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クリスマスにコンビ組みました編



ここは神々の住まう天の国。
ちなみに今日はクリスマス。
この国の幼い皇子、立佳は自室の椅子に座って何だか機嫌が悪い様子だ。
壁には水晶玉の光が仲睦まじく過ごす人間の恋人達を映し出す。
「あのさぁ、クリスマスってのはどっかの神の誕生日なわけでしょう!?
その神をお祝いをする日のはずなのに……カップルでイチャつく日と勘違いしてるんじゃないの!?堕落した人間どもは!!」
「落ち着いてください立佳様……嫌なら見なきゃいいじゃないですか」
従者の球里が宥めても立佳の怒りは収まらないらしく、余計に喚く。
「気になるんだよ!そして見なくても感じてしまう!愚劣な人間どものイチャラブオーラ!!」
真昼間っから嫉妬全開の立佳の両手を球里がしっかりと包み込んだ。
「だから、落ち着いてください。いいですか立佳様?
全ての人間の幸せを願ってこそ、立派な神というものです。
自分以外の幸せを妬むのではなく祝福してこそ、自分が幸せになれるのではないでしょうか?
今年の立佳様に恋人はいらっしゃいませんが……球里がお傍にいるじゃありませんか!」
「球里……!!」
従者の励ましに感動し、涙目になる立佳。溢れる涙を堪えて穏やかに頷く。
「ありがとう。そうだね。妬みや憎しみは心を曇らせるだけだ……!
やっぱり隣の恋人の幸せは祝わなくちゃね!オレにだっていつか可愛い彼女がたくさんできるはずだし!」
「たくさん……?まぁ、その……そうです!その通りですよ立佳様!」
一瞬迷ったものの、せっかく立佳の機嫌が直ったので引っ掛かった部分は流す事に決めた球里。
しかし、その瞬間画面に映った一つの映像……
『ゆ、優君ダメっ、まだ、シャワー浴びてなっ……!んんっ……!』
注目した画面。沈黙した空気。停止した時間。
「さて……カップル潰しに行こう♪」
「立佳様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
立佳は一瞬にして旅立った。
その行先はもちろん、人間(カップル)たちの世界だった。

*******

と、いうわけで地上に降り立った立佳はとりあえずパチンと指を鳴らして服を人間風にカスタマイズ。
そして先ほどの嫉妬オーラ全開で道を歩いていた。
すれ違う人間達はカップル率が高く、愚痴がついつい口を突く。
「どいつもこいつもイチャイチャと……堕落した人間共め……徹底的に浄化してやる……覚悟しろ特に彼氏の方ッ!!」
「チンタラ歩きやがって邪魔なんだよクソカップル共め!!特に男の方!!」
「ん?」
「お?」
思わぬシンクロ愚痴に立佳とその男はパッと顔を見合わせる。
男はグレーのマフラーに紺色のコートを着た若者で、両手には紙袋を持っていた。
突然現れた同志に、立佳はキラキラと瞳を輝かせて話しかける。
「お兄さんもカップル憎いと思う!?オレさ、ちょっとした神なんだけど、一緒にカップル潰さない!?」
「え!?あ、ごめん……俺仕事中でさ……何お前、迷子?」
「迷子じゃないよ失礼だなぁ!!オレも仕事中!!」
「そうか……ええと、頑張れ!迷子じゃないなら一人で帰れるな?俺は行くからな?」
「えぇ!?ちょっと待ってよお兄さん!!もう何なのさ!せっかくいいコンビ組めると思ったのに――!」
早々に立ち去ろうとする男に唇をとがらせる立佳だが、次の瞬間目がハートになった。
「おお!可愛いお姉さん2人組み発見!!ヘイ!そこのお姉さん達!!オレとクリスマスデート……」
「!!……おい、ちょっと待てチビ!」
「わっ!?もうお兄さん!組んでくれないなら邪魔しな……」
「あいつら、潰すぞ」
立佳を引きとめた男の、本気の一言。
驚いた立佳が男の顔を見ると……怒りと嫉妬に塗りたくられて醜く笑っていた。
少々気おされながら立佳は言う。
「ど、どうしたの急に?女の子のカップルは許してあげようよ可愛いから……」
「バーカ。片方は完全に男だよ!お前が憎む男女カップルみたいなもんだ!
ったくあの野郎……何が“クリスマスは実家に帰るんです〜”だよふざけやがって……!!」
「お、お知り合い……?」
「まぁな。あの女々しい男が、俺のカッコ良さと優秀さを常に妬んでる出来の悪い後輩の鷹森。
で、超ウルトラ可愛い方が、その鷹森に常にストーカーされてる可哀想な後輩の小二郎。
そして俺が、鷹森の魔の手から常に小二郎を救うスーパーヒーローの門屋準。
コンビ組むんだから、よろしく頼むぜチビのカミサマ?」
「……!うん!……お仕事いいの?」
「仕事なんかしてる場合じゃねぇよ!いいから、あいつらさっさとどうにかしようぜ!」

