10デイ〜風邪にご用心〜 「こんにちはー。」 がらんとした境内に向かって叫んでみる。 しばらくの間、いつもの小さな巫女さんたちが出てきてくれるのを 待っていた俺の予想に反して出てきたのは中年男性だった。 「はいはい、何か御用ですかな?」 穏やかな雰囲気の男性。 格好からしてこの神社の関係者だろうけど… どうしよう…別に拝みに来たわけでもないし 『やとくんとかぐやくんに会いに来ました』で通じるだろうか…? 悩んでいても仕方ない、言うだけ言ってみよう。 「あ、あのですねー…やとくんとかぐやくんにちょっと…」 俺がそう言うと、男性は一瞬目を丸くして済まなさそうに言った。 「おやまぁ…気の毒だけど今、かぐやの方が風邪で寝込んでてねぇ… やとも彼に付きっきり…とても出てこれる状態じゃないですよ。」 「風邪!?かぐや君が!?大丈夫なんですか!?」 「いやぁまぁ…熱は下がってるから、時期に治ると思いますで…。」 「あの、お見舞いとか…できませんか?心配なんです。」 かぐや君が心配で思わずそう口走ってしまった。 部外者は簡単に入れてもらえなさそうだと思ったが 男性は案外あっさりと許可してくれた。 その後中年男性は仕事があるからと言って、 俺はもう少し若い男性に案内されることになった。 歩いている間もかぐや君たちのことが気になって つい、その男性にも色々尋ねてしまう。 「あの、かぐや君、いつ頃から寝込んでるんですか?」 「ここ3日ほど…熱の上がり下がりを繰り返して… きちんと医者にも診てもらったから、今は落ち着いてます。」 「そうですか…早く良くなるといいですね…。」 『ええ。』と若い男性がうなずく。しかし彼は少し間をおいて ぽつりと言った。 「僕、むしろやと君の方が心配なんです。」 「へ?」 意外な言葉に思わず間抜けな声が出た。 「この三日間、ずっとかぐや君に付きっきり… 誰が何を言っても彼から離れようとしないんですよ。 たぶん、ろくに睡眠も取ってないんじゃないかって…」 「あ…」 あり得る…あの『超』がつくぐらいの弟想いの兄ならあり得る… そうか、やと君が一番心配してるよなぁ…。 「無理やり引き剥がして寝かせた日もありました。 でも朝見たらいつの間にか戻ってきてるんですよね。 もう、こうなってくると執念ですよ。」 困ったように笑う男性。何だかこのままかぐや君が回復しないと やと君の方が大変な事になりそうだ。 たどりついた部屋では寝ているかぐや君と、その傍で心配そうに見つめるやと君の姿。 よっぽど必死なのか、俺が部屋に入ってきたのにも気づかない様子だ。 「こんにちは〜やと君。」 「あ…お兄さん…?」 少し驚いているやと君の隣に座って、話しかけた。 「大変だったね。」 「ええ…かぐや、ずっと辛そうで…私は…」 今にも泣き出しそうな顔のやと君。 いつも毅然とした彼がこんな表情をするなんて珍しい… 病気のかぐや君も可哀想だが、やと君も可哀想になってくる。 「大丈夫!ほら、今は苦しんでる様子もないし! ぐっすり眠ってる。きっとすぐ元気になるって!!」 「そう…そうですね…きっとすぐに…。」 自分に言い聞かせるようにやと君が呟く。 …大丈夫だろうか…もしかして半ノイローゼ気味…? そういえば心なしか顔色が悪いような…あんまり寝てないって話も聞くし… 考えていると、かぐや君がうっすらと目を開けた。 「兄上…。」 弱弱しくやと君を呼ぶ声に、やと君のほうはすがりつくような勢いだ。 「どうした!?辛いのか!?」 もう態度が必死すぎる。 かぐや君は弱弱しく首を振る。 「違うんです…今は…とっても楽だから…だから…どうか少し休んでください… 兄上…ずっと僕のそばにいてくれて…寝てないのでしょう…? 僕は…大丈夫だから…。」 そう言って少し笑ったかぐや君。 病気ながら兄を気遣う優しい言葉にしんみりした空気が漂う。 これでやと君も安心して休める…と思った方々は甘い。 このかぐや君の優しさが意外にも逆効果を生み出したのだ。 「お前は…私より…自分の心配を…」 ただでさえ心配しすぎ(と、寝不足もあるだろう)で感情が脆くなっている時である。 弟の健気な一言にやと君はもう半泣き状態。 「誰が…誰が苦しんでいるお前を残していくものかっ!! ああ、かぐや!!お前が元気になるまで私はここを離れはしない!!」 