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絵恋編
〜たまには私もお仕置きしたいの〜
◆◆


町で噂の大富豪、廟堂院家。
本日はバレンタインデーにつき、若妻の絵恋は張り切って夫の部屋に突入していく。

「千賀流さん、ハッピーバレンタインデー!今日は私が千賀流さんの事、お仕置きするの!」

唐突な妻の言葉にも、部屋のソファーでくつろいでいた夫の千賀流は動じない。
彼は若い絵恋と違って落ち着いた壮年だ。
ただ、いつもの笑顔にはほんの少し戸惑いの色が見えた。

「それは参ったね……私は何か君を怒らせるような事をしたかな?」
「だっていつも私を置いてどこかに行くじゃない!」
「……仕事だよ。それより、君はどうしてそんな物を持ってるんだい?」

淡いピンク地に花柄の黒レースをあしらったワンピース姿の絵恋は、その手にこれまた淡いピンクのハート柄の可愛らしい……

パドルを持っている。

絵恋は千賀流の横に腰かけると、悪戯っぽい笑みを浮かべてその問いに答えた。

「通販で買ったの」
「……今度有害サイトブロックをかけておこう」
「それより千賀流さん!お仕置きするんだから早くお尻を出してよ!」

妻の突拍子もないヤル気……困った状況になった。
新しいおもちゃを手に入れたかのように嬉しそうな絵恋は、ちょっとやそっとでは引かないだろう。
それでも千賀流は叩かれるのは遠慮したいので、パドルを持っている方の絵恋の手を握って優しく言う。

「ねぇ絵恋、それは許してもらえないかな?」
「嫌よ。もう決めちゃったもの。千賀流さんのお尻が痛くなれば外へでかけないでしょう?
そうしたらずっと一緒にいられる……」
「今日はずっと君といるから……いつもさみしい思いをさせてごめんね」

パドルを持っている方の手はあくまで押さえつけたまま、さらにダメ押し。

「お願いだよ」

本当に真剣に、そして少し困ったような顔で千賀流は言う。
千賀流のこの『許して攻撃』に絵恋はみるみる顔を赤くして……

「ち、千賀流さんがそこまで言うなら……許してあげる……」

惚れた方の負け。である。
千賀流はほっとしたように微笑んで、そのまま絵恋の手から器用にパドルを抜き取った。

「ありがとう。やっぱり、君にこんな物騒なものは似合わない」
「あ……」

パドルは絵恋の手から千賀流の手に渡る。
絵恋が「取られた」と感じた時には千賀流の手にしっくり収まっていて
千賀流もまんざらでもなさそうにそれを見つめていた。

「ふむ、なかなか使いやすそうな感じだね。試しに君をお仕置きしてみようかな?」
「もう……やだわ千賀流さん。その冗談は笑えない。
だって私、千賀流さんにお仕置きされるような事なんて一つも」
「あそこの金庫を開けたのは誰だろうね?」
「していないもの」

笑顔と笑顔がお互いを探るように絡み合う。
千賀流の言った“金庫”とは今部屋の中にある小型の金庫の事だ。
つい先日、何者かにこじ開けられて空になっていた。が、別にお金が入っていたわけではない。
入っていたのは千賀流が絵恋から没収した惚れ薬やその他の危険物(手錠・スタンガン・催涙スプレーなど)。
だから絵恋が犯人の可能性が高いわけだが……

「絵恋、もし正直に答えてくれたら、嬉しくて君にキスしてしまうかもしれない」
「私が開けたの。だからキスして」
「……仕方のない子だね」

苦笑した千賀流は、絵恋の小さな唇にキスをすると、その後……
ナチュラルに絵恋を膝の上に乗せた。

「ちっ、千賀流さん!キスだけでいいわ!私、こんな事頼んでない!」
「遠慮しないで。私の部屋で悪戯する子はたくさんお仕置きしてあげるよ」
「遠慮じゃなくて………いやぁぁあっ!!」

スカートが捲くられて嫌な予感がしたときにはもう遅かった。
いつものように下着を下ろされて、恥ずかしいと感じる間もなくパドルが絵恋のお尻で弾ける。

パァンッ!!

「やっ!?」
「君から没収した物、まだ返してあげるなんて一言も言ってないよ?」
「だ、だって……チョコを作るのに必要なんですもの!」
「何が?チョコレートの材料なんて取り上げたつもりはないけどなぁ……
それとも、また懲りずに変な薬を入れようとしてたのかい?」

パァンッ!!

「ひっ……!」

再び襲う鋭い痛みに絵恋は身を硬直させる。
連続では叩かれなかったものの、冷たい表面で脅迫のようにお尻をぺちぺちされて
全く緊張は解けなかった。

「返答しだいじゃ、今日は厳しくしないといけないね」
「い……たい………千賀流さん……それすごく痛い……!!」
「やっぱり薬か……」
「いやぁああんっ!!やぁあっ!違う!薬じゃなくて!あの、あのっ!!」

叱られる(叩かれる)のが恐ろしくなった絵恋は必死で誤魔化そうとする。
しかし上手い言い逃れが思い浮かぶはずもなく……

「スタンガンよ!スタンガン!チョコに電気を流してマイナスイオンが……ええと、どうなるのかしら?
と、とにかくセレブの間じゃ大流行よ!常識よ!」
「……へぇ、知らなかったよ。絵恋は物知りなんだね」

パァンッ!!パァンッ!!パァンッ!!

「きゃぁあああっ!痛い!痛いぃっ!」

お尻を連打される事になってしまった。
平手とは異質の焼けつくような痛みにもがく絵恋だが、それは状況を変えるのに何の役にも立たなかった。
それどころかお尻を叩く力が強まったくらいだ。

パァンッ!パァンッ!パァンッ!