男の……門屋の、やる気に押される形でコンビを組んだ立佳と門屋。
その後、コンビ名やらどっちがリーダーになるかやら無駄な事で揉めながら
二人の“クリスマスカップル崩壊大作戦”が今幕を開ける。


その舞台となるのは、有名デートスポットであるこの巨大ショッピングビルだ。
飲食買い物、両方OK!他に映画館や夜景の見える展望台なんかも人気な恋人たちの楽園!
敵の巣窟に足を踏み入れた立佳と門屋。門屋は“標的”をしっかりと目で追いながら拳を震わせている。
「楽しみやがって……鷹森絢音!!今日が貴様の命日だ!行くぞジェラス2号!」
「イエス!隊長ジェラス!」
ジェラス2号=立佳がビシッと敬礼すると、隊長ジェラス=門屋は深く頷く。
「よし!今こそ我々『CADジェラス小隊』の実力を発揮する時!
屋敷で待つCADの仲間たちの為にこのデート……全力でぶち壊す!!
鷹森抹殺用の武器は持ってきただろうな!?」
「はい! “世の中のカップル全員爆発しろ”宣言に基づき、この遠隔操作爆弾を……!」
「バカ!それじゃ小二郎を巻き込むだろうが!もっと安全なのは無いのか!?」
「あまりにも鷹森が妬ましいので基本的に殺傷力の高い神器ばかり召喚しましたが……
一番安全なのは『長距離空気砲・六条御息箱(ろくじょうのみやすばこ)』です」
「それだ!それしか使えない!小二郎に何かあったら俺も嫌だからな!
それに兄さんに冗談抜きで殺される可能性が……」
その時、門屋の言葉に被さるように立佳が叫んだ。
「隊長ジェラス!!あの二人手を繋いでいます!」
「何だとふざけんな!!撃て!!」
門屋の号令で立佳が『六条御息箱』から圧縮された空気を発射する。
無音と共に発射された見えない大砲は鷹森に当たり……
「うわっ!?」
「えっ、鷹森!?」
鷹森は小二郎に抱きつくようにバランスを崩し、反射的にぐっと抱きしめてしまった。
突然の事に二人ともパニック状態に陥って離れる事ができず、鷹森が慌てて口を開く。
「ごごごごめんっ!ごめんね!後ろから、なんか……!!」
「あのっ、いいから!別にいいから!ちょ、ちょっと嬉しいんだから謝んな!!」
「えっ!?えっ!?ごめん!あのっ、ありがとう!っていうか、ごめん!」
「あぁもう!落ち着けよ!オレも落ち着け!そっ、そこの店で飲み物でも買おうぜ!」
てんやわんやで離れて、すぐ傍にあったフルーツジュース屋に走って行く二人。
遠くから見ていた『CADジェラス小隊』は……
「……あの二人密着させてどぉすんだよぉぉぉっ!!」
「すっ、すいません!あぁっ!あの二人、飲み物を購入します!」
「何だと!?まさかストロー二本挿しのカップル飲みを!?させるかぁぁっ!
そ、そうだ!次は鷹森が飲み物を持ってる時に狙うんだ!!
鷹森が飲み物を零す→小二郎にかかる→仲違い!これだ!ジェラス2号!」
「了解!!」
立佳が空気砲を撃つ。
圧縮された空気の弾はまたしても鷹森に大当たり……

