TOP小説
戻る 進む


姫神様フリーダムanother(遊磨編)



ここは神々の住まう天の国。
立佳の従者の球里(たまさと)と、琳姫の従者の遊磨(ゆま)が何やら話していた。

「遊磨、お使いを頼めるか?」
「え―……嫌だ」

即答で断られてムカッときたが、球里は笑顔を作る。
せっかくいつもお世話になっている知人に用意した手作りのおまんじゅう、ぜひ届けてもらいたい。
自分は都合が悪いので遊磨にしか頼めないのだ。遊磨なら届け先を知っているし、届け先の相手と面識もある。

「そう言わずに。このおまんじゅうを、珍さんに届けてほしいんだ。お前にも一つあげるから」

球里がホカホカのおまんじゅうを遊磨の目の前に差し出すと、遊磨は当然のようにそれを食べていた。
遊磨は球里より少し年下だが、とにかく球里には遠慮が無い。

「れもさ―あたひにらって、よへいっふぇもんか……(訳:でもさー、あたしにだって予定ってもんが……)」
「……食べたんだから行ってくれるな?ほら、頼んだぞ!」
「んっ……あ!ちょっと!お茶!もう……勝手だなぁ……」

球里におまんじゅう入りの箱を押しつけられて、遊磨は頬を膨らませる。
文句を言う前に球里はそそくさとどこかへ行ってしまって……遊磨のお使いが確定してしまった。


その後、遊磨は嫌々ながら山道を歩いていた。

「あー、珍さんのところは遠いから嫌だ……」

歩きながらそうぼやく。珍さんの所へ行くには、山道を結構歩かなければならない。
しかも、歩いてしか通れない道のりだから厄介だ。
珍さんは好きだが、この遠さは嫌い……そう思いつつも
テクテクテクテクと歩いてはいたが、遊磨はすぐに疲れてしまった。
しばらく歩いたつもりでも、きっと半分も来ていない。
少し場所が開けた空き地があったので休憩することにした。

「んぁ〜、ここらで一休み……別に時間制限があるわけじゃなし……ん!しまった!」

遊磨はお弁当を持ってこなかったことに気づいた。お茶は持ってきたのに。
気づくとさらにお腹がすいてきて……意識がいくのは手元のおまんじゅう。
いくつあるのか数えてみるとちょうど10個あった。

(一個減っても分からない……かな……?)

安易にそう考え、一個食べてしまった。
と、これが空腹の所為かすごく美味しかった。
思わずまた手が伸びる。

「ん〜らめらめ……こえくぁいにしとかないふぉ……(訳:ん〜ダメダメ……これくらいにしとかないと……)」

二個目をほおばりつつ自分に言い聞かせるが、まだ手が伸びる。
三個目、四個目……五個目を食べてしまったところで、さすがに遊磨もヤバいと感じ始めた。

(だ、ダメだ……これ食べたら半分切っちゃうじゃないか……!!)

六個目を手に取りつつ、遊磨は必死に食欲と戦う。
わなわなと震える右手とおまんじゅう……これはダメ……ダメ……絶対ダメ……!!

「ダメなんだこの―――――っ!!って、あ―――っ!しまった!!」

邪念を振り払おうとしたはずみで、おまんじゅうをうっかり投げてしまった遊磨。
おまんじゅうは一瞬で見えなくなってしまった。きっとどっか遠くに落ちた。

「あと四個かぁ……ん?四個ってちょっと縁起悪いかな?減らしとこう」

球里が悪い印象をもたれたら可哀想だと
もくもく食べて、おまんじゅうはあと三個になった。

「三個もあればどうにか格好は付くはず……」

箱がちょっと大きく見えるが気にしない。
おまんじゅうパワーで頑張るぞ!と、遊磨はまた歩き出すが、また途中で疲れてきた。
とにかく珍さんの所までは遠いのだ。
疲れて、また甘いものが食べたくなる……

(あたしはおまんじゅうなんか持ってないぞ〜!!)