「やだぁっ!千賀流さぁんっ!痛い!それ痛いぃっ!」
「絵恋、何度言ったら分かるんだい?食べ物に変なものを入れちゃいけない。
前に千歳や千早まで危ない目に遭ったじゃないか」
「はぁ、ふっ、二人とも喜んでたわ!」
「いい加減な事を……『体が変で苦しかった』と言っていたよ」
「そんなっ……『お母様のおかげでいい思い出ができた』って……」
「絵恋」

そう呼ぶ声はどこかいつもより低く威圧的で、振ってきたパドル打ちも厳しかった。
それはもう痛みも格別で、お尻を真っ赤にした絵恋は涙を浮かべながら
大鳴りする打音に負けないような悲鳴を上げる。

「ああぁぁっ!!」
「あの子達を言い訳に使うようでは、まだまだ反省してないね」
「違うのよ千賀流さん!だって、だって本当に……!」

必死にそう言う絵恋だが、返ってきたのは千賀流のため息。

「いくつ叩けば素直にごめんなさいが言えるかな?」
「何……で!!」

絵恋の動揺した叫びと重なるようにまたパドルが鳴りだして
真っ赤なお尻には応える激しい痛みを引き連れてくる。
そんな痛みに絵恋が耐え得るはずもなくて、いよいよ本気で叫んで暴れた。

「やぁあっ!痛い痛い!ダメ千賀流さんいやぁあああ!!」

パァンッ!パァンッ!パァンッ!

足をばたつかせて、ソファーの表面を引っ掻きまわして
それでもどうにもならない痛みか絵恋を襲っていた。
彼女の目がみるみるうちに増水されて、あっという間に決壊する事に。

「千賀流さっ……やらぁあっ、ふぇっ、ぇぇええっ!」
「26,27,28……まだ言えない?」
「ぁぁああ――んっ!千賀流さぁ――ん!!やぁああ――っ!」
「泣いても許さないよ。君がちゃんと反省するまで許さない。
……反省させてもまたやるけれどね、君は」

絵恋が泣きわめいても千賀流は静かにそう言いながら絵恋のお尻を叩き続ける。
その冷静さが恐ろしくて「謝らないと許してもらえない」と悟った絵恋。
泣いている声を何とか整えて謝った。

「やぁっ、あ、ごめっ……なさい!ごめんなさいぃ!もっ……やめてぇぇっ!」
「反省したかい?」
「しましたぁ!ごめんなさい!ごめんなさい!もう嫌ぁぁ……っ!お願い千賀流さん……っ!」
「金庫から持っていったものは私に返して、もう勝手に金庫も開けないし
今度こそ食べ物に妙な薬は入れないって約束できるんだね?」
「できる!できるわ!だからもう許してよ……!!」

両目からボロボロ涙をこぼして震えている絵恋に、千賀流は手を止めた。
パドルも脇に置いて、真っ赤になった絵恋のお尻を優しく撫でる。

「痛かったね」
「うっ、ぐすっ……すごく……」
「私に隠れて悪戯をするとこうなるんだ。よく覚えおくんだよ?」
「……忘れないわ……こんな事でも、バレンタインデーの千賀流さんとの思い出だもの……」
「全く、君は……」

泣いていても、少し拗ねた様でも、どこまでも絵恋らしい態度に千賀流は笑ってしまった。
その後の絵恋は千賀流に丁寧に服を整えてもらって上機嫌だった。
お仕置きされる前より千賀流にくっついて楽しそうに話して……そんな夫婦の団らん中、小さな来訪者が現れる。

「千早ちゃ〜〜ん……」

そろりと遠慮がちに部屋に入ってきたのは千歳。千賀流と絵恋の双子の息子の片割れだ。
もう片割れの弟の名前を呼びながら、キョロキョロと辺りを見回して眉毛をハの字にする。

「お父様、お母様……千早ちゃん見なかった?かくれんぼしてるの」
「千早はここにはいないよ。ねぇ、絵恋?」
「ええ。見てないわ」
「本当に〜〜?隠してない?絶対?」

じっと両親を見ながら、子供っぽい甘えた口調で詰問してくる千歳。
千賀流も絵恋もそんな千歳の様子に顔を見合わせて穏やかに笑う。
返事をしたのは千賀流だった。

「隠したりしないよ」
「だったらお父様とお母様も一緒に探して!二人はあっちのリビングの方ね!」
「え?」
「いいじゃない千賀流さん!楽しそうよ♪」

千歳の言葉に驚く千賀流の腕を、絵恋が取って立ち上がる。
それに加勢するように千歳は父親の背中を押した。

「見つけたら隠しちゃだめだからね!?ほら早くぅ〜〜!!」
「千賀流さん早くぅ!」
「わ、分かった分かった……」

絵恋に手を引かれる千賀流を押し出して両親がいなくなると、千歳はくすりと笑う。
両親に見せた子供っぽい様子は微塵も感じられない不敵な笑みだ。
そして迷い無い足取りで大きめのクローゼットに近づいて、扉を開けた。

「千早ちゃんみ〜〜っけ♪」
「に、兄様……!!」

千歳の姿を見るやいなや、クローゼットから這い出してきた千早。
顔を真っ青にして涙目になっている弟を、千歳はきゅっと抱きしめる。

「可哀想な千早ちゃん……ここであの人たちの変態プレイでも見せつけられたの?」
「あぁ、兄様……あんな……うぅっ、見たくなかった……!!」
「大丈夫だよ。お部屋に帰ったら何があったか話してごらん?僕が全部……」

声は千早を慰めて、しかし千歳の目は部屋のある一点を見つめている。

「全部、忘れさせてあげるから……」

ソファーの上に、パドルが置いてあった。







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