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パンドラボックスluxury〜二条城絵玲奈の場合〜




名門、二城条家。
その一人息子のリオは、おおよそ美青年と言われる部類の青年だ。
彼には年下の婚約者がいた。名前はエレナ。
元々家同士が、利害も絡むけれど関係が良好であり、幼馴染で育って兄妹も同然の二人。
お互いの家へ行き来するのも容易い事だけれど、だいたいはリオが相手の家に足を運んでいた。
けれど訪ねた時、必ずと言っていいほどエレナは部屋にいない。
それは今日も例外ではなく。
ガランとした部屋の中を軽く見渡したリオはため息をついて、庭に出る。
立派な庭をしらみつぶしに探す気力は無い。
とりあえず声を張り上げる。
「エレナ!!」
返事は無い。
聞こえていないのか、あるいは無視されている可能性もある。
リオは頭を掻いて適当に歩き回りながらも、婚約者を探して同じように呼びかける。
「エレナ!どこにいるんだよ!?」
そんな呼びかけを5,6回繰り返すと、不意に近くの茂みが揺れる。
今度こそ、彼は声が届くことを確信して叫ぶ。
「エレナ!そこにいるんだろ!」
「っぷはっ!あら、リオ!来てたのね!」
茂みから勢いよく出てきたエレナが無邪気に笑う。
長い髪をした愛らしい少女……彼女は実年齢よりいくらか幼く見える。
可愛らしい笑顔にリオもつられて笑いそうになるけれど、慌てて呆れ顔を作って言う。
「またそんなに洋服をぐしゃぐしゃにして……」
「大したことないわ」
「汚れてるよ。葉っぱも付いてる」
「洗えば落ちるわよ」
パタパタと服を払って何食わぬ顔で笑っているエレナは
可愛い小さめのケージを持って、ブックストラップで吊るした厚手の本をポシェットみたいに肩から掛けている。
リオは無言で彼女の髪に付いた葉っぱを摘まんでその辺に捨てて、
見慣れた装備の彼女にいつもの質問を投げかけ、
「また“妖精探し”?」
「当たり前じゃない!」
瞳をキラキラに輝かせて自信満々に答えるエレナに、脱力する。


リオの婚約者のエレナは少し――いや、かなり変わった娘だった。
幼いころから目に見えないメルヘンなもの(特に妖精)を信じて疑わず、
美しい小さな妖精達が描かれた“妖精図鑑”を愛読して、あまつさえ最近はその妖精を一目見ようと、
むしろ捕まえようと躍起になっている。
リオとしては、そんな子供じみた夢物語はさっさと卒業してもらって、妻として迎えたいのだけれど。
そんな願いが打ち砕かれる光景を毎回見せつけられて、やや不満気味である。
「……で、今日は見つかったの?」
「ううん。ダメだった。やっぱり夜の方がいいのかしら?」
「最近は冷えるからいけないよ。君はただでさえ体が弱いんだから」
「小さいの頃の話だわ!今はすっかり治ったもの!いつか、世界中を回って色んな妖精さんに会いに行くの!
それで私が“妖精図鑑U”を書くのよ!」
「(またその話か……)そうかい」
リオにとっては正直バカバカしいとしか思えないエレナの言葉。
けれどもあまりに楽しそうに話すので水を差す気にもならない。
そんな中でエレナがスッとケージを胸に抱えて言う。
「ねぇ、妖精さんにあげようと思ってたんだけど……ダメだったからリオ、一緒に食べましょう!」
ケージの中には可愛らしくラッピングされたクッキーが入っていた。
妖精のおこぼれを頂戴する感じにはいささか抵抗を感じたけれど、リオは笑って頷く。
そうすればエレナが喜ぶから。
「来て!こっちにとってもいいところがあるの!」
リオの手を引いたエレナが走り出す。
一瞬驚いたものの、早歩きで十分歩調が合うのでさして疲れもしない。
「早く早く!」と急かされながら、リオはエレナを心から愛おしいと思っていた。ずっと昔からそうだ。

