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玲姫編
〜お姉ちゃんの作戦は完璧よ♥〜
◆◆


ここは神々住まう天の国。加えて本日はバレンタインデー。
夫婦の部屋には、王の境佳の近くで彼にじっと視線を向ける妻、玲姫の姿。
ほんのりニヤけ顔の彼女には、ある考えがあった。

(バレンタインデーは境佳様のお尻を叩いてお仕置き→大人のお仕置きの流れで思いっきりイチャイチャしちゃうんだから!
さぁ、ミスなりドジなりオイタなり……何か怒られる事をなさい!境佳!)

らんらんと瞳を輝かせて、境佳をお仕置きするきっかけを待つ玲姫。
ずっと、穴があくほど境佳を見つめる。

じ―――――――――。
じ―――――。
じ――……

……何も起こらない。
境佳は普段通り、真面目に・規則正しく・完璧に・過ごしている。
見ている玲姫は頬杖をついて少し焦った。

(……どうしましょう。何も起こらないわ。
そうね。昔から、超がつくほどいい子だったものね。猫かぶってたわたくしが、感心するくらいに……)

弟だった頃から今と変わらず優等生だった夫。
玲姫とて昔は清楚でおしとやかだったが、それはあくまで周りの期待に応えての姿。
それに対して境佳の優等生っぷりは彼の本質から滲み出た天性のもの……考えてみれば、今さら覆りはしない。
しかし、今日はそうも言っていられないのだ。
玲姫は大きな賭けに出る。

(こうなったら、ゴリ押しよ!!)

ガッと境佳の肩を掴む玲姫。
急に肩を掴まれて振り返った境佳は驚いていたようだ。
玲姫は大真面目な顔で一言。

「境佳様!何かわたくしに隠している悪い事はありませんか!?」

本当に賭けだった。境佳が平然と「無い」と答えれば即座に潰れる作戦……
そしてその可能性が極度に高い作戦……
しかし……

「えッ?!」
(えっ!?)

玲姫は見た。動揺する境佳の顔。
玲姫は一瞬驚いたが、同時に千載一遇のチャンスを手に入れたのだ。
高鳴る巨乳を押さえてゆっくりと言葉を紡ぐ。

「あるの……ですね……」
「い、いや……」
「うふふっ、慣れない嘘をつこうとなさるから……全部顔に出てますよ?
(いけるいけるいけるいけるいけるいけるいけるいけるいける!!)」

顔を押さえて一歩後ずさる、目に見えて動揺している境佳。
なんの偶然かは知らないが玲姫にとってこれほどの幸運は無かった。
一気に強気になって境佳に迫る。

「さぁ白状してください境佳様。さもなければお仕置きですよ?」
「かっ、隠し事なんて……!!」
「なるほど、後者をお望みですか……」

ほとんど涙目になって反論する夫は、もはや普段の威厳も何もない。
玲姫はさっきまでは少々恨めしかった夫の真面目さに……
厳密にいえば、真面目だからこその、嘘の下手くそさに感謝した。

今こそ、彼女の自慢の力強さを最大限に発揮する時なのだ!
境佳の手を強引に引いて、ベッドに上体だけ押さえつける。

「玲姫……!!」
「“玲姫”じゃないでしょう?お姉ちゃんに隠れてワルイコトする子はお尻ペンペンよ、境佳?」

わざと子供に言う様に耳元で囁くと夫は顔を赤くする。
その反応に満足げに微笑んで、玲姫は夫の着物を捲くった。お尻を丸出しにするために。

「やっ、やめっ……お願いだ……」

恥ずかしくて堪らないといった様子の境佳はか細い声で懇願する。
玲姫は無視して下着も下ろしてしまう。
心の中では姉性本能が(可愛い!可愛い!)の大合唱で

「ぁ……姉上……!!」

境佳のうわずったか弱い叫び声が、玲姫の理性を吹き飛ばした。

「あぁああああッ!!堪んないのよそんな声出しちゃってもぉおおおおっ!!」

何か大切なものが外れた玲姫は、興奮気味に叫ぶ。
境佳があらゆる意味で怯えていても止まらない。

「大丈夫よ境佳!!お姉ちゃんがね、お姉ちゃんが……泣くまで、いっぱい、お尻叩いてお仕置きしちゃうけど!でも!
その後は『大人のお仕置き』で心と体を優しく慰めてあげるから!たっぷりと!
だからその体、安心してお姉ちゃんに委ねていなさい!悪いようにはしないからぁぁっ!!」
「……ほぉ、それが狙いか……」