「うわぁああっ!!」
バランスを崩した鷹森はコップの中身を思いっきり小二郎にぶちまけてしまった。
小二郎の服は正面からジュースまみれになって、鷹森は真っ青だ。
「ごっ、ごめん小二郎君!!服が……!」
「あ、うん!いいっ!大丈夫!」
「で、でも……濡れたままじゃ風邪ひいちゃうかもしれないし……困ったな……」
オロオロと周りを見る鷹森。偶然にも目鼻の先に服屋を見つける。
「小二郎君!近くで服が売ってるよ!僕が払うから、新しく服を買って着ればいいよ!」
「え!?でもそんな……」
困り顔で遠慮する小二郎に鷹森も食い下がる。
「僕が濡らしちゃったから……ね?濡れたままじゃ気持ち悪いでしょ?」
「う、うん……」
こうして二人でその店に移動して入った。
入った瞬間、小二郎は屈強な男店員(オネエ言葉)に試着室へ拉致されてしまって
次にカーテンが開いた時には……
「た……たかもり……」
「…………」
そこにいたのはさっきまでの小二郎ではなかった。
白く滑らかなドレス……ウエストで結んである透き通ったリボンはキラキラと輝いて、華やかなコサージュが彩る。
そこから広がる純白レースのふんわりしたスカートの裾を、柔らかい花飾りがぐるりと取り囲んで……
完全に下ろした髪にこれまた白い花飾りのカチューシャ。
可愛らしいドレススタイルの小二郎に、鷹森は声を失ってしまった。
反対に、涙目で顔を真っ赤にした小二郎はマシンガンのように喋り出す。
「ごめんこんなもん見せて!!酷過ぎてかける言葉も無いだろ!? 何で女のドレスしか無いんだよここ!!
ああっ、オレがドレスとかあり得ねぇよ!分かってるんだ!こんなの全然、似合ってないし!
やっぱ……っ、元の服着てるよ!これすぐ脱ぐから!」
「ま、待って!小二郎君!」
スカートの花びらを翻してカーテンを閉めようとした小二郎の手を、鷹森が握る。
彼も顔を真っ赤にして、たどたどしくこう告げた。
「似合ってる……すごく、可愛い……お姫様みたいで……僕、あの……買ってあげたいよ、そのドレス……」
「鷹森……」
((あぁ、何かデジャヴだ……))
そんな事を考えながら、互いの手に感じるぬくもりに胸を高鳴らせながら見つめあう二人……
二人を尾行して店内に潜伏していた『CADジェラス小隊』は……
(……小二郎を可愛くしてどうするんだよぉぉぉっ!!)
(申し訳ない隊長ジェラス!けど、ジェラス2号は眼福であります!!)
(落ち着けジェラス2号!!一番得するのは鷹森だという事を忘れるな!!
もうこうなったら六条御息箱を撃って撃って撃ちまくれ!!何としてもこのデート、我らが嫉妬の怨念で叩き潰すのだ!!)
(了解!!)
小声で作戦会議を終えた『CADジェラス小隊』。それからというもの……


〜雑貨店で〜

雑貨を見てまわる鷹森に六条御息箱の弾が襲いかかる!!

「ぎゃぁぁっ!!」
「えぇ!?いきなりどうした鷹森!?……あれ?鷹森が持ってるそのストラップ……2個入っててお得だ!」
「ストラップ?……あ、思わず掴んじゃった。これはね、誰かと一つずつ持ってお揃いにするんだよ小二郎君」
「ふぅん……お揃いかぁ……買おうかな……」
「そんな!!だ、誰かお揃いにしたい人がいるのっ!?誰っ!?」
「……お前……」
「……あ、あぁっ!!よよよよよ喜んで!!僕も半額出すよ!!」

〜歩行中〜

歩いている鷹森に六条御息箱の弾が襲いかかる!!

「ぎゃぁぁっ!!」
「またか!?今日はどうした鷹森!?ほ、ほら、こっちのベンチで休もうぜ!」
「ごめん……常に後ろから何かに押されて……」
「歩き疲れてんじゃねーの?……あのっ、えっと……膝貸してやるから、横になれよ……!!」
「そ、そんな!!いいよ!座ってるよ!」
「いっ、いいから!オレも、ちっさい時お母さんにこうしてもらったら回復したんだよ!
鷹森が元気にならないとオレも心配だし、買い物できねーじゃん!」
「ぁ、ぅ、そっか……じゃあ……ありがとう……」

〜スイーツ店で〜

アイスを食べている鷹森に六条御息箱の弾が襲いかかる!!

「ぎやぁぁっ!!」
「鷹森!?また例のアレか!?アイスとスプーン落ちたぞ!?」
「ごめん……せっかくのデ……買い物、なのに僕が変な発作で……」
「バカ、お前のせいじゃないだろ?オレのアイスやるから元気出せ!」
「でもそれ……小二郎君の使ってるスプーンだよね?僕が口付けていいの……?」
「あ……い、いいよ!オレ達友達だろ!?友達なら……普通だもん……。
鷹森なら、嫌じゃないし……鷹森はいや……?」
「ううん!全然!全く!むしろ嬉……さてと――!いただきま――す!」


