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廟堂院家のハロウィンの話


今日はハロウィンな町で噂の大富豪、廟堂院家。
この屋敷の若奥様の部屋に、突如メイドの叫び声が響き渡る。
「ピギャァァァァァ――――ッ!!」
そのけたたましい叫びを上げた眼鏡のメイド(今日は制服仮装)は、わなわなと震えながら
恍惚とした表情で、そして興奮気味に捲し立てる。
「えええええ絵恋様ッ!!その格好は“ガチロリ天使 プニ・モエール”の
変身後コスプレじゃないですか!はぁぁぁぁん萌えます!可愛過ぎです――ッ!!
私を浄化してください――――ッ!!」
キョトンとする主に向かって、猛突進していくメイド。
しかし彼女が主へアタックする前にその足は止まる。
いつの間にか背後から彼女を完璧に捕えている漆黒のメイド(今日は海軍風仮装)の手によって。
「日向……その欲望、少し抑えてくれないか?今ここで痛い思いをしたく無ければ」
その冷たく低い声と、後ろに縫い止められた自分の手に感じる握力に、暴走メイド・日向の頬に冷汗が伝う。
先ほどまでの大興奮も忘れて震える唇を動かした。
「ご、ごめんなさい……絵恋様が、私の大好きな百合エロリゲーのキャラクターの
格好をしてるものだからつい……で、でもっ、もう大丈夫です!欲望は完璧に抑えました!」
「そうか……よく抑えてくれた」
「とっ、当然の事をしたまで、です……」
「今日の仕置きは100発で許してやろう」
「え゛っ!?」
真っ青になる日向の体を解放して、漆黒のメイドは主に近付く。少し困った顔をしながら。
「絵恋様……いくら今日がハロウィンといえども、その仮装が
日向の言う、いかがわしいゲームの格好なら月夜は賛成できません」
「ゲームの事は分からないけど、このドレスは千賀流さんがくれたのよ?
着ないわけにはいかないわ!少し変わってるけど素敵じゃない♪さすが千賀流さんね」
そう言って、心配そうな漆黒メイド・月夜の言葉を聞く耳持たない主の絵恋。
ご機嫌な顔の彼女は白のスクール水着にセーラー服の襟を組み合わせた
露出度高めの衣装を着ている。それにフリル付きの白いニーソックスをはいて。
そして両サイドの髪を少しだけまとめるのはいちごのヘアゴム。
幼い雰囲気の絵恋には良く似合うだけに、見れば見るほど“特定のマニア”を狙った危険な格好に見える。
なので月夜は引き下がれず、必死で絵恋を説得しようとする。
「ですが、その格好は仮装と言うにはあまりにも扇情的と言いますか……
肌の露出が高すぎると思うのです。若い執事の目もありますし、もう少し落ち着いた衣装の方が……」
「月夜、貴女……千賀流さんのセンスにケチをつけようっていうの?」
「!!」
「お仕置きが必要なのは、貴女の方なんじゃないかしら……?」
絵恋に感情の冷めきったような、暗い怒りのこもった目で睨みつけられた月夜は一瞬言葉に詰まる。
聞きなれた声も何故か怖気の走るような迫力で、慌てて深く頭を下げる。
「も、申し訳ありません!差し出がましい事を!」
「分かればいいのよ♪」
コロッと態度を変えて微笑む絵恋。
そして上機嫌で部屋を出て行こうとする。
「さぁ、このドレス……せっかく着たんだから千賀流さんにお披露目しなきゃね!」
「お待ちください絵恋様!せめて旦那様の部屋までは、このローブを羽織って……!」
珍しく慌てた様子の月夜がフリルやリボンのついた黒のローブを持って絵恋を追いかけ、
そのうち2人は部屋から居なくなってしまった。
そして一人取り残された日向は……
「うぅっ、プニ・モエールのコスプレは……ネットで取り寄せてあーちゃんに着てもらうしかないわね……」
と、寂しく呟いていた。



その頃、千賀流は……
自室のソファーに腰掛けながらソワソワしていた。
「絵恋はまだ寝ているのかな?起こしに行ってみようかな?いや、無理に起こすのも可哀想だね……」
「千賀流様……何か気になる事でもおありですか?」
落ち着いた笑顔の長老執事・四判に、千賀流は少し恥ずかしそうに言う。
「実は、今日の為にドレスを彼女に贈ったんだ。
可愛らしいドレスで、きっとあの子に良く似合うと思って……だから彼女の姿が早く見たくてね」
「それはそれは……きっと、今日の奥様はいつもに増してお美しいでしょうな。私も楽しみになってまいりました」
「あはは、ありがとう……そう言えば君も、ハロウィンらしいバッチを付けてるんだね。素敵じゃないか」
千賀流に褒められた四判は、顔を赤くして少し慌てたような素振りだ。
その胸に付けている“カボチャおばけのクッキー風バッチ”をチラッと見た後、嬉しそうに言う。
「い、いえ、そんな!実は、上倉君が執事部隊の為に作ってくれたみたいで!