急に低く呟き、ガバッと身体を起こす境佳。
興奮していた玲姫は驚いた。驚いて、姿勢を戻させようと境佳に声をかける。

「こ、こら!お仕置きだって言ったでしょう!?勝手に起き上がるんじゃありません!」
「ごめんなさい“姉上”。私の隠し事を正直に話そう」

爽やかな笑顔で、服装を整え始めた境佳。
それが済むとベッドの下から何かを取りだして、ベッドの上に放り投げる。
ぽすんと、柔らかい音を立てて落ちた本には『らぶらぶ・ふーふせいかつ(れべるあっぷへん)』
と書かれており、絵本のような可愛らしい表紙だった。

「……いきなり閻廷から送られてきたんだ。アイツ、嬉しそうに連絡してきて
“部屋を大掃除してたら出てきた!今しばらく使わないし、せっかくだからお前に貸してやろう!”って……
悪気はないんだろうけど、困った奴だ……」
「あら、そう……」
「どうやら夜の……生活……の、指南書みたいで……恥ずかしくて言えなかった。
姉上がこういう本が嫌いで、隠し持っているのが悪い事だと思うならお仕置きされても仕方ない。
どうだろう?」
「本の内容によるわね……」

玲姫はパラパラと絵本のようなそれをめくり、さっと目を通す。
本を閉じた彼女の結論はこうだった。

「……ぬるいわ」
「お前はこの本以上に邪な考えで私をお仕置きしようとしてたわけだな……?」

爽やかな笑顔に怒りが浮かび始めた境佳。
形勢は完全に逆転しかけていた。
しかし、玲姫だって今日は負けられない。全身全霊の気を込めて叫ぶ。

「この程度でレベルアップしたなんて思ったら大間違いよ!
わたくしが“大人のお仕置き”で本当のレベルアップを体験させてあげるわ!」
「ハハハ……お前は全く……その本でレベルアップを図ってた私の親友に謝れ!!」
「きゃぁあああっ!いやぁああっ!!」

形勢は完全に逆転した。
境佳は玲姫の腕を勢いよく引っ張ってベッドに座るので
玲姫の方も境佳の膝に引き倒される事になって、その上お尻を丸出しにされてしまう。
恥ずかしさに悲鳴を上げようにも、声を出す前に一発目が降ってきた。

パンッ!

「あんっ!違うのよ!?閻ちゃんをバカにしたわけじゃない……ひゃぁっ!!」
「お前は毎回毎回……怯えてしまった自分が情けない!」

パン!パン!パン!

境佳はすっかりいつもの調子を取り戻し、容赦なくお尻を叩いてくる。
さっきまであんなに可愛らしく怯えていたのに……!!
と、玲姫が残念がっても後悔先立たず。
作戦は見事に破綻して、さらに状況は最悪だ。
玲姫はどうにか状況を好転させようと境佳に話しかけるが……

「んんっ、もう!またお姉ちゃんにこんな事して……恥ずかしいじゃない!
それとも……そんなにお姉ちゃんのお尻が好きなの!?おマセさんね!」
「うるさい!もうお前の姉面には惑わされんぞ!それにまだそんなふざけている余裕があるとは……
もう少し強く叩かないとダメか?」
「へ?やだっ……そんな!」

バシィッ!

「ひぅぅっ!?」

レベルアップした痛みに体を突っ張った玲姫。
さらに状況は悪化したが、境佳は一人納得して頷く。

「……こんなもんだな」
「やっ……これ強い……!」

少し怯えた玲姫が反論するが、お尻には立て続けに強い平手が叩きつけられる。
玲姫が悲鳴を上げて暴れるが一向に弱まらない。
だんだん恥ずかしさより痛みが勝ってくる。

バシィッ!バシィッ!バシィッ!

