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能瀬の里帰り
能瀬10周年アンケート1位記念作品


ここは町で噂の廟堂院家……で、かつて働いていた能瀬麗の実家。
能瀬は昨日から実家に帰っていた。
リビングでくつろいでいると……

「麗〜〜!!ホットケーキ食べる??」
「ねぇ何で毎日ホットケーキ焼くの!?ハマってるの!?」
嬉しそうに声をかけてくる父親の麗美(うるみ)にうんざりした様子で応える能瀬。
廟堂院家を辞めてしばらく実家にいた頃から、何故か事あるごとに
“ホットケーキ”を振る舞われて少々参っていたところだった。
そんな能瀬の態度に麗美は少し驚いた様子で答える。
「だ、だって麗!“パパの焼いてくれたホットケーキ大好き!”って
いつも食べてくれたから……」
「それ何年前の話?
もう好きな物も変わってるし、別に毎回作ってくれなくて大丈夫だから。」
「あ……そうだよね……ごめんね……」
「……あの、まぁ」
悲しげに俯く父親を慰めようと、能瀬が言葉をかける途中で、
彼はパッと顔を上げて瞳を輝かせた。
「じゃあ今は何のおやつが好き!!?」
「…………ミルフィーユとかマカロン」
「わぁ!麗のイメージにピッタリだね!!任せて今から……」
「嘘!!嘘だから!!作らなくていいから!!
何でそんな手間のかかる物を躊躇なく……っ!!
そもそも毎日律儀におやつ出さなくていいから!!
いいよもうそんなに構わなくて!!」
能瀬は堪らず部屋を出ようと立ち上がる。
昨日から麗美がずっと子供にするように世話を焼きたがってきて、
全身がむず痒い感じがもう限界だった。
「れ、麗待って!え!?お父さんもしかして嫌われてる!?」
「……恥ずかしいからッ!!」
「……そう」
真っ赤な顔でそう叫ぶと、これまた夢見心地の麗美に微笑ましく見つめられてしまって、
能瀬はますます恥ずかしくなって早足で自分の部屋へ戻る羽目になった。

(そのうち“一緒に寝る”なんて言い出さないだろうな……?
父さんの中の僕は一体いくつで時が止まってるんだよ……!!)
恥ずかしさのあまり若干イライラしながら歩いていると、
携帯電話にメッセージが入った音がする。
(秋緒だ……)
内容的にはこちらの様子を聞いて来たり、自分が実家に帰っている事で
思い出したのか、小さい頃この家で遊んだ思い出話が書いてあった。
(そう言えば二人で大きな図鑑とか見てはしゃいでたよな……)
この家には本に囲まれた部屋があり、
そこから豪華な装丁の本を出してもらってよく秋緒と読んでいた。
しかも普段自分だけで入れなかったので、小さい頃は魔法の図書館のように思ったものだ。
懐かしさでいい感じに気が逸れた。
そして、秋緒の為にここから何冊か彼の役に立つような
本を持って帰ってあげようと思い立った。
ただ、そのためには……

「父さん」
「どうしたの麗!?」
さっきの今で気まずいが、父親に声をかけなければいけなかった。
料理中らしい麗美の方は愛息子に話しかけられて嬉しそうだったが。
能瀬は“何故料理をしてるのか”には触れず普通に話す。
「秋緒に本を持って行ってあげたいんだけど。植物関係の」
「それならちょうどいいのが……!!待ってね、今取ってくるから」
「いいよ自分で取ってくる。鍵貸して?」
「麗はお父さんの仕事部屋に入っちゃダメでしょう?」
麗美が困ったように微笑むその顔と一言で、能瀬の頭に一気に血が上った。
「それ、子供の頃の話だよね??」
「わぁぁ……麗、怒った顔お母さんにそっくりだね!」
「鍵を!貸して!!
まさかこの僕が散らかしたりいたずらするなんて思ってる?!」
「……それは、無いかもしれないけど……」
「無いよ!!あんまり子供扱いすると怒るからね!?」
「うぅ〜〜……分かった。本当に、他の物には触らないんだよ?」
「父さん?!」
「うん!麗はいい子だから全然心配してないよ!鍵ね!鍵!」
麗美を睨みつけつつ、ひったくるように“仕事部屋”の鍵を入手した能瀬は
さっそく父親の仕事部屋に入る。

