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だって誰も助けないんだもん!僕が行くしかない!
僕は心を決めた。そして苦しんでいるおじさんに駆け寄る。
「大丈夫ですか?!」
僕が支えると、おじさんは驚いた顔で僕を見た。
背が高くて身綺麗で、なんだかカッコいいおじさんだった。
「すみません……大丈夫です……」
おじさんはそう言うけど、顔色は悪いし全然大丈夫そうに見えない。
僕は彼を支えながら歩いて、近くのベンチに座らせる。
「顔色が悪いし、病院へ行った方がいいと思います。でも、歩けますか?
なんなら僕が付き添いますが……」
「いいえ……病院は……実は、もう時間が無くて……私は、今から家族旅行先に……
妻と息子達が先に向こうで待ってるんです……じきに迎えが来ると思いますので……」
おじさんは苦しそうに言って笑う。
僕はその時ふと、お母さんと一緒にお父さんを待っていた頃を思い出してしまった。
このおじさんには絶対に無事に奥さんと息子さんとところへ行って欲しい……と、そう思った。
僕にはお医者さんみたいな治療はできないけど、せめてその“迎え”がくるまでは
このおじさんのそばにいてあげようと思った。そうでなくても、こんな状態で放置しておけないから……。
「おじさん、僕がお迎えが来るまで付き添いますよ。何か飲み物を買って来ましょうか?」
「いえ、そんな……そこまでしていただかなくても……」
「いいんです!僕はちょうど暇でしたので!喉も乾いたし!」
元気にそう言った後、チラッと腕時計を見た。どうせ今から行っても間に合わない。
飲み物を買うついでに面接先の会社に連絡しよう。そう決めて、なるべく明るくおじさんに話しかけた。
「僕はオレンジジュースにしようかな?おじさんは何にします?」
「本当に申し訳ない……コーヒーを……」
「分かりました!じゃあ、ひとっ走り買ってきますね!」
僕は伯父さんの隣にリクルートバッグを置いて、中から財布を引きぬいた。
一緒に履歴書の入ったクリアファイルが落ちたので慌てて拾ってバッグに押し込む。
腕時計を見たら、面接時間が迫ってたから慌てて走る。だって、連絡はなるべく早くしないとって思ったから。
だからおじさんが不審に思わない程度に走って……おじさんの見えないところで会社に連絡した。
相手の会社の人は丁寧に優しく対応してくれて、僕はホッとした。

そしてジュースとコーヒーを持っておじさんのところへ戻る。
で、おじさんにコーヒーを手渡した。
「コーヒーです。どうぞ。気分は良くなりました?」
「ありがとう。最初よりはだいぶマシに……コーヒー代を……」
「そんな、いいんです!コーヒー一本ぐらい、僕が出しますよ!」
「あぁ、本当にありがとう……ところで君、それ……」
「あ!」
おじさんが指さしたのはバッグから不格好にはみ出た履歴書入りクリアファイル。
しまった!慌ててたらかバッグの口をきちんと閉めてなかった!
僕は恥ずかしくなりながら慌ててそれをしまおうとする。
「や、やだな!これ、証明写真の写りがあんまり良くないんですよ!恥ずかしいです!」
「もしかして……君は面接に行く途中だったの……?」
おじさんがあんまりにも申し訳なさそうな顔をするから、僕は慌てて首を振った。
「い、いいえ!もう面接は終わって、家に帰るところで……!」
「履歴書って……面接の時に相手に渡す物じゃなかったかな……?」
「うっ……!」
「何て事だ……本当に申し訳ない事をしてしまいました……!」
おじさんが僕に深々と頭を下げたから、僕の方が申し訳なくなってしまう。
「おじさん!頭を上げてください!どうせ、僕なんか受かりっこない会社だったんです!
また次を探せばいいんだから、僕は大丈夫ですから!」
「だけど……」
「本当に大丈夫ですって!そんな顔しないでください!
僕本当は、社会人より執事になりたかったんですから!」
焦って変なフォローになっちゃったけど、おじさんは妙に食いついてきた。
「執事に……?執事学校は出てるの?」
「ええ。一応、『ジーニアス』を……でも、進路指導で先生に“勤め先を斡旋してやれない”って言われて……
僕は成績が悪かったんです。とっても……だから、普通に働く事にしました」
「そんな……君みたいな子がもったいない……」
「ありがとうございます。そんな事言ってくれるの、おじさんだけですよ。
僕も夢だったんですけどね……執事」
「いや、私は……」
「そうだ!これ、良かったら持っていってください!」
照れ臭くなったので、おじさんの言葉を遮って七美お姉ちゃんのお守りを手渡す。
本当は僕の為のお守りだから大切にしなきゃいけないんだけど……
僕はどうしても、このおじさんに受け取って欲しかった。
おじさんは困惑しながらもそれを受け取る。
「これは?」
「お守りです。おじさんが、元気に奥さんと息子さん達と会えて、楽しく家族旅行できますように……って」
「……君は、どうして見ず知らずの私にそこまで……」
「ただの自己満足ですよ。息子さん達、きっとお父さんに早く会いたいと思うんです」
「ありがとう……」
おじさんは僕のお守りを大事そうにポケットにしまって、真剣な顔で僕を見る。
「君の名前を教えてくれないか?」
「え?名前、ですか……?」
急に名前を聞かれたので驚いた。ドラマなんかだとよく、“フッ、名乗るほどのものじゃありません……”なんて
言うんだろうけど、僕がそんなカッコつけても不似合いだろうと思って素直に答える。
「鷹森絢音です……」
「鷹森絢音君か……ありがとう、絢音君」
「い、いえ……えへへ……」
改めて、名前を呼ばれて感謝されると妙に恥ずかしくなってしまう。
照れ笑いをしていると、後ろで何か音がした。
振り返ると、テレビでしか見た事無い様な黒いリムジンが止まっている。
しかも中からいかにも執事っぽいおじさんが……な、何コレ映画!?
僕がポカンとしていると、その執事のおじさんが綺麗なお辞儀をしたので、僕も慌てて頭を下げた。
「千賀流様……やはり顔色が悪うございます。本日は一度休まれた方が……」
「いや、いいんだ。行こう。絵恋達が待ってる……」
「……向こうに着いたら、すぐに医者を手配いたします」
「それよりも四判、君からも彼に礼を……気分の悪くなった私を、介抱してくれたんだ」
「なんと!それはそれは……ありがとうございました。心優しい方……」
何だか画面の向こうの出来事みたいに二人を眺めていた僕は、ここで我に返った。
またガバッと、勢いでおじぎをしてしまう。
「そ、そ、そんな!!僕は何も……!!」
「いいえ。貴方がいなければ、我が主は行き倒れていたかもしれません。
いくら御礼申し上げても足りないくらいでございます。本当に、ありがとうございました」
「あのその……恐縮ですっ!!」
執事のおじさんの優雅な感じで、余計に僕のしどろもどろさが引き立てられる気がして恥ずかしかった。
おじさんと執事のおじさんは、そのまま映画っぽいリムジンに乗りこんでいく。
最後におじさんが振り返って言った。
「鷹森絢音君、今日は本当にありがとう。君は、絶対に夢を諦めないで。
そうしたらきっと……また会えるから」
「は、はい!!」
おじさんの言った意味は良く分からないけど、とりあえず返事をした。
リムジンが走り去った後、僕はしばらく立ちつくしていた。