早く、妻にしたい。手にいれたい。
その愛らしい顔も、声も、頭の先から爪先まで、大好きだ。
独占したい。彼女の全てを。
エレナは僕の物だ。

そんな貪欲な愛情が渦巻いて、手を繋いでいるだけな事がもどかしく思った。
いっそ、もっと、強く抱きしめられたら……

「リオ!着いたわ!」
「!!」
リオが我に返ってあたりを見回すと何てことはない。
いつもエレナに連れてこられる庭の中心にある花畑だった。
「座って座って!」
「エレナ、さっきから引っ張るから腕が取れそうだよ」
「平気よ!」
君が自信満々に言うなよ……とリオが苦笑い。
2人でクッキーを食べながらたわいない話をする。
正確に言えばエレナが独自の妖精ワールドを楽しげに語っているだけなのだけれど。
光がどうだの鱗粉がどうだの、妖精の王国がどうのこうの……
ハイハイと話半分で聞いているリオにエレナがぷくっと頬を膨らませる。
「リオったら真面目に聞いてるの!?」
「聞いてるとも。メロスはいるんだろ?素敵な話だ」
「何よ!メロスって誰よ!?」
「ああごめん。ホメロスか」
「違うわ!もう、リオのバカ!」
エレナは迫力無く怒鳴った後、ふくれっ面のまま寂しそうな顔をした。
「……本当は知ってるわ。リオは妖精さんの事、信じてない。こんな話なんか面白くないわ。
リオだけじゃない。お母様も、お父様も、皆も」
「エレナ?」
「最近、私がこんな話をしたらお父様やお母様が嫌がるの。
“いつまで子供みたいな事を言ってるんだ”って。“お前は立派な淑女になって二条城家に嫁がなきゃいけないのに”って。
友達だってそうよ。みんな私を変な風に見てる。だんだん遠くへ行くの。誰も寄って来ない」
「…………」
リオは何と声をかけようか迷った。
両親の言葉はリオの本心そのものだし、友達の気持ちは分からんでもない。
けれど寂しそうな彼女を放ってもおけない。
悩んでいた次の瞬間、エレナはコロッと笑顔を向けた。
「でもね、リオは私の話を聞いてくれる!あんまり聞いてないけど、時々バカにするけど!
時々楽しそうにしてくれる!笑顔で私の傍にいてくれる!
だから嬉しいわ!私、リオの幼馴染で良かった!リオってばお兄様みたいなんだもの!」
「え……」
「ありがとう!大好きよリオ!」
「っ!!」
胸を砕くような笑顔だった。
砕かれて、愛情が一気に溢れて流れ出す。
リオは考えるより先にエレナを抱きしめていた。
「エレナ……!僕も、愛してる!」
心の底から。本当に、全身全霊で、リオは告げた。
「リオったら大げさだわ!」
エレナにいつも通り無邪気に笑った。



それからしばらくして、二条城家でパーティーがあった。
特に意味も無い、親しい者同士の親睦を深めるお遊びのようなものだ。
リオも正装を着て参加しているのだが……
(エレナ……平気だろうか……?)
エレナは欠席だった。体調を崩したとのことだ。
(まさか、この前言っていたみたいに夜に妖精探しを……?そんな馬鹿な、でも、エレナなら……
だから僕は前から思ってたんだ!あんな下らない事、もうやめればいい!!)
心配して心配して、そして苛立った。
(そうだ!エレナもそろそろ妻になる自覚をしてもらわないと!
今度会ったら、きっぱりと言ってやろう!)
そんな事を考えていたら……
「リオ……」
急に近くで呼びかけられて勢いよく顔を上げる。
目の前には美しい女性がいた。リオより少し年下の、見るからにお淑やかな。
彼女は控えめに笑う。
「ごめんなさい。考え事のお邪魔だったかしら?」
「あ、いや……」
彼女とは親しいはずだったけれど、この日のリオは呆気にとられた。
滅多に着ないような胸元が大きく開いた真っ赤なドレスを着ている彼女を見たから。
リオの視線に彼女が恥ずかしそうにショールを羽織り直す。
その動きでやっと声が出た。
「ノエル……君が今日は一段と素敵だから見惚れちゃったよ」
「リオったら……」
ますます恥ずかしそうに視線を彷徨わせる女性……ノエルはそのままリオに言う。
「いけない人ね。軽々しくそんな言葉を口にして。
貴方、自分の言葉がどれだけ影響力を持つか分かってないんだわ。
もっと女の子に好かれやすいって事を自覚すべきよ」
「何を言ってるんだよ。君の方こそ、僕の周りの男は皆君に夢中だよ?
美人で、スタイルも良くて、頭も良くて、その上優しい。アハハ!これでモテないわけがない」
「か、買いかぶりすぎだわ……」
照れて困り顔をするところがますます奥ゆかしかった。
リオの言った通り、ノエルは美人で、知性に溢れており、上品で……
性格の良さは親しいリオが一番よく知っている。
本当に男女問わず好かれていた。彼女を射止めたい男の競争率は並大抵ではない。
だから、恥じらう彼女を元気づけようと明るく言う。
「本当の事だよ!皆君が大好きだ!」
「……だけど、本当に好きな人に振り向いてもらえないんじゃ無意味よ」
「何だって!?誰だいその罰当たりな男は!?一度ガツンと言ってやった方がいいよ!」
「…………」
ここで、一瞬空気が止まる。
お互い無言でリオが不思議そうに瞬きをしたら、ノエルがにっこりとほほ笑む。
「このドレス、似合ってないんじゃないかって心配だったの。
貴方に褒めてもらえてホッとしたわ……ありがとう、リオ」
「あ、どういたしまして。僕だけじゃなく皆が褒めていたよ?自信を持って!」
「……エレナさんがいらしてないみたいね。彼女の事を考えていたの?」
「そうなんだ……アイツは子供っぽくて困るよ。
病弱のくせに夢見がちで突拍子が無くて、僕を心配させてばかり」
リオが目を伏せて悔しげな顔をするのを、ノエルは寂しそうに見つめる。
その視線にリオは気づかない。
「早く良くなるといいわね、エレナさん」
「ありがとう……!本当に君は優しいんだね。エレナに君の爪の垢でも煎じて飲ませたいよ!」
ノエルの少し寂しそうな笑顔に、やっぱりリオは気づかない。