全くもって父親の子ども扱いにはイライラしっぱなしだった。
(逆にわざと散らかしてやりたい気もするけど、
それじゃ父さんの思う壺だろうしな……あ、これか……)
難なく、机の上に植物の本を見付けた能瀬。
あと何冊か適当に見繕って持って行ってあげようと思った矢先、
能瀬の目に一冊の薄い本が目に入る。
「……なんだこれ」
能瀬から見えるのは裏表紙らしいが、濃紺の裏表紙に箔押し印刷で、
エレガントな飾り枠の中央には『全国執事服連盟』の文字。
その下には“外部秘”のマーク。
「…………」
能瀬はこの奇妙な本をひっくり返して表紙を見る。
『全国執事服コレクション エレガント編』
そして再び本を裏返す。
見なかった事して部屋を出ようとした。
が……

「見てしまったようだね……」

いつの間にか部屋の入り口には麗美が立っていた。
そして彼は高らかに力強く宣言する。
「実は私は『全国執事服連盟』の会長だったんだ!!」
「……」
「あ、待って麗。そんな目で見ないで?別に怪しい団体とかそんなんじゃないから」
息子からの冷視線に瞬時に腰引け気味になる麗美だったが、
すぐ気を取り直して能瀬を叱る。
「そんな事よりも!ダメじゃないか麗!他の物は触らないって、そう約束してたよね?」
「それは、そうだけど……」
「機密書類を盗み見ようとするのもダメ!追いかけてきて良かったよー好奇心旺盛なんだから!」
「機密書類??……いや、無造作に置いてあったのに大げさだよ。
それに見ようとなんてしてないし。触っただけで。
一風変わった趣味のサークルの会誌でしょ?」
「本当に変な団体じゃないからね!?きちんとした組織なんです!!
皆誇りと情熱をもって活動に勤しんでるんです!!」
「……ソウナンダァ」
「麗!!こらぁ!完全にバカにしてるね!?」
何だかまともに取り合わず流しまくる息子の態度に、
麗美も切なさ半分だが怒ってきたようだった。
迫力はやわやわだが能瀬を怒鳴る。
「仕事部屋で勝手に物を弄るし、お父さんの連盟はバカにするし、
それでいて反省してる気配も無ければ謝る気配もない!
本当に悪い子だ!お尻を出しなさい!」
「変な冗談はやめて」
能瀬の方も声のトーンが下がって本気で怒ったように父親を睨んで、
麗美の悲痛な声が叫ぶ。
「どうしてそんな本気で睨むの!?やめなさいお父さん悲しいから!!」
「もう子供じゃないんだから。十分抵抗できるよ?
大人しく父さんにお尻叩かれたりしない」
「試してみる?」
麗美がそう言って得意げに笑うので、能瀬は無言でずんずん父親に近づいて、
握力検査並みに麗美の手を本気で握った。
「痛たたたた!!たくましく育ったねぇっ!!」
「だから父さんにはっ――」
「…………な〜〜んて」
「ぅわっ!?」
完全に勝った気で油断していた能瀬は、軽々と肩に担がれてしまった。
麗美が明るく笑う。
「まだまだ麗をお仕置きするくらい大丈夫!
全く!麗の中でお父さんはどういう歳の取り方をしてるの?!
やっぱりバカにして……あぁ、でも麗は優しい子だから
心配してくれてるのかもしれないね」
「お、下ろして危なっ……!!」
「大丈〜夫。絶対落としたりなんてしないから。
う〜ん、どこでお仕置きしようかなぁ??この部屋でいい?あそこの椅子とか……」
「お互いの歳考えて!!」
「麗はいくつになってもお父さんの可愛い妖精さんだよ」
「だから歳ぃぃっ!!!」
能瀬が真っ赤な顔で叫んでも、状況は変わらなかった。
麗美は椅子に座って膝の上に能瀬を横たえ、
動揺して抗議する能瀬のズボンや下着を構わず脱がせると……
「でも、ちょっと甘やかしすぎちゃったかな??」
バシッ!!
「っ!?」
お尻を叩き始めてしまう。
能瀬にしてみれば羞恥と混乱極まりない事態だった。
ビシッ!バシッ!バシッ!!
「あっ!っ嘘!!嘘っ!?」
痛みを感じてもなお信じられない気分で、言葉につまりながら必死で父親に抗議する。
「やっ!あっ、と、父さん……やめて!!
