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☆小休止 

爽やかな昼下がり、私立ボルボックス学園の廊下……
一般生徒の浅岡健介が歩いていると、後ろから呼び止められた。

「ちょっとそこの3浪の人」
「はっ!?」

振り返るとそこには、プリントの束を抱えた無表情な青年の姿。補助調理師の優だった。
皆からは『優君』と呼ばれ、食堂に行くたび会うので健介は知っているのだがどうも苦手だ。
ひきつった笑顔を優に向ける。

「あのぉ……俺、別に3浪とかじゃないんですけどぉ……」
「あ、すいません。留年の人」
「ぐっ……留年でもないんですよねぇ……」
「じゃあコスプレの人」
「だぁああああっ!!俺は現役だよ!!悪かったなぁ!
自分でも学ランなんて無理あるかなって思ってんだよチクショウ!!」

怒りのストッパーが外れた健介は頭を抱えてそう叫ぶ。
その後、優を睨みつけたが優の方はいたって涼しい顔だ。

「大体!そういう優君はいくつなんですか!?」

悔しいので年を聞いて「おっさん!おっさん!」とバカにしてやろうと企んだ健介だったが意外にも……

「18です」
「俺より年下じゃねぇかッ!!」

また叫ぶ事になった。

「くそう!何で俺より年下が教師側なんだ!?優君!もう敬語なんて使わないからね!?」
「大人げないですね。浪人留年コスプレ野郎」
「全部混ぜるなぁぁっ!!お前ちょっと体育館裏に来い!年上に対する口のきき方ってモンを……」
「貴方高校生なんだから、僕より年下じゃないですか。それに僕は実を言うと35です。」
「嘘つけ!!俺だってなぁ、実際二十歳で……!!
くそっ、とにかく大人をバカにするような子はお仕置きだぞ!」
「嫌です。何で僕が浪人留年コスプレ変態野郎にお仕置きなんてされなきゃならないんですか。
どうしてもというなら、僕との勝負に勝ってからにしてください」
「……俺が勝ったら……そのどんどん酷くなるあだ名の分、きっちりお仕置きしてやるからな……」

怒りでワナワナと震える健介だが、優が返してくるのはどこまでも不敵な笑みだった。

「ええ。万が一……いえ、億万が一、貴方が勝てたらね……」
(このガキ……)

優のペースに巻き込まれて怒りを蓄積させる健介だが、一度目を閉じて深呼吸する。
そして平静を装って言った。

「で、どういう勝負なの?」
「まず場所を移動します。そこの廊下の角がちょうどいいですね。水道もありますし」

優と健介は廊下の角に隠れる。その時に優がいくつかの水風船を用意した。
水風船の準備が整ったところで優が勝負の説明を始める。

「いいですか?次にこの廊下を歩いてくる教師に水風船を投げるんですよ。当たった方が勝ちです。
“度胸試し”みたいなもんですね。簡単な話でしょう?」
「そ、それはヤバくない!?」
「おや?逃げるならそれで構いませんよ?浪人留年コスプレ変態弱虫野郎」
「優君?腫れ抑えの塗り薬とか持ってなかったら後で買っておきなね?
俺はこう見えて、投球のコントロールは抜群なんだ」

一瞬躊躇した健介だが、優の挑発に乗ってすっかりやる気満々だった。
そして廊下にやってきたのは……

(ちっ!兄貴かよ……!)

歩いてきたのは健人先生で、健介は内心舌打ちをする。
希望としては夕月先生あたりが良かったのだが、そう上手くはいかなかったようだ。
でもまぁ、境佳先生よりはマシ……と色々考えていると優が横から囁く。

「来ましたよ?自慢のコントロールとやらを見せてください」
「言われなくても……!!(兄貴ごめん!)」

健介は大きく振りかぶって水風船を投げる。
それは見事に健人の顔に当たって割れ、顔から胸元……広範囲が水浸しだ。
若干の気まずさを紛らわすために、健介は元気よく喜んで見せた。

「ほら見ろ!命中だ!さぁ、次は優君の番だろ!?」
「…………」
「ど、どうしたんだよ?早く投げろよ?」
「…………」

優は健人を見つめたままピクリとも動かない。
健介はだんだん焦ってきた。これではどう考えても……

「なぁ、投げろよ!負けでいいのか!?これじゃまるで俺一人が……」

カツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツ

「ひぃぃっ!!お願いです優君投げてぇぇッ!!何か怖いものがすごい速さでこっちに来るぅぅっ!!」

高速で廊下に響く靴音が近づいてくる。健介は優の肩を掴んで揺さぶったが優はやっぱり動かない。
動いたのはその唇だけだった。

「こんな事で動揺するなんて、度胸が無いから“度胸試し”は貴方の負けですよ」
「だったらお前も投げろよぉぉぉっ!!」
「け〜〜んす〜〜けく〜〜ん?」

半泣きで優の胸倉を掴んでいた健介はビクリと身を縮ませる。
酷く優しい声色が逆に怖くて、錆びたブリキ人形のようにぎこちなく振り返ると
今年最高に優しい、そして恐ろしい笑みを湛えた兄がいた。