この一連の流れに、鷹森をずっと狙い続けていた『CADジェラス小隊』の門屋は……
「あの二人にペアグッズ買わせてどうするんだよぉぉぉっ!!
小二郎に膝枕させてどうするんだよぉぉぉっ!!
あの二人に間接キスさせてどうするんだよぉぉぉっ!!」
「隊長ジェラス!!落ち着いて! ……でも、作戦がことごとく裏目に出ている。鷹森の戦闘力を侮ったかな?」
「もういい!俺が行く!俺が出てくぅぅぅぅっ!!」
立佳が冷静に分析している横で今にも飛び出しそうな門屋……の肩を、誰かが掴んだ。
「もしもし、そこのお兄さん……」
「うるせ――――っ!!こっちは忙しいんだよ!!話しかけんなこの一般ピープ……ルが……ぁ……」
振り返って相手の顔を見た瞬間、門屋の顔が一気に青ざめて語尾が弱まる。
彼の目の前で執事服にコートを羽織った、整った顔の青年がにっこりと微笑んでいた。
「メリークリスマス、マイブラザー♪帰りが遅いと思ったら、こんな所で何をしてるんですか?
寄り道してはいけないと言ったでしょう?」
「あ、いや……違うんですよ兄さん……」
「お、お知り合い……?」
門屋の尋常ならざる動揺具合を見た立佳も、恐る恐ると言った様子で尋ねる。
その返事にさえ、門屋は青くなってしどろもどろだ。
「そう……彼こそは、我々が畏怖する全知全能なる地上の神であらせられます上倉大一郎様なのです……」
「あはは!どうしたんですか?私は、君の先輩なだけでしょう?
初めまして小さなご主人様。私、上倉と申します。どうぞお見知りおきを」
笑顔であるものの、ビシバシ伝わってくる怒りの波動に冷汗を垂らしながら全力で言い訳を探す門屋。
丁度横にいる立佳をガバッと自分の前に引っ張ってきて必死の笑顔で言う。
「そう、この子!この子がね――!迷子になっちゃったらしくて、一緒に親を探してたんですよ!ね〜〜僕ちゃん??」
「へっ!?違う!オレ迷子じゃないってば!さっきからお兄さん、神であるオレに対して失礼過ぎるよ!」
「あ゛ぁ!?ふざけんなチビ空気読めよお前!!」
「……子供の前で嘘はいけませんよマイブラザー?」
「いや兄さん、ホント違うんです!妙な親近感怖いです!じゃなくて、あの……!」
言い訳が浮かばなくて顔面蒼白な門屋に、会話を遮る救いの声が聞こえた。
「あぁ!やっと見つけましたよ立佳様!」
その声の主は小麦色の綺麗な短髪をして、落ち着いた紅藤色の着物に紺袴を着た若い男。
上倉がうっとりして「いい男……」と呟いた、その男が立佳の前まで走ってくると
立佳は目を丸くして首をかしげる。
「あれ……お前、球里?上手く化けたね」
「余計な事言わないで下さい!帰りますよ立佳様!お父上様も心配してらっしゃいます!」
少し焦った様子で立佳の手を引く球里。立佳はその手を引き返して抵抗する。
「や、やだよ!!まだ一組もカップル潰してないし!鷹森のデートもブチ壊してないんだから!
隊長ジェラスと一緒に頑張ってたんだよ!?」
「まだそんな下らない事言ってたんですか!?いい加減にしてください!!
恋人がいないなら大人しく家族か友達と過ごせばいいんです!
立佳様には素敵なご家族が居らっしゃるでしょう!?ほら、早く!!」
「ヤダァァァァ!!だってまだ女性下着売り場も見てないのに―――――っ!!」
「そんなもの見なくてよろしい!早く帰らないと、お父上様に余計叱られますよ!?」
「“余計”って何!?叱られる事大前提!?うわぁぁああん!!」
手の綱引きで立佳が動かないと分かると、球里は立佳を強引に抱きかかえて連れて行こうとする。
立佳も抵抗するのだが、さすがに逃れられないらしくて最後は門屋に向かって涙ながらに叫んでいた。
「ああ、隊長ジェラス!オレの犠牲を無駄にしないで鷹森のデートブチ壊してね!?
約束だよ!?『CADジェラス小隊』は永遠に不滅だよ――――ッ!!」
「お前このチビちょっと!兄さんの前で何ネタバレして……!!」
上倉の怒りの波動が千本ナイフのように体に突き刺さる状況に焦る門屋。
しかし……
「隊長ジェラス――――ッ!!」
泣きながら別れを惜んでいるような立佳の様子に門屋の心に熱い魂がこみ上げてくる。
それはすぐに“体裁を取り繕おうとする心”を追い越して、門屋を一歩前に踏み出させ、
次の瞬間には門屋も全力で叫んでいた。
「――任せとけぇぇぇぇっ!!お前の意思は俺が受け継いだ!
鷹森のデートなんざ木っ端微塵にしてやんよ!!だから、安心して家に帰りやがれ!!
今日は楽しかったぜジェラス2号――――っ!!お前の事は忘れねぇぇェェッ!!」
「オレも楽しかったよありがと――――ッ!!隊長ジェラ――――スッ!!」
熱い“漢同士”の別れの挨拶を交わす門屋と立佳。
最後に球里が遠慮がちに頭を下げた。
「すみません……立佳様のワガママに付き合ってくださって、ありがとうございました……」
立佳を抱っこした球里はどんどん門屋から遠ざかっていく。
一生懸命手を振っていた立佳は途中から球里の肩に顔を伏せてしまい、それを見た門屋も
振っていた手を力なく下ろして鼻をすする。
そんな寂しんぼ門屋の肩にポンと手をかけて上倉が言った。
「門屋君、大丈夫。小さなお友達と別れてなおかつ、恋人のいない寂しい君にも今夜の予定ができました!」
「へっ……?」
「私と二人っきりの“オールナイト☆お仕置きクリスマス”……はぁ〜〜、予約済みの
6人のステディー達を全員蹴らせて私を独占するなんて門屋君、何て罪な男……」
色っぽいため息をついて頬を染める上倉に、門屋は全力で首を振る。
「ちょちょっ、ちょ!!先約があるならそっちを優先してくださいよ!俺も今夜は『CAD鍋パーティー』が……!!」
「何言ってるんですか?鍋パなんて中止ですよ中止」
「そ、そんな無理やり……!!」
「貴方……もしかして、仕事をサボった上に私の可愛い弟のクリスマスデートを邪魔しておいて……
今夜楽しいクリスマスナイトが満喫できるとか本気で思ってるんですか……?」
「ひっ!?わ、分かりました!!中止します!メールで中止のお知らせ流しますっ!」
「そうしてください。さ、私達も早く帰りましょう。モタモタしてると四判さんに叱られてしまうかもしれません」
「はい……(うぅ、すまねぇジェラス2号……ここで逆らったら殺されるんだ……!)」
心が重くなった途端、両手に持っていた荷物もドッと重く感じる。
上倉に急かされながら廟堂院家に帰った門屋。
その後は“お仕置き”の事で気が沈むあまり、仕事をした記憶が曖昧なまま……
時間は残酷なほどいつも通りに流れて、ついにその“オールナイト☆お仕置きクリスマス”の開始時。