遊磨は一生懸命自分に暗示をかけてみるが、目は完全におまんじゅうの箱を見ている。
これはただの箱!ただの箱!と言い聞かせるが手が勝手に箱を開いてしまう。
こんにちはおまんじゅう。

「あと一個。絶対一個。一個食べたら残るのは二個だから……二個セットが成り立つ!」

ええい!最後!と、一個ほおばる。
あ、ヤバい。美味しい。もう一個食べたい……あまりの美味しさに遊磨は気が遠くなった。
そして我に帰った時には、いつの間にか二個セットが成り立たなくなっていた。
もう呆然とするしかない。

(え?これ、もう全部食べても同じじゃない?)

遊磨は考えた。
このまま一個だけ渡しても、「何だ、一個だけかよ!」って感じだし……
とりあえず体力つけて、珍さんの所まで行って、正直に話して……
口裏合わせてもらおう!!


そしてどうにかこうにか遊磨は珍さんのところに着いた。
最後のおまんじゅうを食べた後は、箱も足取りも軽かった。心だけが妙に重かった。
それでも遊磨はつとめて明るい声を出す。

「こんにちは!珍さん!」
「こんにちは。おや、遊磨ちゃんが来てくれたのかい?」
「そうです。遊磨が来ました」

珍さんは人の良さそうな笑みで遊磨を迎えてくれた。
この人へのお土産を食べてしまったかと思うと、胸が痛むがどうしようもない。
遊磨は意を決して空の箱をズバッと差し出す。

「これ、きゅ……球里が作ったおまんじゅう……が、かつて入っていた箱です」
「?」

遊磨が箱を開けると、中にはきれいな花が溢れている。
不思議そうな顔をする珍さんに、遊磨は恐る恐る事情を説明した。

「ごめんなさい。来る途中でお腹がすいて……全部食べてしまいました」
「おやぁ……」
「ごめんなさい……!!代わりにお花を摘んできて……ああ、でも!!お花なんか食べられない!!
珍さんのおまんじゅうを……遊磨は悪い子です!!帰って叱られときます!!」

さすがに面と向かって“球里には黙っててくれ”とは言えない。
それで、このまま帰ったら叱られるんです的な事を少しアピールしたところ……
珍さんは呆れるでもなく、怒るでもなく、優しく頭を撫でてくれた。

「いいんだよ遊磨ちゃん。城からここは遠いものね。女の子の足でよく来てくれた。
きれいなお花、ありがとう。球里には遊磨ちゃんはしっかりおまんじゅう届けてくれたって伝えるから……」
「珍さん……」

遊磨は申し訳無さと感謝で胸がいっぱいになった。
しかもこっちは手ぶら同然なのに、“しばらくゆっくりしていきなさい”など言われ、お茶をごちそうになって
ああ、珍さんは優しくてやっぱり大好きだ……と、しみじみしながら大満足で帰った遊磨。


そして城に戻ってきた遊磨は球里の部屋をそろりと覗く。
中で座って本を読んでいる球里に“行ってきたよ”と声をかけたいのだが
おまんじゅうの事があってなかなか声がかけ辛い。
そうこうしていると、球里の方が遊磨に気付いてにっこりほほ笑んだ。

「ああ、遊磨。さっき珍さんから連絡があって……とても喜んでくれていた。ありがとう」
「そう。それはあたしも遠くまで行った甲斐があった」

どうやら、お使いは成功した感じになっている。
遊磨は安心しきって、球里に近づいて行った。バレなかったよ珍さん!と、遠くの珍さんに感謝ながら。
だが……

「おまんじゅうもとても美味しかったと……特にあの“こし餡”が最高だったそうだ。
でも、おかしいな……私は“栗餡”以外入れてないはずなんだが……」

球里に言われて遊磨はピタリと足を止める。
思い出してみれば、こし餡のおまんじゅうなんて食べた覚えがない……
これは……風向きが怪しい……
ドキドキしながらも遊磨はとりあえず誤魔化そうとしてみた。

