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司さんと僕〜正行先生編〜 

『アズウェルってさ、結構成績いいけど塾とか行ってないの?』
『バーカ、あの大人な彼氏に手取り足取り教えてもらってんだろ。なぁ、アズウェル?』
『えー!!いいなぁアズウェルこの、勝ち組野郎!!』
(違うよ!司さんに勉強見てもらうなんて、集中できるわけないじゃないか!
あと “アズウェル”って呼ぶのやめて!)

着替えも終わって、自分の部屋の中……勉強道具を広げた僕は
相変わらず好き勝手な噂話ではしゃぐ皆の言葉を思い出してため息をついた。
実際、僕が塾へ行っていないのは“家庭教師”の先生に教えてもらっているからだ。
名前は“高本正行(たかもと まさゆき)”先生。
ちょっと頼りない感じがするけど、とっても優しい先生なんだよ。
そんな正行先生の話を、何度か友達の雪に話したら雪も一緒に勉強したいって言うから、
今日は正行先生に頼んで3人で勉強会なんだ。
ふと携帯電話を見たら、ちょうど着信アリ。画面には“雪”の名前。
噂をすれば雪から連絡ってわけか……僕はすぐに電話に出た。
「もしもし、雪?」
『うん、ゆきだよー!あず〜、今からそっち行くね〜!!
ゆきね、お勉強会とっても楽しみ!ねぇお菓子持っていってもいい?まさゆき先生怒らない??』
「ふふっ、大丈夫だと思うよ。気を付けておいで」
雪のはしゃいだ声が微笑ましくて笑ってしまった。
けれど……
『ありがとう!すぐ行くね!あ、パパがあずとお話ししたいんだって〜!いいかなぁ??』
「えっ!?あ、う、うん……!」
雪の“パパ”の登場に僕は思わず身構える。いや、怖い人じゃないんだけれど……
『いやぁ梓君!いつも雪と遊んでくれてありがとう!今日もそっちにお邪魔しちゃうみたいでごめんね!』
「い、いいえ、うちはいつでも……」
『本当にありがとう!梓君も、どんどんうちに遊びに来ていいんだよ!?
僕の事も“お父さん”って、呼んでくれていいからね!』
「は、はい……ありがとうございます」
そう、とっても優しいおじさんなんだけれど……
『ところで君……本当に、雪と恋愛関係になる気は無いんだよね……?』
「ひっ!?も、もちろんです!僕は恋人いますんで!!」
毎回こんな質問をされるんだよ!恐ろしい声で!!
否定すれば優しい声に戻るけど……緊張するよね。
『そうだよねぇ、ごめんね!いやぁ、うちの可愛い泉が隣の泥棒猫に掻っ攫われてから
おじさん敏感になっちゃってさぁ!コレ毎回聞いとかないと安心できなくて!
2人共おじさんの可愛いフェアリーエンジェルだからね!雪だけは死守しないと!!』
「あ、あははは……」
“泉”ってのは雪のお兄さんで、雪の家の隣に住んでる“たっちゃん”さんと恋人関係になってから、
息子=命なおじさんの心配性に拍車がかかってしまったらしい。
どうにかおじさんと穏便に会話してから電話を切る。
さて、雪と正行先生……どっちが来るの早いのかな??
……雪は今から家を出るだろうし、きっと正行先生だろうけど。