会場は執事寮の角の空き部屋。
先に来て上倉を待っている時間、門屋はベッドに座ってせっせと携帯電話の液晶画面を指でいじる。
一縷の望みをメールに託して。
(CADの連中が、どうしても俺と鍋パーティーがやりたいって事になれば
兄さんも見逃してくれるかもしれない!少なくともお仕置きが明日にずれ込んで、時間が短くなるかも!
頼むぜ皆!俺をこの地獄から救ってくれ!!)
仲間の救いを信じ、メールの返事を待っていると画面にメール着信の表示が!
「きた!!」
急いで着信メールを開く門屋。その文字を追うと……
『あー残念っすねぇリーダー(>□<)ノ、じゃあリーダー抜きで鍋パっときますね??
っていうか、用事終わったらでいいんで来てくださいよ〜〜!肉とプレゼント残ってないかもしんないっすけどwww
By CADメンバーズ』
「……」
門屋は無表情でぽちぽちと返信する。
その後、ブルブルと体が震えだし、涙目になって……
「……けんな……ざぁぁぁぁっけんなよあいつら――――――――ッ!!」
怒り心頭でケータイをドア方角へブン投げた。
と、同時にドアが開く。
ドスッ!
携帯電話が思いっきり上倉の胸元にヒットしていた。
少し体を折り曲げていた痛そうにしていたので、結構しっかり入ったらしい。
「あ……」
「……あぁ」
青ざめる門屋と静かに目を閉じる上倉、二人の声が同時に響いた後は
バタンとドアのしまる音。そしてガチャンと内鍵のしまる音。
上倉は早足気味に門屋の方に向かってきて……
「よっぽどキツくお仕置きされたいんですね――門屋君は貪欲だな――」
「うわぁぁぁああっ!違います!ちょっと待ってください!!!」
門屋はベッドの上を後退するも、勢いよく乗り上げてきた上倉に捕まえられて
慣れた手つきでズボンも下着も放り投げられてしまう。
おまけに膝の上に乗せられてもうお尻を叩かれるのも秒読みで、涙声で喚き散らした。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!ワザとじゃないんですたまたまです!」
「夜はまだまだ長い事ですし……まずはご挨拶からハイどうぞ!」
「うわぁぁぁぁん!何で俺の時だけカウントだの、ご挨拶だの、そんなきっちり形式に則ってるんですか!?」
「私もね、あまり堅苦しいやり方って好きじゃないんですけど……面倒ですし。愛が無いでしょ?
でも君に対してはガンガン締めていこうと思います。やったぁ門屋君、執事長からの特別待遇ですよ!喜んでください?」
「全然嬉しくねぇ!!」
「おや、生意気な」
パァンッ!
「いっ!!?」
一発目から思わず声が漏れるほどの痛みなのに、叩いている方は涼しい声で言う。
「しおらしくご挨拶の一つでもして、反省した態度を見せてくれれば、少しは優しくする気にもなりますのに……
どこまでもクソガ……悪い子ですねぇ君は……」
「いっ、今“クソガキ”って言おうとしたでしょ!?」
「してませんよクソガキ」
「もう言っちゃってるじゃないですかぁ!!」
「ごちゃごちゃうるさい子ですね……今、何の時間だと思ってるんですか?」
パンッ!パンッ!パンッ!
一定のペースで叩かれつつ聞いた、少し怒りを含んだ声に門屋は慌てて謝った。
「ぅあっ!!ごめんなさい!反省してます許して下さい!」
「私にはそうは見えませんが?大体、反省してるなら“許して下さい”じゃなくて“厳しく躾けて下さい”でしょう?」
「だって……!!」
「ほら、すぐそうやって言い訳しようとする」
パンッ!パンッ!パンッ!
「んぁぁっ!ごめんなさい!!でも俺、本当に反省してるんです!本当に!」
「ふーん、そうですか」
どうにか許してもらおうとする門屋の言葉はまともに聞き入れてもらえない。
その間にもどんどんお尻は赤くなっていくけれど、構わず叩かれ続ける。
悲鳴に似た呼吸で喘ぐ門屋に上倉が言う。
「今日は数、数えなくてもいいですよ。“一晩中”って時間が決まってますから。
時間までずっと反省文ならぬ“反省演説”をしていただくのもアリですね。お喋りな君にピッタリ!」
「いっ、うっ、本気で……一晩中なんて、無理です!!」
「大丈夫。私、夜は強いんで」
「じゃなくて、俺が無理です!!」
「……はい?無理って事は無いでしょう?
途中で眠ってしまったなら私が“叩き起こして”あげますし。
君がここで朝までじっとしてればノルマ達成なんだから簡単じゃないですか」
パンッ!パンッ!パンッ!
「うっ、あぁっ!!」
急に痛みが増して門屋は跳ねあがった。
