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いつも以上に小さな双子



町で噂の大富豪、廟堂院家には二人の息子がいた。
名前は千歳と千早。まだ幼い双子の兄弟だ。

双子の寝室にやってきたのは、執事長の上倉と新人執事の鷹森。
「失礼します千歳様、千早様。そろそろお目覚めの……」
「うわぁぁああああっ!!」
「鷹森君」
「すっすっす、すみません!!」
悲鳴を注意されて真っ赤な顔で俯く鷹森、とは言え、注意した上倉の方も呆然としていた。
滅多にいない若奥様が、裸の乳房を千早の口に押し付けて抱きかかえていたのだ。まるで乳飲み子の様に。
千早の方は必死で抵抗しているけれど……
「んむぅぅっ!やぁぁっ!ちはや、もう赤ちゃんじゃないの〜〜!!おっぱいなんか飲まないのぉぉっ!!」
「おかあしゃまぁ……ちとせも〜〜!!」
……何だかいつもと様子が違う。千歳までもいつもと様子が違う。
しかも、二人共まだ寝る時の格好のままだ。千歳は白のネグリジェで、千早は黒のガウン。
唯一いつも通りの絵恋は、二人の執事に気づくとパッと顔を明るくして言う。
「あ!ちょうど良かったわゴミ虫!!
ねぇ、そろそろ千賀流さんと電話する時間だから、坊や達の事みててよ!」
「……、かしこまりました、奥様」
「じゃあよろしくね」
絵恋が立ち上がると同時に、胸が丸見えになったのだけれど上倉は笑顔を崩さなかった。
そして、鷹森を引き寄せて目をしっかりと塞いでいた。
絵恋が部屋を出て扉が閉まると、執事達に双子が寄ってくる。
「ねーねー!かみくやあしょぼ――!」
「ちはやもあしょぶ――!たかもい――!あしょんで――!」
キャッキャと抱きついてくる双子達。
執事達は顔を見合わせて困惑しつつも、いつもと違う小さな主達の面倒を見始めた。
「な、何して遊びましょうか?」
鷹森がおずおずと聞くと、千歳が極上の笑顔で答える。
「ねこしゃんごっこ!」
そう言って、千歳は部屋の隅にある箱の方へ走っていく。千早も嬉しそうに追いかけていった。
戻ってきた二人が持ってきたのは白と黒の『猫耳カチューシャ』。
上倉に「つけて!つけて!」とせがんで、付けてもらうとにゃぁにゃぁ鳴いていた。
千歳が白猫、千早が黒猫になりきって執事達に抱きついて甘えているだけの遊びらしい。
自然と、千歳が上倉にくっついていくので千早は鷹森に抱きついて甘えていた。
絨毯に座って双子猫を撫でつつ、執事達はこの謎の状況を話しあう。
「上倉さん……千歳様も千早様も一体どうしたんでしょうか?まるでその……
突然、今より幼くなってしまわれたような……」
「そうですね……幼児退行、というヤツでしょうか?けれど……」
「けれど?」
「めちゃくちゃお可愛らしいじゃありませんかッ!!」
「は、はぁ……」
「せっかくだから楽しみましょうよ♪細かい事なんて抜きで!」
困惑気味の鷹森と違い、上倉はすごく楽しそうに遊んでいた。
ポケットから小さなビスケットの袋を取り出して開封し、千歳に食べさせている。
「ほらぁっ食べてるぅ!可愛いっ!!はい!鷹森君も餌付け!餌付け!」
「そ、それでいいんでしょうか……?」
流されて、首をかしげながらもビスケットを受け取る鷹森。
ちょんっと千早の口元に差し出してみると、千早は嬉しそうにそれを頬張っていた。
もぐもぐと口を動かしながら、無邪気な笑顔で鷹森を見上げてくる。
それを見た鷹森は……
「かっ……可愛いですねっ!!」
ハマったらしい。上倉も上機嫌だ。
「でしょ!?あ!そうだ〜〜何か飲ませてあげないと!」
「僕、何か持ってきますっ!!」
こうして執事達が夢中で双子と遊んでいると、自然に時は流れて……
だいぶ経ち、傍に持ってきたおもちゃ箱のネズミのおもちゃに双子が夢中になっているのを撫でながら、鷹森が呟いた。
「……帰ってきませんね。奥様……」
「そうですね……帰ってくるのを忘れてしまったのか……
気分屋な方なので、坊ちゃま方は放ったらかしてメイドと遊んでいるのかも……」
「そんな!母親なのにそんなの無責任ですよ!」
鷹森の声に、双子がビクッと顔を上げる。
「おかぁしゃま……?」
「おかぁしゃまかえって来ないの……?」
不安げな顔になる二人。上倉がそっと抱きしめた。
「そんな事ないですよ。もうすぐ戻っていらっしゃいますから、いい子で待ってましょうね?」
「かみくや……」
抱きしめられた二人のうち、千歳の声が言う。
「かみくや、おしっこ」
「「!!!!」」
執事達、硬直。していると、千歳がぐずりだしてしまう。
「おしっこ!おしっこぉぉっ!もれちゃうぅっ!」
「ち、千歳様……!!」
上倉は、千歳を抱きかかえて立ち上がった。
そして凛々しい顔で鷹森を見下ろして言う。
「鷹森君……きっと私は……この日の為に執事になったんだと思いますッ!!」
「大げさですよッ!!」
鷹森のツッコミを背に、上倉はトイレへと走っていく。
すると、千早の方も騒ぎ出した。
「ちはやもいくぅ〜〜!!」
「え?千早様もおトイレいきたいんですか?」
「ちがうの――!おしっこないけど、にーしゃまのとこいくの――!」
喚く千早を膝の上に抱きかかえて、鷹森が言う。
「出ないのに行っても仕方ないですよ……ここで待ってましょう?
すぐ戻っていらっしゃいますから……」
「や――!いく――!にーしゃま――!!」
「ほ、ほら!クマさんがいますよ?」
オロオロしつつ、鷹森がクマのぬいぐるみを箱から出して千早に差し出す。
千早は鷹森からクマのぬいぐるみを受け取って……