いやぁ、おかげで私を含む“仮装は少し恥ずかしい”という者達もハロウィン気分が味わえて助かっております!」
「へぇ……大一郎は優しい子だね。でも、君も恥ずかしがらずに何か仮装すればいいのに」
「滅相もございません!私の様な年寄りが仮装しても笑いの種にすらなりませんので……
千賀流様こそ、何か仮装はなさらないのですか?」
「いやいや、私は……絵恋や千歳や千早の可愛らしい姿でお腹いっぱいだよ」
そんな会話を交わしてると、千賀流の部屋の扉が爽やかに開く。
入ってきたのは千賀流の待ちに待った愛しい妻だ。
「絵恋!!」
喜びに目を輝かせる千賀流。絵恋も嬉しそうな笑顔を浮かべつつ、
結局着せられた黒のローブを脱ぎ捨てながら言う。
「千賀流さん、素敵なドレスありがとう!!どうかしら!?似合うかしら!?」
「もちろんだよ!とっても良く似合っ……あ、あれっ……?!」
褒め言葉をフライングしてしまった千賀流は、絵恋の格好を見て硬直する。
妻の姿は千賀流の想像とは遥かに違っていたから。
白いスク水+セーラー服の襟+フリルニーソ……髪をイチゴのヘアゴムで束ねている時点で
気付くべきだったのかもしれない。
驚きのあまり言葉が出ない千賀流の代わりに、最初に言葉を発したのは四判だった。
「ほ――う。最近はこの様なドレスが流行りなのですか……可愛らしいですなぁ」
「ちっ、違う!!誤解だ!!」
「……千賀流さん……私、似合ってない……?」
四判に弁解しようとした千賀流は、悲しそうな妻の声に慌てて妻の顔を見る。
今にも泣きそうな顔の妻の後ろで、背の高いメイドが静かな怒りのオーラをどんどん増強させていた。
「旦那様は……このような格好がお好みじゃなかったのでしょうか……?」
「い、いや!違うんだよ月夜!あぁ、今日の君は一段と強そうに見えるね!
絵恋、君はとっても可愛いよ!?だから泣かないで!?ただ、私の贈ったドレスと違うんだよそれは!
ど、どうしてこんな事に……!!」
未だかつて無いほど早口で弁解しまくり、パニックの千賀流。
そこに冷静な月夜が言う。
「では……何者かが旦那様が絵恋様に贈ったドレスと、このいかがわしい衣装をすり替えたという事でしょうか?
本物の絵恋様のドレスは、その犯人が持っている、と……」
「そんな!!そんなのダメよ!許せない!千賀流さんのドレスは私の物なのに!!