あんまり痛いので、ハッキリ“無理だ”なんて言ってしまった事を後悔したけれどもう遅い。
口調こそ怒ってない上倉だが、叩き方で何となく怒っていると分かってしまう。
けれど、門屋もここで諦めるわけにはいかなかった。必死で上倉を説得する。
「だっ、だからっ……ひっ、自分に置き換えて考えて下さいよ!我慢できますか!?」
「ちょっと何言って……やめてくださいよ!興奮するじゃないですか!」
「うわぁぁぁっ!そっちこそやめてください!!
そうじゃなくて、貴方が旦那様にお仕置きされる時で想像してくださいよ!!しかも一晩中!」
「……!」
上倉は一瞬黙りこんで、それから切実な感じで呟く。
「……それは……耐えがたい地獄ですね……」
「で、でしょ!?だから……」
バシィッ!
「ひゃうっ!?」
「“耐えがたい地獄”。まさに今夜の君にふさわしい処遇だと思います」
「や、やだっ……兄さん痛っ……あぁっ!!」
見えかけた希望は一瞬にして打ち砕かれる。
今までよりさらに強く叩かれて、連打され、しかも今まで蓄積された痛みが手伝って全く痛みが引かない。
その上を、どんどん叩かれて門屋は悲鳴を上げる。
「痛い!痛い痛い痛いってぇぇっ!!助けてください!!」
「旦那様を引き合いに出してくるなんて、本当に門屋君は色々ご存じで……。
でも……そろそろ無意味な会話は終わりにして、私にもお説教させてくださいね」
バシッ!バシッ!バシッ!
「あぁぁ!!うぅ――っ!!」
「君が、なかなか帰って来ないからイル君が代わりにお使いに行きました。
寄り道をしないように言ったのに、どうして真っ直ぐ帰って来ないんですか?」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさ……ぁあ痛いっ!!」
「バカな子ですね門屋君……何も見ないで、真っ直ぐ帰ってこれば痛い思いもせずに済んで
おいしいお鍋も食べられたのに」
「うっ、ぇぇっ、ごめんなさい!もう、ぁ、仕事サボりません!うっ、真っ直、ぐ帰ってきますから!」
まともに喋れないほど痛がる門屋のお尻を淡々と叩いている上倉。
後輩の真っ赤なお尻を憐れむどころか、その表情には余裕の笑みすらみえる。
「ダメです許しません。お使い一つまともにできないサボり魔が、ちょっと泣いたぐらいで許されると思わないで下さい。
ただでさえ君は私語も多いのに……もっとしっかり仕事なさい!」
「ご、ごめんなさっ……」
バシッ!バシッ!バシッ!
「うわぁぁぁあん!!」
「もう泣きだすんですか?夜明けまであと何時間あると思ってるんですかね〜〜まぁいいですけど。
とにかく、門屋君が明日から真面目に仕事ができるようにたくさんお尻を叩いてあげましょう」
とっくにお尻は真っ赤で我慢の限界は超えている門屋はこんな言葉一つにも怯えて泣き喚く。
掴めるものを掴んで痛みに耐えようとしても暴れてしまい、必死で叫んでいた。
「やだぁぁぁっ!できます!明日から真面目に仕事します――――っ!!」
「そうですか。いい子。でも、門屋君嘘付きだから……この5倍は叩いとかないと安心できないんですよね」
「ぅ嘘じゃないですっ!本当です!ひっ、ぅぅっ!
明日からぁっ、心を入れ替えて……っ、真面目にしますからぁッ!うぇぇええっ!!」
バシッ!バシッ!バシッ!
「痛いぃっ!痛い痛いっ!兄さん痛いよぉ!兄さぁぁぁん!」
「はいはい何ですか?嘘つき弟」
「嘘つきじゃないぃぃっ!俺無理ぃ!もぉ無理、やだぁぁぁっ!」
「暴れ過ぎですよ。こんな反抗的な態度では“明日から真面目にする”なんて到底信じられません」
「うわぁぁあああん!反抗じゃないですぅぅぅッ!痛いからぁぁぁっ!」
「お使いをすっぽかした時点で、お尻を痛くされる事なんて想定しておいて欲しかったですね」
「ごめんなさいごめんなさい!いい子にしますから!明日からいい子にしますからぁっ!」
バシッ!バシッ!バシッ!
門屋は膝から降りようと頑張ってもがいているのだが、自分ではどうにもならず
泣きながらも動かせる口を必死で動かすしかない。
「もうやだ痛い!もういいっ!もうお尻叩かないでぇっ!やだぁぁぁぁあっ!」
「暴れないでって言ってるでしょう?」
「ごめんなさい!でも痛いぃ――っ!無理もう!おりる――っ!」
「はぁもう……堪え性のない子ですね……じゃあ分かりました、おりて」
「あっ……!!」
上倉が急に手を止めて、門屋を膝から下ろす。
泣きぬれた顔の門屋は驚きながらも嬉しそうに頭を下げた。
「ぁ、ありがとうございますっ!!!」
