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部屋とDVDと落書き





町の路地にひっそりと佇む小さな喫茶店「Times」。
ここは優しい熟女な店主がコーヒーやケーキと安らぎを提供してくれる癒し空間……。
ですが、本日はすでに閉店をしてしまいました。
店と一体になっている家で女店主の時子(ときこ)がくつろいでいると、不意に玄関のチャイムが鳴ります。
やってきたのは明るい茶髪に眼鏡をかけた無表情な若者……時子の恋人の優(ゆう)君です。

「あれ?優君?どうしたの?」
「DVDを借りてきたので見に来ました。お邪魔します」
「……“一緒に見よう”じゃないんだね……」
いつものように年の離れた恋人は無表情で強引グマイウェイ。
そんな優君を遠い目で見守りながら、時子は急な来客のためにコーヒーを淹れました。
それを持って行くと、優君はソファーのいい位置に陣取って、自分で買って来たらしいお菓子を広げて……
すっかりDVDを観賞する気満満です。
時子も隣に座って、優君の借りてきたレンタル屋の袋を何気なく見つめます。
「何のDVDを借りてきたの?あ!まさかえっちなヤツじゃないだろうね〜〜?」
時子がからかい半分にそう言ったとたん、無表情な優君と目が合って……
「“狙われた未亡人”。人妻凌辱系です」
「そう!頑張ってね!」
混乱の為意味不明な返事を返して、慌ててソファーから立ちあがった時子の手は
優君にがっしりと掴まれていました。
「一緒に見ましょう」
「いいいいい嫌だよ!りょっ、リョージョクとか……
ダメだよそういうの見たら!真似しようとか言い出すでしょう!?
私っ、私は……乱暴なのは嫌だからね!?」
「……乱暴じゃなければいいんですか?」
「何言ってるのこの子!?もう知らない!えっちな子は知りません!」
「……はぁ、相変わらず冗談が通じませんね時子さん……
シミが増えますね、確実に」
「言い切らないでよ!ちゃんとシミ対策してるっ……って、余計なお世話!!」
「そうですか。では、この“純愛ラブソング”は僕が一人で見ます」
「え……?」
“純愛ラブソング”はその名の通り純愛がテーマの恋愛映画。
前から時子が見たいと思っていたものでした。
まさか優君、借りてきてくれた……?
時子は少し嬉しくなって頬が緩んでしまいます。
「そっか……それなら私も見……」
ピッ。
「あああ!さっそく再生してるし!!待って座る!座るから!」
優しいのか優しくないのかよく分からない優君の横に慌てて着席して、
二人は一緒に“純愛ラブソング”見始めました。
さすがは純愛映画……恋に落ちた男女が戸惑いながら愛を深めていって
そして最高に盛り上がったところでのキスシーン……時子は大はしゃぎで優君に話しかけます。
「ほらぁ!キスしてるよ優君!これだよこれ!
このハッピーラブな展開を私は待ってたんだよ!ねぇ、優く……」
が……優君は隣で……
「寝ていらっしゃる――――――――ッ!?」
時子の驚きツッコミに微動だにせず、優君はスヤスヤと寝息を立てています。
せっかくのこの感動を二人で分かち合いたかった時子はショックやら悔しいやらで
一人で叫んでいました。

「信じられないよこの子!この感動シーンで寝るなんて……信じられないよ!!」
それでも優君は起きてくれなくて、時子はすっかり悲しくなって拗ねてしまいます。
「ううう〜〜っ!!くっそ――!顔に落書きしてやる!」
油性ペンを手に取り、ソファーで寝ている優君に詰め寄り、彼の前髪をぐっとせり上げて……
いざ、おでこに落書きをしようとした時子はそこではたと手を止めました。
「……何て書けばいいか、分からない……」

しばらくそのままの体勢で考えて、そして何か思い浮かんだらしい時子は
キュッキュと油性ペンを動かして一仕事終えて……
「うふふ。書いちゃっ……た……」

気がつけば、優君と目が合っていました。
彼は相変わらず表情を変えず、そっと額に手を当てて……

「時子さん……ここ、何かしましたか?」
「いや、別に……」
「お仕置きです」
「ご、ごめんね!やめて!悪口とか書いてないから!
あ!ダメ!スカートはダメ!ああっ!パンティーはもっとだめぇっ!!」

すぐ様優君の膝の上に引き倒された時子は、スカートを捲られて下着も下ろされて、
年上らしからぬ扱いに全力で対抗していました。
しかし時子の弱さでは優君に勝てるはずはありません。
敢え無くお尻を叩かれてしまいます。

「人が眠ってる隙に額に落書きだなんて、大人げないですね時子さん。叩き上げますよ?」
「ひぃぃっ!!もうすでに叩いてるよ!やめてよ!何か子供みたい!」

「今時、子供だってこんな悪戯しませんよ。
……ああ、時子さんの時代はしたかもしれませんね」
「むむ――っ!今バカにした――!?」
「お黙りなさい!」

バシィッ!!