月夜!何とかして本物を取り返してちょうだい!」
「お任せください絵恋様!」
絵恋の一言で月夜は音も無く走り去る。
「ま、待って月夜!!一体どこへ――」
「千賀流さぁぁぁん!!月夜が戻るまで私は何を着ればいいのぉぉぉっ!!」
「あぁ、絵恋、可哀想に……え、ええと……!!」
月夜を止めようにも、半泣きの絵恋にしがみつかれて頭を撫でて……
慌てまくる千賀流に、四判がそっと言った。
「千賀流様?二人分の飲み物と、デザートを用意いたします。
それを召しあがりながらお待ちになるのがよろしいのではないでしょうか?」
「ありがとう四判……」
大きなため息をついて、やっと落ち着いた千賀流だった。


その頃、無音で素早く移動していた月夜は、廊下でとある集団を見つけた。
若い執事の集団が、仕事半分、お喋り半分で集まっている。
「リーダー、いいっすね!その汚れた犬の仮装!」
「ちげーよ!!これは、狼!ウルフ!強くてクールな俺に似合ってんだろ?
本当はカッコいい海賊の衣装なんかが俺に似合うと思うんだけど、あんまり大掛かりだと仕事に差し支えるしな!」
自慢げにそう言うのは、執事服に狼の耳と尻尾をつけた門屋。
周りを取り囲む“CAD(小二郎ちゃんを愛する同盟)”の仲間は門屋の言葉に次々と反応する。
「あー、海賊って最後ワニに食われるヤツですよね?ハマり役じゃないですか!」
「え?酒樽に入って剣刺されて、最後ポーンって飛び出してくるヤツだろ?いかにもリーダーっぽい!」
「リーダーならメインマストに逆さ吊りにされても違和感無いですもんね!」
「うっせ―――よ!お前ら実は俺のこと嫌いか!?」
仲間達のからかい(?)に全力でつっこむ門屋。だが一人だけまともな意見が……
「俺はリーダーと、愛と情欲の海を大航海したいですッ!!」
「お前は海面で100ぺんくらい腹パンしてこいッ!!」
でるわけが無かった。
ギャーギャー騒いでいる彼らの輪の中に、月夜は堂々と入りこむ。
「おい、お前達!」
その声に、門屋を含む全員が月夜に注目した。
それを確認して月夜はさっそく捜査を開始する。
「絵恋様のドレスが無くなった。誰か、行方を知っている者はいるか?
ドレスを運んでる不審人物を見た、という者でもいい」
真面目な話をしている月夜に執事達の反応は……
「うわっ……月夜さん、今日は一段と素敵過ぎる……!あ、でも俺には小二郎ちゃんが!」
「あぁぁ美しい……!写メりてぇっ……!いやいや、小二郎ちゃん以外に浮気はダメだ!」
「目の保養だぜ……ありがたい……!ハッ!いかんいかん小二郎ちゃんの方が可愛いのに!」
そんな仲間達の反応に、どんどん怒りの表情になっていく月夜を見て
門屋が慌てて口を開く。
「こら!質問に答えろよ!おっ、俺達、知りません!なぁお前ら?!」
門屋の答えに、仲間達が次々頷く。
しかし月夜は腕を組んで……腰にさしていた乗馬鞭を手に取った。
「では、お前達の中に絵恋様のドレスを持ち去った犯人はいないんだな?」
「何ですかそれ……!!俺達の事疑ってたんですか!?」
出現した乗馬鞭に驚きながらも、門屋は噛みつくように言う。
月夜の方はどこまでも冷静だった。
「一応聞いてみたまでだ。けれど……急に吠えだすところが怪しいな?
お前達が嘘をついていないとも限らない。念のため、体に聞かせてもらおうか?」
「何だと……!?やめてください!コイツらは俺のチームメンバーだ!
やるんなら俺一人にしてください!!」
門屋がそう言うと、メンバーが口々に叫んだ。
「リーダー!!打たれ弱いくせにそんな無理にカッコつけないでください!」
「そうですよリーダー!オバケすら怖がるリーダーには荷が重いです!」
「いつも上倉さんに叩かれてるんだから、今日もどうせ叩かれるんだから出しゃばらない方がいいですよ!」
「いいシーンが台無しじゃねぇかよお前ら!!黙りやがれッ!!