一方、こちらはトイレに到着した上倉。
しゃがんで、千歳のネグリジェの裾をたくしあげて落ちてこないように後ろで固定した。
その後下着を脱がせて、落ち着かない様子でそわそわしている千歳に微笑みかける。
「よし。これで濡らさずにおトイレできますね、千歳様。
じゃあ、上倉が後ろで応援してますから!頑張って!」
「……ちとせ、立ってできないよ?」
「それなら、座りましょうか?」
「かみくや……だっこしてくえないの……?」
「…………」
千歳の思いがけない言葉に、上倉は思考回路が一瞬固まった。
次には思わず本音が口を突いた。
「え?いいんですか?」
「……だっこしてくれたら……ちとせうれしいな……」
もじもじしながら言う千歳に、上倉は思わず手を伸ばしていた。
後ろから太ももの辺りを抱きかかえて足を開かせる。
一瞬にしてここが異常な空間になってしまった。
「さ、これで……」
「うん!」
上倉の震える声は千歳の重みのせいではない。
この格好を嫌がりもせず嬉しそうにしている主の愛らしさゆえ。
「んっ、んんっ……あぇ?できない……」
「あはは。落ち着いてください。焦らなくても大丈夫ですよ……」
そう言って、そしてもう一声……どこまでも天国の花畑を駆け抜けていくような、そんな心持と笑顔で彼は言う。
「最後まで……見ててあげますから……」

