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うちの画家先生番外編〜検索してはいけない夕月さん〜

健人君と画家先生の馴れ初め リクエストお答作品







“画聖”『大堂夕月(だいどう ゆづき)』。
描く絵は何億単位で取引されるというすごい人。
この前までうちに居候していたおっさんの事だが、ただの小柄なおっさん……と思ったら本当にすごい人だったらしい。
俺は『画聖・大堂夕月展』(サブタイ忘れた)で、あの人の絵を色々見てしまったのだ。
……悔しいけど、とにかく圧倒されるほどすごかった。
兄貴が夕月さんをずっと“先生”と呼んでいた気持ちが分かるほど……お、俺は絶対呼ばないけど!!

けれど、その展示会で俺は少し気にった事があったんだ。
とある大学生のグループが話していた会話が偶然聞こえて……そいつら、こんな事を言ってた。

『やっぱ、大堂夕月ってスゲーよな!なぁ、“赤の群像”は!?』
『 無い無い!“呪いの絵”なんか展示されても困る!俺ら死ぬって!』
『つーか、あの絵って誰かに買われてるんだろ?しかも持ち主を転々としてるって話?だったら展示無理だろ』
『え!?マジ!?俺“赤の群像”と“三匹の悪魔”目当てだったのに!!』
『いわくつきコンボ期待とかどんだけだよ!あんなガチ絵一般公開したら老人ショック死で子供泣くって!』
『えー残念……!生で見たかった〜……』
『大人しくネットで見てろよ』
『俺はむしろ無くてホッとしてる……!』

“呪いの絵”?“いわくつき”?夕月さんの描いた絵が?
夕月さんには似つかわしくない単語が頭から離れなかったんだ。
だから俺は思い切ってネットで検索してみた。
「“赤の群像”……っと」
いきなり画像検索の勇気はなかったから最初は普通に検索で。
お!いっぱいヒット!しかも、“赤の群像”関連の文字列の中に混ざる……
「“大堂夕月の怖い絵シリーズ……”」
こんな検索結果があること自体が信じられない。
だって、あの夕月さんだぞ!?同姓同名の別作家じゃないのか!?
それに、ここで俺には考えなければならないことが。
(……画像を見ても大丈夫だろうか?)
俺は、そこまで怖がりではないと思うし……描いたのは夕月さんだろ?
それを思えばそこまでは怖くないだろうし。
ここまできたら気になる!よし、行くぞ!
「クリック!」
勇ましく画像を開いてみた……ら、

「ヒッ!!?」
その絵は、赤一色で描かれた、首の無い人々の群れだった。
怖い!!何だこれ不気味過ぎる!!気持ち悪ッッ!!
(なんてもん描いてんだよ夕月さん!!)
そうツッコまずにはいられない。
「う……じゃあ、“三匹の悪魔”ってのは……?」
正直、“赤の群像”の時点でうんざりだったけど……好奇心には勝てなかった。
検索ワード、三匹の悪魔、ゴー!!
そしてクリック!!
「うぉッ!?」
一言で言おう。天使を引きずり下ろしているような3匹の悪魔の絵。
気ッッッ持ち悪ッッ!!怖い!何なんだよこれ!
これ描いたの絶対夕月さんじゃないだろ!?あの人がこんなの描いたら
自分の描いた絵で自分がトイレに行けなくなってるよ!!
「も、もうやめよう……」
何だか一気にテンションが下がった。
俺は、一人でいるのがいるのが嫌になって部屋を出た。