と、とにかく月夜さん!俺のチームメンバーには手出しさせませんからね!!」
メンバーにからかわれ(?)つつ、門屋は月夜をキッと睨む。
月夜は呆れつつも頷いた。(こんなバカ共が絵恋様のドレスを盗むだろうか……?)と思ったりしたが、
一応は“CAD(代表者の門屋)”を取り調べてみる事にする。
壁に門屋を押さえつけると、緊張気味に息を漏らしていた。
そして彼のズボンにくっついていた狼の尻尾を取って、いざ乗馬鞭を振り下ろしてみる。
パシッ!
「っう!!」
服の上からでも十分痛みがあるらしく、門屋が苦しげな声を上げた。
「リーダー!上倉さんのとどっちが痛いですか!?」
「どっ、どっちも痛いわバカ野郎共ッ!!」
最初はこんなやりとりをしていた門屋達も、回数を増すと……
パシッ!パシッ!パシッ!
「うぁっ!あっ!ぃ痛っ……てぇ!!」
パシッ!パシッ!パシッ!
「も、もういいでしょ月夜さん!?俺達、やってな、っ……!」
パシッ!パシッ!パシッ!
「痛い!痛いですって月夜さん!んっ……ぁ!」
門屋も苦しそうだし“CAD”のメンバーも青ざめてくる。
けれどもここまで誰も犯人として名乗り出ない。
(ここには犯人はいないのか……?)
とは思いつつ、月夜は門屋や“CAD”メンバー達に鎌をかけてみる。
「犯人が誰も名乗り出ないな。さっさと名乗り出ないとお前達のリーダーが
永遠に叩かれる事になるぞ?その、リーダーが犯人の可能性もあるが」
バシィッ!
「うわぁっ!」
強めに鞭を振り下ろすと、門屋が大きな悲鳴を上げる。
けれど、月夜に反論したのは門屋が一番早かった。
「ふざけんな!誰も名乗り出ないのは犯人がこの中にいないからだよ!」
「叩かれているのに偉そうなことだな。もっと痛い方がお好みか?」
バシッ!バシッ!バシッ!
「ひぃっ!!くっそ!けど、俺はコイツらを信じてる!
俺のチームメンバーに盗人なんかいるもんか!叩きたいならいくらでも叩けよ!
こっちはまだまだ余裕だぜ?!俺がコイツらの無実を証明してやる!」
お尻を連打されてのけ反って、すでに泣く一歩手前の目をしているくせに、威勢だけはいい門屋だが
彼の真っ直ぐな言葉はメンバーを動かした様だ。
「月夜さんもうやめて下さい!俺達ドレスなんて盗んでません!」
「本当です!信じて下さい!リーダーを解放してください!」
「俺達も犯人探し手伝いますから、リーダーを叩かないであげて下さい!!」
「お前ら……!!」
仲間達の真剣な声に、瞳を潤ませる門屋。
月夜はここまで、門屋や仲間の様子を見て、ここに犯人はいないと悟った。
叩くのをやめて門屋を解放して……
「疑ってすまなかった。お前は立派なリーダーだな……けれど、先輩と話す時はきちんと敬語を使え」
そう優しく言いながら、そっと門屋の頭を撫でた。
門屋は驚いたように月夜の顔を見て、「すみません……!」と、真っ赤になっていた。
そんな門屋に次々と“CAD”のメンバーが駆け寄ってくる。
「リーダー大丈夫ですか!?あ!泣いてるじゃないですかリーダー!」
「泣かないで下さいよ!俺は一生リーダーについていきますけど!」
「リーダー、泣いてると元々無い威厳がますます無くなりますよ!でも俺は尊敬してます!」
「うっ、うっせーよお前らぁっ!泣いてねーよバカっ!うぅっ!」
賑やかな仲間達に囲まれて、泣いている門屋。
月夜は皆に丁寧に謝って次の捜査に出かけた。



次に見つけたのは意外にも……