「こんな所で何してるのかなぁ?その水風船投げて遊んでたの?」
「あの……水も滴るいい男だね、兄貴!」
「……ありがとう。ちょっと一緒に来てくれるかな?」
「うわぁあああっ褒めたのに!ヤダぁぁっ!ごめんなさ……」
「待ってください。健人先生……」
「優君!!」

まさに健介が強制連行されようとしていたその時、優が健人を止めたのだ。
思ってもみなかった助け船に健介は目を輝かせる。
優は健人に向かってはっきりとこう言った。

「彼、この前、屋上でタバコ吸ってました」
「テメェエエエエエッ!!」
「貴重な情報提供、ありがとうございます。さぁ、行くよ健介君」
「覚えてろ!?絶対後で覚えてろぉぉぉぉっ!!」
「腫れ抑えの塗り薬とか持ってなかったら買っておいたほうがいいですよ?
浪人留年コスプレ変態弱虫ブラコン野郎?」
「黙れぇぇええっ!!持ってるし、ブラコンじゃねぇえええっ!!チクショォォォォ!!」

健介が呪詛の叫び声を上げつつ健人に引っ張られていく。
遠ざかっていく健介達を見つめる優はやっぱり無表情で、彼らが見えなくなると
ゆっくりと反対方向に歩いて行った。

ところで、健人に連れて行かれた健介はというと、生徒指導室のソファーで
お仕置きスタイルになっていた。つまりは健人の膝の上でゴネていた。

「兄貴!落ち着こう!な!?たかが水風船じゃないか!子供だましだって!
ここまでする事ないだろ?!ごめんなさい!マジでごめんなさい!」
「そうだね。水風船でイタズラなんて子供じみてるよ。
そんな子供じみた健介君には、子供じみたお仕置きがピッタリでしょ?」

ジャージに着替えた健人はそう言いながら健介のズボンや下着をずり下ろしてしまう。
寒くなった下半身に健介が絶望の声を上げた。

「あぁああ!悪夢だぁ!」
「残念だけど、これは現実だよ」

パシンッ!

健介は痛みでぎゅっと目を閉じる。当然一発では終わらない。

パシ!パシ!パシ!

「嫌だ嫌だ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃっ!もうしないからぁ!」
「夢だなんて思われちゃ困るから、しっかりお仕置きしなくちゃね」
「えぇええっ!?さっきのは言葉のアヤだって!ごめんなさい俺が悪かった!許してよぉ!」

とにかく舌が回るうちに謝って謝って謝り倒して許してもらおうとする健介。
彼はまだ“謝れば許してもらえる”という幻想から抜け出せていないのだった。
いつも無駄に終わる。もちろん今日も例外ではなく、尻に平手を叩きつけられ続ける。

パシ!パシ!パシ!

「痛い!兄貴!」
「健介君、人間には痛覚というものがあってね……」
「知ってるよ!痛い!ごめんなさい!」
「じゃあ痛いのは当たり前だって分かるね?それに痛くないとお仕置きにならないんだよ」
「でもっ、でもぉ……!!んっ、ぁあっ!!」

パシ!パシ!パシ!

「優君が……優君が、ぁ、最初に言い出したんだぜ!?」
「優君が?あの子がそんなアクティブな事しようとするかなぁ……?」
「“度胸試し”だって言って……!んっ、アイツああ見えて結構アグレッシ……ブ……!」

最初は我慢できる程度の痛みも、叩かれ続ければ我慢できなくなってくる。
声も震えて、悲鳴も漏れて……呼吸ばかりが荒くなってきた。
尻もだんだん赤くなってくる。

「だから、ひっぅ……優君だって同罪なんだ!あぁっ!」
「分かった。後で優君にも事情を聞いておくよ」
「お仕置きもしろよ!?絶対しろよ!?」
「大人げないねぇ健介君」

健人が苦笑する。
その呆れたような声に、健介は不機嫌そうに答えた。

「何とでも……言うがいい!俺だけ、ふ、ぅ、こんなのっ……はぁ、不公平だ!」
「それもそうだけど……」
「だから、もう、や、止め……て!!痛……はぁ、やだ!!ごめんなさい!」

パシ!パシ!パシ!

「う〜ん、そうだね。水風船の件はこのくらいで終わりにしようかな……。
人に当たったら迷惑なんだから、もうしないでよ?」
「しない!するかよあんな事……くっそぉ!優君め!」
「あんまり優君のせいにもしないよ?」

バシィッ!!