案の定、正行先生の方が来るのが早くて、雪を見て“小学生用のテキストは用意してない!”
って慌てて……雪が僕と同級生だと知ったら驚いていた。
「いやぁ、驚いたなぁ梓君にこんなに可愛いお友達がいたなんて……」
「はじめまして!さとうゆき、です!まさゆき先生、よろしくお願いします!」
雪が可愛らしい笑顔で元気よく頭を下げる。
すると突然(僕にとっては見慣れた光景なんだけど……)、正行先生が目頭を押さえて
「くぅっ……!!」
「正行先生落ち着いて!!もう泣かないって約束したじゃないですか!!」
「まさゆき先生どうしたの!?おなか痛い!?」
泣きそうになって。心配する雪。
正行先生は深呼吸して涙をこらえ、顔を上げた。
「何でも無いんだ!何でも……よし、じゃあ今日はテキスト40Pからやろうか〜…」
「はーい!」
「はい!」
こうして、僕らは今日の授業を3人で始めたんだけれど……
「わー雪君は呑み込みが早いね〜〜!!」
…………
「すごいなぁ、雪君もう終わっちゃったの!?」
…………
「あ、全問正解!?ま、待ってね……次は……」
…………
「雪君、ちょ〜〜っと待ってね??梓君、あの、ちょっと、いいかな?」
正行先生は僕を雪から引き離して、耳元で小声で叫ぶ。
(ねぇ梓君!?なんでこんな頭のいい子連れて来ちゃったの!!?
雪君は俺が勉強教える必要があるのかな!!?)
(すみません。あの、雪は正行先生にぜひ会いたいって。ワイワイ勉強会がしたかっただけだと思うので……)
(えっ、え!?そうなの!?嬉しいな!!)
正行先生が嬉しそうにホッとする。
そうなんだ……雪はああ見えてすっごく成績がいいんだよね。
何でも“100点取るとお兄ちゃんが褒めてくれるから”って。
本当にお兄ちゃんっ子なんだよね、雪は。
結局、後れを取っている僕が頑張って今日の課題を進めている間に、雪と正行先生が世間話を……
「へー、そっかぁ、雪君はしっかり勉強してて偉いね〜」
「うん!ゆきね、いっぱいお勉強して、将来はすごいお金持ちになるの!」
「そ、そうなんだ!偉いね〜……!」
いけない!無邪気な表情の雪がリアル路線の夢を語って正行先生が引き気味に!!
僕が声をかける前に、雪は天使の笑顔で追い打ちをかけていく。
「それでね、おっきいお城にパパとママと住んで、お兄ちゃんとたっちゃんにゆきの執事さんになってもらうの!!」
「…………!」
そこはお兄さんも王子様にしてあげようよ雪!!じゃなくて!!
早く正行先生にフォローしないと!!
「ち、違うんです!正行先生!!雪のお兄さんは廟堂院家で執事として働いてて……あっ!!」
「…………!!!」
しまった!僕とした事が、フォローしようとしてうっかりNGワードを……!!
案の定、正行先生が真っ青な顔をしてガタガタ震えだす。
「そ、そっか……そっか、あの屋敷の執事さんなんだ……いやぁ、尊敬しちゃうなー……。
本当に尊敬しちゃう……!!」
「正行先生、あの!!」
「まさゆき先生、廟堂院のお屋敷の事知ってるの?」
「雪!ダメだよ!!」
あぁああああ!!さらっと説明しちゃうと、正行先生は一般人だけど、前の職場が何故かあの廟堂院家で、
そこの息子さんを教えてたらしいんだけど、まともに家庭教師が出来なかった事がトラウマなんだ!!
どうしよう!今日もトラウマに苛まれて泣き出しちゃうよ!!
――って、僕は慌てたんだけど……
「いや……梓君、いいんだ。俺も、いつまでもあそこの思い出を引きずってるわけにもいかないから!!」
何だか決意に満ちた表情の正行先生。
「雪君!俺は前、廟堂院家で千早様……じゃなくて!!千早君の家庭教師をしていたんだ!!
千早君って言うのは双子の弟の方ね!何でも聞いて!!」
「まさゆき先生すっごぉい!!どんな事に教えてたの?!!」
「……待って、5分ちょうだい……」
キラキラ笑顔の雪から顔を背けた正行先生はブツブツ何かを呟いている。
そして、気合を入れるように両手で顔を叩くと、元気よく言った。
「いやー、千早さ……千早君!は、雪君や梓君より、ずっと小さい子だったからね!
もっぱら掛け算とか割り算とか教えてたね!千早サ、っ君、も、あらゆる数字を割ってたね!ウン!!
七の段が一番お気に入りのようでね、無邪気なものダッタヨ!!
可愛くてしかたがなかったなぁ!AHAHAHAHA!!」
……嘘くさい。
正行先生の笑顔がぎこちないし、何でさっきから“千早さ”って、たぶん“様”って、呼びそうになってるんだろう?
でもここは黙って置くのが礼儀だよね。
雪は素直に聞いてるみたいだし。笑顔で信じ込んでるし。