月夜は呆れ顔でそのコンビに声をかけた。
「小二郎!!またお前はこんな所で油を売って!」
「ひゃぁっ、つ、月夜さん!?ごめんなさい!で、でも遊んでたんじゃないんです!」
「そうですよ月夜さん!僕らはただ、廊下で会っただけで!」
ビクビクしながら謝るのはメイド部隊の後輩の小二郎(今日はナースメイド服)。
その隣から小二郎を庇ったのは、執事服に羊の角帽子を被った新人執事の鷹森絢音だった。
あまり犯人の可能性は低そうな二人だが、月夜は念のため捜査を開始した。
「お前達、絵恋様のドレスを知らないか?変な衣装とすり替えられていたんだ。
ドレスを持っている者を見た、という話でもいい」
「ど、ドレス……?知りません……鷹森、知ってるか?」
「ううん。僕も知りません月夜さん。お役に立てなくてごめんなさい……」
二人仲良く首を振る小二郎と鷹森。
しかし、ここで月夜はある事に気づく。
「!!……確か、お前には女装癖があったな鷹森!?」
「えぇええええっ!!?誤解です!!ありませんよそんなの!!」
「そ、そうですよ月夜さん!鷹森は女装がすごく似合うだけです!!別に趣味じゃないんです!!」
「小二郎君!?」
必死で庇う小二郎に悲しげにつっこむ鷹森。
その間にも月夜の疑惑は少し強まる。
(疑いたくは無いが……メイド部隊の小二郎なら、執事よりは絵恋様のドレスを持ち去る事も簡単か?
妙に鷹森に執心しているみたいだし……ドレスをプレゼントしたかった、という可能性も……)
月夜は意を決して乗馬鞭を構えた。
「お前達を疑いたくないが、絵恋様の為だ。
この鞭で、嘘をついていないか確かめさせてもらうぞ?」
「月夜さん!!鷹森は嘘なんかつけません!コイツすっげぇ不器用なんです!」
「小二郎君、僕泣いていいかな!?」
またしても小二郎の悲しいフォローにつっこむ鷹森。
そんな二人のやりとりを冷静に見ていた月夜は、
「小二郎はそこで見ていろ。鷹森が叩かれるのに耐えられなくなったら白状するだろうから」
そう言って鷹森の腕を軽く引いて、背中を低くさせてお尻を突き出させた。
さすがにズボンや下着を下ろすまではしなかったけれど
「「月夜さん……!」」
と、気弱な後輩コンビの怯えた声がハモると同時に、乗馬鞭を振り下ろして
取り調べを開始した。
バシィッ!
「あっ……!」
バシィッ!バシィッ!バシィッ!
「うっ、ぁぁっ!」
叩くたびに悲鳴を上げる鷹森。
小二郎は真っ赤な顔で泣きそうになっていた。
「本当に、お前はドレスを知らないんだな?鷹森?小二郎も」
「し、知りません!!んんっ!」
「オレも知りません!!やめて下さい月夜さん!」
顔を苦痛に歪めて必死に耐える鷹森。同じように苦しそうな小二郎。
月夜は注意深く様子を観察しながら叩き続ける。
バシィッ!バシィッ!バシィッ!
「月夜っ、さんっ!痛いです!僕は、やってません!!」
「た、鷹森ぃ……っ!!」
「ひっ、ぅぅっ……!!」
だんだん涙声具合が濃くなる鷹森と小二郎。
二人が素直なのを知っている月夜にとっては
罪悪感を感じる取り調べなのだが、万が一という事がある。すぐには手を緩めない。
「白状するなら早くしてしまわないと、もっと痛い思いをするぞ?」
わざとそんな風に言って、少し強めに叩く。
バシィッ!バシィッ!バシィッ!
「や、やってません!僕はっ、……信じて下さい!痛い!!」
「月夜さん!!もうやめて下さい!オレ見てられません!!