リビングに行ったら兄貴がいてホッとする。
(何か、俺が怖がってるみたいだ……)
恥ずかしくなったけれど、まぁ、仕方ないよ!あんな絵見たら!
「兄貴さぁ、“赤の群像” とか“三匹の悪魔”って知ってる?」
とにかく兄貴の声が聞きたかった。気を紛らわせたかった。
兄貴が驚いたように俺を見る。
「え?健介君知ってたの?」
「ネットで見た(知ってたのか……有名な絵なのかな?)」
「そっか……根も葉もない事面白おかしく書かれてるよね。“見た人が全員自殺する”とか、
“その絵に憑りつかれた人が犯罪者になった”とか……」
言いながら兄貴は表情を曇らせる。
「酷い噂。そんな事あるわけないのに。先生が見たら本気にして悲しむよ……」
「あの絵って、本当に夕月さんが描いたのか?」
「うん……悲しいけど。それに、先生がうちに来ることになった原因」
「え!?」
思わぬ話に!!俺は思わず食いついて聞いた。
「それって、どういう事だよ!?」
「あの絵を描いていた頃、先生の心の中はすごく悲しみと苦しみに溢れてた。
分かるかな?ちょうどあの絵達みたいな感じ」
“夕月さんの絵は、夕月さんの心を映す鏡”。これは後で詩月さんから聞いた話らしい。
発端は、いつか俺が聞いた夕月さんの育ての親のイチ、って人が “大堂夕月展”に来てくれて……
新しい家族と過ごしてるのを目の当たりにした事。
そこから夕月さんの心は徐々に弱っていったらしい。
「全部、詩月さんから聞いた話だから詳しい事は分からないけど……」
“上手に絵を描けば、たくさん売れて有名になれば、名前が広がって育ての親が迎えに来てくれる”
そう言われながら絵を描いていた夕月さんの希望はその時点で完全崩壊。
進む日々の中で、少しずつ蝕まれていた夕月さんの心が、“赤の群像”で一気に露呈した。
けれどもどうする事も出来なかった詩月さんの不安的中で、その絵は売れてしまったらしい。それもかなりの高額で。
結果、金に汚い大堂家の意向で同じような絵を何枚か書かされる羽目になって、
後の“大堂夕月の怖い絵シリーズ……”が完成する事になる。
夕月さんは描いている時は無心なのか、文句一つ言わず筆を動かしたそうだ。
けれど作品が出来上がるとやっぱり泣きそうになって怖がっていた。と。
酷い話だ。
「先生も限界だったんだろうね……」
兄貴が暗い声でつぶやく。俺も悲しくなった。
で、“三匹の悪魔”が出来上がった時点で限界を超えたんだろう。
作品と共に詩月さんが見たのは荒れ放題の部屋と傷だらけの夕月さんだった。
「先生、自分の気持ちがどうにもならなくて暴れたんだって。
大きな怪我は無くて良かったって、詩月さんが……」
「何なんだよそれ……」
過去の事。
分かっていても、そんな夕月さんを想像したら走って行って助けてやりたくなる。
とは言え……
「で、でも……そこからどうやってうちの家に?」
「うん。僕が先生と出会ったのは偶然でさ。その直後だったんだろうね。
僕てっきり……先生が虐待されてると思っちゃって」
「はッ!?」
少し照れ笑いする兄貴が言うにはこういう事らしい。



その日、浅岡健人は買い物を終えて道を歩いていた。
すると誰かにぶつかった。
「あ!ごめんなさい!」
小柄な男性はその場にべシャリと転んで……
「うっ……」
「えっ!?」
「うわぁぁぁぁあああん!!」
大声で泣き出した。