「わぁ!いいなぁ!千早君もきっと、まさゆき先生みたいに優しい先生だったらお勉強楽しかったね!」
「!!そう思う……!!?」
「うん!ゆき、今日初めてまさゆき先生とお勉強したけど、楽しいし、まさゆき先生大好きになったよ!」
「雪君……」
あ、また正行先生が泣きそうになってる……!!
僕も何か言わないと……!!
「僕も、正行先生は優しいと思うし!授業も分かりやすいし、好きですよ!」
「梓君……!!」
あわわ!逆効果!?
正行先生は涙を乱暴に拭って言う。
「――俺は、恥ずかしいな。こんなにも信頼してくれる生徒の前で、見栄張っちゃってさ。
本当は、君達が思うような、立派な先生なんかじゃないんだ」
正行先生……
正行先生は、どこか吹っ切れた顔で言葉を続けた。
「千早君にだって、ろくに勉強を教える事もできなかったんだ。全然、言う事聞いてくれなくて。
恥ずかしながらずっと“千早様”って呼ばされてたよ。当たり前だよね、こんな情けない俺じゃ……」
「まさゆき先生……」
雪が悲しそうな顔をしている。
「結局、俺が引っ越すことになって家庭教師も辞める事になっちゃったよ。
千早君は……少し怒ってたかな。でも、引き留められたりはしなかった。きっとどうでもよかったんだ。
俺なんて彼に……彼らにとったら、“代わりの効くオモチャ”だったろうからね」
「そんな……そんなこと無いよ!!きっと、千早君もまさゆき先生が大好きだったよ!!」
「ありがとう、雪君……でも、」
「だって、まさゆき先生も千早君の事が大好きだったんでしょう!?」
「!!」
正行先生が目を見開く。
そして、迷うことなく優しい笑顔で言った。
「そうだね、俺……あの子達にはたくさん、ビックリするような事されたけど、
千早君も千歳君も大好きだったよ。本当は家庭教師、続けたかったな」
「でしょう?でなきゃ、覚えてないもん!きっと、千早君もちとせ君?も、同じ気持ちだよ!!」
正行先生……トラウマもあったみたいけど、前の教え子の事、大切に思ってたんだ……
僕はつい聞いてみたくなった。
「正行先生、もし……もう一度、廟堂院家に家庭教師で呼び戻されたら行きます?」
「えぇっ!!?」
正行先生はビックリしてたけどやっぱり、照れながら言った。
「……ハハッ、行っちゃうかな」
「僕は寂しいですけどね」
「ゆきもゆきも――!!」
「うわぁぁ!ありがとう二人共!!う〜ん、どう考えてもこっちの方が居心地良いんだけどなぁ……
俺マゾなのかな……
最後の方が聞き取れなくて、僕と雪は顔を見合わせる。
でも正行先生が嬉しそうだから、そのままダラダラお喋りを続けてた。
「もし次、廟堂院家で家庭教師をやる機会があったとしたら、梓君と雪君に恥ずかしくないような立派な先生になるよ!
千早君にも、千歳君にも“先生”って呼んでもらえるような!あれ?千歳君には呼ばれてたか……」
「あはは!千早君の方がやんちゃさんだったんだね!」
「……はは……そりゃもう、相当の“やんちゃさん”だったよ……でもね、
本当は千歳君の方が厄介なんだよなぁ……」
(雪のお兄さんはもしかして凄い所で働いてるのかな?)
正行先生のゲッソリ笑顔を見ていると僕はどんどん廟堂院家に変なイメージが膨らんでいくよ。
雪は本当にお喋りを楽しんでるけどね。
「でもね、ゆき知ってるよ!やんちゃさんなちっちゃい子をいい子にする方法!」
「そうなの?へー参考までに聞きたいよ!」
「あのねー、お尻ぺんぺんするの!!」
「「!!?」」
僕も正行先生もまさかの雪の発言に固まってしまう。
雪も言ってしまって恥ずかしくなったのか、少し頬を染めて遠慮がちに言葉を続けた。
「あ、あのね……ナイショだけどゆきも……悪い事した時お兄ちゃんにお尻ぺんぺんされた事あって、
そうしたら“いい子になろう”って思う、から……!!」
「そそそそっかぁ!雪君はやっぱりいい子だなー!ようし、俺も今度そういう機会があったら、
千早君や千歳君に……ややっややって、みようかなぁ!!」
(動揺しすぎです正行先生!!で、でも僕も司さんの事思い出しちゃう……!!)
何だかこの時は、3人で顔がぽっぽぽっぽしながら変な空気になっちゃって……
それでもその後は、雪の持ってきたお菓子を食べながら楽しくお話ししたよ!!
……“お尻ぺんぺん”の話題はあれから続かなかったけど。
でも、何だか司さんにメールしたくなっちゃった僕なのでした。
今度は“家庭教師プレイ”なんてのも、どうかなぁ、なんて♪
雪も、正行先生が気に入ったみたいで、勉強会をして良かったなと思いました!

