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だめだ……やっぱり、面接を優先しなきゃ。 伯父さんや伯母さんや、特に七美お姉ちゃんが一生懸命協力してくれたんだもん。 あのおじさんはきっと……誰かが助けてくれる。 僕は無理やりそう思い込むようにしてその場を去った。 面接には間に合った。練習の甲斐あってか、自分でも上手くできたと思う。皆に良い報告ができそうだ。 昼間に見捨てたおじさんの事なんてすっかり忘れて、僕は上機嫌で家に帰った。 夕食の準備を手伝いながら伯母さんと七美お姉ちゃんに今日の事を話した。 途中であのおじさんの事を思い出して胸が痛んだけど、 伯母さんと七美お姉ちゃんが嬉しそうに僕の話を聞いてくれたから、それは一瞬の事だった。 それから1週間後。 僕はめでたく内定をもらって無事社会人になった。 それを機に、一人暮らしを始める事にしたんだ。 伯父さんや伯母さんは気を使って「ここにいてもいい」って言ってくれたけど、 僕は伯父さんや伯母さんの為にも自立したかったし、早く恩返しがしたかった。 それに会社は家から通うには少し遠くて、会社の近くに住む意味でもちょうど良かったから。 そうこうして今、どうにか会社にも一人暮らしにも慣れきたところだ。そんなある休日。 僕は家の近くのいつも行くパン屋に、朝御飯用のパンを買いに行った。 「おういらっしゃい!」 パン屋のおじさんは、いつも元気。 でも、今日はおじさんの近くに女の子がいた。 お姫様みたいにフリルやレースやリボンで飾りつけられたシャツに、 キュロットを穿いた可愛い子だった。 他のお客さんだろうから、僕は気に留めないでおじさんに挨拶する。 「こんにちは、おじさん。いつもの食パンありますか?」 「あるある!でも、そんな事より、この子見てやってよ!ウチの元・看板娘の、真由ちゃん! 今はあの“廟堂院家”の執事になっちゃってんの!立派になったもんだろ!?」 「おじさん!オレは小二郎だって言ってるだろ!?」 さっきの女の子が真っ赤な顔でおじさんに叫んでいる。 おじさんはすっかり身内自慢っぽいけど…… 一度は執事を志した僕にとっては、“廟堂院家の執事”というのは尊敬せずにはいられない存在だ。 だって、あの廟堂院家と言ったら執事学校に通う皆の憧れの勤め先。 そこそこ名門だった母校の『ジーニアス』からでも滅多に行けなくて、それこそよっぽど優秀じゃないと無理で…… 名門の中でも一二を争う『グランドセンチュリー』とか、『ウィズダム』とか、 そんな執事学校からしか執事を取らないって噂だった。 明らかに僕より年下のこの子が、その“廟堂院家の執事”だっていうんだから驚きだ。 きっと飛び級でもしたのかな?っていうか、あれ?メイドじゃなくて執事?女の子が? 細かい事は気になったけど、とりあえず本当に心の底から、彼女を誉めた。 「すごいですね!僕も実は執事学校に通ってたんですけど……“廟堂院家”で働くなんて 夢のまた夢でしたよ!お若いのに優秀なんですね!」 「だろう!?そうだよ!真由ちゃんは偉いんだよ!賢いの!絢音ちゃんは話が分かる!食パン3枚おまけしとくよ!」 「…………小二郎……だっての……」 褒められて嬉しそうなのはおじさんの方で、女の子は真っ赤な顔で俯いていた。 シャイな子なのかもしれない。 僕はパンを買ったついでに、世間話感覚でその子に話しかけてみた。 「やっぱり、あの廟堂院家で働くって言ったら大変じゃないですか?」 「……はい。オレは、まだ失敗ばっかりで……」 「あはは。僕も学校では実技で失敗しまくってましたよ。 でも、廟堂院家で働く様な方でも失敗するって聞いたら安心しちゃいました」 「オレ……そんなにすごくないです……」 「僕から見たら十分すごい方ですよ!こらからもお仕事頑張ってくださいね」 「ありがとうございます……」 女の子はずっと赤くなって下を向きながら、小さめの声で受け答えしていた。 