彼は、彼女の気持ちに気づくべきだったのかもしれない。
そうしたらもっと違う未来があったのかもしれない。



それから数日後。
リオはやっぱりエレナの屋敷に足を運んでいた。
今日の訪問はお見舞いも兼ねていたわけだが……エレナは部屋にいなかった。
「あのバカ……!!」
持参してきたフルーツの盛り合わせを乱暴にテーブルに乗せて、リオは庭へ走り出た。
そして駆け足気味にエレナを探して呼ぶ。
「エレナ!!どこだ!?出て来い!!」
いつも以上に思いっきり叫んだ。声に苛立ちを乗せて。
返事がない事は余計に彼を苛立たせる。ますます声を荒げて喚く。
「エレナ!エレナ!!いい加減にっ……」
「ひゃぁんっ!?」
ガサっ!!
すぐ後ろで聞こえた悲鳴と激しく茂みの揺れる音。
勢いよく振り向いてみれば、エレナが柔らかい茂みに埋もれるように、寝そべっていた。
捲れ上がったスカートの中で遠慮なく両足を開脚した状態で。
「落ち……たのか……?」
心配と、混乱が一気にリオの頭を掻き回す。
“まるで見せつけているようだ”。本能が感じた激しい情欲。
エレナはうっすら目を開けて呻く。
「うぅ〜〜びっくりした。リオ、見てないで助けてよ〜〜……」
「…………」
黙って助け起こすリオ。
エレナは息を一気に吐き出して、残念そうに言う。
「は――……妖精さんの気持ちになれば少しは近づけると思ったのに。
ダメだわ、私ってば、高い場所は。低い場所から始めて正解だった」
「……何してるんだよ。病み上がりだろ?」
「あら、平気よ!」
「黙れ!!」
リオはエレナの愛用ケージをひったくって勢いよく地面に叩きつける。
ガシャンッ!!
激しい音に怯えたエレナが「きゃっ!?」と、小さく悲鳴を上げた。
さっきまでの愛らしい笑顔は真っ青になってリオを見つめる。
「何、するのよ……酷い!!」
「ねぇエレナ。君はおてんば過ぎるよ。
体調が良くないのに庭ではしゃいで木登りなんて正気とは思えない。
少しはお淑やかにしてられないのかい?なぁ!!?」
「ひっ……!?嫌よリオ、怒鳴らないで……!!」
怯えて縮こまって、両手で庇った顔をリオから逸らすエレナ。
けれどリオはそのガードを乱暴に掴んでこじ開ける。
エレナの潤んだ瞳に歪んだ笑顔のリオが映る。
「僕もさ、我慢してたんだよ……?君がいつかそんなくだらない事はやめて
婚約者としての自覚が芽生えてくれるって……でも、もう我慢の限界だ!!」
「い、いやっ……アン、リ……んぷっ!?」
怯えながら世話係のメイドの名を呟いたエレナの口元を強く押さえつけ、
リオは脅すような低い声で言った。
「少しはお淑やかになるようにお仕置きしてやるよ。バカ女」
「んっ、んん――!!」
エレナはくぐもった悲鳴を上げながら、勢いよく首を振る。
けれどもリオは簡単にエレナの体を逃がさないように抱きしめて、辺りを見回す。
ちょうど近くに手ごろなベンチがあったのでエレナを横抱きに抱えて移動した。
彼女は足をバタつかせて喚いていたけれど。
「やめて!許して!お願い!!」
「“何を”やめてほしいの?お仕置きに何をされるか分かってるの?」
「わ、分からない……!」
「別に酷くはしないさ。ちょっとばかり痛い思いをしてもらうだけ」
「嫌!嫌よ!やめてぇぇっ!!」
エレナの泣きそうな悲鳴もむなしく、リオは彼女を膝へ横たえて下着を下ろしてしまう。
「リ、オ……!?これって……!」
バチンッ!
「きゃぁぁっ!?」
お尻を丸出しにされて顔を赤らめたエレナがますます真っ赤になって大声を上げる。
その後擦り切れそうな声で言うのだ。
「い、痛い……!」
「だろうよ」
「うぅっ!」
呻いて身を固くしているエレナに構わず、リオは何度も彼女のお尻を叩いた。
バチンッ!バチンッ!
「あっ!いやぁぁぁっ!やめてリオ……!」
「『やめて』だって?バカ言うなよ始めたばかりで」
「だ、だって……」
バチンッ!
「あぁああああっ!!」
「騒がしいなぁ大げさな!」
バチンッ!バチンッ!バチンッ!
「きゃぁぁぁ!!いやぁぁああああ!」
リオとエレナでは年齢も体格も差がある。圧倒的にリオが有利で。
エレナの小柄な体をリオの腕力で痛めつければ、エレナが参ってしまうのは当然の事だった。
けれどもこの時のリオは頭に血が上っているので当然手加減などする余裕も無く、
エレナの苦痛がどんどん増してくる。
「リオ!た、助けて、許してぇぇッ!痛い!痛いの……ひっ、もういやぁぁぁっ!!」
目に涙を溜めて精一杯喚いて懇願する。手足をバタつかせて体を捻って抵抗する。
お尻もすぐに赤くなってきた。
それでもリオは容赦ない。
バチンッ!バチンッ!バチンッ!
「あぁああああん!リオぉぉぉぉッ!」
(エレナ……!)
この時、エレナの赤くなったお尻を痛めつけながらリオが感じていたのは
不思議な感覚だった。