と、そこから少し時間を戻して……
鷹森からクマのぬいぐるみを受け取った千歳は、それを思いっきり踏んづけていた。
「うわぁぁああ!!千早様!?」
慌てる鷹森の声にも千早は止まらない。キャッキャと喜びながら
クマのぬいぐるみを、踏む殴る蹴るの大暴行だ。
しかも、無邪気なのが余計に怖い。その姿はまるでいつもの暴君っぷりそのもの。
(た、大変だ!!すでに千早様の片鱗をみせはじめている!!)
鷹森は真っ青になった。しかし、ここである考えが……
(待てよ……ここで、躾直せば……千早様が、まともになってくれたりするのかな?)
この現象が、幼児退行だとしたら。この時点できちんと躾けておけば未来が変わる……?
そんな事を思った鷹森。そうなれば……
『千早様。おやつの時間です』
『あぁ、もうそんな時間か。いつもありがとう。鷹森……』
鷹森は思い描く。自分や先輩達を見下さず暴言を吐かず、いつも穏やかに微笑む今の千早の姿……
(ああ、何て素敵な千早様……!よ、よぅし……!)
鷹森は意を決して、クマを暴行している千早をぐっと抱き上げる。そして、ドキドキしつつ叱ってみる。
「い、いけませんよ千早様。そんな事したら、クマさんが可哀想でしょう?
痛い痛いって、泣いてますよ?」
「いいもん。ちはやのクマしゃんだもん。ちはやが好きにしていいんだもん」
(こ、これが将来、クマのぬいぐるみ→執事に……!!)
内心恐怖に震えつつ、鷹森は勇気を振り絞る。
「ダメです!千早様のクマさんだから、大切にしてあげないと!
叩いたり蹴ったり、踏んだりしたら痛いでしょう?千早様だって、同じ事されたら痛いでしょう?」
「わかんない!たかもいうるしゃい!」
「それなら、教えてあげましょうね?」
心臓をバクバク言わせながら、鷹森は床に座って千早の体を横たえる。
そしてガウンを捲くって下着を下ろすと、思い切ってお尻を叩く。
ぱちん!
「ひゃっ!?」
千早は叩く音と一緒に悲鳴を上げて、足をばたつかせる。
「や、やぁっ!いたい!」
「ね?叩かれたら痛いんですよ?だから、クマさんに乱暴しちゃダメです。
ごめんさいは?」
「やぁぁ!いたいのぉっ!はなしてぇ!」
「……ごめんなさいは?」
ぱちん!ぱちん!ぱちん!
この千早は何だか本気で叩けないので、多少手加減して叩き続けるけれど……千早は首を振るばかりだ。
「やだっ!ちはやのほうがクマしゃんよりえやいもん!クマしゃんになんかごめんなしゃいしない!」
(……この時からすでに、プライドが高かったなんて!!
これが将来、輪をかけた上にクマのぬいぐるみ→執事に!!)
鷹森は恐ろしくなりつつ、けれども今の千早なら怒鳴ってくる事もないので
優しくお説教を続けた。
「例え千早様が偉くても、悪い事したら“ごめんなさい”って謝らないと。
それができないなら、ずっと痛いままですよ?」
「やだぁぁっ!たかもいきやい――!」
(嫌われた!!あ……元からきっと、嫌われてるよね……)
少し悲しくなりながら、鷹森は叩き続ける。
「嫌いで結構です!聞き分けのない子は許しません!」
ぱちん!ぱちん!ぱちん!
「ひぃっ!ふぇぇぇっ!いたいよぉぉっ!!」
「クマさんも痛かったんですよ?」
「うわぁぁぁぁぁあん!!ふぇぇぇぇっ!!」
早くも泣きだしてしまった千早。
何だか可哀想なので、お仕置きを続けるか一瞬迷った鷹森だったけれど……
(ここで諦めちゃダメだ!千早様と……僕らの明るい未来の為に!)
結局は、お尻を叩き続けることにした。
ぱちん!ぱちん!ぱちん!
「ふぇぇぇぇっ!やらぁぁぁっ!いたいよぉ!いたい――!」
「“ごめんなさい”できますか?」
「やぁぁぁぁああだぁぁぁぁああっ!!」
(ご、強情だなぁ……どうしよう……)
ぱちん!ぱちん!ぱちん!
千早が泣き喚けば泣き喚くほど、可哀想になって鷹森の平手打ちは弱まっていく。
けれどそれでも、千早には痛いようでずっと叫んでいた。
「うぇぇぇぇっ!やめて!やめてぇぇっ!」
「僕は“ごめんなさい”しないと許さないって言いました!」
「だってやだもん!やだもぉぉぉぉん!」
「嫌でも“ごめんなさい”できなきゃいけません!いい子になれませんよ!?」
「ふぇぇぇっ!だってぇっ!だってぇぇっ!」
ぱちん!ぱちん!ぱちん!
そんなに強くは叩いてないとはいえ、千早のお尻はだんだん赤くなっていた。
鷹森はますます悩む。可哀想という気持ちと、最後までやり遂げなければ!という気持ちの狭間で。
