダって言いながら泣いてるし。面白いね健介は……もっと叩いちゃおう!」
「やぁぁあああっ!!わぁぁあああん!!」
バシッ!バシッ!バシィッ!!
こんな状況がいつまで続くんだろう……だんだん悲しくなってきた。
これならいつもみたいに叱られた方がマシだ。
ごめんなさいって言って、でも許してもらえなくて、でも兄貴は優しい……
こんなの嫌だ……!!意地悪しないで!!
「わぁあああん!!お兄ちゃんのバカぁぁっ!!バカぁぁぁッ!意地悪ぅぅぅっ!!わぁぁああんっ!!」
声に出してみると一気に悲しくなって、大声で泣いてしまう。
「健介もバカだよ。酔って部屋の中ぐっちゃぐちゃにして。僕への当てつけだったんでしょ?意地悪」
バシィッ!!
「痛いぃっ!!」
違う!!当てつけじゃない!!そんなんで部屋を散らかしたわけじゃない!!
あの時は悲しくて、腹が立って……
ただ、ただ俺は……
「いっ、一緒にっ……パーティー……したかったんだもん!!ううっ!!
三人でパティーしたかったぁぁぁぁっ!!うわぁぁああんっ!!」
「僕だってしたかったよ!!帰りたかったけど、でも、しょうがなかったんだよ!……っ……うっ……!」
俺の泣き声に返してきた兄貴の声も泣いていた。
泣きながら、兄貴らしからず叫んでた。
「何でこんな事になってるんだよ、もう!!僕が健介君の事苛めたいわけないじゃないか!!
どうして……こんなっ……健介君が悪いんだよ!!ひっく……バカぁッ!!健介君のバカ!!」
バシッ!バシッ!バシィッ!!
「ひぁぁっ!!叩いてるくせに泣くなぁぁああっ!!わぁぁあああんっ!!」
「うるさい!!健介君が悪い子だからいけないんだ全部!!謝れ!謝れってばほらぁっ!!」
バシッ!バシッ!バシィッ!!
泣き声で怒鳴られて、何だか兄貴が可哀想になってきて……
「あぁあああっ!!うぇぇぇんっ!!ごめんなさぃぃっ!!」
「僕が健介君や先生の事、仕事より大切に思ってるの分からない!?」
「分かってるぅぅっ!!ごめんなさぃぃっ!!」
「もう自棄酒とかダメなんだよ!?明日ちゃんと皆で掃除するからね!?いいね!?」
「わかったぁぁぁっ!!ごめんなさいぃぃっ!!」
やっとこさ謝る気になって、兄貴が許してくれて……俺は解放された。
と、兄貴にきつく抱きしめられる。
「ごめんね……っ!!」
「俺も、ごめんなさい……!!」
お互いシンプルな謝罪だったけど……それだけで、通じ合えた気がした。


翌朝、皆で無茶苦茶な部屋を片づけて、夕月さんも兄貴に“お仕置き”されてて……
俺より何か手加減気味じゃないかと思うも突っ込めず。
26日、改めて皆でやったクリスマスパーティーも普通に楽しくて、
あんなヤケ酒しなきゃよかったと思う俺だった……。



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【作品番号】USB6

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