「珍さんだって人生で一度くらい、餡の名称を間違う事も……」
「遊磨……私のおまんじゅう、どこへやった?」

遊磨の言う事をきれいに流した球里は完全に目が座っていて……
もうこれ以上言い逃れはできない。正直に言うしかない。
バレちゃったよ珍さん……と、遠くの珍さんに語りかけて、遊磨は力無く座り込む。

「ごめん……途中でお腹すいて全部食べた……」
「全部!?バカな……10個あっただろ!?」
「うん。10個食べた……あ、9個かな?一個投げてどっか行った……」
「投げた!?」

思わず大声で突っ込んでしまった球里は、ゴホンと咳ばらい。
ここは冷静にならないといけない。

「ま、いい……お前はお土産のおまんじゅう、全部食べてしまったのか……」
「うん……だいたい全部……」
「せっかくのお土産を……」

球里はしゅんとしている遊磨を膝に引き倒す。
そして遊磨のスカートを捲って下着を下ろしてしまうと、驚いたらしい遊磨が抵抗した。

「ちょっ……ちょっと!!」
「分かるな?今から“お説教タイム”だ!」
「いっ……いやぁぁっ!!これじゃ“お仕置きタイム”だってぇぇっ!!」
「そうとも言うけど」

バシッ!

「いあぁっ!!」

一発思い切り叩くと、遊磨が一瞬抵抗を止める。
その隙を見て球里は何度か強めに尻を叩いた。同時にお説教も忘れない。

バシッ!バシッ!バシッ!

「人のお土産に手をつけて!少しは我慢できなかったのか!?」
「ぁんっ……だってお腹すいて!!お弁当持ってなくて!!」
「お腹がすいても、あれは珍さんのお土産だろうが!!」
「ご、ごめんなさい!一個減っても分からないかなって……!」
「一個どころか全部消滅してるだろこのバカ!」

バシッ!バシッ!バシッ!

球里に尻を叩かれている遊磨は、暴れるとまではいかなくても身をよじっていた。

「わぁんっ!だってぇぇっ!!」
「それに、珍さんに嘘まで付かせて!どうして最初から正直に言わない!?」
「言ったらキュウリ怒るからぁっ!!」
「当り前だ!!……って、私の名前は“たまさと”だと何度言えばわかる!!」

バシッ!

「きゃぁあっ!!ごめんなさいぃっ!!」
「“ごめんなさい”じゃ済まないぞ!勝手にお土産に手をつけたのも、それを隠そうとしたのも
たっぷり後悔させてやるから覚悟しろ!」
「いやぁぁぁっ!!」

バシッ!バシッ!バシッ!

遊磨が必死で首を横に振っているのをお構いなしに、球里は思い切り叩く。
最初は白くて綺麗だった遊磨の尻も、少し赤くなってくる。
それだけ遊磨も痛みを感じているわけで、泣きそうな声になっていた。

「ふぁぁっ!!やっ……んぇぇっ!!いたっ……!!」

バシッ!バシッ!バシッ!

「うっ……えっ……うぇぇっ!!キュウリぃ!!ごめんなさぃぃ!!」
「だから私の名前は……あ―、それはもういい!!とにかくごめんなさいしてもダメ!!」
「わぁぁあああんっ!!」

バシッ!バシッ!バシッ!

泣き出してしまった遊磨に、それでも平手を浴びせる球里。
球里だって可哀想に思わないわけではないが
女の子といえど、悪い事をしたらきちんと罰を与えなければと思って手を振りおろしていた。

「痛い!!痛いぃ!!ごぇんなさいぃ!!許してぇ!!」
「食い意地をはるからこうなるんだ!」
「らって美味しかったからぁ!!うわぁああああんっ!!」
「ちゃんとお使いができたら、ご褒美にいくらでも作ってやったのに残念だったな」

バシッ!バシッ!バシッ!

「ふぇっ……わぁあああんっ!!いやぁぁあああっ!!キュウリぃぃ!!」
(突っ込まない……名前の事は突っ込まない……)

そろそろ真っ赤になってきた遊磨のお尻を叩きながら球里はぐっと堪える。
音読みで名前を呼ばれることは何度訂正しても無駄らしい。もう諦めることにした。
こんなに泣いているから混乱しているのかもしれない……とも思った。

バシッ!バシッ!バシッ!