家に帰って、僕は家族皆に面接に行かなかった事とその理由を正直に話した。
伯父さんにお尻を打たれるかと思ったけどそうはならなくて、
僕を抱きしめて「いい事をしたね」って言ってくれた。伯母さんもそう。
七美お姉ちゃんは「お守り作り直しじゃない!」なんて冗談っぽく怒ってくれた。
そして皆で、次へ向けて頑張ろうって言ってくれた。

それから数日後。
僕の家に電話がかかってきた。
相手は信じられない事に“廟堂院家の執事長”の人。
話を聞くと、僕がこの前偶然助けたおじさんは何と……あの廟堂院家の当主様!!
ぜひ僕を廟堂院家の執事として迎えたいとの話だった。
僕にとっては嬉し過ぎる話だ。だって、あの廟堂院家と言ったら執事学校に通う皆の憧れの勤め先。
そこそこ名門の『ジーニアス』からでも滅多に行けなくて、それこそよっぽど優秀じゃないと無理で……
名門の中でも一二を争う『グランドセンチュリー』とか、『ウィズダム』とか、そんな執事学校からしか
執事をとらないって言われてるのに……!!ああ、でも……!!
とにかく僕は自分がどれだけ成績が悪かったかを一生懸命説明して、
そんな大それた勤め先は無理だって言ったんだけど……
執事長の人は『今すぐに返事はくれなくていいから、ぜひ一度ゆっくり考えて下さい』って……。
『成績や技術力は気にしなくていい。旦那様が求めたのは貴方の優しい心ですから』って……
そう言って連絡先を教えてくれた。
僕は動揺し過ぎて、後は何を話したのか覚えてないくらいだった。


伯父さんや伯母さん、七美お姉ちゃんにこの話をしたら皆大賛成だった。
『せっかくのチャンスだから、一度挑戦してみたらどうか』とか
『絢音なら、絶対にいい執事になれる』とか
『絢音の夢だったんでしょ!?勇気出さなきゃ!』とか……そんな言葉に励まされて。
だから僕も覚悟を決めた。それこそ、これを逃せばチャンスは二度と来ない。
やれるだけ、頑張ってやってみようと思った。
その旨をあの“執事長の人”に伝えたら、すごく喜んでくれた。