どうしても叩かないといけないなら、オレが鷹森と代わりますから!」
「だ、ダメだよ小二郎くっ、うぅっ!!
つ、月夜さん……!勘弁してください!ふ、ぇぇっ……!」
鞭打つたびに体をビクビクさせて、涙声の鷹森。
(ここまでか……?)と、月夜は思ったがもう一押ししてみた。
「ズボンや下着を下ろしてしまおうか?」
「や、やめてください!お願いですから!僕はやってません!!」
「うわぁぁぁぁあんっ!!」
必死に叫んだ鷹森と、鷹森が泣く前に泣きだしてしまった小二郎。
本当にここまでの様だ、と月夜は手を止めた。
「お前達は本当に何も知らないみたいだな。鷹森、酷い事をして悪かった。
小二郎も、辛い思いをさせてすまなかったな」
そう言いながら月夜が泣いている小二郎を抱きしめる。
小二郎は泣きながら、両方の拳でポカポカと月夜の胸を叩いた。
「酷いです!!月夜さん本当に酷いです!鷹森は何もしてないのに!!」
「その通りだ。ごめんな、小二郎」
「うわぁあああん!!月夜さんのバカぁぁぁぁぁ!!」
泣き喚く小二郎に何度も謝る月夜。そんな月夜を助けたのは鷹森だった。
「小二郎君、月夜さんを責めないで。僕なら平気だから。
奥様のドレスを探す為に協力したと思えば、どうってことないよ」
「鷹森ぃぃ……!!」
今度は鷹森の方に抱きついていった小二郎。
仲の良い二人に丁寧に謝って、お菓子を渡して、月夜は次の捜査に出かける。



そして次に出会ったのは、またしても意外なコンビ。
「おや月夜さん、今日はハロウィンなので女装ですか?」
ジャキッ!!
これは月夜がメリケンサックを装着する音。
ドスッ!!
これは月夜が思いっきり相手の腹を殴った音。もちろん、メリケンサックを装備した方の拳で。
倒れた上倉は、執事服で、頭の上に可愛い顔つきカボチャのトーテムポールのぬいぐるみを乗せた仮装で、
上倉の隣にしゃがみこんだイル君はブタの鼻と耳を付けた仮装。そのイル君が冷静に言う。
「上倉君、今のは君が悪いですよ?女性にそんな失礼な事を言ってはいけません。
良くお似合いですメイド長。男性的な強さと女性的な美しさが合わさった素敵な姿です。」
「黙れ。私の格好の話はどうでもいい」
イル君と同じくらい冷静に表情を変えず、月夜は捜査と取り調べに入ろうとして二人に言った。
「お前達、絵恋様のドレスを知らないか?何者かに持ち去られた。
どうせ知らないと言うだろうけど、一応体で証明してもらっている。この鞭で尻を叩いてな」
月夜のこの言葉を聞いて、瀕死だった上倉が素早く起き上がった。
「イル君!!彼女は本気です!先輩の貴方を危険な目に遭わせるわけにはいきません!
ここは、私が体を張って我々の無実を証明してみせます!いいえ、心配ないです!任せて下さい!
先輩を守るのが後輩の役目!そんな!遠慮しないで!」
「では、お願いいたしますね。上倉君」
「はい喜んで!!……え?」
上倉は目をパチパチさせてイル君を見た。
イル君が真顔でちょこっと首をかしげたので、うろたえ気味に言う。
「あ、いえ……私、イル君と言い争うつもりで喋ってましたので……てっきり、
イル君も鞭で叩かれたいと思っていました。あっさり譲っていただけてビックリです」
「私の体は全て千早様に捧げたもの。千早様以外の鞭は基本的に避けたいのです。
貴方がいてくれて助かりました」
「あぁ……なるほど……ドMも奥が深いですね……!」
この斜め上のやりとりにげんなり&苛立ちつつ、月夜は上倉を呼ぶ。
「早く来い豚!お前、本当に絵恋様のドレスを知らないんだろうな!?」
「もちろんです女王様!この卑しい体にたっぷり尋問してくださいませ!イル君は叩かないでくださいね!?」
「分かっている!女王様と呼ぶな気持ち悪い!しかも脱がなくていい!!」
「え?よろしいのですか?なぁんだ……」
少し残念そうにいそいそとズボンを上げる上倉。
イル君は「意外と甘いものですね……」と感心気味に呟いているので、月夜は頭が痛くなってくる。
(コイツを叩く事に果たして意味があるのか?)と思ってしまうのだが……
仕方なしに、素直に床で四つん這いになる上倉に鞭を振り下ろす。
バシィッ!