普段は妖精に夢中で自分の存在なんか適当に認識しているエレナ。
怖いもの知らずで自分への態度も奔放なエレナ。
そんな彼女が一生懸命自分を呼んでいる。縋っている。怯えて泣いてる。

それはリオの感情を激しく高ぶらせるものだった。
『自分の体調を無視して無茶をする事を叱っている』はずなのに、
それを越える感情に呑まれそうになっていた。
「エレナ、どうして謝らないの……?反省してないのか?」
バチンッ!バチンッ!バチンッ!
声が震えて自分でも焦る。
これ以上はダメだ。これ以上は。
「ごっ、ごめんなさい!んぁっ、反省してる!してるわ!うっ、もう叩かないでぇっ!!」
(そんな必死な、怯えた声を出さないで)
無意識にリオの良心が願っていた。
なのに自分は余計にエレナの恐怖心を煽るような言葉と強い平手打ちで彼女を責め立てる。
バチンッ!バチンッ!バチンッ!
「前から思ってたんだよ!エレナは生意気なんだ!
僕に謝るなんて発想が無かったんだろ!?こっちが年上なのに、見くびってたんだろ!?」
「いやぁぁぁっ!違う!違うわそんなこと無い!!
うわぁあああああん!ごめんなさいリオ〜〜〜〜!!」
(そんな風に僕を縋って呼ばないで)
エレナが泣いて怯えると、苦しげに抵抗すると、痛々しいお尻を思い切り叩いてやると、
それだけでゾクゾクしてくる。
リオはどうにかしてこの感情を止めたかった。
そうでないと、このままでは……