こんな事……!!からかわないでよ!本気じゃないでしょ!?」
バシッ!!ビシッ!ビシッ!!
けれど、麗美は無言でお尻を叩き続ける。
抵抗しようにも麗美が言うように逃げられなかったので、
能瀬は思わず自分の口を両手で固く塞いだ。
「んっ、ぅっ……!!」
「麗何してるの?ごめんなさいは?」
バシィッ!!
それを咎められるように叩かれて、
しかも、麗美の声のトーンが幾分か“本気”だったので
能瀬も慌てて口から手を外して謝る。
「ご、ごめんなさい!!もうしないからっ!!」
「お、やっと素直になってくれたみたいだね。
今日はお尻が真っ赤になるまで反省の時間だよ」
「っぅ、そんな、大げさな!!待って父さん!お互いっ、
大人なんだし、ぁっ、冷静に!話し合おう!?」
「お父さんはもっとお互い心の通った会話がしたいなぁ〜?
嘘もつくし隠れて悪い事もするし、麗は悪いオトナになっちゃったの?」
ビシッ!バシッ!!ビシッ!
麗美の優し気な口調とは裏腹に、お尻を叩く力はどんどん強くなってきている気がして、
能瀬は体をよじりながら痛みに耐えていた。
必死に父親を止めようと、何か言おうとするが、悲鳴が漏れて思うように言葉が出てこない。
「そ、そんな事なっあっ!!うっ!!んんっ……!!」
「この部屋、実はモデルガンのコレクションもあるんだ。
他にも色々。麗が触ったのが危ない物じゃなくて良かったよ。
私は麗のご主人様じゃないけど、言いつけはちゃんと守らないとね?」
「わ、分かった!分かったから!!とうさっ、やめっ……あっ!!」
「でも何だか今の麗を見てると……お父さんに隠れてもっと悪い事してそうだなぁ。
ね、麗?今まで悪い子じゃなかった?」
「!!?」
父親にそう尋ねられ、とっさに能瀬の脳裏に廟堂院家での事がよぎるけれど、
それを父親に知られたくないのも、これ以上お尻を叩かれたくないのもあって
反射的に叫んだ。
「悪い事なんて絶対してない!!」
「……あぁ、麗が頑なにそう言う時はよっぽど悪い事をした自覚がある時だ」
バシィッ!!
「ぅああ!!やだ!!父さん!!」
能瀬が涙声で叫んで、お尻も赤くなってしまっているけれど、
麗美は変わらず優しく言う。
「何があったかは言いたくなかったら言わなくていいけど、
自分でそんなに悪い子だったと思うなら反省して」
バシィッ!!バシッ!!ビシッ!
有無を言わさず、赤くなっているお尻を厳しく叩かれて、能瀬は泣き声交じりの悲鳴を上げる。
「違う!違う!!もうやめて痛いぃっ!!」
「お父さんは麗のお父さんなので。君が悪い子なのを見過ごせないんだよ。
それに、お仕置きされてるから痛いんだよ?分かるでしょ?」
「だってアイツがぁぁぁっ!!」
ビシッ!バシッ!バシッ!!
痛みに押し負けた能瀬はボロボロ泣きながら叫んだ。
頭もほとんど回らなくなって、舌足らずな言葉をばら撒く。
「僕は悪くない!悪くない!!アイツがぁ!!ズルしたから!!ズルしたに決まってる!!」
バシッ!バシィッ!!
「悪い奴だから!懲らしめてやったんだ!僕は……!!僕っ……うぅっ!!」
バシッ!!ビシッ!ビシッ!!
「うわぁああああん!!パパぁ……ッ!!」
「!!……」
助けを求めるような泣き声で、麗美は思わず手を止める。
頭を撫でてあやすように呼びかけた。
「……麗」
「う、ぇっ、本当は……うっ、羨ましかった……!!
冷静に考えたら酷い事したかも……意地悪だったかもって……!!
ごめんなさい……!!」
「うん。今度相手の子にも謝れる?」
「……会える事があったら……謝ってみる……」
「いい子だね」
麗美は能瀬を起こすと、能瀬は自分で服を整えてもまだ泣きそうに言った。
「……父さんみたいに立派な執事になりたかった」
「麗は十分立派な執事だよ。……よく頑張ったね」
麗美がそう言って能瀬を抱きしめて撫でると――
「うっ……うわぁあああああん!!」
能瀬は父親の胸で大声で泣いたのだった。