「ひゃぁぁんっ!?」
突然お尻に激しい痛みが走って時子は悲鳴を上げます。
しかもその痛みは息を吸う暇もなく次々と襲ってくるので
時子は手近のクッションを思いっきり握りしめました。
「貴女は素直にごめんなさいも言えないんですか?腹立たしい!
油性ペンは落ちにくいんですよ?!」
「ご、ごめんなさい!でもっ、最初の方で、一回、ひっ、言ったんだけど……!」
「最低300回は言ってもらわないと気が済みません」
「ひぃ――ん!!多いよ――!」
半泣き声で叫んだ時子でしたが、優君は時子の握っていたクッションを取り上げて
後ろへ放り投げるだけでした。しかも後ろでガシャンという音がしました。
「さっさと言わないと永遠に終わりませんよ?」
「はぅ、ご、ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい……!」
優の抑揚のない声がこの時は特に恐ろしく、時子は必死で“ごめんなさい”を
300回連呼するべく、口を動かしていました。
「ごめっ、なさい!!ひぁぁっごめんなさい!ごめんなさい、ごめんなさいっ……ああっ!!」
だんだんお尻を叩かれている痛みも蓄積されてきて、息も絶え絶え、苦しくなってきます。
悲鳴混じりの“ごめんなさい”も時々織り交ぜながら、カウント300に達する時を信じて
時子はずっとごめんなさいを繰り返していました。
「ご、ごめんなさいごめんな、さい、ごめんなさいぃっ……!ね、ねぇ!今何回ですかごめんなさい!」
もう大方100回ぐらいは言ったんじゃないかと思った時子が優君に尋ねてみると……
「……さぁ?」
「最悪だ――――――っ!!」
思わず叫んでしまった時子でした。
あまりのショッキングな出来事に真っ赤なお尻の痛みも忘れて捲し立てます。
「数えて無かったの!?私あんなに一生懸命言ったのに!
ごめんなさい言いすぎて語尾が“ごめんなさい”になるところだったよ!?」
「ただ言えばいいってもんじゃありません。心がこもってないと……」
「もっともらしい事言って誤魔化さないで!
心も込めたよ!優君の意地悪ぅぅっ!痛いよ離してよ――!」
「暴れるな!」
バシィッ!
「きゃぁぁっ!ああん!このタイミングでマジギレ……っ、君の沸点が分からない!」
あまりに痛くて重い、しかも理不尽じゃないかという平手が降ってきて、時子は涙があふれてきました。
それでも叩いている優君は平然とこんな事を言ってきます。
「時子さん、さっさと反省の態度を示さないと……僕の手が痛くなってきました。
これが何を意味するか分かりますか?」
「ぐすっ、な、何?」
「道具を使います」
「いやぁぁぁあああっ!!」
“道具で叩かれる”という未知の恐怖で時子はまた大きな悲鳴を上げてしまいました。
とっさにもがいてみましたが、抜けられませんでした。
「ヤバい、手が折れそうだ。痛すぎる。そろそろ道具に頼ろう。
確かベッドの収納に通販で買ったオバケのようなラケットを隠しておいたはず……」
この確信犯的な優君の発言で時子はいよいよ焦って、泣きそうになりながらも
どうにか優君が道具を使うのを食い止めたいと思いました。
だから謝って謝って、これからの心得も語りつくしたのです。
「やだぁぁっ!!ごめんなさい!もう落書きなんかしないから!
優君が寝てたらそっと毛布をかけて消灯するからぁ!ごめんなさいぃ!!」
「ほっぺにキスも忘れないでください」
「ぽっぺにチューもするからぁ――っ!!うわぁぁぁんっ!」
痛みと恐怖で子供のように泣き出す時子……
まだパンパンという音も痛みも止みません。
「痛いよ怖いよ優君ごめんなさぁぁい!!ひぁああああんっ!」
「もう人の顔に落書きなんて大人げない真似はしないでくださいね?
ストレスが溜まります」
「しない――っ!もうしない――っ!」
「“狙われた未亡人”も一緒に見ますか?」
「見ない―――っ!!」
「チッ。やはりここはオバケのようなラケットを……」
「わぁぁあああんっ!!」
「使いませんよ。時子さん重いです。どいてください」

優君は膝に乗っていた時子を抱き起こしてソファーに座らせました。
どうやらお仕置きは終わったようです。
時子は恐々と優の顔を見ながら彼の方に手を伸ばしました。
「ゆっ……ゆうくっ……」
「ダメですよ。僕は貴女が書いた忌々しいらくがきを洗い落としてきますから。
それまで抱きしめるのはお預けです」
伸ばした手をかわして立ちあがった優君は、早足で洗面台に行ってしまいました。
残された時子は仕方なく一人ですすり泣いていました。

一方の優君は、洗面台で額の落書きを落とそうとしていました。
(一体何を書いたんだあの人は……)
ため息をついて前髪をヘアバンドで止めて、鏡を見ると、そこに書かれていたのは……
「!!」
鏡の中の自分も驚いて目を見張った、その落書きとは……
たった5文字。

大 好 き だ よ

「バカじゃないのか……あの人……」
そう呟いた自分は、直視できないほどみっともなく真っ赤な顔で……
「っ……!!」
思わず目を背けるように鏡に背を向けて、
そのまま、その落書きを洗い落とす事も忘れて、優君は走りだします。

ソファーで泣いていた愛しい恋人を思いっきり抱きしめるために。


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