目的が すり替わる。

「悪い娘だねエレナ。もっとたくさん叩いて反省させてあげるよ」
リオは無意識にそう声をかけていた。
油断したほんの一瞬で良心が裂けて、
もう自分で自分の感情を止められそうにもなかったし、そのつもりもない。
「うわぁぁあああああん!やめてぇぇぇぇっ!ごめんなさぁぁぁぁい!!」
「ダメだよ!さぁ、じっとして!」
泣き叫んで暴れるエレナを抱えなおして、リオがまた手を振り下ろす。
今までよりも強く。
バチンッ!バチンッ!バチンッ!
また一段とエレナの悲鳴は大きくなった。
本当にお尻は真っ赤で泣きながら辛そうな声を出す。
「あぁっ!リオ!リオぉ、お願い!もうやめてぇぇぇっ!!ふっ、ぇ、うわぁああああん!!」
「だめだよ、これはお仕置きなんだから、ね!」
そうだ、これはお仕置きだから。
自分の欲望を肯定するようにそう言い聞かせてリオはまた手を振り上げ……

「エレナ様!!」
「!?」
その声にハッとして前を向く。
清楚なロングスカートのメイド服を着た、華奢で優しそうなメイドが怪訝そうに自分達を見ている。
リオは一気に冷や汗が吹き出した。
「あ……」
「アンリ!アンリ痛いよぉぉぉっ!」
「ち、違うんだ!エレナが病み上がりなのに無茶をして遊んでいるから、僕は……!!」
「エレナ様……。お部屋にいらっしゃらないので心配しました。
ダメですよ。まだ安静にしていないと……」
メイドのアンリは、優しくエレナを抱き起こして撫でる。
エレナは「ごめんなさぁぁぁい!」と泣きながら彼女の胸に飛びついていた。
膝からエレナを奪われたリオは気まずそうにアンリから視線を逸らす。
「リオ様?」
「!!」
「エレナ様を叱ってくださったのはありがたいのですが、やり過ぎです」
アンリの困ったような笑顔に、リオは一気に罪悪感が込み上げる。
「ご、ごめん……」
「お部屋に戻りましょう。せっかくリオ様が持ってきてくださったフルーツ、早く食べないと。
エレナ様の好きな物たくさんありますよ?」
アンリはエレナをあやす様に、リオに“気にするな”とでも言うように、明るく言った。
こうして、3人で部屋に戻る。
最初は泣いていたエレナが泣き止むといつも通りの楽しい時間で……
リオはやっぱり罪悪感を感じていた。



そしてまた数日後。
訪ねた時、またしてもエレナは部屋にいなかった。
これにはリオも呆然だ。この前ああまでしたのに。
庭に出ていつもみたいに「エレナ!!」と叫ぶ。繰り返すこと5,6回。
お約束のごとく茂みから、ケージ・肩掛け妖精図鑑のフル装備で登場するエレナ。
「あら、リオ!来てたのね!」
(懲りてない……!!)
何だかドッと疲れたリオだったけれど、下手に怯えられるよりはマシかと思い直す。
けれども今日こそ一言言ってやりたかった。
「エレナ!君は僕の婚約者なんだよ!?
そろそろ僕の妻になる自覚を持ってほしい!妖精狩りなんて子供みたいな事、もうやめなよ!」
リオの言葉にエレナは少し不機嫌そうな顔をする。
けれどすぐ無邪気に笑って言い返した。
「リオったら、まだそんな話を本気にしてたの?」
「え……!?」
「“婚約者”だなんて、親同士が勝手に決めた事よ。
私、そんなつもりないもの。妖精さんを探して世界中を旅しなきゃいけないんだから♪」
「…………」
「リオの事は好きだけど、幼馴染としてだし、“結婚したい”とかそんなんじゃないわ!」
エレナは終始笑顔でそのセリフを述べた。

彼女は、もっと彼の気持ちを、言い方を、考えるべきだったのかもしれない。
そうしたらもっと違う未来があったのかもしれない。

どっちにしろ、もう遅かった。

「…ふざけるな……ふざけるなよ!!」
エレナのケージが勢いよく落ちて転がっていく。
抵抗なんて、あってないようなものだ。力比べならリオが圧差で有利だから。
「何、が、何が、妖精だよ!!お前は僕の物だ!!一生、僕から逃げられると思うなよ!?」
エレナも必死に叫んでいた。
二人の叫ぶ声は何度もぶつかり合う。
けれども不幸な事に、本当に不幸な事に、誰の耳にもその声が届くことは無かった。
エレナが泣いても喚いても。
誰もその場に通りかかる事はなかった。エレナが愛して慕うメイドでさえも。
最後の最後まで。

『ねぇエレナ、辛いでしょう?助けてあげる。こっちへ来て遊びましょう?』

エレナが“妖精”の声を聞いたのはこの日が最初だった。




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【作品番号】PBL2

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