その後しばらく経って夕方。
能瀬がお風呂から上がってリビングへ入ろうとすると両親の会話が聞こえてきた。
「お母さん……麗が口きいてくれないんだけど……」
「アナタがお尻なんて叩くからでしょう?
麗の事いくつだと思ってるの?もういい加減に大人扱いしてあげないと」
「うぅ……じゃあさ!麗の好きなおやつをさ!作ったんだけど!
今現在好きなおやつを……嘘だって言ってたけど、一応!!
私の執事力でこう……『召し上がれ、私の王子様』って、このセリフどうだろう?!
機嫌直して作ったおやつ、食べてくれないかな?」
「さぁ……言ってみたら?」
笑い交じりの母親と、頼りなげな父親の会話を聞いて、
能瀬はため息をつきながらリビングへ入っていく。
「お風呂あがったよ」
「あ!麗!あの!」
「……父さん昼間、ホットケーキの後何作ってたの?」
能瀬がそう聞くと、麗美はぱぁっと表情を明るくして、
ミルフィーユとマカロンを能瀬に振舞うのだった。
「さぁ召し上がれ、私の王子様!」
「……いただきます」
「おいしい!?」
「美味しい」
真正面に陣取ってニコニコと自分を見つめる父親を見て、
(まぁ、親にとっては子供は子供なんだろうし……割り切って好きにさせてあげようかな?)
と、微笑ましい気分になる能瀬だった。


【おまけ】

秋山「能瀬さんのお父さんもこの廟堂院家で働いてたらしいですね!」
上倉「あぁ、チラッと聞いた事ありますけど……どんな方なんですかねぇ?
    やっぱり“くだらない事を言わないでくれたまえこの下級市民が”みたいな感じですかね?」
秋山「言わないですよ!!いや能瀬さんもそんなじゃないですし!!
    前に電話口で声が聞こえてきた事ありますけど、
    ホットケーキを焼いてくれる、優しそうなお父さんでしたよ?」
上倉「へぇ……そんなお優しいお父様がいらっしゃるとは。……羨ましい事で」
秋山「あっ……」
上倉「あはは!ごめんなさいね、反応に困りますよね?
    ついポロッと……大丈夫!私には世界一可愛い母と弟がいますから!
    秋山君も、お父さん……お母さんも、大切にしてあげてくださいね?」
秋山「はい!!」




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【作品番号 BSS43】

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