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【正行の部屋】

(ふぅ……疲れた)

とは言ったものの、心地よい疲れと共に俺はベッドに横になる。
食事もシャワーも着替えも済ませて、今日も家庭教師の仕事は滞りなく終わった。
新しい教え子はとても素直な男子高生で、俺は嘘みたいに平和に家庭教師が出来ている。
今日はその友達も一緒に勉強して、気分は“学校の先生”だ。
なんて、言ったら本職の先生に笑われそうだけど。
(千早君……千歳君……)
ふと、思い出す、前の教え子……いや、あれは“教え子”なんて呼べないだろう。
俺は何一つ教えられないまま、彼らに遊ばれていたのだから。
けれど、俺は好きだった。可愛かったんだ、あの子達が……。
今日、雪君に言われた言葉で再認識した。
(本当に、もし、もしまた、家庭教師が出来たら……チャンスが巡ってきたら……)
そんな事はあり得ない。
彼らの住む世界と俺が住む世界は違い過ぎて、少しでも関わりを持てた事が奇跡だったのに。
(元気でいて欲しいなぁ……いや、めちゃくちゃ元気そうだけど……うぅん、でも千歳君は体弱かったらしいし……)
小さな2人の暴君は、今頃新しい“家庭教師”を雇ってもらってまた二人で遊んでるんだろうか?
2人の事を考えていたら何だか眠くなってきた。
(会いたいな……でも、きっと会っても相手に、して、くれない……か……)
俺は――――