「いやぁあんっ!境佳様、それ痛い!ダメっ……強い強い強いぃっ!あぁんっ!やめてぇ!」

痛みに足をばたつかせ、上下左右に逃げようとする玲姫だが
押さえつけている夫はそうさせてくれない。
結局は、徐々に赤みを帯びた丸いお尻が甲高い音と共に揺れるだけだ。

「境佳様ぁ!助けて!本気で痛くなってきました!このままじゃお姉ちゃん泣いちゃう!」

なすすべがない玲姫は境佳に助けを求めてみる。
もう恥ずかしいとか姉の威厳とかは言っていられない。
自分が音を上げたぐらいで許してくれる夫だとは思わないが……

「泣いて反省しろ」
「この鬼弟!!」

本当にそうだった。
しかも“鬼弟”が原因だろうか、余計お尻叩きの強さがハードになった気が……
反射的に前に伸ばした手が空を切った。
玲姫は虚しさを感じつつ唇をかみしめる。

「ぉ、弟の前で泣きたくなんかないわよ……!!」

言った言葉とは真逆に、玲姫の瞳からは涙がこぼれる。
ああ、また弟にお仕置きされて泣くのね。
わたくしの方がお姉ちゃんなのに……もうそういう運命なのかもしれないわ……。
止まらない涙に、玲姫の心にはある種の諦めが広がっていく。

「ぅっ……泣きたくなんか……ないのにね……」

自嘲気味に小さくつぶやいた玲姫の声は震えていた。
ついでに言えば、謝りたくもない。
今日は玲姫がカッコよく境佳をお仕置きする予定だったのだ。予定が狂うにもほどがある。
しかし、真っ赤なお尻が痛くてどうにもならない。
こうしている間にもバシバシと嫌な音が耳から離れないのだ。

(もういいわ。私の負けよ……)

視界のすべてが涙でぼやける。
玲姫は一瞬空気を吸い込んで――

「ぅ……わぁあああん!ごめんなさぁああい!」

思いっきり泣いた。
姉らしさも大人らしさも投げ捨てて。

「謝ってもダメだぞ。妙な下心で私をお仕置きしようとした罰だ」

そう言いつつも、声は優しくなった境佳。
手は緩まないので落ち着いてもいられないが。

「ごめんなさい、痛いぃっ!その件はもう反省しましたぁっ!」
「お前は口ばっかりで……」

バシィッ!バシィッ!バシィッ!

「やぁあああんっ!うわぁあああん!痛い――っ!」

ボタボタ落ちる玲姫の涙がシーツを濡らす。
握って暴れたのでちょっぴりくしゃっとなったシーツがぐしょぐしょだ。
それでも夫は許してくれない。同じ調子でお尻を叩き続ける。

「ごぇんなさぁい!境佳様をお仕置きしてラブラブしたかっただけなのぉぉっ!」
「……どういう状況だそれは……」
「境佳様は、エッチなお姉さんは嫌いなんでしょう!?
どうせっ、ひっく、わたくしは……おしとやかなお姉さんなんかじゃないわよぉ!あぁあん!」

やけくそ気味に叫ぶ玲姫。
お尻も痛いし、泣いてるし、謝ってるし……これでダメならもうヤケだ。
そしてどうせこの後は「だったら少しはおしとやかにしろ!」などと怒られるだろうと思った。
しかし……

「私は……」

聞こえてきたのは怒鳴り声ではなく、真剣な声だった。

「憧れてたんだ。姉上は清楚でおしとやかで優しくて……絵にかいたような理想の姫君で……。
だから結婚できて本当に嬉しかった……」

“姉上”と呼ばれて玲姫はピクっと反応する。
お仕置き中にこう呼ばれるのは好きではないが、いまはそれほど嫌な気分でもなかった。

「結婚した後の豹変ぶりには驚いたが……お前を嫌だと思った事は一度も無い。
不思議だな。全然違うお前なのに、私の気持ちは昔も今も変わらない……」

境佳の言葉の一つ一つが玲姫に温かく響く。
相変わらずお尻は痛くて涙は止まらないけど、玲姫は喜びに満たされていた。
そして……

「愛してる、玲姫。私の気持ちは今も昔も……ただそれだけだ」

バシィッ!