そこから話はトントンと進んで、僕は廟堂院家の執事寮に入る事になった。
若い執事さんはほとんど寮に入っているらしくて、僕もそうすればやっと自立できると思ったから。
やっぱり、いつまでもこの家で甘えていられないもの。
電話で何回か色々説明を聞いて、荷造りを済ませて……
出発がいよいよ3日後って時。
僕は、思い切って伯父さんにきちんと今までの御礼を言おうと思った。
家を出る事になるんだから、最後の挨拶だと思って。
いつ言えばいいか分からなくて……言おうとしては躊躇してたんだけど……。
本当にきちんと言いたかったから、夕飯の後にリビングで伯父さんに話してみた。
七美お姉ちゃんもいたけど、別に聞かれて困る事じゃないし、今しかないと思ったし。
「伯父さん、少し、話があるんだけど……」
「どうしたの絢音?」
伯父さんが普段通りで少し気恥ずかしかったけど、僕は少しずつ言葉を進めた。
「あのね、伯父さん……僕、もう少しでこの家、出るでしょ?
だから伯父さんに今までの御礼が言いたくて……今まで、ありがとう」
照れて、少しさみしくて。伯父さんの顔を見られないまま、俯いて続ける。
「伯父さん、僕にずっと優しくしてくれて嬉しかったよ。“本当の息子だ”って言ってくれて、嬉しかったよ。
いっぱい迷惑かけてごめんなさい。いっぱい、遊んでくれてありがとう。
中学も高校も、執事学校にまで通わせてくれてありがとう……。僕、今までずっと幸せだったよ。
僕、伯父さんの事大好きだよ……」
何だか、言っているうちに涙が出てきた。
でも、最後に一番言いたかった言葉は、伯父さんの顔を見て言いたかった。
だから僕は顔をしっかり上げて言う。
「本当に今まで、僕を育ててくれてありがとうございました!お父さん!!」
「――!!」
伯父さんはすごく驚いた顔をして……そして、泣きだしてしまった。
僕はビックリして、慌てて伯父さんをの傍に行って慰める。
「ご、ごめんなさい伯父さん!変な事言ってごめんなさい!」
「バカね絢音……」
その声の方を見ると、七美お姉ちゃんも泣いていた。
でも、涙をぬぐいながら笑顔で言う。
「お父さん、嬉しいのよ」
「え……?」
次の瞬間、伯父さんにすごい力で抱きしめられる。
そしてそのまま、涙声で言われた。
「ありがとう……!ありがとう絢音!伯父さんも絢音が大好きだよ!幸せだったよ!
伯父さんのところへ来てくれてありがとう!『お父さん』と呼んでくれて、本当にありがとう……!」
「伯父さ……お父さん……!」
「いいんだ。無理しないで。一度でいい。すごく、嬉しかった。
いいかい?体に気を付けるんだよ?辛くなったら、いつもで戻って来ていいからね?」
「伯父さんっ……!!」
僕は伯父さんに縋りついて泣いた。伯父さんも泣いていた。

落ち着いてから伯母さんにも同じ様に御礼を言ったら、やっぱり泣かれてしまった。
もちろん、同じように七美お姉ちゃんにも御礼を言った。
そしたら、「3回も泣かせないでよ!」って抱きしめられながら泣かれた。


そしていよいよ出発の日。
僕は新品の執事服を着て、皆に最後の挨拶をするところ。
執事服は向こうで着ても良かったんだけど……執事長の人が
『ぜひご家族に着ている姿をみせてあげてください』って、先に送ってくれた。
皆で写真を撮って、本当にこれで最後なんだって思うと、さみしくて……。
でも、僕が泣いたらだめだって思って堪えていた。むしろ、必死で明るい笑顔を作って言う。
「伯父さん伯母さん、七美お姉ちゃん、本当に今までありがとう!僕、立派な執事になるからね!」
「とっても良く似合うよ絢音。頑張っておいで。遠くから、いつでも応援してるからね?」
伯父さんはとてもいい笑顔で、僕は嬉しくて安心する。
「頑張ってね絢音……くれぐれも、体調に気をつけてね……」
伯母さんはもう泣きそうで心配かも。でも、やっぱり嬉しい。
「絢音なら、きっといい執事になれるわよ!で、イケメンの友達作って紹介しなさいね!」
七美お姉ちゃんはいつも明るくて、本当に元気づけられる。
「うん!頑張るね!僕、優しいお父さんとお母さんが2人もいて、優しいお姉ちゃんまでいるんだもん!
だから、絶対大丈夫!皆、行ってきます!」
良かった。最後まで泣かなかった。
僕は元気にそう言って、玄関を出て、迎えに来てくれた車に乗り込む。
伯父さんと伯母さんと七美お姉ちゃんは、最後までずっと僕の車に手を振ってくれていた。
泣きそうになったけど、我慢してしっかり前を向く。

だって、頑張るのはここからなんだから!
いつも優しい伯父さんや伯母さんや七美お姉ちゃん、お父さんやお母さん、それにおばあちゃん。
皆の為に、きっと立派な執事になってやる!
そう決意して、車窓からうつりゆく景色を見ていた。


エンディング3 夢への第一歩




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【作品番号】TAZ


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