「まさゆき!!」
「ひぇっ!!?」
大声で呼ばれて飛び起きたのはふわふわベッドの上。部屋は何だか広くてゴージャス……
目の前には不機嫌そうな千早君がいる……え!?何で!!?
お、俺はもう廟堂院家の家庭教師は辞めて、新しい教え子がいて、えっ!!?えぇっ!!?
頭が追い付かなくて瞬きばかりしていたら、千早君がますます不機嫌そうになって俺の頬を引っ張る。
「何とか言ったらどうなんだ!ご主人様の目の前で堂々と昼寝なんていい度胸だな!」
「いっ、いひゃっ……ふみまふぇん!!?」
「まったく……進歩の無い奴隷だ……」
呆れ顔でぱっと手を離した千早君。これは一体本当に、どういう事だ!?
「ち、千早君!!これは一体……」
「千早君?……まさゆき、お前……」
あっ、しまった!嫌な予感が……!!案の定、千早君に押し倒されてしまう。
くそう、彼の体重は軽いはずなのに!毎度毎度、後れを取ってしまう俺って……!!
見上げると、どこか懐かしい……千早君の黒い笑顔が。
「本当に、自分の立場を忘れたのか?初めて来た日みたいに“私は千早様の奴隷です”って言わせてやろうか?
それとも、今度こそ足でも舐めさせてやろうか?」
「ヒェェッ!!」
思わず情けない声が出る。
けれど、そこで俺は……俺は、あの時には無かった記憶に助けられるのだ。
『ゆき、今日初めてまさゆき先生とお勉強したけど、楽しいし、まさゆき先生大好きになったよ!』
『僕も、正行先生は優しいと思うし!授業も分かりやすいし、好きですよ!』
『もし次、廟堂院家で家庭教師をやる機会があったとしたら、梓君と雪君に恥ずかしくないような立派な先生になるよ!』
そうだ!俺は、温かい教え子との触れ合いで変わったんだ!!
情けない、子供に遊ばれる家庭教師は卒業したんだ!今こそ男を見せる、時だ!!
梓君……雪君、見ててくれ!!先生頑張ります!!俺は意を決して言った。
「千早君!!」
「っ!?だ、だからオレの話を聞いてなかったのか!?」
千早君が少し怯んだことにより、俺は更なる勇気を得た。
思い切って、千早君の体を抱え込む。
当たり前だけれど、小さな体を思い通りにするのは簡単で。
「な、何を……!?やめろ!こら、離せ!!」
(そっか……そうか、俺が勇気を出せば、簡単だったんだ……)
もう俺の中に、千早君に対する恐怖心は無かった。
梓君、雪君……ありがとう!!正行先生は、君達との約束を果たせそうだよ……!!
『あのねー、お尻ぺんぺんするの!!』
俺は……今こそ!!
千早君の体を、膝の上に横たえる。
「まさゆき!?お前、まさか……!!」
「千早君、もう“ご主人様と奴隷ごっこ”はお終いだ……」
あぁあああ!いい!このセリフすっごくいい!!
震える唇は、きっと恐怖じゃなくて興奮しているから。いや、変な意味じゃなくて!!
俺は、“家庭教師”としての職務を果たせるこの時に、感激してるんだ!!
「これからは、俺のことはきちんと“先生”って呼んで、一緒に大人しくお勉強するんだよ?」
「ふざけるな!やめろ!やめっ……!」
バシッ!!
「ひゃっ……!!?」
暴れている千早君のお尻を強めに叩くと、聞いた事もない可愛らしい悲鳴が漏れる。
こうなれば、あれほど恐ろしかった“ご主人様”もただの子供だ。
俺は決して負けない!!
バシッ!
「お返事は?」
「うっ……まさゆき貴様ぁぁっ!!」
「だから、“まさゆき”じゃなくて、“先生”だってば!」
バシッ!バシッ!!
「あ、あぁっ!!ふざけるなぁっ!!な、何で、オレが……!!」
「俺はいたって真面目だよ千早君?当たり前じゃないか、俺は君の家庭教師の“先生”なんだから」
「グズめ、調子に乗って……!!」
「相変わらず口が悪いなぁ……ま、“躾がいがあると思えば悪くはない”、けどさ??」
「っっ!!!」
いつか言われたセリフを、そのままお返しする。
これは千早君大激怒だろうなぁと思ったら、実にその通り!
「まさゆきッ!!お前、お前ぇぇっ!!こんな事してタダで済むと思ってるのか!?
許さない!絶っっ対、許さないからな!!あとで、めちゃくちゃお仕置きして……!!」
「へぇ、そっか、それってこんな風に?」
ビシィッ!!バシィッ!!
「ひゃぁぁんっ!!」
少し手を強めると、憎まれ口も可愛い悲鳴に!なーんて。
こうなってくると、何だか罵倒されるのも楽しくなってくる……いや、変な意味じゃなくて!!
何だか、千早君が強がってるように聞こえちゃうんだ。
「んっ、お、おまえっ……本当に、いい、加減にィ……!!」
ほらね、涙声の癖に。
それにしても千早君ってお尻叩いても全然謝らないなぁ。
一応痛がってはいるし、嫌がって暴れてるのに。
「ねぇ、千早君ってお父さんやお母さんにお尻叩かれたこと無いの?」
「フン、あるわけないだろう!お父様もお母様もオレと兄様の言いなりだ!」
「そうなんだぁ……」
ここでちょっと得意げな千早君。
そうだよなぁ。でなきゃ、こんな風に育たないもの。