「どういたしまして。じゃあ取って来て下さい手枷。そこの引き出しに入ってますから」
「え?」
「取って来て下さいって。手枷を」
「……」
さっきまで嬉しそうだった門屋の顔が真っ青になったかと思うと
泣きながら上倉に縋りつく。
「嫌だぁぁ!ごめんなさい!大人しくしますからぁぁっ!」
「君はごろんってしてただけじゃないですか……私は疲れてるんです。さぁ早く」
「嫌です許して下さい!お願いですから許して下さい!」
「じゃあ私が取って来ましょうか?パドルと一緒に」
「俺が取ってきますぅぅっ!!」
泣き叫ぶようにそう言って、しゃくりあげながら手枷を取ってきた門屋。
その手枷を上倉の目の前に差し出すと同時にボロボロ涙を零していた。
「取ってきましたぁ……」
「はい。よくできました。じゃあもう一回おいで」
「うぇっ、ぐすっ、うっ……」
泣きじゃくる門屋を躊躇なく、再び膝の上に乗せる上倉。
そして後ろに回した両手に手枷をかけて、痛々しいほど真っ赤なお尻を撫でる。
「可哀想に……お尻真っ赤になっちゃいましたね……でも、まだ時間も
“真由のデートを妨害したお仕置き”も残ってますもんね?」
「うっ、ぇくっ……」
「ごめんなさいは?」
「俺、小二郎の事は本気なんです!!」
「“ごめんなさいは?”って言ったのに何を抜かしてるんですか君は?
寝ぼけてるんなら、目を覚まさせてあげますけど?」
「ち、ちぁっ……」
バシッ!バシッ!バシッ!
「わぁああああん!!痛い――――っ!」
ますます叩かれて泣きながら暴れる門屋。
手枷の鎖がガチャガチャ鳴るだけで大した抵抗はできない。
「君だって見てて分かるでしょう?鷹森君と真由はもう相思相愛……もはや勝負になりません。
現実を受け入れるべきです。私が、今までどんな思いで真由の為に尽くしてきたか分かりますか?
あの子は何があっても幸せにならないといけないんです。その邪魔するヤツを、私は絶対に許さない……!」
「ひっ、ぐっ……!」
門屋が怯んでしまうほど真剣にそう言った後、上倉は少し声を柔らかくして続ける。
「けど、君がきちんと現実を受け止めて、今までの愚行を反省して、あの二人を祝福するなら……
少しだけこのお仕置きの時間を短くしてあげましょう。どうです?反省しますか?」
「ぐすっ、ナメんな……」
けれど、門屋の声も真剣だった。
これだけ泣き喚いた後にもかかわらず、きっぱりと言う。
「ちょっと脅されたくらいで変わるヤワな気持ちじゃね――んだよっ!こっちは本気だっつってんだろ!!
あんな中途半端な鷹森なんかに負けてたまるか!あんなヤツじゃ小二郎を幸せにできない!
俺が絶対、アイツを守る!!もう誰にも小二郎を傷つけさせたりしないって決めてんだ!
ゴチャゴチャ抜かすな外野がよぉぉぉぉっ!!」
部屋中に響き渡る大声の後は一瞬辺りが沈黙する。
その沈黙で門屋が冷静になって、体温が一気に下がった頃に世界一恐ろしい猫なで声が聞こえた。
「……門屋く〜〜ん?」
「ご、ご め ん な さ っ……」
真っ青になって謝るも、もう後の祭り。
次の瞬間から今までとは比べ物にならないくらいのキツイ平手打ちを浴びせられる事に。
ビシィッ!バシッ!バシィィッ!!
「わぁぁぁぁん!すいません!ごめんなさい!俺が調子こきましたぁぁぁぁっ!」
「お前……君ねぇ、誰に向かって口聞いてやがるんですか?」
「ひぃぃぃっ!!痛い痛い痛いぃぃ――――っ!ごめんなさぁぁぁぁい!!」
「君が……一途な奴だってのは、知ってるんですけどね……」
「ひゃぁぁああああっ!!」
門屋の悲鳴に打ち消された肯定的な言葉をさらっと流すように、上倉は続けて言う。
「君がコソコソ、鷹森君と真由の仲を邪魔してる限りは、私は何度でもお尻を叩きますよ?
それが嫌なら真由を惚れさせる事ですね。あの子が幸せそうな笑顔で“やっぱ門屋の方が好き”って
言うなら、私だって君の事認めますよ。その時は、今までの恨みを全部ひっくるめて私のお尻を叩けばいい」
「いっ、言われなくてもそうします!ふぇぇっ、くぅっ!!」
「せいぜい頑張ってください。ああでも、バカな頑張り方したら容赦しませんよ?
鷹森君を虐めなくても、デートを邪魔しなくてもいくらでも方法はあるんですからね?」
ビシィッ!バシッ!バシィィッ!!
「分かりました!分かりましたぁぁぁっ!もう許して下さい!あぁあああああん!!」
「何言ってるんですか……夜はまだ長いんですから」
「うわぁぁぁんごめんなさぁぁぁぁい!もうやだぁぁぁああっ!」