「ああっ!!ごめんなさい!」
「もう……じゃあ水風船の事はこれで終わりね?」
「ありがとうございますッ!!」

心からそう言って、一刻も早く膝から降りようとする健介。
だが、体が勢いよく健人の腕に突っかかって驚く。

「あれ……?ちょっと兄貴……手をどけてくれないと出られない……」
「何言ってるの?出ちゃダメだよ」
「え!?だって、さっき終わりって……」
「“水風船の事”はね?」
「え?だって……え?」

完全に混乱してキョトンとしている健介に、健人は言った。

「君、屋上でタバコ吸ってたんでしょ?」
「!!」

刹那、逃げようとする健介の力とそれを押さえつける健人の力が音も無くぶつかる。
渾身の力を振り絞った健介だったが、残念ながら膝から抜ける事は出来なかった。

「すっごい逃げようとしたね?図星って事?」
「そ、そんなわけないだろ!あん、あんな……ガセネタだよ!優君が俺をハメようとしてるんだ!」
「本当?」

バシッ!!

「ぃいっ!!本当に……!!」
「本当に本当?」

バシィンッ!!

「あぁあっ!ほんっ……と……!!」

『本当』だというたびに増していく痛み。
軽い拷問のような状況でも頑張って無罪を主張していたのだが……

「本当に本当に本当?」

バシッ!ビシッ!バシィッ!!

「いたぁああっ!ごめんなさい吸ってましたぁあああ!!」
「こら!どうして嘘つくの?!」

最終的には痛みに耐えきれずに自白した。
そんな健介には、もれなく容赦ない平手が降ってくる。
ここまでくると半泣きになって暴れてしまう。

「ごめんなさい!いやだぁああっ!!」
「嘘つくしタバコも吸うし……これはいつもより厳しくお仕置きだね」
「ごめんなさい!いやだぁっ!痛いです!ごめんなさいぃっ!」
「この前学校でタバコ吸わないって約束したのに……」
「しました!したけどぉっ、ああ、ごめんなさい!ごめんなさい!」

バシッ!バシッ!バシッ!

暴れても痛みが減るわけでもなんでもないが、大人しく耐えられるほどの痛みでも無かった。
健介の尻は叩かれ続けて真っ赤だったのだ。何とか許してもらおうと涙交じりに必死に叫び続ける。

「あぁああっ!!吸ってしまったんです!!吸ってしまったものは仕方が無いんです!!
ごめんなさい!もうしません!もうしません――!!」
「仕方なくないよ。この前もたくさんお尻を叩いたの、忘れちゃったんだね?」
「いやぁっ、いや!!もう嫌だぁ!ごめんなさい!ごめんなさい痛いです!ごめんなさい!もうしません!」
「この前も“ごめんなさい”って、“もうしません”って言ってくれたけど、吸ったじゃない。また嘘つく気?」
「ああぅ、嘘じゃないです!!ごめんなさい!本当だからぁぁっ!わぁああああん!!」

バシッ!バシッ!バシッ!

泣きだしてもダメだった。
健人が手加減もせず叩き続けるものだから、健介の方は涙も止まらないし息苦しくなってくる。

「いやだごめんなさぃぃっ!あぁあああ!もうしないぃ!本当にもうしないからぁっ!」
「反省してる?」
「してる!してる!してるぅ……!!」
「反省してるなら、ちゃんと最後までお仕置き受けれるね?」
「うわぁああああんっ!ごめんなさぁあああい!もうやだぁっ!お兄ちゃんごめんなさいぃ!」

バシッ!バシッ!バシッ!

「あぁああああ、うわぁああああんっ!やだぁああっ!お兄ちゃぁあああんっ!痛いぃぃっ!」

いよいよ限界らしく、なりふり構わず泣き喚く健介。
子供のように見事な泣きっぷりだった。

「んあぁああっ!やぁああ、んんっ、ぐすっ、わぁああああん!やぁああだぁあああ!!」
「一回お仕置きしたのに懲りない健介君が悪いんだよ」
「あぁあああ!!お兄ちゃん、あぅぅっ、ごめんなさいぃっ!もうしないからぁっ!んぇぇ、お兄ちゃん……!!」
「はぁ……もう……」

体をガクガク震わせて、泣き声にすら元気が無くなってきた健介を見て
健人はやっと手を止める。

「健介君、本当にもうこれっきりにしてよ?今度やったら、境佳先生の膝の上だからね?」
「うわぁあああんっ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「分かった、もう終わりにしよう。そんなに泣かなくていいよ。ちゃんと反省できたみたいだね……」

健人に助け起こされた健介は、そのまま健人に縋りついて泣いていた。
痛みと恐怖から解放された安心感で長いこと泣いていたのだが、やがて泣きやむと……

「で、この顔でどうやって教室に戻れっていうんだ……」
「え、ええと……コンタクトにゴミが入った事にすれば?」

泣きはらした目の問題でリアルに兄弟作戦会議。
大人と現役の狭間で揺れ動く、浅岡健介の気苦労は続く……。



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