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ギャグマンガ日和(鬼男/閻魔)


死者たちは前世の行いに準じて、閻魔大王により天国と地獄に振り分けられる。
しかし本日、裁きの間に閻魔大王の姿は無かった。


どこにいたかというと、大自然の中。
みずみずしい芝の上で、閻魔大王は愛用のカバンからセーラー服を取り出す。
前後左右に人がいないのを確認し、着物を脱いでセーラー服に袖を通した。
上衣に腕を通せば、ひんやりとした生地の感触……穿き慣れないスカートは足がスースーするが不快ではない。
リボンの結び方はこれでよかっただろうか?ああ、襟のホックも止め忘れてはいけない……
どうにか完全にセーラー服を着終わった時、閻魔は言い表せないほどドキドキしていた。

「はぁ……」

自然と漏れる恍惚としたため息。どうだろう、この着こなしは。
ギリギリ中の下ぐらいはイケてるはず。
その場でくるりと一回転。ふわりと風に舞い上がる襟とスカートに嫌でも鼓動が高鳴る。

やはりセーラー服はすばらしい!セーラー服を考えた人は無条件で天国へ送ってあげたい!

そんな思いに駆られるほどの感動。
大好きなセーラー服の素晴らしさをを全身で感じながら、閻魔は木の根元に座って空を眺める。
今日はあまりにも天気が良かったので、ついお散歩に出かけたくなったのだ。
景色の良いこの場所で、セーラー服を着てゆっくりするのもいいじゃないか。

心地よい風に頬をくすぐられて、すっかり良い気分の閻魔大王。ここはとても涼しい。
カバンから食べかけのアメやチョコレートを取り出して口に放り込む。
景色の良い涼しい場所で、セーラー服を着て、お菓子を食べる。この何たる至福!!

毎日毎日、死者を8秒単位で裁き、しかも怖い死者が来たならば怯えて緊急脱出しては天井に刺さる……
生きてるのに疲れる日常をさらりと消し飛ばしてくれるではないか。
ああ、木の葉の揺れる音が耳に気持ち良い。
ここにはあの口の悪い秘書の怒鳴り声も聞こえてこない……

閻魔大王が眠ってしまうのに10秒もかからなかった。

「……王……閻魔大王!!」

ここにはあの口の悪い秘書の声は聞こえてこない……
っていうかおっぱいミサイル……

「おい!!起きろ!!閻魔大王!?このっ……イカ!!大王イカ!!」
「んっ……げっ!!おっ、鬼男君!?」
「いないと思ったらこんな所で……しかも何でセーラー服着てんだよ!!この変態大王イカ!!」

飛び起きてみたのは紛れもなく閻魔大王の秘書の鬼男。
まさに鬼の形相で閻魔を睨み付けて、長く伸ばした爪で今にも突き刺しそうな勢いだ。


「ご、ごめんなさい!!」

身の危険を感じて、条件反射的に謝る。
刺しはしなかったものの、腕を組んで自分を睨んでいる部下が恐ろしい。

「……仕事もしないでほっつき歩いてる悪い上司には、部下としてキツイ罰を与えなきゃいけませんね。」
「いや、それ普通逆だと思うよ?」

素でそう突っ込んでみたものの、鬼男に「いいからその気色悪い格好を5秒で着替えて来い!」と
怒鳴り返されて慌てて言われたとおりに着替えた。
後は引っ張られるように閻魔庁に連れて帰られて、いつも自分が死者を裁いてる部屋に着いたまでは良い。

問題はここからだ。
無理やりいつも座っている机の前に立たされたかと思うと、肋骨が折れるかと思うくらい強く机に上半身を押さえ付けられた。
弾みで帽子が取れるほどの勢いで。
驚く暇もなく、今度はズボンと下着を下ろされて……
短時間で次々と起こる信じられない現象に、閻魔はパニックを起こしかけた。

「鬼男くんっ……!!」
「言ったでしょう。仕事もしないでほっつき歩いてる悪い上司にはキツイ罰を与るって。」

バシッ!!

刹那、あまりの痛みで声が出なかった。
叩かれた?尻を叩かれたのか!?コレが罰だなんて……閻魔は頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
真っ白になりかけて、ふと思い出す。そうだ、鬼は怪力なのだ……
こんな事を改めて思い出したところで不毛以外の何ものでもないが。


「閻魔大王ともあろう人が、仕事ほったらかして居眠りとは何事ですか!!」

バシッ!!バシッ!!バシッ!!


驚いてクリアになりかけた頭は尻の痛みと鬼男の怒鳴り声で現実に引き戻され
とにかく鬼男を怒らせているとろくな事がないし、尻も痛い事だけはハッキリしているので
閻魔は急いで返しの言葉を探す。

「はぅっ!ごめっ!天気がよかったからぁっ!」
「何だそれ……何の言い訳にもなってないぞ?!」
「はぅぅっ!!ごめんっ!っていうかゴメス!!」
「ナメてんのかお前ッ!!」

バシィッ!!