15分後。
浅岡健人と小柄な男性は並んで公園のベンチに座っていた。
小柄な男性は手に持ったアイスクレープを食べながら申し訳なさそうに言う。
「ごめんね……最近ちょっと嫌な事ばっかりでさ、涙腺緩かったんだ……」
「そうですか……僕もビックリしましたけど、元気になってくれて良かったです」
「ありがとう。君、優しいね!おやつくれるし!」
「あはは。そんなスーパーの特売品で良ければ……」
すっかり打ち解けた2人。
しかし、健人が心配そうに男性の足を覗きこむ。
「それより、さっき派手に転んでいましたけれど……お怪我はありませんか?
足や腕を擦りむいたりとか……」
「ん?ん〜〜大丈夫だと思うけどなぁ。よいしょっと」
ぴょいとズボンの裾をたぐったり、袖を捲ってみる男性。健人は目を疑った。
何気なく見えたのは数か所の痣と細かい傷。
「ど、どうされたんですか、その痣!?」
「へ!?」
健人のビックリに男性もつられてビックリしていた。
「ああ、これ……えっと、自分で、やって……!」
「自分で!?」
「う、うん……自分でいっぱい暴れて……」
健人はますます驚く。そして彼の脳裏には今朝の新聞記事が浮かぶ。
『急増する家庭内暴力!息子から父親へのケースも!』
(ま、まさかこのおじさんも……!そう言えば、さっき、“最近嫌な事ばっかり”って……!)
健人は恐る恐る男性に探りを入れてみる事に……
「ぼ、僕ね!弟がいるんですよ!6つ離れてて!両親は今外国にいるんですけど……。
それで今、弟と2人暮らしで!あの、貴方はどなたかと暮らしてるんですか?それともお一人で?」
「わ、私……?あの、家の事はペラペラしゃべっちゃいけないって……言われてて……」
「!!」
健人の胸に疑惑が走る。
「(口止めされてる……!?)だ、誰に言われたんです……?」
「詩月だよ」
「息子さんですか?」
「ううん。甥っ子。義理だけど……」
「そ、その方と2人で暮らしてる……とか?」
「う〜〜ん違うけど……ほとんど、そうなるかな……」
(何だろうこの言い方……誤魔化してる!?義理の甥と二人暮らし……!しかし、まだ決まったわけじゃ……!)
健人の広がる疑惑。
「甥っ子さん……どんな方ですか?優しいですか?」
「優しいよ。詩月は優しい。でも、本当は私の事嫌いなのかなって……時々不安になる……」
「(!!この、意味深な台詞……!)ど、どうしてですか?」
「上手く、言えないけど……ちょっと不安なんだ。私、詩月しかいないから……。
あの子に嫌われたくないって気持ちが強いのかも……」
(その甥に……縋るあまり暴力を受け入れて……!!いやいや、結論は早い!!
でも、ここはもう少しだけ……)
健人はごくりと唾を飲み込む。
「最近……あった辛い事って、聞いてもいいですか?」
その言葉にピクリと男性の肩が震える。
「個人的な事だし……、ちょっと複雑で……」
「言いにくいなら無理にとは……でも、話すだけで楽になるかもしれませんよ?」
「わっ、私……」
男性の目に涙が溢れる。
健人の疑惑をは確信へと……
「わ、私がっ、辛いなんて思っちゃダメなんだ……!我慢すればいいだけなんだ!
だって、だって仕方ない事なんだもんっ……!我慢しなきゃ!私は、大人だから!!」
(や、やっぱりこの人!!)
健人はいてもたってもいられず、男性の両肩をガシッと掴んで説得する。
「ダメです!大人でも、辛い時は辛いって、助けてって言わなきゃダメです!」
「で、でも!!言ってどうなる事でも無いんだ!詩月が困るだけ!
あの子の迷惑になりたくないもん!あの子はすごく優しくて……!
優しいけど……優しいから、時々、すごく残酷だよ……っ!」
ボロボロと泣く男性の手を強く握る。
「警察か、然るべき相談機関に行きましょう!きっと、貴方を助けてくれます!!」
「け、警察!?何で!?私……何も悪い事してない!それに、私っ、面倒な事したら
あの家にいられなくなる!!」
「でも詩月さんは貴方に暴力を振るうんでしょう!?そうだ、今日だけでもうちの家に泊って……!」
「し、詩月はそんな事しないよ!!私、ちゃんと家に帰らなきゃ!詩月が心配するし!」
「……だったら!」
健人は男性に自分の連絡先を教えた。



「で、その後……詩月さんから連絡が来て。
とにかく不安定な先生を大堂家から引き離したかったみたい。
彼があの有名な大堂夕月だって知った時は驚いたよ……」
「へ、へぇ……」
夕月さんがうちに来るいきさつがこんなだったなんて知らなかったな。
ポカンとしていると兄貴は済まなそうに笑った。
「健介君には何も言わずに勝手に決めちゃって悪かったね」
「いや、いいよ……確かにビックリしたけど、今から思い返せば、結構楽しかったし。
うちも賑やかになって良かったと思う」
「ありがとう……」
「でも、よく知らない人を居候させるなんて思いっ切った判断したよな」
「そうなんだ。自分でも不思議なんだよね。
詩月さんの話を聞いていてもたってもいられなくなったって言うか……
うちはお父さんとお母さんがちょうどいないし、部屋の空きもあったから」
確かに普通の家庭なら夕月さんも入りづらかったろうし。俺は頷く。
「結果として、先生の絵に輝きが戻ったから……ファンとしては貢献できたのかもしれないね」
「そうだな」
そっか、この前見たふざけたタイトルのリメイク“風車小屋の微笑み”はすごく良い絵だったもんな。
今の夕月さんの心理状態がアレなら安心だ。
「これからも、先生には素敵な絵をたくさん描いてほしいね」
「それは詩月さんしだいだろ」
「だったらきっと、大丈夫だよ」
「うん……」
こんな話をしていると、夕月さんの笑顔が浮かんできて、何だか会いたくなってしまう。
言わないけど。兄貴には絶対に言わないけど。
と、思ってたら兄貴が言う。
「何だか、こんな話してると先生に会いたくなっちゃったね」
「ぅえ!?そか!?」
「健介君も同じ気持ちだと思ってたけど……」
兄貴が変にニコニコしているから何だか恥ずかしくなって、俺は首を振って
「無い無い!俺、ゲームの続きするから!」
とだけ主張して。慌てて兄貴から離れて自分の部屋に戻った。

また一つ、夕月さんの悲しい一面を知って。
それでも俺の中のあの人はいつも幸せそうで。
これからもきっと……会うたび「おやつ!」って、うるさくて目が離せないんだろうな。

でもそれも悪くないと思ってしまう、そんな自分にため息をつく俺であった。



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【作品番号】USB4

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