「ごめんなさぃ!!もっ……人のものっ、勝手にっ、食べません!!ふぇええええっ!!」
「それは良い心がけだ。謝ることはそれだけか?」

ボロ泣きしながら謝っている遊磨を見て
そろそろ終わりにしてもいいかもしれないと思い、球里は続きを促してやる。

「わぁぁんっ!!悪い事っ、したらっ、正直に報告しますぅっ!!」
「本当だな?」
「本当ぉぉっ!!わぁああああんっ!!ごめんなさぃぃっ!!」
「あと、珍さんにもう一度ちゃんと謝りなさい。分かったか?」

バシッ!バシッ!バシッ!
仕上げとばかりに思いっきり叩くと、遊磨は飛び上がって泣いていた。

「わぁぁぁんっ!!分ぁったぁっ!!謝る……謝るからぁっ!!もう痛いぃぃっ!!」
「痛いじゃなくて、反省したのか!?」

バシッ!

「したぁっ!!わぁあああんっ!!」
「それなら……」

“終わりにしよう”と続けようとしたら、部屋の扉が少し開いて小さな顔が覗き込んだ。
その拍子にふわりと揺れる冠のふさ飾り……やって来たのは遊磨の主君の琳姫だった。

「ねぇ、遊磨はいます……か……」

思わぬ来客に、球里と遊磨は動きを止める。
こっちを見た琳姫も動きを止める。
お互い完全に固まって……

「「きゃぁぁぁああああっ!!!」」

琳姫と遊磨の悲鳴がきれいにユニゾンした。
そしてその後、遊磨がすごい勢いで暴れだした。

「キュウリィィっ!!今すぐ離して!!下ろして!!琳姫様見ないでくださいぃっ!!」
「これは琳姫様、ご機嫌麗しゅう。今、卑しん坊な娘をお仕置きしているところですよ」
「このぉぉっ!!キュウリ!!いつか浅漬けにしてやるからぁぁっ!!」
「反省したんじゃなかったのか?」

バシッ!

「きゃぁああんっ!!琳姫様の前では嫌ぁぁぁっ!!」

必死でもがいている遊磨を見て、琳姫も焦っているようだ。

「あ、わ……おっ、下ろしてあげなさい!!その様子じゃもう充分なんでしょ!?
きゅうり、女の子に恥をかかせてはいけません!!」
「琳姫様がそうおっしゃるなら……(姫様まで私の名前を……)」

球里がしぶしぶ遊磨を下ろす。
遊磨は床にへたり込んで、琳姫が駆け寄って心配そうにしていた。

「もう!貴女何をしたのですか!」
「うぅっ……ひっく……おまんじゅうっ…………」
「おまんじゅう!?え……何ですか!?食べたいんですか!?
あ、もう……ほら、泣きやみなさい……可愛い子が台無しですよ?」
「琳姫様ぁぁっ……ひっく……」

泣いてばかりの遊磨を見かねて、琳姫が球里に声をかける。

「きゅうり、遊磨はわたくしの部屋に連れて帰ります。いいですね?」
「はい」
「ほーら、帰りますよ!遊磨!立ちなさい!」

半泣きの遊磨を引っ張って帰る琳姫を、球里は深々と頭を下げて見送った。
一人取り残されると一気に疲れてしまったので、自分も主君の所で愚痴でも聞いてもらおうと
立佳の部屋に行った球里。
なのに……


「へ〜……それで遊磨ちゃんの事お仕置きしたの?遊磨ちゃん可哀想〜……」

肝心の主君が遊磨の味方っぽくて球里は少し悲しくなった。
仕方なく拗ねたように反論する。

「可哀想なのはお土産を台無しにされた私です」
「そりゃ、お前、水に流してやりなよ。あーそうそう、これ、一番重要な質問なんだけど……」
「何です?」
「遊磨ちゃんのパンツ、何色だった?」

一秒後、立佳の頭に球里のゲンコツが炸裂したのだった。


戻る 進む

TOP小説