「あぎゃぁぁっ!!」

怒号と共に岩をも砕きそうなくらい激しい一発を食らわされて閻魔は悲鳴を上げる。
ゴメンとゴメスがちょっと似てたから言ってみただけなのに!!
心の中はしゅんとしたけど、体がハツラツに飛び跳ねてしまった。

「あぁっ!!……くっ!!だっ……め……っ!!」

打たれるたびに体はビクつくが、自分で動かそうとするとあまり動けない。
鬼男のなすがままにされ、悲鳴を上げることしかできない閻魔。
普通、逆なんだもん。
そんな閻魔の思いは、力任せに手を振り下ろす部下には届かない。

「この変態!コスプレ大王!仕事ぐらいきちんとしなさい!!ぶっ殺すぞ!?」
「ぁひぃっ!鬼男君っ、できればもっと柔らかいっ、言葉で!優しく叩いてぇっ!!」
「ほざけ!優しくしたら罰にならないだろーがこのセーラーサボり野郎!!」
「で、でも……んぁぅ、私は一応上司なんだしぃっ!!」
「上司だったら少しは上司らしくしてみろ!!」

バシッ!!バシッ!!バシッ!!


鬼男の言葉も平手もだんだん荒っぽくなっていく。
怒ると荒くなるのは鬼の気性か彼の性格か……
今まで頑張って耐えてきた閻魔だが、そろそろ尻が限界に近い。

「いっ……嫌っ……鬼男君……鬼男君っ……痛ぁあっ!!」

痛みで気が遠くなりそうな中、閻魔は振り絞るように鬼男に声をかけた。
語尾が悲鳴と被って、予想以上に悲痛な声が出て、コレを聞けばさすがに鬼男君だって
許してくれなくても力を弱めるぐらいの事はしてくれるだろうと思いながら。
だが―

「痛いならどうぞご自由に泣き叫んでください!ほら泣け!泣いて後悔しろ!」

バシッ!!バシッ!!バシッ!!

状況が変わらなかった。どちらかというと悪化した。

鬼だ!コイツ間違いなく鬼だ!!知ってたけど鬼だ―――!!

部下のあまりの辛辣さに心の中で大絶叫した閻魔は、くっ、と喉を詰まらせた。
痛いと主張したのに逆にトドメを刺されたんだ。もう泣くしかないじゃないか。
最初からずっと尻が痛かった。泣く準備なら万全だ。泣けと言うなら、この際、開き直って心置きなく……

「っ……ぅっ、うわ――――――――んっ!!」

閻魔は思いっきり泣いた。机が濡れるなんて気にしていられない。

バシッ!!バシッ!!バシッ!!

「もう仕事ほったらかして散歩しないと誓いなさい!」
「うぁ――――――ん!!」
「誓えっ!!」

バシィッ!!

「誓う―――――――っ!」

人が泣いてるのに喋らせようとしないでほしいと心底思ったが
今の閻魔は鬼男の言う事を黙って聞くしかないのだ。
泣きながらも必死に答える。


バシッ!!バシッ!!バシッ!!

「あと、怖い奴が来たからっていつも逃げるな!このコシヌケ!フヌケ!」

「う゛――――っ!ごめんなさい―――――――っ!」

閻魔からすれば、怒られてるのか罵られてるのかよく分からなくなってきたが
大泣きしながらも何とか謝ると、鬼男は気が済んだようだ。
机の上で死んだようにぐったりしている閻魔をひきずり下ろし
「ったく世話のかかる……」などと呟きながらも、服を整えたり、頭に帽子を乗っけたり
涙に濡れた顔を布で拭いたりしていた。


「あ――痛かったぁ――死ぬかと思った閻魔だけど。鬼男君やりすぎだよ。」

しばらくして調子の戻ってきたらしい閻魔が鬼男に言う。
例の机に座ってべったりとつっぷしながらブーたれ顔の閻魔を気にする様子もなく、鬼男はいたって涼しい顔だ。


「アホ上司を諫めるのも部下の役目ですから。」


「あほ……?っていうか、諫めるなんてレベルじゃなかっただろう。ありゃ体罰だよ体罰。
ただでさえ座り仕事が多くて色んな脅威にさらされてるお尻なのに、あんなひどく叩くなんて……」
「何か文句でもあるんですか?イカリング。」
「別に無いけどさ……。」

自分を揚げ物呼ばわり&シャキーンとでも効果音の付きそうな勢いで爪を伸ばして微笑む部下から
閻魔は慌てて目をそらす。そして、しばらくお散歩は控えようと心に誓う。
そんなこんなで、閻魔庁は今日も平和です。

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