「あぁっ!境佳様ぁ!」

打たれたお尻がきゅうきゅう疼く。
なのに心は嬉しくて嬉しくて……抑えられなかった。

「こんな状況じゃ無かったら……どれだけ嬉しかったことか……っふぁあっ!」
「二度は言わんからな」
「あぁん!そんなぁっ!」

何やら違う意味でも涙が出てきた玲姫。
もしかしてすごいロマンチック展開を逃したかもしれない。
ふっ、と境佳の笑いを含んだ息が聞こえた。

「これに懲りたら変な悪だくみはしない事だ」

バシィッ!バシィッ!バシィッ!

また、激しく叩かれる。
夢から覚めたようにお尻が痛くなって、玲姫は泣きながら暴れた。

「やぁあああん!ごめんなさぁあい!もう許してぇ――っ!
せっかく良い雰囲気なのに、はぁ、これ以上みっともなっく……泣きわめきたくないぃっ!」
「私の気持ちは、どんなお前を見ても変わらない。
どうせならもっとみっともなく泣きわめいて見せろ。
そうしたら反省するだろう?」
「やだぁあああっ!イジワルぅぅっ!」
「意地悪はお前がやろうとした事だ!」

バシィッ!バシィッ!バシィッ!

「うわぁあああんっ!ごめんなさい!ごめんなさい!いい子になりますぅ〜〜っ!」

この後もたっぷり泣かされて、やっと許してもらえた時にはさすがの玲姫もベッドの上でぐったりしていた。
境佳も大きく息をはいて、使っていた肩を回していた。
夫婦そろって疲れてしまったようだ。が……

「……慈悲深き神々の王でおわします境佳様。玲姫は反省したのでイチャイチャしてください……」
「……お前は……もう……」

さすがの玲姫である。
しかし今日はバレンタインデー、境佳だって何も期待していなかったわけではないのだ。
俯く玲姫に近付いて、そっと頬に触れる。

「どうしてほしい……?」

少し恥ずかしそうに境佳が囁く。玲姫はぱっと顔を明るくして……

「境佳様と愛の騎馬戦がしたいです!」

境佳をなぎ倒して素早くマウントを取る。
さすがの玲姫で――

「うっ!!」

はなかった。
勢いよく境佳に乗っかった反動でお尻が痛かったようだ。
また俯いてフルフル震えだす。

「痛い……でも、こんな事で……」
「無理をするな。位置を代ろう」
「でも……」

悲しそうな玲姫に、境佳は目を逸らしてコホンと咳払い。

「……え、エッチなお姉さんは……実は、そ、そんなに嫌いじゃない……」
「……境佳……様?」
「せっかく……閻廷が貸してくれた本だ。目を通さないのも、その……悪いだろう……?
私も、何だ……あの、それなりに……レベルアップしたと、思う……ぞ?」
「……ぷっ……!!」

境佳のぎこちないリップサービスについつい吹き出してしまった玲姫。
失礼だと思って口元を押さえても、笑いは止まらない。

「くっ、ふふふふっ!!わ、分かりました!位置を代りましょう……ふふふふ!」
「……バカにしてるだろう?」

顔を赤くして拗ねたように呟く境佳。
玲姫は慌てて首を振るが、笑いが止まらないのであまり意味が無い。

「滅相も……うふふっ、ございませんっ!境佳様のレベルアップ超期待!!」
「な、泣いても知らんからなッ!!」
「うれし涙なら大歓迎です♪」

言いながら境佳から降りて、コロンと境佳の横に寝そべる玲姫。
並んで寝そべる二人の顔が自然と近づく。
舌と舌が、仲良くキスをした。









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