その後も門屋のお尻を叩き続けた上倉だが、門屋があんまりにも大泣きするし
最終的に泣きながら「お父さんお母さんお兄ちゃんぁぁぁぁん!!」と
親兄弟に助けを求め始めたので可哀想になって、許す事にした。
一応、朝まではこの部屋で反省するようにと言い残して部屋を出ると遭遇したのが……
「「「「わっ!?」」」」
一塊りになって驚く若人衆。
皆、CADのメンバーで、一番先頭の青年は器を乗せたお盆を持っていた。
上倉の顔色をうかがいながらメンバー達はパラパラと喋り出す。
「リーダーに、その、肉、持ってきたんです……」
「用事があって鍋パ―ティー中止するって言うから、『リーダー抜きでやるから用事終わったら来てください』ってメールしたら、
『お前ら全員煮込まれて溶けろ!』って返事きたから……何かあったのかなって……」
「もうお仕置き終わりました?」
何だかんだ言って察しの良いCADメンバー達に笑ってしまいながらも、上倉は頷いた。
「ええ、終わりましたよ。お肉が冷めないうちに食べさせてあげて下さい」
するとCADメンバーは口々に「ありがとうございます!」と言って嬉しそうに部屋に入っていった。
その後ろ姿を見送って、上倉はおもむろに携帯電話を取り出してかけ始めた。
呼び出し音のなる間にため息をついて一人ごちる。
「あーあ……よりによって恋のライバルを焚きつけてしまうなんて……
でも、障害があった方が逆に燃えるって言うし鷹森君と真由ならあっさり乗り越えて……
……あっ!もしもし?!貴方のラブ♥スレイブの上倉で――す!えっへへ〜〜お疲れ様です♥
実は、用事が思ったより早く片付いてしまって……体を持て余すばっかりなんです……
慰めて下さいます??え?さっきまでの相手?言えませんよそんなの〜〜。
でも、愛情たっぷりに拷問されたら喋ってしまうかも……ふふっ♥
よろしいですか?やったぁ!じゃあ、今からお部屋に伺いますね!?」

と、結局このように……門屋には厳しいクリスマスとなったわけだけれども、
立佳がどうなったか、彼は知る由もなかった。



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【作品番号 BSS10】

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