すっごい優しそうなお父さんだったし、お母さんは知らないけど、お上品で優しいんだろうなぁ。
周りの執事さんも若くて優しそうな人ばかりだったし……。
これは、俺がしっかり教育してあげないと!!
そう思って俺は千早君のお尻を叩き続ける。
バシィッ!ビシッ!!
「うぁぁっ!だから!お前ごときが、ぁんっ、叩くんじゃない!!ひゃぁっ!!」
「よし、今日の授業だよ千早君!今日はしっかり、いい子で、最後までお仕置きを受ける事!」
「だ、だからぁぁっ!!やめろってぇっ!!まさゆきのくせにぃっ!!」
「そんな風に先生をバカにしてばっかりだと、永遠に終わらないからね!?」
「だ、黙れぇぇっ!!兄様ぁぁっ!!」
う〜ん、意外と……いや、意外でもないけど強情だ。でも……
(お父さんとお母さんの話をしたのに、ここで、親じゃなくて千歳君に縋るところが……)
ちょっぴり、切なくなる。
俺は、千早君にとって、安心して甘えられるような大人になりたい!!
「千早君!俺の事“先生”って呼ぶの!?呼ばないの!?」
ビシッ!!バシッ!!
「わぁあああん!!」
「いい子になるの!?ならないの!?君の方こそいい加減にしないと、お尻、裸にしてぺんぺんしちゃうよ!?」
「い、いやだっ!!」
おっ!何か必死だ!
千早君が改心しそうなので、彼の感情を後押しするように、さらに小さなお尻を叩く。
バシッ!バシッ!バシッ!
「うぁああっ!いい子になる!なるからぁっ……!!」
「約束だよ?俺の事は、何て呼ぶの?」
「うっ……!!」
ビシッ!!
「ふぁぁっ!まさゆき先生っ!!」
「正解。良くできました、えらいね」
「くっ……!!だったらもうこんな事やめろ!!」
軽く頭を撫でたら悔しそうにされた……煽ったんじゃなくて、純粋に褒めたかったんだけどな。
でも、残念ながらこれでお仕置きは終わりじゃない。
「まだだよ。千早君、大事な事言ってないじゃない。今までずっと悪い子だったよね?」
「はぁっ?!な、何……」
「すっとぼけちゃって!悪い子なら言わなきゃいけないことがあるでしょう?」
バシィ!ビシィッ!!
「やっ、やぁあああっ!もうやだ、痛いぃっ!」
「素直に言えないならずっとこのまんまだなぁ」
千早君は何だか限界近そうで可哀想だけれど、やっぱりきちんと“ごめんなさい”が言える子になってもらわないとね!
そう思ってお尻、叩いていたけれど……
「わ、分からないんだ……!!いっ、ぁっ、何て、言えば、いいっ……!?」
千早君は息を乱しながら言う。
「こんなこと、っ、された、ことないんだ……!!お、お前がっ、はじめてなんだ……やぁぁっ!!」
普段の態度からは想像もつかない、戸惑った声が、縋るような声が……
「お、教えてくれ……お願っ、もう、やだぁぁっ!!」
必死で……俺を頼っていて……
「う、ぁぁっ!まさゆき、せんせぇっ……!!」
うわぁあぁぁああっ!可愛い!!そっか、俺は先生だから教えてあげないとね!ごめんね千早君!!
俺は、すっかり素直になった千早君に優しく言う。
「“ごめんなさい”だよ、千早君」
「っ……!!?」
「“ごめんなさい”って、言うの。そうしたら終わり」
千早君は一瞬、躊躇していたけれどすぐに、言ってくれた。
「ご、ごめんなさい!!」
「はい、良くできました」
俺は千早君を抱き起して、抱きしめた。
すると……
「うっ、うわぁああああああああん!!」
俺に縋り付いて、泣き出した。そりゃそうだろう。痛かったよね。
けれど、俺は千早君の子供らしい一面を初めて見た気がして、そんな彼が心底愛おしかった。
これから……勉強もそうだけれど、他の事もいろいろ教えてあげたい。いや、変な意味じゃなくて!!
……千早君も、千歳君も、もっと年相応に無邪気に振る舞ってもいいと思うんだよね。
そんな時間を、提供してあげたい。
「千早君、改めて言うよ」
「…………」
「“俺は千早君の先生です”。これからも、よろしくね」
千早君は、潤んだ瞳と真っ赤な顔を逸らした。
だから、俺は――――


そこで、目が覚めた。

(ですよね――――ッ!!)
残念さとか恥ずかしさとか、情けなさとかがぐちゃぐちゃになって俺は頭を掻きむしる。
色々都合がいいと思ったんだ!
大体、あの千早君があんな風に素直になってくれるわけがない!!
はぁーあ、やっぱり俺は、一般家庭で優しい生徒に囲まれてるのがいいんだよ!男子高生最高だよ!
はいはい!いい夢でしたよ!
(う〜〜……顔洗って来よう)
で……
(久しぶりに、これつけていっちゃおうかな?)
千歳君にもらったネクタイを、ぼんやり眺めて苦笑する俺なのでした……。


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【作品番号】masayuki


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