感情ボルテージMAXだろうか、かぐや君の布団にしがみついて 声を震わせるやと君。普段落ち着いた彼からは想像もつかない貴重なワンシーン。 こうなるともうテコでもダイナマイトでも動かないだろう。 「…兄上…もう…大丈夫って言ってるのに…」 かつてないほど取り乱している兄を心配そうに見つめるかぐや君。 声は弱弱しいが意識はハッキリしているみたいだ。 もしかしたら、やと君よりまともに話ができるかもしれない。 「かぐや君、大丈夫?」 「はい…お兄さん…来てくれてありがとう…。」 にっこり笑ったかぐや君は思ったより元気そうだ。 「今はだいぶ楽そうだね。でも無理しちゃダメだよ? やと君が、とーっても心配してるから。」 「兄上は心配しすぎです…。」 はぁ、とため息をついたかぐや君。何やらいつもと反対だ。 「お兄さん…何とかしてくれませんか…?僕…今すぐは治れないから… このままじゃ…兄上が倒れてしまいます…。」 「そうだね…。」 この会話、聞こえているのかいないのか、未だ布団にしがみついて 微動だにしないやと君。 「ねぇ、やと君?」 「何でしょう…?」 「かぐや君、大丈夫だって言ってるから向こうで少し休もうか?」 「そんな…お兄さんまで!!私はこの子を放って休むなどできません!!」 言い切ったやと君はやっぱりテコでも動きそうに無い… っていうか、さっきから感情的になりすぎだからやっぱり少し休んだほうがいい。 俺はさらに説得を続ける。 「…でも、キミがそんな無理してたらかぐや君も安心して休めないよ?」 「私は無理などしてません。」 「あのね…」 「とにかく、何と言われようと私はここから…」 「……もうっ、いい加減にしてくださいっ!!」 急に響いた怒鳴り声に俺もやと君も動きが止まる。 見ると、かぐや君が布団の上に仁王立ちで怒りに震えていた。 「僕は大丈夫だって言ってるじゃないですか!! 兄上、いつも僕には大人の言う事は聞きなさいって言ってるのに、 それなのに…それなのに…自分は心配してくれるみんなの言う事聞かないし…うっ…」 「か…かぐや…大声出すと体が…」 怒っているのに泣き出しそうなかぐや君を見て やと君は必死でなだめようとするが、まだ彼の怒りは納まりそうにない。 「そんな事、今は関係ないんです!! 僕だって…僕だって兄上が心配なのに…ひっく…」 「わ…分かった…私が悪かった…今から休むから、な? だからお前も落ち着いて…」 泣きながら怒っている状態の弟に、兄は焦るばかり… かぐや君、怒ると意外に強いんだな…と、関係ない事を考えてしまった。 やと君が『休む』といった事で、かぐや君も落ち着いたようだ。 まだ潤んだ瞳でやと君をじっと見つめる。 「っ…本当…?」 「ほ、本当だ…。」 「じゃあ、おやすみなさい、兄上。 お兄さん、兄上の事見張っててくださいね。」 かぐや君に笑顔でそう言われ、やと君は部屋を出て行くしかないのだった。 トボトボ廊下を歩くやと君と並んで歩く俺。 「まさか…かぐやに怒られるなんて思いませんでした…。」 ちょっとショックを受けた感じで呟くやと君に、不謹慎だが笑ってしまいそうになる。 そこは堪えて、『俺も思ってなかったよ。』と返す。 「思えば…私、どうかしてたのかも知れませんね。ダメだなぁ… どうもかぐやの事になると必死になりすぎてしまう。」 確かに、今日の彼はちょっとどうかしてた…かも… と思いながらも、いつもの調子に戻っているやと君に安心する。 「かぐやも大丈夫そうだし、戻ったら境内の掃除でもしようかな。」 っておい!休むんじゃないの!?全くこの子は… かぐや君から見張っててといわれてる事だし、ここは少し意地悪に牽制してみる。 「あれ〜?休むって言ったのに…かぐや君に言いつけちゃおうかな〜?」 「おっ、お兄さん!!」 やめてくれと言わんばかりにやと君が慌てる。 その姿に、今度こそ俺は笑いを堪える事ができなかった。 普段は兄の威厳たっぷりのやと君が強くて… でもいざとなると可愛がられてる弟のかぐや君が強くて… 全く、この兄弟…一体どっちに主権があるのか…謎が深まるばかりであった。 ******************* 気に入ったら押してやってください 【作品番号】ME10 |
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