「あぁっ……!」
一発目からすでに嬌声交じりの悲鳴を上げる上倉。
イラついたので、取り調べ関係なく無茶苦茶叩きたくなった月夜。
なので、怒りを込めて力いっぱい連打した。
バシィッ!バシィッ!バシィッ!
「んっ、ふぁぁっ!効きます月夜様ぁぁぁ!!」
「だから、“様”をつけるな!本っっ当にお前はマゾ豚だな!汚らわしい!」
「あぁ、ありがとうございますぅぅ!」
(しまった!喜ばせてどうする!こうなったら……!)
どうにも調子を狂わされてしまうので、月夜はとある作戦に出た。
「お前は、本当に優秀な執事だなぁ上倉?」
「え?そんな……月夜様っ、あっぁん!!」
バシィッ!バシィッ!バシィッ!
月夜は悲しそうな上倉を嘲笑うかのように猫なで声を出して、鞭を振るう。
「いい子のお前にこんな事を聞くのは心苦しいが、
お前はいつも旦那様に色目を使ってるからな……絵恋様への嫌がらせでドレスを隠したんじゃないのか?
どうなんだ?あぁでも、お前に限ってそんな事は無いか?素直な頑張り屋だもんな?」
「つ、月夜様……どうして……?いつもみたいに叱って下さらないのですか……?んぁっ!」
「叱る?お前を?とんでもない……!(そうやって喜ばせるものかバカめ!)」
『叱ると喜ぶので褒めて悲しませよう』という月夜の簡単な作戦は成功したらしい。
……と、思ったのだが……
バシィッ!バシィッ!バシィッ!
「んぁぁっ!でもぉっ!!そうやって、月夜様に褒めていただくのも嬉しいです!」
「!!?」
またしてもスイッチの入った艶めかしい声に、月夜の怒りがこみ上げる。
それを知ってか知らずか、上倉はさらに月夜に甘えた声を出す。
「はぁっ、月夜様ぁぁっ、いい子の……っ、これからもっ……いい子にしますから、
いっぱい、お尻にご褒美くださいませ!!」
「……だぁぁぁぁぁまれこの気色悪い駄豚がぁぁぁぁ―――――っ!!」
バシィッ!バシィッ!バシィッ!
「んぁぁぁぁぁぁっ!!」
一瞬にして怒りが爆発し、上倉のお尻を力任せに叩いてしまった月夜。
それで上倉が嬉しげな悲鳴を上げるのを聞いて、持っていた鞭を床に叩きつける。
「時間の無駄だった!!くそっ、不快なだけだった!」
普段の冷静さを失って、床を踏み鳴らす月夜。
息を切らせている上倉を、しゃがんでそっと抱き寄せるイル君が、投げ捨てられた乗馬鞭も律儀に拾っていた。
そして淡々と月夜に言う。
「メイド長、上倉君が叩かれたそうだったので黙っていたのですが……
我々より先にメイド部隊のお仲間には事情を聞いたのですか?奥様のドレスが無くなった状況は?