やっぱりちょっとシャイな子かも。なんだか可愛いな。 僕は調子に乗ってどんどん話しかけてしまう。 「このパン屋はよくいらっしゃるんですか?おじさんの言い方だと、前に働いてらしたみたいですけど……」 「塾行ってる頃に……バイトって言うか、お手伝い、させてもらってて……」 「塾?へぇ、塾にも通いながらバイトだなんてすごく忙しいですね!学校で眠くなりませんでした?」 「あ、えっと……その、オレ……」 女の子はますます赤くなってソワソワしながらキョロキョロし出した。 何だろう?何かまずい事を言ってしまっただろうか?と、考えていたら急に声がした。 「小二郎!」 叫んで入ってきたのは、僕より少し年上くらいの男の人。 その人が入ってきた途端に、女の子がぱっと嬉しそうな顔をする。 「門屋!」 「何やってんだよ!勝手に行くなって!あと準って呼んでくれって!」 その人はそう言いながら近付いてきて、女の子を僕から遠ざけるように後ろへやると、僕を睨んで言う。 「オレのハニーちゃんに手ぇ出してんじゃねーよ!このナンパ野郎!」 「やめろよ門屋……じゃない、準!ナンパとかそんなんじゃねーから!」 どうやら、この人は女の子の彼氏さんらしい。でも、いきなり言いがかりをつけられて僕もムッとする。 僕に突っかかってきた彼氏さんと僕の険悪ムードを直そうとしたのか、女の子が急に一生懸命話しだす。 「ご、ごめんなさいお兄さん!こいつも、オレと同じ廟堂院家の執事で……友達で、 この前オレから告って、付き合いだして……!」 「そうなんですか。だったら廟堂院家の執事って、結構口の悪い方もいらっしゃるんですね?」 「ハッ!休みの日まで執事やってられっかよバ――カ!彼女いないからって嫉妬すんなっての!童貞!」 僕の大人げない発言と、彼氏さんの挑発で余計に空気が悪くなった。 それにしても……どうして僕が童て……ゴホン、彼女いないってバレたんだ……悔しい! 彼氏さんにこの可愛い女の子の方から告白したって言うのも何か悔しい! 僕が言い返せなくてギリギリと奥歯をかみしめていると、女の子が怒った顔で言う。 「いい加減にしろよ準!知らない人にも礼儀正しくしろって、いつも言われてんだろ! おにぃに言いつけてケツ叩いてもらうぞ!」 「あっ!バカっ!!」 彼氏さんは赤い顔で慌てて女の子の口を塞ぐ。 そして思いっきり分かりやすく平静を装って、僕に言った。 「じゃ、俺達、これからおデートの続きをして参りますので、これにて失礼いたしますね?ロンリーご主人様! ほらっ、さっさと行くぞ小二郎!」 「い、痛い!引っ張んな!」 彼氏さんがそそくさと彼女を連れてパン屋を出ようとする。 僕は、全身全霊をかけて最後に一矢報いようと叫ぶ。 「お兄さんにお尻を叩かれないように気を付けて下さいね〜〜毒舌執事さん!!」 「うっせーよ童貞!!バーカバーカ!覚えてやがれ!」 「準!!」 ペシッ! 「ってぇな!やめろバカ恥ずかしい!」 最後は女の子に一発お尻を叩かれていた彼氏さん。ちょっとざまぁみろと思ってしまった。 ああ、でも眩しいな……僕がもし優秀な執事で、廟堂院家で働いていたら…… あんな可愛い彼女ができてたのかな……? 「あの悪ガキはほんっとうにしょーがねぇな……気にすんなって絢音ちゃん! アイツは後で大ちゃんにお仕置きされっから!ほい、餡パンとメロンパンもサービスだ!」 「ありがとうございますおじさん……」 パン屋のおじさんの優しさが泣ける……。大ちゃんってのがお兄さんかな? まぁ何でもいいや。はぁ、僕は僕で頑張ろう……。そうしたら、きっといい事あるよね? そう思った、ちょっと切ない帰り道だった。 エンディング2 憧れの世界 |
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