(……これは、きっと勝負なんだ!僕の気持ちと千早様の気持ち、どちらが先に折れるかの……!
僕はできるだけ……勝ちたい!だってそうすれば、素敵な千早様に会えるかもしれないんだから!
ごめんなさい千早様!できるだけ早く、素直になって!!)
ぱちん!ぱちん!ぱちん!
「あぁあああんっ!たかもいぃぃっ!もうやらぁ!たかもいきやいじゃないかやぁぁっ!」
(あ、折れる折れる……)
さっそく気持ちで負けそうな鷹森。しかし、その時ついに……!!
「ふぇぇっ、ご、ごめんなしゃいたかもい……!ごめんなしゃい……!」
「あ……」
「ひっく、もう、しないもん……クマしゃん、いたい事、しない……!!」
「千早様……!!」
たどたどしく謝った千早。鷹森が感動のあまり呆然としていると、千早が弱弱しく言う。
「ちはや、ごめんなしゃいしたよ……」
「そ、そうですね!よ、よくおっしゃってくださいました!!」
慌てて千早を膝から下ろして、服を整えて抱きしめる鷹森。
最初は泣いていた千早だったけれど、そのうち泣きやんで鷹森を見上げて言う。
「ちはや、いい子?」
「ええ。とっても、いい子ですよ千早様!」
「えへへっ……たかもい……だいしゅき……」
「!!」
千早の言葉に、鷹森は感動のあまり声も出ない。
嬉し涙を堪えつつ、もう一度千早を強く抱きしめる。
千早はキャッキャと喜んでいたのだけれど……
「……!!」
急にガバッと顔を上げて鷹森の顔を見る千早。
そのまま瞬きもせずにポカンと鷹森を見つめている。思わず鷹森の方がキョトンとした声を出した。
「え……?」
「……!!?」
言葉は無かった。ただ、さらに目を見開いて……
「触るな!!」
「うわっ!?」
思いっきり鷹森を突き飛ばす。
後ろに倒れそうになって、何とか手を突いた鷹森からズルズルと後ずさりして
千早は両手で自身の体を抱きしめてさすりながら、真っ赤な顔で鷹森を睨みつける。心なしか涙目だ。
「このっ、下衆めッ……オレに、何をするつもりで……!!変態!お前だけはただのヘタレだと信じてたのに!」
「えぇっ!?ごごごご誤解です千早様!!」
「うるさい!!こんな事をしてタダで済むと……うっ!!」
威勢よく叫んでいたかと思うと、お尻を押さえて顔をゆがませる千早。
「ち、千早様!?(も、もしかして僕が叩いたせいで……!!)」
「黙れ喋るなッ!!(くそっ……昨日の兄様の……起きた時には痛みは引いていたのに……)」
千早は真実に気付かないまま、また鷹森を睨みつけた。
「覚悟は……できているんだろうな鷹森……?」
「ひぃぃぃっ!!」
『絶対王制、崩壊せず』。
鷹森の脳裏にそんな言葉が浮かんだ瞬間、それは聞こえてきた。
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
「兄様!?」
千歳の大きな悲鳴を聞いて、千早はすぐさま声の方へ駆けだしていた。
思わず鷹森も後を追う。
たどり着いた先では千歳が顔を真っ赤にして、床に転がっている上倉を何度も踏みつけていた。
「僕にあんな事させて、何のつもりなのっ、このド変態っ!!」
「ぅ、あぁっ!お、許しください千歳様!!あ、顔はやめっ……ボディーにっ、ぃあぁぁぁぁっ!!♥♥」
「死んで詫びてよ!ねぇ早くッ!!」
ガンッガンガンガン!!
いつもの優雅の欠片もなく、思いっきり上倉を踏みまくる千歳。
華奢で白い足が何度も上下運動をするのだが問題は……
「にっ、兄様っ!!前が!!」
千早が顔を真っ赤にして慌てる。
この時、千歳のネグリジェの裾はたくしあげられて落ちてこないように後ろで固定してあり、
千歳は下着をはいていなかったので、つまり前から見れば千歳の×××は丸見えだった。
それを指摘されて、千歳はハッとしてネグリジェの裾を引っ張って下腹部を隠して……
「うっ、うぅっ……う〜〜〜〜っ!!」
深紅の頬……と、いうより顔全体を真っ赤にして、大粒の涙を浮かべて唸る。
しかしその声はついに言葉になる事は無く……
「うわぁぁぁぁぁあん!!」
「兄様!!」
泣きながら、千歳は走り去っていった。その後を千早が慌てて追う。
残された鷹森が上倉の傍にそっとしゃがみこむ。
「だ、大丈夫ですか?上倉さん鼻血、出てますけど……」
「鷹森君……違うんです……とても、素敵な物が見られました……
我が執事人生に一片の悔いなしッ!!」
「大げさですよ……」