我々は奥様の部屋には行かない。先に我々を疑うのは、少々効率が悪いと思います」
「!!……確かに!絵恋様にドレス探しを命じられて、何だか……真っ先に
貴様らを尋問しないといけない衝動に駆られた。仲間を疑うのは心苦しかったし……」
「……どうか落ち着いて、先にメイド部隊で事情を聞いてみて下さい。執事部隊は我々みたいなドM
ばかりではないので、普通の性癖の方は無実の罪で悲しい思いをする事になります」
「そ、そうだな……すまなかった。お前は……変態だけど、上倉と違って冷静なヤツだ……」
「お褒めに預かり、光栄です」
イル君はサッと頭を下げる。そして、上倉を労わる様に撫でた。
(この、“イル君”とかいう男……変態のフリをして、かなりの優秀なヤツ、なのか……!)
月夜が感心していると、前方から幼い声がした。
「なんだ?ゴミ同士がくっついて滑稽な事だな?何をしている?」
やってきた千早は、ボンネット風猫耳帽子に、段になったレースの付いた首輪、
貴族風の、露出度高めでフリルやレース多めの、全体に黒でまとめたロイヤルな猫の仮装だった。
そんな千早は、月夜の視線を受けてビクッと身をすくませ、慌てて言う。
「に、睨むな!別にお前の事を言ったんじゃない!そこの、ゴミ虫男二人の事だ!」
「……申し訳ありません。ですが、別に睨んだつもりは無いのですが……」
「うっ……!!」
月夜に言われて、千早は頬を赤らめながら決まり悪そうに視線を逸らす。
そんな千早の前に素早く跪き、頭を下げたのはイル君だ。
「千早様……ハッピーハロウィン申し上げます。今日の貴方は屋敷で最も美しい……
神々しささえ感じます……その御姿を私の様な豚に拝見させて下さってありがとうございます」
「フン、バカを言え!今日この屋敷で一番美しいのは兄様だ!そんな事も分からないのかクズめ!」
「!!……失礼いたしました。ごもっともです。思慮が足りず、申し訳ありません」
イル君とのやり取りで、すっかりご主人様らしさを取り戻した千早。
手駒を見下しながらご満悦だった。
「しかし、豚が豚の仮装とは……何のひねりもないな、イル?お前にはお似合いだけれど……」
「はい。私は千早様に飼われる豚ですから」
「……お前の躾は後だな。オレは今日忙しいんだ。兄様とお菓子を食べる約束がある」
「楽しんでいらして下さいませ」
何を言われてもひたすら低頭なイル君に、機嫌を良くした千早。
今度は月夜に話しかける。
「月夜、お前はお母様と一緒にいなくていいのか?
あのロリコンが喜びそうなコスプレをしたお母様が、お父様に襲われてしまうかもしれないぞ?」
その言葉を聞いた月夜は、目を丸くして言った。
「……千早様……どうして絵恋様の仮装を?絵恋様は、着替えてすぐに旦那様の部屋へ
向かわれたので……月夜もずっと一緒にいましたが、お会いしてませんよね?」
「あ……!執事共に、聞いたんだ!」
「絵恋様は旦那様の部屋に着くまで、ずっとローブをお召しになっていて……
絵恋様の仮装を見た執事はいないと思いますが……」
「いや、それは……!」
目に見えて言葉に詰まる千早。月夜は一気に事情を理解し、千早に詰め寄る。
「千早様、絵恋様のドレスを……場所を、知っていますね!?」
「うわぁぁぁぁっ!寄るな!おっ、オレに何かしたら、お母様が黙って無いぞ!?」
「私も黙っていません!」
怯える千早と月夜の間に割って入ったイル君。千早はイル君の後ろに隠れて、嬉しそうな声を出す。
「イル!いいぞ!お前は優秀な豚だ!」
「月夜は何もいたしません!ただ……!」
月夜は一呼吸して、くるりと千早達に背を向けて……
「旦那様と絵恋様に報告してまいります!!」
「うわぁぁぁぁぁっ!!待て!早まるなぁぁぁっ!!」
またしても無音で走りだす月夜。千早の細い腕が虚しく伸びていた。
今まで黙っていた上倉がポツリと呟く。
「千歳様にも……お知らせした方がいいでしょうかね?」



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【作品番号】BHW

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