こうして、廟堂院家の騒がしい一日は終わった。

*******************

【おまけ】

町で噂の大富豪、廟堂院家。
この廟堂院家の幼い双子――千歳と千早は、寝室でたった今目覚めたばかりだ。
眠そうな笑顔でお互い微笑み合った。
「おはよう千早ちゃん。よく眠れた?」
「おはようございます兄様。とても良く眠れました。昨日兄様にたくさん愛していただいたから……」
「千早ちゃんったら……」
そのまま二人で軽く“おはようのキス”をすると、ちょうどベッドの中というわけで
……何となくいい雰囲気になってしまった。
上の布団はかぶったまま、千歳が千早に覆いかぶさる。
スルリと千早のガウンの前をはだけてそっと胸元に唇をつけると
千早はくすぐったそうに身じろぎをしたが、さして抵抗もしない。
「ぁっ……兄様……」
「ねぇ、もうちょっと二人でお寝坊しようか?」
「はい……」
熱に浮かされたような弟に、千歳がもう一度キスしようと顔を近づけると……
「千歳ちゃん千早ちゃん!!聞いて、とってもいい話があるの!!」
部屋の扉がバーンと開き、天気のいい朝にぴったりの笑顔の乙女が部屋に入ってくる。
千歳と千早の母親、絵恋だった。
いきなりの母親の登場……もちろん双子はキスし損ねた。
千早は明らかに不快そうな顔を絵恋からそむけ、千歳は笑顔なものの少しイラついた声を出す。
「あらお母様……朝からどうしたの?そんないい話なら僕らよりお父様に……」
「千賀流さんならもう仕事に行っちゃったわよ!
それよりね、千歳ちゃんと千早ちゃんに母親らしい事してあげようかと思って♪」
「――それがいい話?嬉しいなぁ。どんな事をしてくれるの?」
あくまで紳士的な笑顔の千歳に、苛立ちと困惑が混じった表情で絵恋を見つめる千早。
二人の息子の内心など知る由も無い絵恋はご機嫌で話を進める。
「うふふっ。坊や達にね、朝御飯を作ってあげたの 月夜、持ってきて!」
絵恋がドアの方へそう呼びかけると、スラリとした褐色肌のメイドが銀のトレイで何かを運んでくる。
ベッド横のテーブルに置かれたのは温かい二つの野菜スープ。
「さぁ、召し上がれ坊や達♪」
にこにこ嬉しそうな絵恋を見て、千早がうっとおしそうに言う。
「兄様、こんな物食べる必要ありません。何が入ってるか分かったもんじゃない」
「……食べてくれないの?」
「どうせまた変な薬でも入ってるんだろう?何度も同じ手は食わな……」
「うっ……!!」
千早の目の前でじわっと目に涙を浮かべる絵恋。
驚く千早の目の前でボロボロと泣きだしてしまった。
「ふぇっ、うっ、一生懸命っ、作ったのにっ……!!」
「え!?な、何も泣く事は……」
「坊や達の為にっ、うぇぇっ、作った、のにぃっ!!」
「いや、えっと……お母様?そんな、泣かないでよ……」
絵恋が大号泣しだすとオロオロと慰め出す千早。
そんな千早の肩に、月夜がポンと手を置く。……厳ついオーラを放ちながら。
「千早様……」
「うるさい!睨むな!今泣きやませようとしてるだろうがッ!!」
大慌ての千早の横から千歳が絵恋に向かって少し大きめの声で言う。
「お母様――?美味しそうな朝ごはんありがとう。さっそくいただくね――?
ほら、千早ちゃんも……」
「うっ、あっ、はいっ!!」
ベッドを下りる千歳に手を引かれ、千早も慌てて後に続く。
「……!!……たくさん召し上がれ♥」
二人の息子が、美味しそうに手作りの朝ごはんを食べてくれるのを見て
さっきまで泣いていた絵恋も無邪気な笑顔になった。

と、ここまでが本日の騒動の原因である。




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【作品番号】BSF2

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